2025/11/30 - 2025/11/30
37位(同エリア173件中)
みーみさん
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神戸建築祭は2023年にスタートした建物公開イベントです。
過去2年は秋に開かれてきましたが、次回は2026年5月開催に。
ただし、舞子、垂水、塩屋、須磨のエリアが、2025年11月30日の
一日限定で開かれました。
舞子公園の中にある舞子海上プロムナード、橋の科学館、移情閣、旧武藤山治邸、旧木下家の5つの施設は通常でも見れるんですが、塩屋の異人館と言われる住宅は普段は中を見ることができないので、この機会に見学してきました。
このエリアは 別荘地、住宅地として開発されたところで、今もそれらの
邸宅が残されていました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
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舞子公園の中にある建築祭パスポート公開建物は舞子海上プロムナード、橋の科学館、移情閣、旧武藤山治邸、旧木下家の5つです。
建物入場に必要なパスポートは前売りで2000円でした。舞子公園 公園・植物園
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舞子公園は大迫力の明石海峡大橋を間近に見ることができる公園です。
メインケーブルを固定するアンカレイジの巨大なこと!明石海峡大橋 (本州 舞子浜側) 名所・史跡
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すごい! そして、美しい!
明石海峡大橋 (本州 舞子浜側) 名所・史跡
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イチオシ
明石海峡大橋は1998年開通、全長3911メートル、夜になるとライトアップされます。
明石海峡大橋 (本州 舞子浜側) 名所・史跡
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まずは、舞子海上プロムナードから見学します。
舞子海上プロムナード 名所・史跡
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入口ロビーはクリスマス仕様になっていました。
舞子海上プロムナード 名所・史跡
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エレベーターで8階まで上ります。
舞子海上プロムナード 名所・史跡
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プロムナードという名前のとおり、海の上の散歩道ですが、吹き曝しではないので、それほど怖さはありません。
舞子海上プロムナード 名所・史跡
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イチオシ
構造的に必要なものばかりなのでしょうが、なんだか芸術的にも美しいなって思います。
点検用の通路がいくつもありました。
今日は明石海峡大橋塔頂体験ブリッジツアーも建築祭貸切で行われていて、かなりの参加者がいたみたいです。舞子海上プロムナード 名所・史跡
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海上プロムナードの施設の上に車道があるので、車の走る音がけっこうしました。
舞子海上プロムナード 名所・史跡
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ガラスの下に広がる明石海峡は迫力満点!
明石海峡はやはり流れが速いです。舞子海上プロムナード 名所・史跡
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西側の展望室の案内に「舞子砲台跡」というのがありました。
舞子海上プロムナード 名所・史跡
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あのギザギザっとしたところが砲台跡らしい。
後で行ってみなくては!舞子海上プロムナード 名所・史跡
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景色を見渡せるトムズカフェというカフェレストランもあります。
舞子 トムズ カフェ グルメ・レストラン
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海の景色を見ながら、食事やお茶もできます。私はソフトクリームを。
明石の蛸のキャラクターグッズなどお土産も充実していました。舞子 トムズ カフェ グルメ・レストラン
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明石の天文台もよく見えました。
舞子海上プロムナード 名所・史跡
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橋の科学館は明石海峡大橋の博物館。
その歴史から、工事、技術、構造、メインテナンス、イルミネーションについてまで明石海峡大橋のあらゆることが展示されています。橋の科学館 美術館・博物館
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科学館は明石海峡大橋塔頂体験ツアーの人でいっぱいでした。科学館のガイドツアーも塔頂ツアーに含まれているようです。
橋の科学館 美術館・博物館
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造るのもたいへんだけど、保守点検もまたたいへん。
橋の科学館 美術館・博物館
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ケーブル点検装置。
橋の科学館 美術館・博物館
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点検や修復に関しては塗装自動ロボットなど、自動化されているところも増えてきて
いるようですが、まだまだ、人間の目視や経験に頼る部分も多いようですね。橋の科学館 美術館・博物館
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橋の科学館を後にして、先ほど海上プロムナードから見えた砲台跡にやってきました。
石垣は当時のもの。舞子公園 公園・植物園
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大砲を模したベンチなんかもありました。
舞子公園 公園・植物園
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橋も見えて、この場所、ちょっとした穴場かもしれません。
舞子公園 公園・植物園
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整備されて現在見ることができるのは、砲台のほんの一部です。
幕末、勝海舟の指導のもと明石藩が建設した稜堡式と呼ばれる西洋式の要塞で、1863年着工、1865年竣工ですが、1863年には実際下関戦争も起こっているので幕府の危機感は並大抵のものではなかったでしょう。向いの淡路島には徳島藩の松帆砲台があり、万が一のときには挟み撃ちにするこころづもりだったと思われます。舞子公園 公園・植物園
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この装飾や手すりはコンクリート製で、けっこう古いものみたい。
でも、砲台にあったとも思えないし、謎。
この謎は後で移情閣に行ったときに解けました、たぶん、ですが・・。舞子公園 公園・植物園
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さて、次は移情閣を見に行きます。
移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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3階建ての望楼と付属屋からなっています。
望楼はコンクリート製、正確にはコンクリートブロック製です。建築は1915年、付属屋のほうがそれより早く建てられたようです。移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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部屋の中に入ると確かに八角形なんですが、外から見ると六角形に見えるので地元では六角堂と呼ばれてきました。
それぞれの窓から違った景色を眺められるので移情閣と名付けられたと言います。移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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六角堂の内部。壁が八面あります。
内装は洋風の造りですが、天井の飾り派でした龍でした。移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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窓からは明石海峡大橋が眺められます。
