2025/08/23 - 2025/08/23
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hisadogさん
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仲間と年に一度大人の社会科見学へ出掛けている。
今年は見沼通船堀周辺。私はこの存在を知らなかった。江戸時代に地域の米を江戸へ運ぶため芝川へ船を通したいのだが高低差があるため通船堀が作られたとのこと。スエズ運河やパナマ運河のような仕組みが、江戸時代に規模は小さいとはいえ日本にあったことにビックリ。すごいね、人間って。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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見沼代用水と芝川を結ぶのが見沼通船堀。この写真の後ろ側に見沼代用水が流れている。現在は水門があって通船堀の水位はちょろちょろ状態だけれど、大正末期まで結構な量の水が流れていたようだ。
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仕組みがよく分からなかったけれど、説明板でようやく理解した。真ん中に流れる芝川の水位が代用水より3mくらい低いらしい。代用水を通ってきた船をそのまま芝川へ通すために2カ所『堰』を造って1.5mずつ水位を下げたのがこの仕組みということだ。
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通船堀の途中に川幅が膨らんでいる場所がある。ここが堰だったところだ。
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2カ所のうち1カ所が復元されていた。
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鳥居みたいに見える場所に板を一枚ずつ下ろして川をせき止めていったそうだ。
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堰の手前の船だまりと堰
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鈴木家 見沼代用水と通船堀を造った井沢弥惣兵衛為永と共に働いたことから通船業務を受けていたようだ。その建物が残っている。
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たまたま出掛けていったのが土曜日。公開されているということで家の中庭側を見ることができた。
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見沼代用水から芝川を通って江戸まで行った船の説明図。
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船底が真っ平らなのが分かるだろうか。川を行く船は波を受けないので平らなのだそうだ。海は波が来るのでいわゆる弓なりになっている。なるほど。今まで全く知らなかった。
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復元された「ひらたぶね」。実際はこれの2倍の大きさだそうだ。幅3m長さ10mあったそうだ。この復元船は、イメージする木造船の大きさ。でも、実際はとんでもなく大きいことが分かる。
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鈴木家の蔵。この左側を通船堀が流れている。
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左側を通船堀が流れている。
蔵の下側が板になっているのは、上下の留め金を外すと板塀が外れて米俵を入れやすくなるそうだ。なるほど、蔵の扉から入れていたのでは時間が掛かるからだね。 -
蔵の中。柱が外れるようになっているのが内側からも分かる。
鈴木家の当主が出てきて一生懸命説明してくれてた。(説明より暑い中なので高齢のご主人が倒れないか心配だった。)おかげで船や通船堀のことがとてもよく分かった。ありがたかった。 -
蔵の中に展示物が多数あった。地元の小学生が社会科見学に来るそうだ。ご主人が小学生には説明できない内容(米俵を積んで江戸に下りた船頭たちは吉原でめちゃモテたそうだ。米を売ったお金をたくさん持っていたから)を説明してくれたのが面白かった。
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ご主人にお礼を言って別れた後、芝川を見に行った。なるほど低いのである。左側に通船堀があるのが見える。
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川の横に「水神社」が建っていた。
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水を大切にしていたことがよく分かる。
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とても暑い日でお昼にしようと仲間が選んだのが、「厨Sawa」 孤独のグルメシーズン5で出てきたお店らしい。混んでるかなあと思いながら住宅街を走ると、何と1台だけ店の前に車が駐められる。店内も4人がちょうど座れて待ち無し!やったあ
で、頼んだのがトマトシチュー。孤独のグルメでは『アメリカンオムレツ』を五郎さんは食べたらしいけれど、店主の方がうちはシチューのお店なんだとの一言で私はトマトシチューにしたのでした。
ちなみに仲間は、1人クリームシチュー 2人アメリカンオムレツでした。 -
食事で元気が出たので、次は、私がお薦めの『柴山伏越(しばやまふしこし)』に出掛けます。
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説明がちょっと必要。見沼代用水を利根川から引いてくるとき、途中に代用水より低い「元荒川」が流れている。その元荒川を越えるために造られたのが『柴山伏越』
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水門のように見えるのが伏越の入り口
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これが元荒川。左側から見沼代用水が流れてきている。
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伏越とは、伏して越すの通り元荒川の下を通って反対側に出てくるものです。水を通すためにサイフォン方式で水を引き上げたらしい。行ってみると分かるけれど、どうやって水を吸い上げたのだろう?と考えてしまう。
水を下から上に上げるためにホースに水を一杯にして上で離すと水が上ってくるのは分かるけど大きさが違う。一番最初どうやったんだろう? -
柴山伏越のお寺の所に見沼代用水を造った井沢弥惣兵衛為永の墓があった。自分の大事業の横で静かに眠っているんだなあ。
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元荒川を渡った先に田んぼが広がっていた。伏越がなかったらできなかった田んぼなのだなあ。と感慨にふけりながら家に戻ってきたのでした。
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