2025/09/23 - 2025/10/03
29位(同エリア50件中)
mirilinさん
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昨年の9月、フランクフルト経由でハンガリーに行ってきました。いつものアール・ヌーヴォーを中心とした美しい建物を求めての歩き倒し旅。
ハンガリーはなんと、世界で一番アール・ヌーヴォー建築が残っている国ということで、私にとっては行か訳には行かない、訪問マストな国なのです。
ブダペストへは30年以上前、まだベルリンの壁があった頃に、唯一行ける東欧ということで、ウィーンから日帰りで有名観光スポットだけをちょこっと見て回ったことはあるのですが、もちろんその頃はアール・ヌーヴォーには興味もなく、ただ、すごい豪華な冷たい温泉に入ったなぁ…程度の記憶にとどまっていました。
今回は、1週間滞在して、ブダペストの市内はもちろん、列車で近郊の街にも足を延ばし、有名なアール・ヌーヴォー建築を堪能してきました。もちろん、ハンガリーといえば温泉ですから、歩き倒して疲れた体には何よりの温泉も2か所行ったりと、ハンガリー旅を満喫。
飛行機の乗り換えで立ち寄ったフランクフルトも、乗り換えだけではもったいないので、2泊ほどして、フランクフルト郊外のダルムシュタットにある「ユーゲントシュティール村」や、木組みの家街道にあるかわいい街を訪れたりしました。
こんな楽しく充実した旅でしたが、ネットでアルバム作りをしたら、すっかり旅行記も書いた気分になっちゃって、4トラに旅行記をアップするのをすっかり忘れてしまっていました。
今年、ヒョンなことからハンガリーに再訪することになり、旅行記を確認しようと思ったら、表紙の写真を貼ったものだけが下書きに残っていました(笑)
昨年の旅行記は諦めて、先日行ってきた再訪のものだけを書こうかと思ったのですが、前回がないと続かない感じもしたので、今更の思い出し旅行記にはなりますが、サクッと書いておこうと思った次第です。
モチロン、先日行ってきたものも近いうちに書くつもりにしておりますが、まずは昨年のものから…
【10日目】
10日目は遂にヨーロッパ滞在最終日。とはいえ、夜のANA便なので、夕方までは目いっぱい遊べます。遠出はできないので、フランクフルト近辺で見どころはないかと探していたら、フランクフルトから列車で25分足らずのところにある「ダルムシュタット」という街に、世界遺産にもなっている「マチルダの丘」というところがあることを発見。なんとこの「マチルダの丘」には、ドイツのアール・ヌーヴォーであるユーゲントシュティールの建築が集中して立っているというではないですか!アール・ヌーヴォー推しの私が素通りできるはずありません。
1899年に「ヘッセン・ダルムシュタット公国」の最後の大公「エルンスト・ルートヴィッヒ」が当時のドイツ各地の多くの芸術家や建築家をこの公国の首都「ダルムシュタット」に召集して、芸術・建築・工芸の改革運動の中心となる芸術家村(Künstlerkolonie)を構築したところなんだそうです。その「マチルダの丘」は、1901年、1904年、1908年、1914年に国際的な展示会が開催され場所で、初期モダニズムの建築や彫刻、都市設計、ランドスケープ・アート(造園芸術/景観芸術)の先駆的な作品群が誕生したことから、世界遺産にもなっているんです。
ということで、この旅行記は、「ダルムシュタット」の「マチルダの丘」の建物たちと、時間つぶしに行った「フランクフルト」のベタ観光スポット「レーマー広場」周辺をうろついた様子です。「レーマー広場」は3回目でしたが、新たな発見もあったりして、それなりに楽しめました(笑)
*************** 日 程 ***************
9/23(月) 羽田発→フランクルト着
9/24(火)フランクフルト発→ブタペスト着 セーチェニ温泉
9/25(水)AM 動物園、シペキ邸、ミレニアムハウス、音楽の家
PM セーチェニ鎖橋、国会議事堂
9/26(木)ブダペスト西駅→キシュクンフェーレジハーザ→ケチュケメート
9/27(金)AM 聖ラースロー教会、郵便貯金局などホテル北側建物群
