2025/03/28 - 2025/03/28
1734位(同エリア1906件中)
旅四郎さん
2025年度の春の散策は「淀屋橋界隈に残る大大阪時代のモダン建築を巡る」と銘打って、淀屋橋から北浜周辺に点在するレトロ建築を見学した。大阪が人口や面積で東京を抜いた1920~30年代は「大大阪」と呼ばれた。人口は211万人を超え、東京を凌ぐ世界第6位の都市になった。大阪の黄金時代に財を成した商人たちが建てたモダンな建築は今も街中で輝きを放っている。NHK連続テレビ小説のヒロインが建てたビル。西洋に倣った社交倶楽部が多くつくられ財界人の憩いの場になった。目立たない工夫で大阪大空襲の被害を免れたビル。戦後、GHQの接収要請に対して交渉によって接収を免れた実業家の私邸、今は演劇の舞台として使われている。南米マヤ・インカの装飾を纏ったビルなど、個性豊かなモダン建築が残されている。一方、老朽化により、この20年で大阪市の100以上のモダン建築が失われた。。100年近くの時とともに歩んできた建物たち出会う街の物語を堪能したいと思うす。
3月28日(金)午前10時に地下鉄御堂筋線淀屋橋駅に集合。北に少し歩いて中央電気倶楽部、大川を渡って南に行ってダイビル本館と中之島ダイビル、大同生命ビル、三井住友銀行本店、大阪倶楽部、江戸堀コダマビルを見学して近くにある西船場公園で昼食。昼食後は近くにある芝川ビル、大阪ガスビルディング、高麗橋野村ビルディング、青山ビル、生駒ビルヂング、高麗橋野村ビルディング、新井ビルを見学。昨晩から朝まで雨が降り続いたので、天気が心配されたが、散策中は雨も降らず、曇っていたが暑くも寒くもなく街歩きに適した過ごしやすい気候だった。地下鉄堺筋線北浜駅で解散した。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
3月28日(金)午前10時に地下鉄御堂筋線淀屋橋駅に集合。まず、中央電気倶楽部へ行った。中央電気倶楽部は1914年創立。「大阪電灯の土居通夫をはじめ関西の電灯、電力、電鉄、電機、電線等電気関係者が中心となり、電気の進歩発展等を目的として創立された社交倶楽部である。倶楽部の冠名『中央』には、東京に対する当時の大阪人の『気概』が感じられる」と説明されている。
中央電気倶楽部 名所・史跡
-
1930年築の本館には写真のイタリア風のクラッチタイルで覆われた大大阪時代の建物。1932年には松下幸之助が松下電器の創業記念式を行った。戦後、本館はGHQに接収されに1952年に解除された。玄関しか見学できなかった。
中央電気倶楽部 名所・史跡
-
中央電気倶楽部の会館の屋上や4階テラスには甕が配されている。これは富を象徴するモチーフで、後に行く大阪倶楽部のテラスにも置かれている。
中央電気倶楽部 グルメ・レストラン
-
中央電気倶楽部から堂島浜通りを西に歩き、田簑橋を渡って中之島歩行者専用道を歩くと、ダイビル本館が見える。1926年に渡辺節の設計で建てられた、ネオ・ロマネスク様式の大規模なビルディング。旧館に入居していたテナントは中之島ダイビルへ移転した後、第三期工事として旧ビルの跡地に本館が建てられた。
ダイビル 本館 名所・史跡
-
大正時代のビルの内外装を新ビルは丁寧に継承し、通りに面した玄関上部には写真の彫刻家大国貞蔵の「鷲と少女の像」が乗り、旧ビルの外装のスクラッチレンガの約8割を再利用し、ギリシャ風彫刻の石柱や石材レリーフには播州黄竜山石を使用している。
ダイビル 本館 名所・史跡
-
ビルの玄関から中に入ると旧館の佇まいを継承した壮麗なエントランスホールがある。
ダイビル 本館 名所・史跡
-
中之島ダイビルは中之島3丁目共同開発を進めるダイビル・関西電力・関電不動産の3社による第二期工事として2009年3月に竣工した35階建てのビル。肥後橋を渡って大同生命ビルに向かう。
-
大同生命ビル。NHK連続テレビ小説「あさが来た」のヒロインのモデルで創業者の一人である広岡浅子が加島屋の屋敷があった場所に、建築家ウイリアム・メレル・ヴォーリズの設計で1925年にネオゴシック式の本社ビルを建てた。1993年竣工の新ビルの低層部にはゴシックのリブ・ヴォールト天井を反転させた花弁の形の柱がが高層部を支え、豊かなオープンスペースを生み出している。
大同生命大阪本社ビル 名所・史跡
-
高層化された現在のビルは旧本社ビルのデザインや資材の一部を継承している。ビルの中に入ると大きな吹抜のエントランスホールがあり、旧ビルを継承したドーム状の光天井になっている。
