2024/10/17 - 2024/10/17
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ペコちゃんさん
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10月の〇〇会は、府中市内散策とサントリー武蔵野工場の見学です。
午前中は「府中市観光ボランティアの会」のガイドで府中の街を散策・・・府中市では、市内の名所・旧跡を4つのコースに分けて無料で案内してくれるミニツアーを毎週木曜日の10時から開催しています。
今回、初めて利用しましたが、丁寧な説明で分かりやすく、また4コースを全て回ると記念品も貰える、とのことなので、残りの3つのコースも計画してみようと思いました。
午後はサントリーの工場見学・・・これまで何回か行きましたが、以前は無料だったのに今年から有料となり、事前に千円をカードで支払わなければなりません。
アサヒやキリンも同様なので、諸経費高騰の折から有料化はやむを得ないのでしょうね。
でも、仲間の皆さんと出来立てビールを3杯試飲して、気持ち良く帰路に着きました。
写真は、ミニツアーで訪れた分倍ヶ原駅ロータリーの「新田義貞公の像」。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
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電車とバスを乗り継いで、9時半に京王線・府中駅へ到着。
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府中駅から大國魂神社の表参道に続く道路に植えられた「馬場大門のケヤキ並木」・・・康平5年(1062)、前九年の役平定の際に、源頼義・義家父子が千本のケヤキ苗を寄進したのが始まりで、現在は全長約600mに118本のケヤキがあり、ケヤキ並木として唯一の国天然記念物に指定されています。
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ケヤキ並木に平成4年に建てられた「源義家公銅像」・・・前九年の役で戦勝の喜びに溢れる、23歳の凛々しい青年武将の姿が彫まれています。
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大國魂神社の境内の一角にある「府中市観光情報センター」でツアーガイドの申し込み・・・事前予約は不要です。
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今回は、Aの神社・仏閣コースを選びました。
我々8名を含めた10名を2班に分けて、各班に2名のガイドさんがついて案内してくれます。 -
大化の改新(645年)によって、現在の埼玉県・東京都・神奈川県の一部が武蔵国(むさしのくに)となり、その政治の中心地「国府」が現在の府中市に置かれました・・・つまり、かつての関東の中心は、東京23区や埼玉でなく府中だった訳です。
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<1>大國魂神社
当社は大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)を武蔵国の守り神として祀る神社で、その起源は、第12代・景行天皇41年(西暦111年)と伝えられています。 -
境内入り口には、昭和27年建立の社号標。
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大鳥居の前には左右に2本のケヤキの巨木があり、右側の大ケヤキは幹周が5m以上、樹齢は約600年。
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昭和26年に奉納された大鳥居・・・高さは10mあり、御影石製では日本一と言われています。
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広い境内には、いくつかの摂社・末社が祀られています。
これは本社と同時代に創建された「宮乃咩神社(みやのめじんじゃ)」。
祭神は、天照大神が天の岩戸に隠れた際、その前で踊り、大神を誘い出した女神である天鈿女命(あめのうづめのみこと)。 -
当社は演芸や安産の神様として崇敬されており、源頼朝の妻・北条政子も安産を祈願したそうです。
今でも子供が生まれる前に絵馬を奉納し、無事出産すると底を抜いた柄杓を奉納するしきたりが続いていますが、お産が軽くなるようにと、産まれる前に底を抜いた柄杓を奉納する人もいるそうです。 -
毎年8月1日に、八朔相撲祭が行われる「相撲場」・・・天正18年(1590)、徳川家康の江戸入城を賀し、この日を記念して天下泰平・五穀豊穣を祈る奉納相撲として始まった、由緒ある祭です。
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相撲場の先にあるのは、第二次世界大戦時に沈没した軽巡洋艦「多摩」の戦没者を祀った忠魂碑と慰霊碑。
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大正10年に竣工した「多摩」・・・艦名は多摩川に因んで命名され、艦内には大國魂神社の御祭神である大國魂大神が祭祀されていました。
「多摩」は昭和17年~18年にかけてラバウル輸送作戦等で活躍しましたが、昭和19年10月25日のフィリッピン沖海戦で米国潜水艦の雷撃により沈没し、艦長以下総員440名が未帰還となり、平成26年の多摩沈没70年を機に「軍艦多摩戦没者慰霊碑」が建立されました。 -
慰霊碑の向かいにある手水舎・・・現在の建物は明治30年に建てられ、屋根は千鳥破風の立派な造り。
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獅子や龍、獏や鳳凰等の彫刻も見事です。