移情閣は明石海峡大橋の建設やそれに伴う舞子駅や国道2号線の拡幅工事の際に場所が元あった場所から移転されています。この工事の際に、昔国道2号線の海沿いに並んで、電車からも見られた何軒もの洋館が取り壊されてしまいました。移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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暖炉のタイルも修復したもので色鮮やか。
移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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壁紙は復元された金唐紙です。
移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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オリジナルの金唐紙も展示されていました。
移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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柱の飾り彫刻。
移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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レゴで作られた移情閣が展示してありました。
移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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この後訪問予定の、旧武藤山治邸のレゴもありました。
移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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左に曲がって、今度は右にと言うちょっと変則的な階段を上って2階にあがります。建物の形に合わせるとこんな形の階段になるんでしょうね。
移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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二階も一階と同じ造りになっていますが、一階と違って、天井が全面板張りになっていました。
移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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2階の天井の装飾は鳳凰でした。
3階もありますが、3階には上がれませんでした。移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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この建物は孫文の支援者でもあった華僑の呉錦堂の建てた建物で、孫文記念館として
孫文の直筆の書などが展示されています。移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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2階には昔の移情閣やその近辺の写真が展示されていましたが、その一枚。
この写真に写っているてすりと塔(照明のようです)、さきほど見てきた舞子砲台跡にあったものと同じでは?
明石海峡大橋建設の時埋め立てが行われて舞子公園の形もずいぶん変わったようなので、昔は舞子砲台跡までずっとこのてすりも続いてたのかも知れません。移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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同じ2階でも塔屋の2階の方が付属屋よりは高さが低いので、両棟は階段でつながれています。
移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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南向きのサンルームのような廊下が明るくて気持ちいい。
移情閣(孫中山記念館) 美術館・博物館
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次は同じ舞子公園内にある旧武藤山治邸に行ってみましょう。
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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イチオシ
なんといっても2階の円いバルコニーが特徴的。
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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入口は海とは反対側の北側にありました。右の建物は新しく建てられた管理棟で、カフェなどもあります。元はこの場所に和館があったそうです。
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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玄関側から見た旧武藤山治邸。
武藤山治は鐘紡の社長を務め、鐘紡は淡路島の洲本に工場があったので、そこへの拠点としてこの家を利用しました。竣工は1907年、設計は大熊喜邦です。旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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今は渡り廊下で本館と繋がっている別棟が入口になっていますが、元々はここが玄関です。土間がないので、靴のままで上がったと考えられています。
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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玄関の横にはステンドグラスがはめ込まれています。
ただ、ステンドグラスの位置が階段の上り口の低い場所でちょっと違和感があったんですが・・旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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後で外側から玄関を見るとこんな風になっていて、ステンドグラスは外側から見た時の位置を重視したのかなあと思いました。
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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ちょうど、前館長さんのガイドツアーが行われる時間だったので、参加しました。
現在この建物は見学のほかに、ジャズライブを行っていて盛況だそうです。
前館長さんは今はそのライブのプロデュースなどをされているそうです。
海辺の邸宅でライブなんて、素敵ですね。
入口入って左側に応接間があります。旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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玄関を入ってすぐ左手にある応接室。
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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応接室とドアでつながっている広間。
武藤山治が亡くなった後、屋敷は家具、調度品、絵画、蔵書などとともに鐘紡に寄贈され鐘紡舞子倶楽部という福利厚生施設として使われていました。
なので、家具もオリジナルのものがそのまま受け継がれています。旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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ちなみに武藤山治は銃撃されて亡くなりました。犯人もその場で自殺したため、動機やその背景は謎のままですが、一説には、当時の疑獄事件を追及したためとも言われています。
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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家具や調度品は散逸してしまうことが多いので、多くのものが建物と一緒にのこっているのはとても貴重なことだと思います。もっとも、絵画は今はほとんどレプリカで本物は美術館にあるとか?