PM 中央市場、ゲレルト温泉
9/28(土)聖イシュトバーン大聖堂、ブタペスト地質学研究所、英雄広場周辺建築、
リストフェレンツ音楽院、ドナウ川ナイトクルーズ
9/29(日) 応用美術館、パリジパサージュ、オットーワーグナーシナゴーグ、
マーチャーシー教会、漁夫の砦、ブダ城、国立歌劇場、改革派教会
9/30(月)ヴァーチィ通り南 アール・ヌーヴォ建築
ブタペスト発→フランクフルト着
10/1(火)フランクフルト→イトシュタイン→リンブルク→フランクフルト
★10/2(水)フランクフルト→ダルムシュタット→フランクフルト、レーマー広場
フランクフルト発 20:45→
10/3(木)羽田着 16:45着
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
いよいよ最終日になりました。20:45発の飛行機で帰国予定なので、夕方まではたっぷり遊べます。2泊お世話になった東横INNに荷物を預け、「ダルムシュタット」に向かいます。「ダルムシュタット」は「フランクフルト中央駅」から列車で25分足らずのところにあるヘッセン州第4の都市です。
-
「ダルムシュタット」の街は「フランクフルト中央駅」から「ダルムシュタット中央駅」に行くのが一般的ですが、「マチルダの丘」は「ダルムシュタット東駅」からだと歩いて行ける距離なので、ちょっとマイナーな東駅から行くことにしました。
中央駅からの場合は、バスに乗り換えていく感じです。 -
早めに駅に行ったので、中央駅を探検してみました。
いかにもヨーロッパの終着駅という雰囲気の漂う薄暗さと鉄骨アーチの屋根が、風情を感じます。 -
治安が悪いので気をつけろと、あちこちでいわれますが、この辺りではあまり感じません。
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駅中央口前あたりからは特に治安が悪いからと言われていましたが、大昔に行ったときは全然危なくなかったし、通勤時間帯だから大丈夫だろうということで、中央駅正面の写真を撮りに出ました。
ヨーロッパの大きな駅にふさわしい威風堂々とした中央駅ですね~ -
で、この横断歩道を渡った向こうには、絶対行くなと言われたので、いい子の私は行きません。
確かに、ハンガリーの街に比べれば、とーっても怪しい感じはしますけれども、歌〇伎町とか池〇の裏とかの方が怖い気がします。ま、通勤時間の中央駅前が怪しかったら終わってますけど。
君子危うきに近づかず…早々に駅舎内に戻ります。 -
あ、この階段はトイレへの階段です。トイレは地下にあるのですが、とても明るくてきれいな階段です。
そして階段を下りたらこんな感じ。右が女性、左が男性。入り口で1ユーロ支払って入ります。もちろんカードも使えますよ。
綺麗で明るいトイレです。ドイツは街中はもちろん、駅にもトイレがないことが多いので、列車に乗る前はなるべく行っておくことをお勧めします。 -
駅の「Darmstadt(ダルムシュタット)」の表示を見て、着いたと思って降りたこの駅、「ダルムシュタット『Nordノルド』」駅。フランクフルトから2駅目だと思っていたはずなのに、何を勘違いしたか、ひと駅目で降りてしまいました。列車を降りたら、事前にグーグルで見ていた景色と違うので、あれと思って駅名をよく見たら「Nord(ノルド)」の文字。私が降りたいのは「ダルムシュタット『Ost』」駅。痛恨のミス!!
時すでに遅し、列車はすでに出てしまいました。次の列車は1時間後。駅前からバスやトラムで行けるかもと思いましたが、乗り継いで時間がかかるより、このまま待って次の列車で行く方が確実なので、駅の周りをウロウロしながら待つことにしました。相方にぶつぶつ言われながら… -
ウロウロしていたら、相方に生理現象発生。
ただ、この駅は無人駅でもちろんトイレはなく、周りにもカフェなど全くなし。どうしようかと歩いていたら、ショッピングセンターみたいな雰囲気の建物を発見。ホッとして中に入ってみたら、普通にオフィスビルでした。チ~ン
丁度中から出てきた男性にこの近くにトイレはないかと尋ねたら、会社の中にあるから使ってと、案内してくれました。
なんて優しいの!
