2023/11/15 - 2023/11/15
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zenkyou01さん
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日野市散策(1)新選組コース 東京都日野市 全行程5時間25分
JR中央線日野駅~(7分)宝泉禅寺(7分)~(5分)八坂神社・井上源三郎資料館・欣浄寺・とうがらし地
蔵・普門寺(30分)~(10分)日野宿脇本陣(21分)~(19分)大昌寺(15分)~(13分)矢の山公園(15分)
~(10分)新選組のふるさと歴史館(4分)~(16分)日野中央公園(11分)~(17分)川辺堀之内城跡(4分)
~(31分)万願寺中央公園・安養寺・八幡大神社・土方歳三資料館・石田村名主屋敷長屋門・とうかん
の森・石田寺(52分)~(23分)若宮愛宕神社(2分)~(3分)京王線高幡不動駅
「日時」2023年11月15日
「アクセス」JR中央線日野駅下車
「参考案内書」日野市発行 日野市ウオーキングマップ・新選組コース
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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飯綱大権現社殿 八坂神社の兼務社のようですが、詳細はわかりません。鳥居をくぐると拝殿があり、その奥に本殿(覆い殿)があります
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宝泉禅寺本堂 臨済宗建長寺葉の一寺、創建は1329~1332、開山は呑芳宗央大和尚、本尊は釈迦如来像です。四脚門の立派な山門を潜ると、参道の先正面に観音堂、観音堂前を右に行くと菩提達磨像、正面に本堂があります。その他、鐘楼、石地蔵、六地蔵、石造十三重塔、新撰組六番隊組長井上源三郎の墓と碑があります
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井上源三郎の墓 江戸時代末、八王寺千人同心世話役井上藤左ヱ門の三男として生まれる。新選組六番隊組長になる。1868年淀千両松の戦いで戦死する
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八坂神社社殿 創建は1398年、御祭神は須佐之男命です。鳥居を潜ると、天然理心流剣士らが奉納した剣術額があります。近藤勇や沖田総司の名が見られます。本堂、境内社山王社、八幡社があります
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井上源三郎資料館 井上源三郎・兄松五郎の子孫が二人の生家に開館。源三郎天然理心流剣術免許、木刀、近藤勇が松五郎に送った刀、土方歳三、源三郎、沖田総司関連の書物、八王子千人同心の井上家の資料等が展示されているのですが、開館日第一・第三日曜日のみで、入館できませんでした(予約をすれば他日でも可)。この後、訪ねる予定の佐藤彦五郎資料館も閉館なので、寄りませんでした
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欣浄寺本堂 浄土宗の一寺、創建年は1620年不詳、開山は僧硯伝、本尊は阿弥陀如来坐像です。観音堂があり、新しい山門を潜ると、本堂、法然上人幼少像、井上源三郎が通っていた寺子屋の師日埜義貴の碑があります。碑の台座には新選組にゆかりのある人物の名が記されています
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とんがらし地蔵尊 井上源三郎資料館の傍にあります。赤い帽子と涎掛けをしたお地蔵さんが安置されています。礎石には1766年の銘があります。赤い唐辛子がお供えされています。目を患っている人が赤唐辛子をあげるとご利益があるといわれています
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普門寺本堂 真言宗智山派の一寺、創建年は1398年、開山は僧義雲です。山門を通ると、右手に観音堂、正面に新しい本堂、古墳石室の天井石と言われている八幡石、水子地蔵、宿り日堂、けんころ(長寿)地蔵があります
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甲州街道日野宿問屋場・高札場 問屋場・高札場跡に建つ日野市立図書館前に石柱が建っています。問屋場は宿の役所で、輸送や渡船場の管理をする。高札場は幕府から出された掟・法を周知徹底のために人通りの多い街道に高札を掲げる
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日野宿本陣玄関 都内で唯一残る江戸時代に建てられた本陣建物です。幕末に日野宿の問屋役と名主を務めていた佐藤彦五郎が本陣兼自宅として使用していました。長屋門(その後火事に会い、現在は簡素な門)や式台付き玄関、建物の大きさが本陣の格式を決める要素で、日野宿は甲州街道で最大級の格式を持つ本陣でした
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日野宿交流館 一階は観光案内所、二階は甲州道日野宿、新選組等に関する資料に展示を行っている。日野市の観光マップを貰う
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旧甲州街道に建つ道路標識 旧甲州街道と川崎街道(県道41号線)交差点に建つ古い道路標識で、高幡不動に行きます
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大昌寺本堂 浄土宗の一寺、創建年は1602年、開山は讃誉上人、本尊は阿弥陀如来像です。長い参道を通り、立派な薬井門の山門を潜ると、正面に本堂、六地蔵があります。墓地には開山讃誉上人、名主下佐藤家、狂歌・俳句師玉川居祐翁、名主佐藤彦五郎と妻ノブの墓がある