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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一階のこの部屋は他の2部屋と違って、天井すべてが木が張られ、腰壁も張られて、重厚な雰囲気がしました。
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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花の彫刻のある椅子も当初のもの。
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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二階の武藤山治の書斎も、家具や蔵書がそのまま残されています。
他の部屋の絨毯は復刻したものですが、この書斎の絨毯はオリジナルのものです。なので、カーテンも閉め切り、部屋の中には入れないようになっています。旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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2階の部屋は、一階と違って、木製の天井飾りや腰壁もなく、一面白い漆喰塗で優しい雰囲気になっています。
2階は書斎、主人寝室、夫人寝室とプライベートな空間だったそうです。
でも、実際には和館を使うことが多かったとか。旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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天井も漆喰で。
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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武藤山治の肖像画が飾ってありました。
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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普段はバルコニーには出られないのですが、建築祭限定で、出られるようになっていました。
旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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いい景色ですね~。
手すりが低いので、赤線より外には出ないようにとのことでした。旧武藤山治邸 (旧鐘紡舞子倶楽部) 名所・史跡
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今度は山側にある旧木下家に向かいます。
旧木下家は山陽電車、JRの線路を越えて北側にあります。
途中、高台に舞子ビラというホテルが見えますが、この場所には昔、有栖川宮の別邸がありました。シーサイドホテル舞子ビラ神戸 宿・ホテル
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旧木下家は入口からは全く中が見えません。
旧木下家住宅 名所・史跡
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石が敷き詰められた坂と階段を上っていくと、前庭が現れます。園路と前庭をつなぐ敷石には伽藍の石が使われています。
旧木下家住宅 名所・史跡
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旧木下家は昭和16年に竣工した近代和風建築です。敷地面積は2290平方メートル、700坪ですか、広い。平屋ですがお屋敷もまた広い、というか造りがゆったりしている。
邸宅の中心にあるのは座敷です。琵琶床もあります。旧木下家住宅 名所・史跡
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座敷の床の間の天井は亀甲網代になっていました。
旧木下家住宅 名所・史跡
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随所に竹を用いた造作があり、数寄屋風になっています。
旧木下家住宅 名所・史跡
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竹の細工。
旧木下家住宅 名所・史跡
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こちらも手がこんでいる・・。
旧木下家住宅 名所・史跡
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欄間は源氏香と言われる模様。
旧木下家住宅 名所・史跡
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あちこちに色々な意匠が施されています。それを見るのも楽しかったです。
網代の扉に、松の模様のつまみ。旧木下家住宅 名所・史跡
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ガラス窓が松の形をしています。
旧木下家住宅 名所・史跡
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菱形の形をしているのは水回りの窓です。どちらかというと、裏側に当たる場所で
お客さんの目には触れないようなところにも、なぐり加工が施されてます。旧木下家住宅 名所・史跡
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座敷の続きの「中室」。
座敷、中室の両側は縁側、広縁となっており、縁側からは和風の中庭が、広縁からは前庭がながめられるようになっています。旧木下家住宅 名所・史跡
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中室の前の広縁は特に幅が広く取ってあり、船底天井になっていました。
旧木下家住宅 名所・史跡
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広縁の先には書院があります。床の間の左には付け書院、右側の開き戸は仏壇を入れていたところです。
旧木下家住宅は元は神戸で海運業を営んでいた又野良助という方が建てたもので、後に木下家に渡り、平成12年に神戸市に寄贈されました。旧木下家住宅 名所・史跡