大同生命大阪本社ビル 名所・史跡
-
2階に上がると、旧本社ビルの柱、建具、床の一部をそのまま使用したメモリアルホールがを設置されている。メモリアルホールでは、創業110周年を迎えた2012年から大同生命の礎を築いた大坂の豪商“加島屋”に関する歴史的文書等を展示している。開催は2026年3月31日まで。
大同生命大阪本社ビル 名所・史跡
-
土佐堀通りを東に行くと、三井住友銀行大阪本店がある。東西74m、南北84mに及ぶ大規模建築。1926年に第一期、1930年に第二期工事が完成した。土佐堀通、魚の棚筋、旧西横堀川側の各エントランスには竜山石積み円柱に堂々としたイオニア式オーダーが施されている。濃淡のある自然石の風合いが生かされた分厚い壁に、奥行きのある縦長の窓が規則的に刻まれいる。
三井住友銀行大阪本店 名所・史跡
-
旧住友財閥の拠点として建てられた建築物。周辺には住友グループ各社の本社ビルが立ち並び、通称「住友村」と呼ばれた。重厚なビルの上を見るとのライオンの像があり、すぐ下にブロンズ製の雨樋の受け口がある。これも一見の価値がある。
三井住友銀行大阪本店 名所・史跡
-
建物の中に入ると、1階の銀行営業室には高さ12mのコリント式の列柱31本が天井を支える。磨き上げた大理石、柱頭のアカンサスをモチーフにした文様、幾何学的な天井の装飾など、格調高い空間を演出している。日本の近代建築を代表する規模と美しさを誇るこのビルは、戦災をくぐり抜けた。戦後、アメリカ第6軍第1師団の司令部が置かれた。
三井住友銀行大阪本店 名所・史跡
-
魚棚筋を南へ少し行くと大阪倶楽部がある。1912年に誕生した大阪で現存最古の会員制クラブ。初代会館は1914年竣工。1924年に現会館が完成した。戦時下の1945年3月の大阪大空襲で大阪市の大半が焦土と化した。
大阪倶楽部 名所・史跡
-
耐火構造の大阪倶楽部会館は無事だったが、空襲の翌日、帝国海軍により徴用され、終戦の8月にはGHQに接収された。1952年4月に接収解除となった。しかし、会館内部は荒れ放題の状態になっていた。
大阪倶楽部 名所・史跡
-
会館の中に入ると、玄関正面の壁面に会館を災いから守る魔除けの「邪鬼」がある。泉盤には邪鬼の口から水がこぼれ落ちて邪悪な気を流す。邪鬼の目は翡翠で、戦後、GHQに摂取されたので、翡翠を会員がお金を出し合って購入した。
大阪倶楽部 名所・史跡
-
大阪倶楽部から西に行くと江戸堀コダマビルがある。山中茂一の設計によって1935年に故児玉竹次郎の本宅として建てられた。外観にはミッション・スパニッシュ様式の影響を見て取ることが出来るが、細部装飾に和風のモチーフも見られる。ビル正面オープンテラスのガラス屋根はイタリアミラノのデザイナー、クラウディオ・サロッキの作品。
-
江戸堀コダマビルの入口横に変わったモニュメントがある。1922年建築の旧日本火災ビルの柱頭を移設したもの。モニュメントと大久保英治作の新旧両オブジェ。この後、西船場公園で昼食。
-
昼食後、西船場公園を東に歩くと大阪ガスビルディングがある。安井武雄の設計で1933年竣工。ガスビル食堂には、1933年の創業当時からハートセロリが名物料理だった。ビルに265万枚の手で貼った白いタイルを1945年の大阪大空襲での爆撃を避けるためにコールタールで黒く塗った。戦後の10月4日、GHQが2階講演場や6階以上などを接収した。
大阪ガスビル 名所・史跡
-
芝川ビル。船場の豪商・芝川家6代目当主で実業家芝川又四郎が鉄筋コンクリート造りで建設し、1927年に竣工。建物は古代中南米のマヤ・インカの装飾を纏っている。屋根にスペイン瓦、屋上のモダンテラスにはイタリア風アーチが施されている。
芝川ビル 名所・史跡
-
館内にも古代中南米のマヤ・インカの装飾が随所に見られる。
芝川ビル 名所・史跡
-
旧大阪教育生命保険ビル。1912年辰野金吾の設計でレンガの外壁に、白い石によってボーダーラインを描いたデザインが特徴。重厚な飾り石の意匠、金属板の勾配屋根の明かり窓、建物のコーナーは曲線で、交差点の角に玄関がある。大大阪時代の幕開けを告げるにふさわしい、華麗な建物。
高麗橋ビルディング 名所・史跡
-
さらに西に行くと、青山ビルがある。西園寺公望の渡欧に同行した野田源次郎が、その時の見聞をもとに1921年に建てたスパニッシュスタイルの私邸。事前に連絡して館内の案内をお願いしていたので、普段見せてもらえないも含めて、このビルについての理解は深まった。
