2008/04/18 - 2008/04/18
1342位(同エリア1505件中)
リュックさん
旅行を海外から専ら国内に切り替えてから、
短期な日程で各地を訪ねてきた。
最近の日程は3泊~4泊がほぼ定着してきた。
この程度の日程の方が体力的に負担は
少なく、計画をたて、
あご、あし、まくらの手配をする量が丁度良い。
-
瀬戸大橋や通称しまなみ海道を渡り各地を訪れる。
訪れたい場所を効率よく回るルートを一筆書き方式で
色々なルートを試行錯誤した結果、
今回の3泊4日のルートになった。
・4月23日(月) : 成田空港~関西空港~新大阪~岡山~倉敷
・4月24日(火) : 倉敷~岡山~今治~大三島
・4月25日(水) : 大三島~尾道~神戸
・4月26日(木) : 神戸~関西空港~成田
今回の旅の目的は
・瀬戸内の新鮮な魚を食べる
・聖徳太子、足利尊氏ゆかりの寺、
そして小津安二郎監督、原節子主演、東京物語の
舞台になった尾道浄土寺を訪ねる
・倉敷市内散策、大原美術館でグレコ、棟方志功の作品を見学する
・六甲山山頂に宿泊し、神戸の夜景を楽しむ
・神戸北野異人館街散策
・大阪赴任時代住んでいた阪急御影を訪れる
・大阪で美々卯うどんすきを味わう
・航空機で成田から関西空港を往復する
など盛りだくさんの内容でしかも、
大阪までは新幹線ではなく、航空機を利用し、
離陸遅延などの時間的なロス、乗り降りが多く、結構忙しかった。
LCCが運航され、航空運賃が安価で人気だったので
Jetstarを成田から利用したが、空港での待ち時間など
考えると、ストレートに新幹線を利用したほうが
良かったかもしれない。
旅に出ると何かしら、事件が起き、ニュースで話題になる。
今回も我々が行く「くしまなみ海道」で脱走犯が
逃亡中で島に潜伏しているらしい。
注意しようといっても注意のしようがない。
今回の目的の一つ、海鮮料理がうまい大三島の宿の予約を
中心に他の宿を早め行った。
旅に出る前の週は快晴続きであったが、
予報では旅の期間中は天候が良くない。
10日間の天気予報では旅行中は雨!
出発間際になっても天候が良くない予報で気がもめた。
前回、1月に王ヶ頭に出掛けた時には記録的な大雪で苦労した。
山に登る訳でもないので、
雨の瀬戸内も趣があると半ばあきらめ境地。
4月23日(月)
天気予報が外れた。良い天気だ!
7時に自宅を出発し、東関道で成田へ。
この時間帯、かなり混んでいる。
いつも利用している、Nガレージは工事中で使えないので
USAパーキングを初めて利用した。
てきぱきと手続きが済み、成田空港に予定より早めに着いた。
関西空港まではLCCのJetstar。
離陸後1時間30分程度で関西空港に着く。
成田空港で朝食を済ませ、機内の前席に。
この便はほぼ満席。離陸の時間が来た。
しかし、2名の乗客待ちで出発が出来ない。20分待った。
たった2名のために、20分も出発を遅らせるのか!
イライラ!結局、遅刻の2名は来なかった。
その後、滑走路で出発待ちがさらに10分も。
離陸予定時間よりかなり遅れている。
新大阪から倉敷までの新幹線に間に合うか心配になってきた。
このようなこともあるだろうと予測し、
新幹線は自由席にしておいた。正解だった!
「東京駅から新幹線に乗ったほうが楽で、
早かったね」とカミさん。
やっと離陸。やれやれ。関空までは少しも揺れず、
滑るように静かに飛行。
途中、富士山の真上を飛行。
冠雪した山頂の噴火口はっきり見える。
富士山上空を飛行するのは初めての経験。
冠雪した北、中央、南アルプスの峰々がはっきり望める。
素晴らしい天気だ。
11時20分関空到着。予定より10分遅れ。
飛行中に後れをかなり取り戻した。
当初の予定では関空をゆっくり見学して
関空から新大阪の連絡線、
JR特急はるか、11時44分発に乗る予定なので
ゆっくりしている時間が無い。
初めての関空内の標識を見ながら速足で進む。関空は広い!
