2025/01/26 - 2025/01/26
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SamShinobuさん
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30年間も自宅に引きこもり、庭の生き物を描き続けた画家。文化勲章と勲三等叙勲を「これ以上、人が来るようになっては困る」と言って断った変人。今日は、そんな熊谷守一の美術館から始めて、佐伯祐三アトリエ記念館、中村彝アトリエ記念館、中村屋サロン美術館と回ってみた。
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熊谷守一美術館
2018年公開の映画「モリのいる場所」では、熊谷守一(1880~1977)を山﨑努が演じた。監督、脚本は「キツツキと雨」「南極料理人」「横道世之介」の沖田修一。画面から伝わる画家の内面と、彼を取巻く人々のバタバタが面白い秀作だった。 -
守一が1932年から住んでいた、映画で描かれた庭のある自宅はもう残っていない。しかし1985年に守一の次女で画家の熊谷榧(かや)が、跡地に美術館を建てて守一の作品を常設展示している。
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要町駅から徒歩10分。入館料500円。
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熊谷守一の「蟻」(1960年頃)が、美術館の壁面に
彫り込んである。そういえば、映画の中で守一が言っていた。
「蟻の歩き方を幾年も見ていて分かったんですが、蟻は二番目の左足から歩き出すんです」 -
熊谷榧(1929~2022)作「いねむるモリ」像
美術館の入口横にある、榧の彫刻。モリとは熊谷守一のことだ。家族にはモリと呼ばれていた。
植物好きの守一は庭に手を入れ、池を掘り、近所の川から獲ってきた小魚を放っていたそう。そしてこの小さな森の生き物を絵の対象にするようになる。それってまるでモネじゃん。 -
第1・第2展示室は撮影禁止。1階のカフェとその回り、またエントランスのコピー作品は撮影可だ。
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「白猫」1959年。
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「あげ羽蝶」1976年。
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「猫」1965年。
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仙人のような熊谷守一。
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3階のギャラリーでは、熊⾕榧展「⽇本の⼭々」
が開催中。こちらは撮影OKだった。山を愛した榧の山の絵が30点近く展示されている。 -
「⿊菱北尾根から⽩⾺連峰」 2019年。
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左「双六の巻路と尾根道」 2004年。
右「志賀ジャイアンツから東館」 2010 年。 -
「快晴の甲斐駒」 2020年。
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カフェカヤ
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一階より床を下げた設計になっているため、庭に這いつくばって絵を描いていた守一の視線で、外を眺めることができる。
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「花と牛たち(北海道)」(1968年)
カフェカヤに飾ってある熊谷榧作品。 -
熊谷榧作陶のカップで提供される珈琲(500円)を飲む。
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このカップで飲むと、珈琲が2割増し美味しく感じた。
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雰囲気も良く落ち着くので、カフェだけの利用でもオススメ。
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佐伯祐三アトリエ記念館
熊谷守一美術館から徒歩25分。
入館料無料。 -
佐伯祐三(1898~1928)は1921年から2年間、ここ下落合に住んだ。その後フランスへ旅立ち、ユトリロの影響を受けパリの街を描き続けた。1926年にパリから一度帰国。またこの下落合で暮らし「下落合風景」の連作を描いた。1927年に再度パリに渡ったが、わずか1年で30歳の若さで病死した。