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参道沿いには、明和元年(1764)に造立された「常夜燈」・・・中台の四面に「龍」の陽刻が施されています。
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随身門の前には、天保10年(1839)に奉納された狛犬。
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創建1900年事業として、2011年に改築された随神門(ずいじんもん)。
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随身門正面の左右には随神像(「豊磐間戸命」「櫛磐間戸命」)・・・以前の随身像は享保20年(1736)に奉納されたものですが、その像に倣い、平成23年に東京藝術大学で製作された新しい像です。
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裏側には「大黒天」と「恵比寿天」。
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門をくぐった所は七五三の記念写真スポット。
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かつて、時刻や緊急事態を知らせるための太鼓を置いた建物「鼓楼(ころう)」・・・寺は鐘楼ですが、神社は太鼓なので「鼓楼」と呼ばれます。
慶長年間の造営の際に建設されましたが1646年に焼失し、1854年に再建されました。 -
中雀門の前の狛犬は、天保10年(1839)の建立。
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中雀門(ちゅうじゃくもん)は、明治維新百年記念事業として昭和44年に建て替えられました。
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拝殿にお詣りします。
かつての社殿は1646年に焼失しましたが、1667年に第4代将軍・家綱の命により現在の社殿が再造営されました。
大棟・破風・賽銭箱などに神紋「十六菊」を配した千鳥破風・唐破風の拝殿は、明治18年に官幣小社に昇格した年に改築されました。 -
拝殿の扁額には「総社大神宮」・・・江戸時代中期の書家・勝間龍水によるものです。
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拝殿前の左右には、杦島屋が天保3年(1832)奉納した「天水桶」。
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本殿。
神社は南または東向きが一般的で、当社も最初は南向きでしたが、朝廷の権力が届きにくい東北地方を神威によって治めるということから、1051年に源頼義が北向きに改めました。 -
拝殿の左側には、1849年に建立された「水神社」・・・地下120mから汲み上げられた御神水が流れ、後方で「人形(ひとがた)流し」が出来ます。
紙の人形に名前を書き、体の気になる部分を人形のその部分を撫でて厄を移し、人形を水に流すと厄も一緒に流されると言われています。 -
水神社の右には「さざれ石」。
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その隣には、1800年に武蔵国の醸造家の懇請により京都の松尾大社より勧請された「松尾神社」・・・御祭神である大山咋命(おおやまくいのみこと)は山の神さまですが、開拓の守護神・酒造の神さまとしても知られており、酒・醤油・味噌等の業者から厚い信仰を得ています。
敷地内には関東の数々の銘酒やお膝元のサントリービールが奉納されていますね。 -
本殿の後方には、推定樹齢900年以上・樹高20mの御神木「大イチョウ」・・・大國魂神社で一番のパワースポットだそうです。
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その隣には、樹高28m・幹周5mの「ムクノキ」。
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1618年に創建された「東照宮」・・・家康公没後、久能山から二荒山へ改葬の際、武蔵国府の斎場で一夜を明かした遺跡を後世に伝える為、2代将軍・秀忠により造営されました。
祭神はもちろん徳川家康で、家康は大國魂神社の西、今の府中本町駅付近に御殿を建て鷹狩りを行っていたなど当社と深い縁がありました。 -
<2>善明寺(ぜんみょうじ)
創建年代は不詳の天台宗寺院で、江戸中期の神学者・依田伊織(よだ いおり)が先祖の屋敷跡だった当地に善明寺を移築し、中興しました。 -
手入れが行き届いた境内。
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本堂。
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金佛堂・・・堂内には「大鉄仏阿弥陀如来坐像」と、その胎内仏とされる「小鉄仏阿弥陀如来立像」が寺宝として安置されており、毎年11月3日に一般公開されます。
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鉄仏は日本に約90体ほどしかありませんが、主に東日本に多く、鉄の硬くて荒々しい素材が東国の武士に好まれたと言われています。
善明寺の阿弥陀如来坐像は像高178cmで、現存する鉄仏の中で最大の坐像です。
左襟に銘文があり、建長5年(1253)に藤原助近という仏師により造られたことが分かっています。 -
本堂裏手の墓地には、依田伊織や勤王の志士・西園寺実満が眠っています。