青山ビル 名所・史跡
-
外装は先代青山喜一が甲子園から株分けしてもらった蔦に覆われていて、四季折々の姿を見せている。この時は3月末だったので枯れているが、夏には青々として蔦の葉に覆われる。
青山ビル 名所・史跡
-
まず案内されたの地下の部屋だった。戦後、GHQと交渉して接収を免れたが、将校のクラブとして運営された。現在は演劇や落語の会場として使われている。この時は能の舞台として使われたようだ。写真のレトロな螺旋階段の手すりはねじり細工で作られており、窓のステンドグラスは同じものが作れず、少し色合いが違うようだ。
青山ビル 名所・史跡
-
館内には随所に大正時代のイタリア製ステンドグラスがある。写真のアール・ヌーボー調は渡航経験豊かな施主がリクエストしたもの。ガラス窓や飲食物運搬用リフト、食堂のマントルピースなど現在では復元不可能なものが多々存在している。見学は青山ビル管理事務所へ。
青山ビル 名所・史跡
-
堺筋を南に行くと生駒ビルヂングがある。宗兵蔵氏の設計で1930年生駒時計店の本店として建築された。屋上の時計塔や振り子のデザインが施された出窓や丸窓、スクラッチタイル張りの壁面などアール・デコスタイル。
生駒ビルヂング 名所・史跡
-
入り口2か所とショーウィンドウ5か所の計7か所に写真の鷲の彫刻が据えられている。最初はフクロウの予定だったが、夜の鳥として忌避され、勇壮な鷲に変更された。
生駒ビルヂング 名所・史跡
-
館内は営業時間内であれば、見学も可能だが係りの店員の対応の悪さには閉口する。入口正面のイタリア産大理石を使った階段やステンドグラスは見事。
生駒ビルヂング 名所・史跡
-
時計塔のゴング。屋上に取り付けられていた時計塔のもの。一時期、東京のセイコー資料館に寄託陳列されていた。50年間、澄んだ音色を遠くまで響かせていたと伝えられている。
生駒ビルヂング 名所・史跡
-
1階の奥に行くと管理用の裏階段がある。下から見上げると美しい三次元局面になって上までずっと続いている。客向けの表側だけでなく、客が来ない裏階段もおろそかにしない大阪商人の心意気が見て取れる。
生駒ビルヂング 名所・史跡
-
堺筋を北に行くと高麗橋野村ビルディングがある。安井武雄の設計で1927年に竣工した。当時としては珍しい鉄骨鉄筋コンクリート造のオフィスビル。
高麗橋野村ビルディング 名所・史跡
-
高麗橋野村ビルディングのエントランスにはイスラム風の月と竹の装飾がある。
高麗橋野村ビルディング 名所・史跡
-
更に北に行くと新井ビルがある。1922年、河合浩蔵の設計で報徳銀行大阪支店として建てられたが、後に新井証券を経て新井ビルとなった。銀行建築らしい正面中央に列柱を配し古典様式を残しつつ、モダンな佇まいが、大大阪時代を今に伝える近代建築として、多くの人々に愛されている。
新井ビル 名所・史跡
-
下見に行った時にたまたま新井ビルの関係者の人が対応してくれて、事務室で説明の後、館内を案内してもらえた。エレベータは竣工当初から建物正面の北側の入口の吹き抜け階段に設置されていた。設置すために階段の手すりの位置をずらしたという。写真は屋上にあるエレベーターの機械を入れたもの。戦時中の金属回収令でエレベータとバルコニーの鉄冊が供出されたと伝えられている。
新井ビル 名所・史跡
-
現在もテナントビルとして使用され、1階に洋菓子店「五感・北浜本館」が入っている。大きな吹き抜け空間が印象的。コーヒーでも飲みたいと思ったが何人か順番待ちの客がいて、待つ時間が勿体ないので諦めた。
新井ビル 名所・史跡
-
旧三井銀行大阪支店。1914年、ドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデの設計で、西洋式の店舗が建てられたが、その後曽禰中條建築事務所の設計により建て替えられ、1936年に竣工。北木島産の花崗岩を使用したコロネードによる新古典主義の外観が特徴。今回は時間の関係で外観だけ。現在は三井住友銀行大阪中央支店。午後3時頃、地下鉄堺筋線北浜駅で解散。
三井住友銀行大阪中央支店 名所・史跡
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
心斎橋・淀屋橋(大阪) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
37