ここは佐伯がアトリエを構えた日本で唯一の場所であり、大正期のアトリエ建築がそのまま残っている。 -
佐伯祐三は藤島武二に師事し、22歳で学生結婚する。両家とも裕福だったので、憧れの画家中村彝も住む下落合に、自宅兼アトリエを持たせてもらう。
佐伯は中村彝がロシア人亡命者である盲目の詩人を描いた「エロシェンコ像」を見て感激し、卒業製作の自画像はこれを丸パクリ。
中村彝をリスペクトするあまり、彼の近所に居を構えても、2人が会ったという記録はない。きっと内気な佐伯は、推しの画家に気軽に会いに行けるような性格ではなかったんだろう。
佐伯祐三は30歳で亡くなっているので、本業としての画業は5年もない。大学を出てすぐパリに渡った2年間、結核が酷くなって一時帰国した1年半、結核が治らないのに再びパリで暮らした1年。その4年半の間に、まるで生き急ぐかのように絵を描きまくった。 -
最初にパリに行った時、モーリス・ド・ヴラマンクに自作の裸婦像を見せると、「アカデミック過ぎる!この裸婦には命がない!」と罵倒されたそう。
ヴラマンクの絵を見ると、明らかにゴッホやセザンヌに影響されている。そんなヴラマンクの荒々しい大胆なタッチと、ユトリロの哀愁漂う情感を吸収し、そこに佐伯独自のスタイルとして絵に文字を多用してみた。すると一気に才能が開花し、サロン・ドートンヌに入選する。それからは何かに取り憑かれたかのように描きまくり、2年間のパリ生活でついに佐伯スタイルを確立した。
しかしたまたまパリを訪れた兄が、佐伯の結核が悪化しているのを見かねて、日本で治療するように説得。無理やり帰国させられてしまう。 -
1926年に下落合に戻ると、何故かお洒落な街は一切描かず、「下落合風景」シリーズに着手する。また「滞船」シリーズなど、縦の線(下落合風景では電柱、滞船では帆柱)にこだわり、日本の風景は絵にならないと言いながら、ここでも新たなスタイルを確立していく。
しかし、パリへの思いは断ち切れず、病を押して再びパリへ渡った。そしてパリの何でもない風景を描いて、「ガス灯と広告」「レストラン」「新聞屋」「靴屋」などの傑作を連発していく。
当時、パリの日本人画家たちに君臨していたパリピの藤田嗣治とは一切付き合わず、ひたすら絵を描き続けた佐伯。
1928年2月、極寒の外で写生を続けて、ついに寝込んでしまう。その時部屋で描いた「郵便配達夫」「ロシアの少女」、そしてちょっと抜け出して描いた「黄色いレストラン」が最後の作品となる。
6月に森で首吊り自殺を図るが失敗。この時、佐伯はなぜ死のうと思ったんだろう。当時結核は不治の病で、寝たきりで思うように絵が描けないことに失望したのか。神経がおかしくなってしまい精神病院に入るが、結局そこで結核が悪化し、8月に帰らぬ人となった。
山本發次郎が140点ほど佐伯の絵を所有していたが、芦屋の空襲でかなり焼けてしまったのが惜しまれる。残った作品は現在大阪中之島美術館にある。 -
「下落合風景(テニス)」(1926年頃、新宿区落合第一小学校蔵)
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「下落合風景 雪景色」(1927年頃、東京近代美術館蔵)
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「下落合風景」(1926年頃、ポーラ美術館蔵)
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「テラスの広告」(1927年、アーティゾン美術館蔵)
2024年9月にアーティゾン美術館で撮影。 -
「レストラン(オテル・デュ・マルシェ)」(1927年、大阪中之島美術館蔵)
2024年7月に東京近代美術館の企画展「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」にて撮影。
どちらも同じホテルのカフェテラスを描いている。アーティゾンのほうがこちらの絵の右側を拡大しているような構図だ。 -
「郵便配達夫」(1928年、大阪中之島美術館蔵)
同じく「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」にて撮影。
亡くなる5ヶ月前に弱りきった体で、たまたま訪れた郵便配達夫を描いた傑作。 -
中村彝アトリエ記念館
入館料無料。
佐伯祐三アトリエ記念館から徒歩12分。 -
ここは中村彝(つね)が、1916年から亡くなる1924年まで暮らした住居兼アトリエ。
入館者が自分一人だったので、解説員の方が付きっきりで案内してくれた。 -
中村彝 (1887~1924)
17歳のとき肺結核になり、療養のため訪れた千葉県館山市で風景を写生し、この頃から洋画家を志すようになった。