帰国後調べたら、ここは健康保険の大きな会社で、とても評判が良い会社みたいでした。さすがです。 -
次の列車に乗り、無事に隣駅「ダルムシュタットオスト」で降りると、目的の「マチルダの丘」は徒歩5分ほど。一般的な「ダルムシュタット中央駅」からだと駅からバスで行かなければならないので、オスト駅からのアクセスはおすすめです。
駅からグーグル先生のお導きで歩くこと5分で、テイストの違う家が現れます。 -
「マチルダの丘」の入り口に立つこの家は、芸術家村の事務局長「ヴィルヘルム・ダイターズ」の私邸で、1901年にオーストリアの建築家「ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ」の設計で建てられました。
この「ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ」は、この芸術家村の中心的人物です。
Mathildenhöhweg 2 -
特徴的なのは頂部の赤褐色・六角形の大きなタレット(壁から上に伸びる塔)と、グレーで円錐形の小さなふたつのタレットです。かわいらしいですね。
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敷地を囲む柵のデザインも独特です。
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この地区に立つユーゲントシュティールの家には、それを示すプレートが付いています。
門も通気口の柵も、面白いデザインをしています。 -
エントランスの上の壁に描かれた絵は、何がモチーフなんでしょうか?
不思議なデザインですが、矢印のような装飾と相まって、独創的なデザインが目を引きます。 -
その独創的なデザインの下のエントランスは、楕円や曲線で構成されていて、木製の扉や、ガラスに施された装飾などがエレガントでとても素敵です。
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「ダイターズ邸」横の坂道を上がると角に噴水のある家が現れます。
この噴水も「ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ」の設計により1901年に作られたものですが、中央の彫刻は、彫刻家「ルートヴィヒ・ハビッヒ」がカラーラ産の大理石から彫り上げたもので、「酒を飲む若者」だそうです。
そしてこの家は、「オルブリッヒハウス」と呼ばれるオルブリッヒの自邸で、1901年の博覧会の複合施設の一部として、彼自身によって設計・建設されたものです。 -
ほぼ正方形の傾斜地に建てられた3階建ての住宅は、シンプルすぎる作りで、ユーゲントシュティール?と、私の頭には「?」がいっぱいです。確かに、連続した青と白のタイルのフリーズと、ずらりと並んだ窓が特徴的ではありますが、私はあまり心惹かれません。
Alexandraweg 28 -
でもでもでも、この門の可愛さは、やっぱりユーゲントシュティールです。
お花の顔の人たちが手をつないで通せんぼしてるみたいで、思わず顔がほころんじゃいます。 -
門の中央一番上では、太陽のようにニコニコとおじさんも笑っていました。
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窓につけられた面格子がとてもユニークです。
この家にもちゃんとプレートありました。当り前ですよねオルブリッヒの自邸なんですから。 -
この門は、「オルブリッヒハウス」のお向かいにある「ハウスケラー」の門です。
「ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ」が「カール・ケラー」の私邸として1901年に建てた建物なのですが、第2次世界大戦で損傷した後、本来と少々異なる形で修復・改築されたので、オリジナルからは遠くなってしまったそうです。
生垣の木がうっそうとしていて、家があまりよく見えなかったのですが、ちょっと見た感じは、どこでも見かける建売住宅みたいな感じでした。
Alexandraweg 31 -
「ハウスケラー」の隣にあるのは「ハウスハビッヒ」です。
「ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ」の設計で1901年に完成した、彫刻家「ルートヴィヒ・ハビッヒ」のためのスタジオハウスだそうです。先ほど見た「オルブリッヒハウス」の家の角にあった噴水の彫刻を作った方です。
白漆喰で覆われた3階建てのシンプルな住宅で、直線と四角形を組み合わせたモダニズムらしいデザインの家です。シンプルすぎて好みではなかったので、家の写真は撮っていないのですが、エントランスに置かれた鉄の燭台が素敵だなと思って写真撮っておいたら、なんとハビッヒの作品でした。