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書院の雪見障子からは前庭を眺められます。
旧木下家住宅 名所・史跡
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応接室は邸内で唯一の洋風の部屋ですが、細部までこだわった意匠には心惹かれました。
旧木下家住宅 名所・史跡
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大理石の暖炉はありますが、実用的な暖炉ではなく、実際には電気ストーブが使われていたようです。
洋室ですが、吊戸棚は茶室みたいで和風テイスト。
また、暖炉の左側にはガラス扉の物入れがあり、旧木下家住宅 名所・史跡
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そして暖炉の右側には対をなすような木製扉の物入れが造り付けられていますが、
旧木下家住宅 名所・史跡
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棚の扉には花の模様が彫られています。
旧木下家住宅 名所・史跡
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よく見ると、戸棚のガラス扉にも同じ模様が施されていました。
旧木下家住宅 名所・史跡
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窓ガラスにも同じ模様をいれた装飾ガラスが嵌められています。
旧木下家住宅 名所・史跡
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よく見るとソファの模様もおんなじですね。
旧木下家住宅 名所・史跡
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照明器具はアールデコ調でした。
旧木下家住宅 名所・史跡
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トータルコーディネートされた洋室、応接間ですが、堅苦しくなくて、とても
リラックスできるような雰囲気を感じました。旧木下家住宅 名所・史跡
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邸内には茶室と待合もありますが、
待合は庭ではなく、室内にあります。旧木下家住宅 名所・史跡
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こちらがお茶室。
旧木下家住宅 名所・史跡
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中庭と、中庭から見た待合と茶室。
待合は室内、茶室の横にありますが、中庭に踏み石と、降りつくばい、にじり口があるので、待合からいったんお庭に出て、茶室に入ったんでしょうね。旧木下家住宅 名所・史跡
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土蔵も登録有形文化財に指定されています。通常は非公開ですが、特別に公開されていました。中にはブリキのおもちゃがたくさんありました。元々この蔵にあったものかどうかはちょっとわかりませんでした。
旧木下家住宅 名所・史跡
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前庭から家を眺めた所です。平屋ですが、中央部分だけ虫籠窓の付いたツシ二階になっています。
この時代にあえてツシ二階にしたのはデザイン的な意味合いもあったんでしょうか。
ちなみにツシ二階は一部には畳が敷かれていました。旧木下家住宅 名所・史跡
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舞子から電車に乗って塩屋にやってきました。
神戸市立塩屋小学校は全国でも珍しい蜂の巣型の校舎がみどころです。 -
蜂の巣校舎とは教室が六角形で、それをつなぎ合わせて上から見ると蜂の巣のようになっていることからついた名前だそうで、今では全国的にも珍しくなっているそうです。
円形校舎というのは見たことありますが、蜂の巣校舎というのは初めて。
円形校舎と同じように真ん中に階段があって、そのまわりに廊下、教室が広がっているという形になっています。 -
イチオシ
塩屋小学校から少し下って、塩屋異人館のひとつ岩井邸を訪ねました。
もちろん通常は中にはいることはできません。
塔のある「The 洋館」です。塩屋異人館街 名所・史跡
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でも、こちらは施主は外国人ではなくて日本人です。
家を建てる前に神戸の北野町に行って風見鶏の館を見て、「あんな建物にしたい、あっちはレンガ色だから、ウチは緑色にしよう」なんて思ったのかもと想像してしまいました。塩屋異人館街 名所・史跡
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広~い玄関です。
塩屋異人館街 名所・史跡
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玄関の正面に階段がありましたが、当日は一方通行になっていて、玄関を入って右手ちょっと奥まったところにある直線の階段を上って二階に上がりました。
この階段やてすりはちょっと和風を感じてしまいました。塩屋異人館街 名所・史跡
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階段をあがると、広い洋室がありますが、ステンドグラスがなんとなく欄間風な感じがします。
塩屋異人館街 名所・史跡
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ステンドグラスは菱形の模様で、木彫も菱形で統一されています。
塩屋異人館街 名所・史跡
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暖炉上も、網代と、ステンドグラスなどとデザインを合わせた木彫で、和洋折衷になってます。
このお屋敷は外観はほぼ100%洋風ですが、中は「和」を感じる部分があります。塩屋異人館街 名所・史跡
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気になっていた塔の部分ですが、小さな吹き抜けの部屋になっていました。
ほんとうに塔をつくるためだけに造ったような空間でした。塩屋異人館街 名所・史跡
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廊下をはじめ、部屋の床などは後年やり替えたものかなと思いました。