JR特急はるか改札口までものすごく遠く感じる。
ギリギリ間に合った。やれやれ。
12時35分、新大阪到着。
やっと遅れを取り戻し、時間に余裕が出来た。
駅弁を買い、13時308分新幹線さくら557号に乗り
岡山まで行き、岡山から倉敷まで山陽本線で行く。
14時53分倉敷着。
倉敷の近づくにつれ、空模様がおかしくなり、
倉敷に着いた頃はいまにも降り出しそうな密雲不雨。
駅からホテルまでタクシー。早めのチェックイン。
ホテルから倉敷美観地区まで5分程度。
白壁の土蔵が美しく映える倉敷旧市街を散策する。
観光客は心なしか少ない感じがする。
団体客が自撮り棒をもって盛んに写真を撮っている。
中国人だろう、やたらと目立つ。
今日は月曜日で大原美術館は休み。
美術館前の喫茶店グレコなども休み。
観光客が少ないのはこの為だろうか。 -
倉敷美観地区を限られた時間内ですべて見て回るのは難しい。
そして、見学したいところは外観のみで内部は見学できない。
今回の倉敷美観地区散策は大原美術館前から今橋を渡り、
旧大原家住宅、有隣荘前の道を直進。
本町通りを倉敷公民館前で右折。
落ち着いた旧街道筋を進み吉井旅館や阿智神社参道前を通り、
倉敷アイビースクエアから倉敷川前の白壁商店街に出て
倉敷川を眺めながら宿に戻った。 -
倉敷美観地区に入って直ぐに「倉敷物語」がある。
ここは観光客が休憩したり、トイレに行ったりできる無料の施設。
古い江戸時代の屋敷を改装。長屋門・塀、路地が美しい。 -
「倉敷物語」から数分で大原美術館。
倉敷川のかかる今橋は彫り物を施した立派な花崗岩の橋。
橋の向こうに有隣荘。左は旧大原家住宅。
大原孫三郎が家族で住むために建てた大原家の旧別邸。
独特の製法で焼かれた瓦は異彩を放つ。
旧大原家住宅は倉敷の典型的な町家として倉敷窓や倉敷格子、
白壁など独特の意匠を備えているとの事。 -
今回の旅の目的の一つは大原美術館の見学。
生憎、月曜日が休館。旅の計画をすべて立ててから、
「月曜日が休館」と分かった。
急遽、宿の宿泊日を変更し、明日、美術館を訪れることにした。 -
多くの観光客は倉敷川沿いの白壁商店街の散策に
集中しているようだ。
観光案内のパンフレットもこのあたりを倉敷美観地区として
紹介している。
しかし、倉敷川を一つ奥の道、本町通りは
倉敷と早島を結ぶ街道で倉敷川沿いより先に町となった。
郵便局、荒物屋、杉玉が軒に下げられた造り酒屋、
箪笥屋、桶屋などの店が軒を連ね、
格子戸の宿、吉井旅館(ハイクラスの旅館)、
阿智神社へと続く参道など、昔のままのような風景を残し、
地元の人たちの生活をパッケージで見られる。 -
吉井旅館を過ぎてから細い路地を通って倉敷川に向かう。
左側に石作りの立派な塀が続く。この中が倉敷記念館だ。
クラボウは明治21年倉敷紡績所として創立。
初代社長に大原孝四郎が就任。
翌22年、江戸時代の倉敷代官所跡地に
最も近代的な紡績工場が操業を開始。
倉紡記念館は、昭和44年、クラボウの創立80周年の
記念行事のひとつとして建設され、
明治の創業期に建てられた工場は
倉敷アイビースクエアとして記念館になっている。 -
倉敷アイビースクエア
綿花や米の集散地として栄えた天領の町倉敷。
明治に紡績業で再興。代官所跡に倉敷紡績所に建設。
その工場を再開発し、複合交流施設として再生した
アイビースクエア。
ツタ(=アイビー)のからまる赤いレンガのコントラストは美しい。
館内には宿泊施設があり、多くの人が出入りしていた。
散策の途中で一休み。
アイビースクエア脇の売店で白桃入りのソフトクリームを食べる。
桃の香があり美味しい。 -
中世には小野浄知(智)の子孫の居城があり、
慶長19年(1614年)小堀遠州が大坂冬の陣に備え
ここに屋敷を構え、倉敷湊から大坂へ
兵粮米輸送を行ったのが始まりという。
江戸時代初期は備中松山藩領であったが、
寛永19年(1642年)に天領となり
本格的な代官所が設けられ、
運河を利用した海運により発展した。
代官所には、手附・手代・書役などの役人が10数人勤務し、
支配地の行政・司法にあたった。
他に年貢米の改装、周辺の諸藩の動静監視も重要な任務とされた。
慶応2年4月に長州第二奇兵隊の浪士集団が起こした
倉敷浅尾騒動により、代官所の大部分が火災により焼失。
慶応4年の1月、廃藩置県により倉敷支配所が廃止となり、
倉敷県へ移管。倉敷代官所は同県庁となった。
明治4年に周辺県と統合し小田県(深津県)となり、
倉敷県庁も廃止。
明治20年、旧倉敷代官所(倉敷県庁)は