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依田伊織の墓。
府中本町の旧家に生まれた依田伊織(1681~1764)は江戸中期の神道学者で、神道・儒教・仏教の三教一致を説いた大成教を信奉し、その研究と普及に努めました。 -
西園寺実満の墓。
京都の公家・西園寺家に生まれた西園寺実満(1843~1918)は幕末の勤皇の志士として活躍し、明治維新後は太政官に出仕しましたが、国学・漢学・詩歌に長じていたことから神田一ツ橋に温和楽堂を開き、門弟の教育に当たりました。
姪が善明寺住職の室であったことから、晩年は善明寺で過ごしました。 -
<3>高安寺
室町幕府の初代将軍・足利尊氏(1305~1358)は、国と人々の平和を願って全国に安国寺や利生塔(りしょうとう:戦没者の慰霊と平和を祈願して建立した塔)を建てましたが、武蔵国の安国寺が高安寺です。 -
平安時代に平将門を討ち取った功績で武蔵野守となった藤原秀郷の館跡に建立された市川山見性寺が高安寺の始まりで、足利尊氏は見性寺を改めて龍門山高安護国禅寺と号し、開基となりました。
六地蔵尊が並ぶ総門から境内に入ります。 -
弥勒菩薩像と、その先には江戸中期に建てられた観音堂。
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明治5年(1872)に建てられた重厚な山門。
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初層は左右からも抜けられるという珍しい造りで、正面には仁王像。
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木鼻の彫刻には、上半身が人で下半身が鳥という仏教における想像上の生物「迦陵頻迦」(かりょうびんが)が施され、それぞれが楽器を持ち音楽を奏でている優美な姿が見事に刻まれています。
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仁王像の背面の右側に安置された「奪衣婆(だつえば)」・・・閻魔大王の妻と言われる鬼老婆の奪衣婆は、三途の川のほとりで亡者を待ち受け、死に装束を剥ぎ取ってそれを大木の枝に掛け、枝のしなり具合で亡者の生前の罪の軽重を判断する、つまり、閻魔さまが亡者を裁く前に実質裁いてしまう、冥界の真の支配者だとか。
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左側には地蔵尊。
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本堂側から見た山門と、手前は樹高12mの「タラヨウ」の大木。
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本堂の前には、曹洞宗の祖・道元和尚の銅像。
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こちらは「ぼけ封じ地蔵」・・・仲間の皆さん、手を合わせていました。
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安政3年(1856年)に建てられた「鐘楼」・・・この鐘は徳川幕府公認の鐘で時報に利用され、現在も朝夕6回、昼は11時半から12回の鐘が自動で撞かれます。
ちょうど見学中に鳴り始めました。 -
1624年に焼失し、1803年に再建された本堂・・・正面の扁額「等持院」は開基となった足利尊氏の法嗣名です。
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本堂正面に祀られた御本尊と「高安護國禅寺」の扁額。
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足利家の「丸に二つ引き紋」が随所に見られます。
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「弁慶硯の井」・・・1185年に平家を壇ノ浦で滅ぼして、鎌倉に凱旋しようとした源義経は、兄・頼朝の怒りを買ったため鎌倉に入ることは出来ず、京へ戻る途中で高安寺に立ち寄りました。
義経は、弁慶らと赦免祈願のため大般若経を書写しますが、その折に弁慶が境内にある井戸の水で墨をすったという伝説が残る古井戸です。 -
高安寺から分倍河原駅へ。
近くには新田義貞が「分倍河原の戦い」(1333年)で鎌倉幕府を滅ぼした分倍河原古戦場があり、この戦いで新田義貞(1301~1338)は先ほどの高安寺に本陣を構えました。 -
<4>新田義貞公の像
分倍河原駅の駅前ロータリーに昭和63年に建立された「新田義貞公の像」・・・高さは4mで、馬上で太刀を振りかざし、味方を鼓舞するかのような躍動感あふれる騎馬像は、文化勲章受賞者の富永直樹氏の作品です。
因みに、新田義貞の顔は南の鎌倉方面を向いています。 -
約2時間の府中散策・・・ボランティアガイドの皆さん、有難うございました。
昼食をとって、ロータリーから出る無料のシャトルバスでサントリーに向かいます。 -
約10分で工場に到着。
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建物入口の「ザ・プレミアム・モルツ」カラー・・・早く飲みたいですね。
「サントリー〈天然水のビール工場〉」は、1963年に開設した東京・武蔵野ブルワリーのほか熊本・京都・群馬と全国に4カ所あり、どの工場もビール醸造に適した天然水に恵まれています。 -
先ず、受付で手続き。
開設当初から工場見学を通して “ ものづくりの魅力 ” を伝え続けてきたサントリーですが、今年4月から「サントリー〈天然水のビール工場〉東京・武蔵野」の見学ツアーをリニューアルしています。 -