塩屋異人館街 名所・史跡
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南側のサンルーム(廊下)からの眺め。海が見えますが、海際に高い建物が建って、一部海が見えにくくなっていました。
塩屋異人館街 名所・史跡
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2階には床の間のある和室がありました。
塩屋異人館街 名所・史跡
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欄間のデザインが粋ですね。
塩屋異人館街 名所・史跡
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網代天井にこちらも変わったデザインの欄間です。
塩屋異人館街 名所・史跡
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こちらがメインの階段ですが、見学日当日は下り専用の階段となっていました。
ただ、てすりはとてもシンプル。普通、昔の洋館は階段はもっと凝ったりするんだけどなあと、ちょっと意外でした。塩屋異人館街 名所・史跡
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エアコンもつけられて、天井や壁もきれいで、実際に、大切に使われていたんだなと思いました。
塩屋異人館街 名所・史跡
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一階にあった暖炉は塞がれて、上部もなにか改修したような形になっていました。
彫刻の施された枠はオリジナルだと思います。
2階に暖炉があったし、煙突もあるので、昔は実際使われていたんだと思います。塩屋異人館街 名所・史跡
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最後に訪れたのは、赤がアクセントの三角屋根の旧後藤邸です。
現在は神戸市の所有になっていますが、今まで非公開で閉じられていました。
最近は実測調査も行われ少しずつ補修なども行われているようで見学会も開かれるようになり、今回、建築祭でもパスポート公開されました。塩屋異人館街 名所・史跡
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ドイツ壁が洋館らしい。
塩屋異人館街 名所・史跡
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玄関にはかわいらしい薔薇の花のステンドグラスがありました。
塩屋異人館街 名所・史跡
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玄関入って右側にある応接室です。
旧後藤邸とありますが、後藤さんは最後の所有者で、大正中頃に建てたのは武田常次郎という神戸で貿易を行う人でした。塩屋異人館街 名所・史跡
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設計は初代通天閣の設計者として有名な設楽貞雄です。
暖炉のデザインはセセッション風。
須磨に、彼が設計したやはりセセッションの邸宅西尾邸が現存しています。塩屋異人館街 名所・史跡
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腰壁には花模様の象嵌が施されています。
塩屋異人館街 名所・史跡
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応接室の扉を開けたその向こうには畳の部屋が・・。
塩屋異人館街 名所・史跡
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立派な床の間がありました。
塩屋異人館街 名所・史跡
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これは一種の狆くぐり?
塩屋異人館街 名所・史跡
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二階へ上がってみます。
照明もステキ。塩屋異人館街 名所・史跡
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イチオシ
階段の親柱のデザインもセセッション風です。
一部赤くなっているのは、「漆塗り」を意識しているそうです。塩屋異人館街 名所・史跡
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白黒の市松模様の床が印象的な洋室は、一階の暖炉とは微妙にデザインや色合いが違っています。
塩屋異人館街 名所・史跡
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後藤邸の前は道路と線路だけなので、将来この海の見える風景が妨げられることはないでしょう。
塩屋異人館街 名所・史跡
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窓には木製の枠が造られています。
塩屋異人館街 名所・史跡
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細かい細工も見られます。
塩屋異人館街 名所・史跡
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洋館の南側には平屋の和館があります。
北側にも和館が接続していますが、そちらは公開されていませんでした。塩屋異人館街 名所・史跡
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南側の平屋部分の和室です。
塩屋異人館街 名所・史跡
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旧後藤邸の向かいにある旧グッゲンハイム邸は今回はパスポート公開はありませんでした。
旧グッゲンハイム邸 名所・史跡
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旧後藤邸や旧グッゲンハイム邸や他にも何軒かが固まって残っている塩屋の異人館です。
塩屋にはジェームス山という異人館街もありますが、今建物として残っているのはジェームス邸だけのようです。ジェームス邸は昔は井植邸と呼ばれていて、サンヨー電気の迎賓館だったのかな。今は結婚式場やレストランになっているので、ぜひ行ってみようと思っています。塩屋異人館街 名所・史跡
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