Alexandraweg 27 -
「ハウスケラー」の向かい側を見ると、めちゃめちゃ美しいエントランスが登場しました。
これは1901年の博覧会の中心となる建物として、「ジョセフ・マリア・オルブリッヒ」が敷地内の最高地点に建てた芸術家コロニーのアトリエ棟で、「エルンスト・ルートヴィヒ・ハウス」と言われる建物です。
オメガアーチの美しいエントランスは様々な装飾が施されていますが、一番存在感があるのは、彫刻家「ルートヴィヒ・ハビッヒ」作による「強さ」と「美」の大きな彫刻です。とても威厳を感じます。
Olbrichweg 13 a -
純白のアーチには文字が彫られています。
そして、建物屋根のひさしにも金色のかわいらしいお花模様が描かれています。
こういった装飾は、ウィーン分離派の香りがしますね。大好きです。 -
印象的なオメガアーチの下には、金箔の装飾が一面に施され、「ルドルフ・ボッセルト」作のブロンズの勝利の女神像が飾られています。
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こちらも「マチルダの丘」の一番高い場所に立つ展示棟です。1880年に建設された旧貯水池の上に「ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ」の設計で1907年から1908年にかけて建てられたものです。地下には貯水池の遺構が残っていて、見学もできるそうです。私は中に入りませんでしたが…
Alexandraweg 23 -
展示棟への階段の踊り場には、花崗岩の柱で支えられた建物があります。雨宿り場所?休憩所?単なる装飾? その用途は分かりませんが、天井には美しいモザイク画が描かれその周りには、文字が刻まれています。
DeepLさんの訳によれば「古きものを畏敬し 新たなことに果敢に挑戦せよ 自らの本性に忠実であり続け 愛する人々に誠実であり続けよ 芸術愛好家であり 大公エルンスト・ルートヴィヒのモットー」と書かれているそうです。 -
この展示棟は「マチルダの丘」の一番高いところにあるので、テラスからは丘に建てられた建物を見渡すことができます。
東側には、1904年に「マチルダの丘」で開催された2回目の博覧会のために、「ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ」が増築した八角形の彫刻家のためのアトリエと、1901年に建てられたアトリエの建物をつなぐ連絡通路が見えます。 -
西側には広い公園と「ロシア正教会」が見えます。
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展示棟の北側に来てみると、1914年に「アルビン・ミュラー」が設計した座席ニッチと、それを飾るモザイクパネルを備えた、砕石で築かれた擁壁がありました。
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このモザイク、とてもきれいでした。全く人がいないのが不思議です。
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そしてこちらがダルムシュタットのランドマーク的存在でもある「結婚の塔」です。
ヘッセン・ダルムシュタット公国の最後の大公「エルンスト・ルートヴィヒ」の再婚を記念してダルムシュタット市が贈ったもので、「ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ」の設計で1908年に完成したそうです。
ドイツ表現主義(感情など主観の動きを表現することに重きを置いたイズム)の先駆けといわれる作品で、レンガ造りのように見えますが、鉄筋コンクリート造りで赤褐色のレンガで覆われているのだそうです。屋根部分は青のクリンカー・レンガや緑の銅板が敷き詰められているとか。
南側の側面には、1914年に「フリードリッヒ・ヴィルヘルム・クロイケンス」が設計したモザイクの日時計があります。
Olbrichweg 11 -
塔は高さ約50m、平面12.5×6.5mの四角柱で、209段の螺旋階段や戦後設置されたエレベーターで展望室に上ることができます。
この北側の側面の展望室の高さのところには、「アルビン・ミュラー」が1914年に設計した、大きな金メッキの時計が浅浮き彫りで飾られています。
ほぼ正方形のこの部分は、2本の直立した金色の松明で囲まれ、その下の空間は、十字架、炎のハート、錨で飾られており、これらは信仰、愛、希望を象徴しているそうです。 -
正面から見ると、まるで手の様ですよね。結婚式の際の大公の宣誓の手がモチーフとなっているとのことで、妙にリアルですね。