1911年に新宿中村屋の相馬愛蔵•黒光夫妻の厚意で中村屋裏のアトリエに転居した。それから頻繁に、相馬家長女の俊子に絵のモデルになってもらう。普通のモデルならまだしも、15、16歳の俊子のヌードも多数描いている。さすがにそれはマズいんじゃないかと思うが、何枚も描いているので相馬夫妻も容認していたのだろう。そして彝は次第に俊子に恋心を抱くようになっていく。しかし彝は当時は不治の病と言われていた結核を患っている。相馬夫妻は結核持ちに大事な娘はやれんと、結婚に大反対。ついに相馬夫妻によって彝と俊子は引き裂かれてしまう。そして当然、彝は中村屋を出ていかざるを得なくなる。 -
1914年に俊子を描いた「少女」。日展の前身である「文展」の三等賞になった。解説員の方によると、本物は中村屋サロン美術館にあるそう。
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そこで彝は1916年に、この地に住居兼アトリエを作った。ここで絵に没頭するも、俊子のことは忘れられなかったようだ。
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相馬夫妻がインドの独立運動家ラス・ビハリ・ボースを匿い、彼の世話を俊子がしていたことで、1919年に俊子がボースと結婚することになる。それを知った彝は失意のどん底に。どんだけ引きずってるんだ。
ちなみに中村屋でインドカリーを出したのは、このボースがすすめたからだそうだ。
彝の結核は更に悪くなり、病気と闘いながら絵を描いていたが、1924年に37歳の若さで亡くなった。俊子も1925年に肺炎で亡くなっている。享年26歳。駆け落ちしてでも彝と一緒になったほうが幸せだったのか、今となっては俊子の気持ちは分からないが、いろいろと想像を膨らませてしまう。 -
俊子とラス・ビハリ・ボース。
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まだ15、16歳の俊子のヌードを描いた「少女」(1913年)は横須賀美術館にある。これは傑作だと思うが、さすがに俊子の学校でも問題になったようだ。ぜひ横須賀美術館で展示している時に観に行きたい。
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中村彝は画集や美術雑誌でレンブラントやルノワール、セザンヌを観て心酔したようで、影響されまくっている。
「自画像」(1909年~10年。アーティゾン美術館蔵)は、まさにレンブラントだ。 -
「頭蓋骨を持てる自画像」(1923年、大原美術館蔵)は、解説員の方曰く、エル・グレコだ。確かに!
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「大島風景」(1914年~15年、東京近代美術館蔵)の写真を見て、「セザンヌ入ってますね」と言うと、解説員の方も「そうですね」と笑っていた。
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「エロシェンコ氏の像」(1920年、東京近代美術館蔵)重要文化財。これはルノワールが入っている。
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「カルピスの包み紙のある静物」(1923年、茨城県近代美術館蔵)
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前述の「少女」(1913年)の手が大きく描かれていて全体とのバランスがおかしいと指摘すると、解説員の方が、「これはルノワールの影響かもしれません。ルノワールは太めに描くのが好きだったので」とのこと。言われてみれば、タッチもルノワールっぽい。ということで、中村彝は日本から出たことはなかったが、だからこそ世界の巨匠たちに対する憧れが人一倍強く、何でも吸収しようと藻掻いていたのかもしれない。
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目白駅
中村彝アトリエ記念館から徒歩10分。
中村彝アトリエ記念館の解説員の方とお話していたら、中村彝の「少女」がどうしても観たくなって、新宿まで足を伸ばすことにした。 -
新宿中村屋「Manna/マンナ」
中村屋サロン美術館に行く前に、先ずは腹ごしらえ。ここに来て中村屋のカレーを食べないのは如何なものかと思ったので、地下2階の新宿中村屋レストラン&カフェ「Manna/マンナ」に行ってみた。階段を降りると、20名以上並んでいるではないか。負け惜しみを言うと、そもそも2,090円する高級な中村屋純印度式カリーよりも、目の前の紀伊國屋書店地下にある「モンスナック」のポークカレー(750円)の方が好き。そこで、そのまま地下通路から「モンスナック」へ。 -
モンスナック
1964年創業の「モンスナック」は紀伊國屋ビルの改装で、2021年に一旦閉業した。その後、新宿野村ビルで再開したので、そちらも何度か食べに行った。2024年、満を持して紀伊國屋ビルでリニューアルオープンした際は、「やっぱりモンスナックは紀伊國屋だよね」と、ファンは喜んだ。 -
ポークカレー 750円 (辛口+50円)
缶ビール(スーパードライ) 350円 -
元祖シャバシャバカレー。
旨かった!
