2024/07/02 - 2024/07/03
2793位(同エリア5149件中)
夢追人さん
7月2日午前8時、梅雨空の中を呉市の自宅を出発し、国道375号を北に向かって車を走らせた。三次から国道183号を東進し、庄原市道後山と鳥取県との県境を通過したのは昼前だった。いつものコースであるが、日南町の美術館と道の駅「にちなん日野川の郷」に立ち寄った。美術館では、日南町出身の日本画家の作品展を開催していた。
曇り空となっていたが、奥大山の休暇村のチェックインまでには少々時間があったので、岡山県の蒜山高原を回っていくことにした。蒜山高原ドライブはいつも気持ちが良い。蒜山大山スカイラインを走り、鬼女台展望台に立ち寄ったが、残念ながら伯耆大山は霧に覆われて見えなかった。午後3時30分に休暇村奥大山に到着、鏡ヶ成一帯は雨と霧だったので、チェックインを済ませて温泉でゆっくりした。
翌朝は一転して晴天。朝食前の1時間、まばゆいまでの緑の高原を、そよ風の中を歩いた。チェックアウトを済ませて、前日は雨で不通となっていた大山桝水原までのドライブを楽しんだ。ブナの原生林の中をゆっくり走るのは快適である。途中鍵掛峠展望台に立ち寄ったが、大山は展望することができなかった。桝水原、大山寺を過ぎて、久しぶりに大山中の原、上の原スキー場、大山国際スキー場の横を走った。数十年前にはスキーで度々訪れた懐かしい場所である。
次に、そのまま車を北に走らせて、名和神社をめざした。名和神社は、鳥取県大山町にある神社で、名和長年を祭り、社紋は、名和氏の家紋の帆懸船である。名和長年は鎌倉時代末に隠岐国から脱出した後醍醐天皇を迎えて倒幕に功があり、南北朝時代には南朝について戦った武将である。神社参拝の後、近くにある御来屋漁港まで行き、後醍醐天皇の御腰掛の岩と歌碑を訪ねた。
海岸沿いの細道を西に走って、米子市街を通過し清水寺に向かった。清水寺は島根県安来にある天台宗の古刹で、規模も大きくなかなか見ごたえがある。猛暑の中参道を10数ほど登り、本堂に参拝した。途中、怖そうな不動明王が岩肌に掘られていた。清水寺参拝の後は、山陰の雄、尼子氏の居城月山富田城城址を訪ね、国道432号を南に下り、奥出雲町を通り、高野ICから松江道に入り、呉までの帰途を急いだ。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
鳥取県日南町美術館横の松本清張資料室
-
鳥取県日南町美術館横の井上靖資料室
-
道の駅「にちなん日野川の郷」
-
岡山県蒜山高原の道の駅「風の家」の野菜売り場(右)と食堂・土産物売場(左)
-
岡山県蒜山高原の道の駅「風の家」前の庭。
-
蒜山高原タンチョウの里
-
蒜山高原中国四国酪農大学校
-
蒜山高原。ジョイフルパークの大観覧車が遠くに見える。
-
鬼女台展望台。あいにく大山は霧に隠れている。
-
奥大山鏡ヶ成
-
休暇村奥大山
-
鏡ヶ成と烏が山
-
-
蒜山大山スカイラインの鍵掛峠展望台より大山をのぞむ。頂上付近は霧。
-
桝水原より大山をのぞむ。
-
鳥取県大山町の名和神社の鳥居。
-
名和神社は、名和氏を祀る。社紋は名和氏の家紋の帆懸船。名和長年は鎌倉時代末に隠岐国から脱出した後醍醐天皇を迎えて倒幕に功があり、南北朝時代には南朝について戦った武将である。
-
神社参拝の近くにある御来屋漁港。後醍醐天皇の御腰掛の岩。
-
後醍醐天皇の御腰掛の岩。
-
後醍醐天皇の歌碑。
-
島根県安来にある天台宗の古刹、清水寺。
-
清水寺本堂
-
清水寺の伽藍。
-
清水寺参道の岩の上にある不動明王。
-
戦国大名尼子氏の月山富田城の案内板。
-
月山富田城麓の道の駅と資料館。
-
日南美術館に展示された山中鹿之助の掛軸。(館内撮影禁止のためパンフの写真)
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
鳥取 の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
27