指に見えることから「5本指の塔」ともいわれているそうです。 -
ウエディングタワーのエントランス上部には、「ハインリヒ・ヨブスト」が1905年に作った砂岩のレリーフがあります。
上部の4人の女性は「良き統治の四つの美徳と属性」を表し、力と知恵はライオンとフクロウ、正義と慈悲は天秤と足元にひざまずく人物(公正かつ慈悲深い判断の象徴)で表現されているそうです。
その下には、月桂樹の葉に囲まれた新郎新婦の両家の紋章が刻まれ、中央には結婚の年1905年の文字が刻まれています。
エントランスは美しい花柄のモザイクで囲まれています。 -
扉には、ダルムシュタットの紋章が美しくデザインされてついていました。
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ウエディングタワーのエントランスホールには、「フリードリヒ・ヴィルヘルム・クロイケンス」が、「エルンスト・ルートヴィヒ大公」と「エレオノーレ・フォン・ゾルムス=ホーエンゾルムス=リ」の結婚をテーマに描いた、とても美しい2つのモザイク画があります。
これは北側の壁に描かれた「口づけ」です。
横たわって向き合い、キスを交わす裸の若いカップルが表現されています。理想的な肉体美は、星々の輪を背景にした、上向きに広げた大きな翼によってさらに強調され、様式化された金色のバラの上に横たわる対称的な配置の若いカップルは、絶対的な調和を体現しているそうです。 -
反対側の壁には、モザイク画「フォーチュナ」が描かれており、幸運の女神が、流れるような衣をまとって描かれています。彼女の2つの角笛からは、愛の象徴である赤いバラを、世界へ運ぶ白い鳩が飛び立っています。
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せっかくなので、4ユーロ払ってエレベーターで展望塔に上がってみました。
さすがにダルムシュタットで一番高いところに立つ塔からの眺めですから、ダルムシュタットの街が一望のもとです。
左奥の方に「フンデルト・バッサー」により建築された集合住宅「ヴァルト・シュピラーゼ」も見えています。金色の玉ねぎ頭、見えますか? -
ダルムシュタットの湖?池?も見えています。
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展望室からは階段で降りていきますが、途中にとてもきれいな部屋があります。
5階にある「大公妃の部屋」には、パネル張りの壁の上に、大きな壁画があります。この壁画はネオルネサンス様式で、多くの人々が登場する王侯貴族の結婚式を描いているそうで、作者は「フィリップ・オットー・シェーファー」です。天井高は4.40メートルで、平らな金箔装飾の漆喰天井が輝いていました。
この部屋は「結婚式の間」ともいわれており、現在も結婚式を挙げることができるそうです。この日はガラスの扉が閉まっていたので、残念ながらガラス越しの写真になっちゃいました。 -
そして4階にある「大公の間」は、円筒形ヴォールト天井になっており、高さは約7メートルもあるそうです。アーチの頂石には、金色の冠に囲まれた大公のイニシャル「EL」が刻まれています。そして裸体の女騎手と若き戦士が幻獣に跨り、巻貝の家屋の上に豊穣の角から穀物を注ぎ出している姿が描かれています。壁面に描かれているのは規則的なリズムで巻貝の殻の間を這うトカゲだそうですが、私には理解できません…(笑)
この「時間への勝利」を象徴する寓意画は画家「フリッツ・ヘーゲンバート」による作品です。
この部屋には、結婚式のバトラーの人形が置かれていました。 -
結婚式の間には、たくさんのウエディングカップが飾られていました。
ウエディングカップとは、若いカップルが困難な状況を共に乗り越えられることを独創的な方法で証明するための典型的な結婚祝いの贈り物で、金細工の町ニュルンベルクに起源をもつ、16世紀の伝説によるものだそうです。
その伝説とは「ある公爵の若い娘は、ハンサムな金細工師に深く恋をしていました。侯爵は身分違いの恋を認めることができず、若者を地下牢に閉じ込めました。娘は泣きじゃくり、病気になり、どんどん衰弱していきました。ついに公爵は慈悲の心を示し、「もしこの金細工師が、二人で一滴もこぼさずに飲めるカップを作れるなら、彼を夫に迎えるがよい」と言いました。金細工師は愛に触発され、わずか数日で、他に類を見ない、美しいスカートの形をしたウエディングカップを作り上げました。このカップには、美しい恋人の上半身の模型が取り付けられ、両手には小さな可動式のカップが握られていました。そのため、二人の恋人が同時に杯から一滴もこぼさずに飲むのは簡単でした。貴族は約束を守らなければならず、しぶしぶ結婚を祝福した」というものです。