ごちそうさまでした。 -
2016年11月に撮影したモンスナック。
改装前の方が狭かった。
ポークカレーはまだ650円だった。 -
中村屋サロン美術館
新宿中村屋ビル3階。入館料300円。
カリーライスで有名な新宿中村屋の創業者、相馬愛蔵、黒光(こっこう)夫妻は若き芸術家たちを応援した。
ここでパン屋を営んでいた夫妻のもとに集ったのは、荻原守衛(碌山)や中村彝など。彼らは後にここを「中村屋サロン」と呼んだ。
展示室2つの小規模な美術館。やはり中村彝の「少女」が売りらしく、入口の案内ポスターも「少女」だった。しかし入館してみると、今回の常設展では「少女」の展示はなかった。残念。 -
しかし、展示室に入るといきなり荻原守衛(碌山)の「女」(1910年)が目に入ってきた。つい先日、西山美術館で観たばかりだったので、思わぬ再会に嬉しくなった。
それに展示室の撮影は不可だが、この碌山の「女」だけが唯一撮影OKとのこと。 -
西山美術館にある碌山の「女」。(2025年1月撮影)
ちなみに西山美術館の他には、碌山美術館、東京近代美術館にもこの「女」のブロンズ像がある。 -
荻原碌山(1879年~1910年)。本名は守衛。
碌山はパリでロダンの「考える人」に感銘を受け彫刻家になる。しかし、1910年に30歳の若さで結核で亡くなった。死ぬ直前に完成させた「女」は、明治以降の彫刻では重要文化財に指定された第一号となる。
これは碌山が横恋慕していた相馬愛蔵夫人の黒光を思って作ったものだ。世話になっている相馬愛蔵に後ろめたさを感じつつ、黒光に対する情念は如何ともしがたい。狂わんばかりの秘めた思いを彫刻にぶつけたので、この「女」は観れば観るほどエロい。
不安定に傾いた上半身はどこか儚げで、ブロンズ像なのに肌の柔らかさを感じてしまう。上を見上げる首から胸のラインの美しさは実に艶めかしく、碌山の「奥さん、大好き!」があふれ出ている。
この黒光について調べてみると、魔性の女の気があったようだが、それにしても娘の俊子は中村彝を狂わせ、自分は荻原碌山を虜にさせるとは実に見事な母娘だ。少なくともこの母娘のおかげで、何作のも傑作が生まれたのだから。 -
ということで、残念ながらお目当ての中村彝の「少女」は観られなかった。でも、好きになった人妻の身体を想いながら粘土をこねくり回した碌山の、その悶絶が伝わるブロンズ像「女」をじっくりと観られたので、今日は良しとしよう。
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この旅行記へのコメント (1)
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- アルカロイド ダリルさん 2025/02/09 08:48:56
- こんにちわ!
SamShinobuさん こんにちわ
訪問ありがとうございます
引きこもりの森の仙人とか、結核が致死の時代に、体調も忘れて描かずにいられない、絵描きの執念ってスゴいですね
そこまでのすごい才能を持っていると、才能が神様のギフトなのか、悪魔のプレゼントなのか?わからなくなります
職場では、とても上手な水彩の絵に囲まれて勤務してるのですが、写真のようにキレイなのに、なにかが足りない? テクニックが確かなバレエのレッスンのようで、カラダが歌わないバレリーナみたいな?
ド下手なのに、目が行くと言われるダリルは(表現したいモノ)はどうやら溢れるほど持ってるらしく、舞台では目立っているオバタリアンダンサーです
花と牛たちがカフェにあるのは、すごくしっくり来ます! 黄色いスフレタイプのパンケーキとホットミルクが飲みたくなっちゃダリル
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