工場見学は、見学60分、試飲30分の90分構成。
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工場見学ツアーは「つくり手の挑戦ムービー」の動画視聴からスタート・・・サントリーがビール業界に足を踏み入れた背景、技術革新、原材料の選定、「世界最高峰のビールをつくりたい」「お客様をワクワクさせたい」と美味追求を続けるつくり手の情熱などが3分間に纏められています。
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工場見学は、①素材選び②仕込み③発酵④貯酒⑤ろ過⑥パッケージングの順で見学します。
美味しいビールを作るための原料は3つで、第一は良質な水・・・ビールの90%を占める水は、地下深くから汲み上げた天然水を使用しています。
これは山を通して雨水が磨かれる工程の模型・・・雨水が染み込み、長い年月をかけて地層の奥深くまでくぐり抜けていく間に、適度なミネラルが溶けだして良質な天然水へと磨かれていきます。 -
2つ目は、ビールに「コク」や「うまみ」を与える麦芽・・・「ザ・プレミアム・モルツ」は良質の二条大麦麦芽をふんだんに使用し、東欧のチェコおよび周辺国で産出される希少なダイアモンド麦芽を加える事で、コクと旨味を引き立てています。
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ダイヤモンド麦芽の試食体験・・・固いのですが、噛んでいるうちに甘みが出てきます。
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そして最後は、ビールに香りと苦味を加えるホップ・・・ホップは香り高い欧州産のファインアロマを使用。
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次は仕込みの工程で、タンクの見学・・・仕込釜・仕込槽・濾過槽・麦汁受け槽・煮沸釜のタンクがズラリと並び、まさに壮観!
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麦の殻を取り除いて、澄んだ麦汁を取り出す濾過槽は、窓から中を覗けます。
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その次は発酵の工程・・・麦汁に酵母を加え、低温で発酵させると酵母が麦汁の糖を取り込んでアルコールと炭酸ガスを生成し、ビールの香りとなる成分を作って約7日でアルコール5%の若ビールになります。
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最後の「貯酒」のブースでは、入り口の左右に実際に使用していたタンクが展示されています。
このタンクの蓋には昭和44年と書かれているので、操業当初のもの。 -
正面の扉が開くと、過去に貯酒の工程で使われていたタンクがトンネルになっていました・・・まるで宇宙船みたい!
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これは最終仕上げの濾過のタンクの模型・・・若ビールを0℃に管理されたタンクの中でじっくりと熟成させると、香りが増して味もまろやかになります。
濾過設備の内部はミクロフィルターと呼ばれるものがいくつも重なっています。 -
ビール製造プロセスで重要な官能検査を、VRで疑似体験する「官能検査VR」体験・・・VRゴーグルを装着し、仮想の検査室に入室します。
「官能検査」とは、つくり手たちが自分の五感を使って品質検査をしていくもので、ビールの品質を保証するために、最終的には人間の「五感」を大切にしていることが理解出来ます。 -
官能検査のVR体験を終えて、最終工程のパッケージングへ・・・仕込みからパッケージングまでは、約1カ月。
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最後は、お待ちかねの「ザ・プレミアム・モルツ」試飲タイム!
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中央にバーカウンターがある、広々とした酒場風のスペース。
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私たちはテーブルでゆっくり味わいます。
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一杯目は、きめ細やかな泡立ち『ザ・プレミアム・モルツ』を・・・出来立ては、やっぱり旨い!
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2杯目からは、9種類の絵柄の中から好みのアートをビールに乗せる「神泡アート」を楽しみます。
「ザ・プレミアム・モルツ」のクリーミーな泡だからこそ実現する “ 神泡アート ” ですね。 -
これが、ビールの泡に絵を印刷する専用のプリンター・・・イスラエルのリップルズ社製です。
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イラストを選んで、プリンターのボタンを押すだけで、あっという間に「 神泡アート」が完成・・・ビールなのにラテアートみたい!
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アートの原料は麦芽エキスを粉末状にしたもので、ビールの味わいにも全く影響なく、そのまま飲めます。
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最後に、1階受付の近くにあるショップでお土産を買って、工場見学が終了。
府中を楽しんだ秋の一日でした。
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