2022/12/10 - 2022/12/23
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urufeeさん
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12月12日、高松から大阪に移動。ホテルに荷物預かって貰ってから映画を一本。翌13日は薬の街とも言われる道修町を散策した後、日本橋の電気街へ。14日は大阪城公園周辺にある史跡巡り。この旅行記は大阪だけを纏めました。全体の日程は下記です。
12月10日 羽田13:45発で高松空港へ。空港から瓦町の近くのホテルへ。この日は移動だけです。
12月11日 琴平電鉄志度線で琴電屋島へ、そこから屋島を徒歩散策。
12月12日 高松から大阪へ移動。大阪到着後、映画一本見に行きました。
12月13日 地下鉄・北浜駅から、大阪薬の街などを散策。
12月14日 大阪城公園周辺の史跡関連を散策。
12月15日 大阪から名古屋へ。名古屋到着後、少しだけ名古屋電気街へ。
12月16日 午前中METビューイングで大好きな椿姫を見てから、再度電気街と大須観音など。
12月17日 名古屋から静岡へ移動。ホテルに荷物預け、清水で第九鑑賞。
12月18日 久能山東照宮見学のあと、駿府城址見学。
12月19日 静岡から村井へ移動し、健康ランド4泊してノンビリ。
写真は大阪歴史博物館10階から見た大阪城公園。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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江戸時代に薬種問屋が軒を連ねていたことから”薬の街”とも称される大坂・道修町。
地下鉄・北浜駅から歩いてすぐの所に在る、少彦名神社から見学。日本医薬の祖神・少彦名命が祀られています。 -
新型コロナウィルス退散を祈ってくれています。
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でもここの”くすりの道修町資料館”は感染拡大防止で閉館中。残念。
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少彦名神社の前は道修町通りで、多くの製薬会社のビルが建っています。「道修町ミュージアムストリート」とも呼ばれ、これらの製薬会社内部にも薬に関する展示物が有ります。ここはどの製薬会社の資料室だか忘れてしまいましたが、何社かの資料室を見学しました。
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こちらは田辺三菱製薬会社。
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こちらは塩野義製薬。
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そして住友ファーマ。
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製薬会社の見学を終えて昼食。
昼食後に大阪企業家ミュージアムに移動しました。内部は撮影禁止でしたが、結構面白くて予定以上に時間取ってしまいました。この後、夕食に串カツ食べてホテルに戻りました。 -
12月14日は地下鉄で谷町四丁目駅へ行って、大阪城公園周辺の史跡巡りをしました。
まずは大村益次郎卿殉難報国之碑から。
大村益次郎は近代陸軍兵制の確立を目指しますが、不平士族の反感で右足に重傷を負います。この碑の近くに在った病院で右足切断の大手術を受けますが、既に手遅れで落命します。 -
大村益次郎之碑の近くには、歩兵第三十連隊創立100周年の記念碑も建てられています。
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こちらは難波宮跡。大化改新後にこちらに遷都されて暫く都になります。
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難波宮跡地の一角に、歩兵第八連隊の碑が建っています。
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難波宮跡を見学した後、大阪歴史博物館に入ります。
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博物館の前には、大型倉庫が再現されています。古墳時代には東に6棟、西に10棟など整然と並んでいたとのこと。
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大坂歴史博物館は7階から10階が常設展示場になっています。10階から下の階に向かって古代、中世・近世、近現代の順に階ごとに展示物が変わります。
写真は10階の難波宮再現展示。 -
10階からだと、先ほど散策した難波宮の全体が良く見えます。
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難波宮の復元模型も展示されています。
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博物館は大阪城公園の前なので、大阪城もよく見えます。
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9階の中世・近世に移りました。
これは秋祭りで曳航される山車の展示品。御座船地車という舟形の珍しいらしい山車ですが、これは1800年頃製作と伝わっています。 -
最後は7階の近現代。
ここでは昭和初期の心斎橋筋商店街の一部が再現されています。 -
1970年の大阪万博当時作られたタイム・カプセルの一つで、埋設されずに展示されています。内臓物は写真で展示されていました。
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大阪歴史博物館を後にして、細川越中守忠興邸跡にある越中井に来ました。
関ヶ原の直前、石田三成が在坂諸大名の妻子を人質にしようとした時、忠興夫人であるガラシャはこの命に従わず、家臣に胸を突かせて37歳で生涯を終えます。細川忠興夫人秀林院殉節之遺址の碑が建てられています。 -
越中井の近くで昼食を取り、森ノ宮神社に到着。
ここは太平洋戦争中の空襲で爆撃の痕跡が残っているとの事。狛犬の所がハッキリ分かるとの事だったのですが、私にはどれが爆撃痕跡なのか分からずじまいでした。 -
次に”ピース大阪国際平和センター”を訪ねました。
ここでは太平洋戦争に関する展示品を見ることができます。 -
近くに有った戦後50周年記念のタイムカプセル。戦後100年後の2045年に開かれるそうです。あと10年だから何とか生きているかも。
府内全ての自治体の平和都市宣言などが納められているそうです。 -
”ピース大阪国際平和センター”内部を見学します。
これは奉安庫。天皇皇后両陛下の御真影と教育勅語が入っていたのだそうです。 -
家の中に造られていた防空壕との事。
中には入れませんが、どの位の広さが有ったんでしょうね。 -
こちらは焼夷弾。
直径約8cmの六角形の焼夷弾19本を鉄バンドで束ねてあります。 -
ピース大阪は大阪城公園の一角、大阪砲兵工廠診療所跡に建てられているので、その後大阪城公園内の史跡を見学。
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明治維新後に管轄した陸軍が設置した実弾射撃の訓練場・城南射撃場跡。
戦後は陸上自衛隊の射撃練習場として使われ、1968年に撤去されます。 -
こちらは教育塔。
1934年の室戸台風で殉職した教員や死亡した児童が多数出た為、同じような災害が起きないことを祈願して、1936年に教育会の発案・決議で建設されました。 -
まだ大阪城公園内で予定していた見学場所有ったのですが、だいぶ遅くなってしまい、この後の大手門以降はまた大阪再訪することにしてホテルに戻りました。
明日は名古屋へ移動します。名古屋・静岡は別旅行記にまとめましたので、宜しければそちらもご覧下さい。
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