倉敷紡績(クラボウ)の敷地となり同工場が建設され、
同工場廃止後、アイビースクエアとなった。
代官所の遺構はアイビースクエア敷地内に
井戸・西門外の橋とその橋の架かる堀の一部を残すのみ。 -
倉敷川
倉敷は高梁川河口の干潟に面した港町であったが、
江戸時代から周辺の新田開発により内陸の町になっていった。
やがて新田開発により埋め立てられた
干潟の僅かな残りの部分が入江となり、
海の潮の干満にあわせて船が行き来する運河として
機能し始めたのが倉敷川の始まりと云われている。
倉敷のメインの観光スポット。
海外からの観光客も含め多くの人たちで賑わう。 -
江戸時代に新田開発などで大きな財を成した
大橋家が1796(寛政8)年に建てた建物。
倉敷の代表的な町家。
長屋門や倉敷窓・倉敷格子などを備えた往時の商家の姿を
現在に残す重厚な造り。
大きな米蔵、多くの使用人が働いていたのであろう
大きな台所、板の間が印象的。 -
倉敷美観地区を散策する便利な宿として、
倉敷ロイヤルアートホテルを選んだ。
倉敷駅からホテルまでワンメーター。
ホテルから美観地区まで数分の位置。
口コミでは色々書かれていたが、
2018年3月に新たにリニューアルしたのでここに決定した。
スタッフの出迎え、ロビーの接客態度、部屋まで案内、説明は合格。
部屋はゆったりとしてきれい。浴室は大理石張りで大きい。
ただトイレが浴室を通って奥にあるので気になる。
夕食はホテルのレストラン、八間蔵。
蔵を改造してレストランにした。
蔵の大きな梁を残し、重厚な造り。
フランス料理を味わいながらゆっくりとした時間をすごした。
今にも降り出しそうな空模様がついに本格的な雨になった。
ホテルの10階にある部屋の窓ガラスに
大きな雨粒がたたきつけられる。
明日は朝一番で大原美術館を見学し、
岡山から特急しおかぜで今治まで行き、
ここからしまなみライナーで大三島まで行く。 -
4月24日(火)雨
昨夜からの雨が今朝になっても止まない。
今日は大原美術館を訪れてから、岡山から四国に渡り、
今治からしまなみ海道を渡って大三島の大山祗神社、
そして大山祗神社(おおやまずみじんじゃ)近くの宿、
旅館さわきに宿泊し、四国の海の幸を楽しむ計画。
7時半にホテルでビュッフェスタイルの朝食を摂り、
荷物をホテルに預け、大原美術館に向かう。
開館時間の少し前に着いた。
もうかなりの人たちが並んで開館を待っている。
入館料を支払い、足早に館内に入ってゆく。
大原美術館には素晴らしい絵画や版画のコレクションがある。
是非、これらの作品をカメラに収めたかったが、
館内は撮影禁止。残念。 -
まずはギリシャ神殿風の本館に。
多くの見学者は本館前右側に立つロダンの彫刻を素通りする。
この彫刻像は1922(大正11)年、
児島虎次郎がロダン美術館で交渉し、
鋳造してもらった「カレーの市民―ジャン=デール」。
この「カレーの市民」の記念碑は
イギリス・フランス間の百年戦争のエピソードをもとに
カレー市はこの記念碑を勇気ある英雄たちをたたえるものを
注文したが、
ロダンは死を前にした英雄たちのおそれや苦悩を表現した。
そのため、完成したこの作品を市当局が受け入れ、
市庁舎前に設置されたのは完成から8年後だった。
この「ジャン・デール」が持っているのは城門の鍵。
鍵をもつたくましい手、前方をしっかりと見つめるまなざし、
直線的な衣の表現はジャン・デールの強い決意を表現している。
そして、この像は岡山県の理解で供出が免れた奇跡的な例。 -
モネの水連
-
グレコの受胎告知など有名な絵画や見ごたえのある絵画が沢山。
ゆっくり鑑賞したいが、時間が気になる。 -
別棟の工芸館で棟方志功の版画を鑑賞。
日光による色褪せを防ぐためか、
薄暗い通路のような展示場。 -
棟方志功記念館(青森)所蔵
-
美術館の奥には立派な和風の庭がある。
雨に濡れて緑が生える。 -
美術館正門の横に蔦で覆われた喫茶店グレコがある。
歴史を感じる建屋の中に入る。
店内は昭和初期のカフェー。
引き立てのまめを挽いたかぐわしいコーヒーでしばし休憩。
徒歩でホテルに戻り、荷物を受け取り、
駅までタクシーを呼んでもらう。すぐ来た。
昨日、倉敷駅前からホテルまでのタクシー代金より
ホテルで呼んでもらったタクシー代金のほうが安かった。
理由は分からない。
10時57分、山陽本線岡山行に乗車。山手線のような列車。
続く
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