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玉川居祐翁の墓 日野宿の宿屋の息子として生まれ、佐藤道場で天然理心流の剣を学ぶ。土方歳三らと幕府浪志組に参加したが帰郷し、日野農兵隊に参加する。明治以降、玉川居と号して俳句・狂歌に広くその名を知られるようになる
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佐藤彦五郎と妻ノブの墓 佐藤彦五郎は下佐藤家の当主で、幕末に日野宿の問屋役と名主を務めている。明治時代には南多摩郡の群長を務める。妻ノブは土方歳三の実姉である
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矢の山公園 日露戦争や太平洋戦争の戦没者を追悼する慰霊が建つ。滑り台や、小さな子供用遊具、ベンチ等があります
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新選組のふるさと歴史館 甲州街道日野宿や新選組に関する展示・調査・研究を行っている。新選組隊士のゆかりの品、書物、手紙、資料等が展示されています。児童文学界で活躍した巽聖歌の特別展が開催されていました。館内一部を除いて写真撮影禁止です
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日野中央公園 芝生広場、遊具場、バラ園、花木ゾーン、花壇ゾーン、ステージ、トイレ等があります
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川辺堀之内城跡土塁 築城年、築城主は不明、遺構は土塁? 日野ゴルフ練習場の南の高台付近が城跡ではないかといわれています。歩いてみると、土塁らしきもの、お墓、竹林がありました
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地蔵と供養塔 日野ゴルフ練習場から5分ほどのところの道辺に地蔵と歴史を感じさせる庚申塔が立っています
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万願寺公園中央 面積3万平米の公園で、野球場、広場、滑り台・複合遊具等遊具、トイレ、ベンチ、児童館等があります
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安養寺本堂説明(田村氏館跡の記述あり) 寺は平安時代の武士団「武蔵七党」日奉氏の末裔田村氏の居館跡という。築城年・築城主は不明、遺構はありません
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安養寺本堂 真言宗智山派の一寺、創建年は不詳、中興開山は田村安栖、本尊は阿弥陀如来像です。薬井門の山門を潜ると、正面に十八世紀初頭建立の本堂、地蔵尊、南無大師遍照金剛像があります。寺は田村氏の居館跡に創建したという。日野七福神の一つ毘沙門天像が本堂に祀られています
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八幡大神社拝殿 創建は1339年、由井別当宗弘の孫田村駄二郎知実が男山八幡宮を勧請して創建、御祭神は誉田別命、仁徳天皇です。鳥居を潜ると、拝殿、その奥に覆い殿(中は?)です
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土方歳三資料館 歳三が育った屋敷跡に歳三の兄の子孫の方が開設する。歳三の愛刀和泉守兼定、直筆書簡、生家復元模型、鎖帷子等70点余りが展示されていますということですが、残念ながら今は長期閉館中です
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石田村名主屋敷長屋門 土方家の分家筋の石田村名主伊十郎屋敷長屋門です。当時の門が残っています。娘は歳三の兄に嫁いでいます
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とうかんの森 土方歳三の生家は土方歳三資料館の東約300M東のこの辺りにありましたが、歳三が子供の頃水害により、現在地に移築されました。当時は、ここに土方家の祀る稲荷社と鬱蒼とした森があったそうですが、今は樹齢250年のカヤノキ2本のみです
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北川原公園 水再生センターの二階にある面積32,000平方米の公園で、運動広場、芝生広場、多目的広場、大人用・子供用遊具広場、遊歩道、トイレ等があります
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土方歳三の墓 1835年武蔵国石田村の豪農に生まれ、江戸時代末に幕臣(浪士組)に応募、新撰組副長になる。1869年函館戦争で戦死する
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石田寺本堂 真言宗智山派の一寺、創建年は1361年、開山は吉祥坊慶誉和尚、本尊は地蔵菩薩像です。山門を潜ると、正面に本堂、本堂手前には樹齢400年のカヤノキがあります。その他、六地蔵、弘法大師修行像、稲荷、日野七福神福禄寿、北向十一面観音像、土方歳三顕彰碑があります。墓地には土方家、土方歳三の墓がある
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若宮愛宕神社社殿 創建は不詳、御祭神は誉田別命、迦具土命です。鳥居を潜ると、拝殿、境内社小野稲荷大明神があります
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