ロマンチックですね~ スカートの部分もカップになり、2つのカップで同時に飲めるらしいです。 -
「結婚式の塔」と「展示棟」の前には、広い公園があり、そこにもアール・ヌーヴォー様式のアーチ型のアイアンの門があります。
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お花が並んでいるような柵も可愛いです。
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そしてこの公園には、少々場違いにも思える「ロシア正教会」があります。
なんとこの教会は、最後のロシア皇帝「ニコライ2世」と「エルンスト・ルートヴィヒ大公」の妹「アレクサンドラ皇后」がダルムシュタットへの旅行の時も教会への礼拝を欠かしたくないとのことで私費で建築したそうです。教会は初期のヤロスラヴリ教会の様式で建てられており、ロシア全土の土がロシアからダルムシュタットへ特別に運ばれて、ロシアの土壌の上に作られたそうです。
金箔を施した玉ねぎ型のドームと、豪華に装飾された金色の屋根のフリーズを備えたこの礼拝堂は、ドイツにおけるロシア教会建築の逸品と言われているとか。 -
建築設計は、サンクトペテルブルク美術アカデミー学長「レオンティー・ニコラエヴィチ・ベノワ」だそうです。
入口上部の切妻には、礼拝堂の守護聖人である聖マグダラのマリアが描かれています。このモザイクは、ロシアの画家「ヴィクトル・ミハイロヴィチ・ヴァスネツォフ」がデザインし、ロシアのモザイク芸術家「ウラジーミル・アレクサンドロヴィチ・フロロフ」が制作しました。
入口のアーチの下には、二人の天使に付き添われたオルガ大公妃を描いたモザイクがあります。 -
玉ねぎ型ドームの装飾用陶器製フリーズとパネルは、ケルン大聖堂の床モザイクも担当した、ドイツの誇る「ビレロイ&ボッホ社」によって製造されたものだそうです。
ターコイズブルーを基調とした釉薬をかけた陶器の装飾は、ハンガリーのアール・ヌーヴォーを思い出します。陶器をよく見ると、様式化された双頭の鷲が描かれていますし、花をモチーフにしたアール・ヌーヴォーのモチーフも見られます。 -
教会の前には、「睡蓮の池」と呼ばれる水盤があります。1914年の芸術家コロニー展で、スケッチとして保存されていた「ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ」のアイデアを「アルビン・ミュラー」が取り上げ設置したそうです。
釉薬をかけたタイルの床は、礼拝堂の陶器のフリーズのモチーフと配色を反映しています。色鮮やかなユリの模様を形作るため、「ユリの水盤」とも呼ばれているそうです。 -
この公園には「白鳥の寺院」と呼ばれる建造物があります。こちらも「アルビン・ミュラー」の設計で1914年の芸術家コロニー展のパビリオンとして設置されたものだそうです。
直径6.5mの円形で、頂部に円錐形の屋根があり、2対の大理石円柱×8組=計16本の円柱で支えられています。二重柱の上には白鳥をモチーフとした白い陶器レリーフが付いています。そしてドーム天井はユーゲントシュティールの美しい草花文様で覆われています。 -
公園からはユーゲントシュティールの家々もよく見えます。ちょっと高い位置からなので、下からは見えない屋根上の様子も見れたりします。
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この家は、家具製造業者の「ユリウス・グリュッケルト」の邸宅「スモール・グリュッケルト邸」です。この芸術家村プロジェクトの重要な推進者の一人だったグリュッケルトの自邸で、1900年から1901年に「ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ」により建てられた邸宅です。もともと芸術家村のメンバー「ルドルフ・ボッセルト」の住居として計画されていましたが、建設中に、「グリュッケルト」が購入し、1911年に亡くなるまでこの家に住んでいたそうです。
2階の窓は、「ルドルフ・ボッセルト」による彫刻が施された木製のフレームで縁取られています。この木の茶色味が、周囲の明るい漆喰の表面と魅力的なコントラストを成していて、とても印象的です。この家は、東側の入り口以外は、オリジナルの建築様式をそのまま残しているそうです。
Alexandraweg 25 -
「スモール・グリュッケルト邸」の隣には、多分この芸術家村で一番美しくユニークな邸宅「ラージ・グリュッケルト邸」が立っています。
4面のファサードはすべて異なる非対称のデザインで、屋根には曲線で構成された釣鐘破風が見られます。
この家も「ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ」の設計で1900年から1901年に建てられた家で、完成と同時に「ユリウス・グリュッケルト」が購入し、この邸宅で、自らが手がけたモダンなインテリアデザインを展示しました。
Alexandraweg -
南北に面した切妻屋根の大きな窓と、植物モチーフの漆喰のレリーフはとても印象的です。
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家を囲む石積みの壁とその上のアイアンの柵や、様式化された葉のモチーフで飾られたアイアンの門も建設当時のものだそうです。
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入口は表通り(アレクサンドリア通り)ではなく角を曲がった細い階段状の坂道(クリスチャンセン通り)側にあり、扉は門からさらに入った奥にあります。
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入口のデザインはとてもユニークです。
オメガ型の木製扉を金箔の装飾が囲んでいます。扉のガラス部分には緩やかな曲線を描くアイアンの装飾が付いています。両サイドの壁から下がっている外灯もおしゃれな感じです。
もう、めちゃくちゃ好みです。 -
各窓の装飾もいろいろ工夫されていて、とてもかわいらしくデザインされています。
この窓の面格子のデザイン、どこかで見たと思ったら、オルブリッヒの自邸の門に似ています。 -
「ラージ・グリュッケルト邸」の入口のある「クリスチャンセン通り」です。
石畳の幅広の階段ですが、まっすぐ「白鳥の寺院」や「ウエディングタワー」、「ロシア正教会」のあるメインの広場へ続いています。 -
「クリスチャンセン通り」を挟んで「ラージ・グリュッケルト邸」の向かいに立っているこの邸宅は、「ハウス・ベーレンス」です。
オルブリッヒの設計した家の多いこの地区ですが、設計したのは「ペーター・ベーレンス」で、1901年に完成したスタジオハウスです。彼の最初の建築作品として非常に価値の高いものと言われています。
ベースは白いモダニズムの住宅ですが、北面、西面の教会のような釣鐘形の破風や角柱のピラスター(付柱。壁と一体化した柱)などがユニークです。
Alexandraweg 17 -
装飾のない白い漆喰の壁がその周りを縁取る緑色の釉薬を施した化粧タイルと、この地域では珍しい赤褐色の鉄製クリンカーレンガ(部分的にガラス化したレンガ)を引き立たせ、とてもすっきりとした印象的な外観を作っています。
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玄関扉は階段状になった緑のタイルの枠に挟まれていて、金の独特な装飾が付いていました。これは様式化された鷲の翼だそうで、「フリードリヒ・ニーチェ」の哲学を暗示しているとか。
西側のまぐさの上には、「我が家よ、世間の喧騒の中にあっても、堅く立ち続けよ」という碑文が刻まれていました。(2つ前の写真の右端に小さく写ってます) -
さて、「マチルダの丘」の建築たちに別れを告げフランクフルトに戻ることにします。「ダルムシュタットオスト駅」の前に何やら立派な門があるので、ちょっと覗いてみることにしました。
グーグルで確認したところ「ローゼンヘーエ公園」の入り口のようです。この門と門番小屋は、建築家「グスタフ・ヤコビ」の設計に基づき、1894年に建てらたものだそうです。 -
入り口を入ると奥へと続く道が伸び、自然豊かな広い公園が広がっていました。
中へ少し進んでいくと、古い門のようなものが現れます。近くには宮殿の様な建物の写真もあります。この門は、かつての「ローゼンハイム宮殿」の入口の門で、立派な紋章が付いています。写真の建物はヴィルヘルム公が自らの館として1894年頃に公園内に建てた宮殿で、1903年から1918年までプロイセン公使が住んでいたとのことですが、今はこの門と噴水しか残っていません。 -
「ローゼンハイム公園」は、さらに奥に行くと霊廟などの建物もあるようでしたが、列車の時間が近づいたので、この宮殿跡で引き返し、のどかな「ダルムシュタットオスト駅」から列車でフランクフルト中央駅に戻りました。
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フランクフルトに戻ったのですが、空港に向かう迄まだ1~2時間あったので、ベタベタのフランクフルトの観光地「レーマー広場」に行くことにしました。私は30年以上前に何度か行ったことがあるのですが、相方はフランクフルトが初めてなので、とりあえず行っとくか…って感じです。
フランクフルト中央駅から地下鉄に乗って向かいました。一駅ですけど(笑) -
地下鉄を出るとすぐに登場するのが、「フランクフルト大聖堂(聖バルトロメオ大聖堂) 」。ゴシック様式の高さ95メートルの塔が、変わらぬ威厳を放っています。
大聖堂は 1550年頃に完成しましたが、1867年の大聖堂火災後の修復と第二次世界大戦による被害の修復を経て、現在の外観になっているそうです。 -
中に入ったことがなかったので、ちょっとだけ中に入ってみました。
びっくりするほどすっきりとした内装でした。 -
「レーマー広場」に出てきました。
歴史ある建物が並んでいるように見えますが、15世紀から16世紀の木骨造りの家々が立ち並ぶ旧市街は、1944年のフランクフルト空襲で大部分が破壊されてしまったので、この「レーマー広場」に建つゴシック様式とバロック様式の切妻屋根や木骨造りの家々は、ほとんどが再建または新築です。
それでも相変わらず多くの人でにぎわい、ドイツを感じることができる明るい雰囲気の広場です。
大昔、私がはじめてのヨーロッパツアーで訪れた場所です(笑) -
「レーマー広場」で一番有名なのが、この中央の建物「旧市庁舎レーマー(Römer)」です。1405年3月11日に商人「レーマー」が市議会に売却した建物で、15世紀からフランクフルト市庁舎となっていたそうです。
ゴシック様式の階段状の切妻屋根がフォトジェニックで、フランクフルトのランドマーク的存在です。 -
現在のバルコニー付きのネオゴシック様式のファサードは1896年に建設されたそうですが、神聖ローマ帝国の4人の皇帝、2つの市の紋章など、中世のデザイン要素がいっぱい盛り込まれっています。
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大昔に行ったときは全然気にも留めなかった、細かな装飾に引き付けられました。
年を重ねた後にに行ってみるのもいいもんですね。 -
フランクフルトの市庁舎は、長年にわたって近隣の邸宅を買収して拡張していき、今では約10,000平方メートルの敷地面積を誇り、6つの中庭を囲む9つの住宅で構成された3階建ての建物群になっています。
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北側と南側の塔をつないでいるこの陸橋は、屋根付きの橋なのでヴェネチアの「溜息橋」の意で「ゼイフツァー橋」と名付けられているそうです。
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橋を支えているおじさん二人、何を話しているんでしょう。
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この市庁舎周囲は戦争で壊滅的な被害を受けていたわけですが、当時の雰囲気をしっかり再現していて素敵です。
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素敵なアイアンもいっぱい。
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これとっても気に入ったアイアンです。
「レーマー広場なんて何度も行ったから行かなくてもいいかな」なんて思っていましたが、目の付け所が年とともに変わっていて、新たな楽しみ方ができました。 -
これは市庁舎の地下にあるレストランの入口です。地元料理やワインを提供しているそうですが、この時はまさかレストランだと思っていませんでした。
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めちゃめちゃカッコいいレリーフが壁についていました。
ラテン語で何やら書かれているのですが、翻訳機で読ませるとそのたびに訳が違っているのでよくわかりません。
この建物を建設(再建?)した年が書かれているようではありますが…。 -
レーマー広場のすぐそばには、マイン川が流れています。
この鉄の橋と川と教会の眺め、好きなんですよね~。はじめてヨーロッパに降り立った時の、あのわくわくした気持ちを思い出します。
フランクフルトに来ると、必ずここを散歩したくなります。 -
フランクフルトと言えば、これですね。
なかなか最後にいい写真が撮れました(笑)
11日間の旅の締めの写真にふさわしい!
ということで、2024年の建物巡って歩き倒しの旅はこれにて終了。
ANAにて羽田へと向かいました。
ハンガリーがとっても気に行ってしまった私、2025年も再訪してしまいました。
その様子は…2026年中には書きたいと思いますが、どうなることやら。
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