2024/06/12 - 2024/06/15
2869位(同エリア3198件中)
のりじいさん
仙台です。はやぶさですと、東京を12:20分に出て、13:51分につきます。六丁の目の駅まで地下鉄の東西線で向かいます。
ここはセブンイレブンが駅裏にあり、歩いて5分くらいで到着しました。夜からの交流戦の楽天―巨人戦でホテルは大盛り上がり。混んでいます。しかも3戦楽天が全勝しました。今日14日からは広島戦です。今日14日はひょっとしたら交流戦優勝がかかるとなれば、さらに混みそうです。
お昼には牛タン弁当でした。牛タンが7枚とスープはしっぽの肉でした。柔らかなテイルでした。検索してみると、「今から70年以上前、牛タンの美味しい食べ方を開発した方が仙台にいらっしゃいまして、そこから仙台名物になったといわれる所以でございます。 まだ戦後の食糧難の時代、当時は食べる習慣がなく、安く手に入った牛タンに注目したのが佐野 啓四郎さん。
仙台で和食店を経営していた佐野啓四郎さんは、当時、焼き鳥をはじめとする焼き物料理を提供していました。焼き鳥は焼いてすぐお客様に出せため、比較的簡単に作れるのがウケて、戦後の不景気な時代でも焼き鳥店を開業する人が多かったようです。
しかし、佐野啓四郎さんには大きな悩みがありました。それは新メニューを作ってもすぐ他店に真似されてしまい、差別化ができなかったことです。
「なんとかして自分だけのオリジナル料理ができないものか…」と試行錯誤した結果、牛肉を加工したときに余る牛タンやテールといった部分を活用することを思いつきました。
上質な肉は当然ながら、アメリカ軍や富裕層の上流階級しか口にできないものでしたが、牛タンやテールは余り部位なので廃棄される、もしくは闇市へ流通されていたのです。当時、牛タンという料理自体はすでに存在していましたが、珍味で入手しにくいので、佐野啓四郎さんは東北地方を駆け巡って、レシピや情報を入手し始めました。
実際に牛タンを食べてみると、すっかりその美味しさにハマってしまい、「自分が究極の牛タンを作ってやるぞ!」と意気込んだそうです。
さて、この度、仙台に仕事で3日間来ましたので、しかも午後から時間が取れたので、14日 意を決して地下鉄で昔の50年前の愛宕橋を超えて、越路地区にある、お世話になったアパートを見てきました。すでに、その地は、駐車場になっていました。大家さんの家もかなり人の住んでいる家とは程遠い感じでした。お子様がいるらしいことが、近くの米屋さんからお話を聞くことができました。お隣のケーキ屋さんはもうお寿司屋さんに。道路向かいの向山地区のKさんの奥様は食堂をやめ、お亡くなりになっていました。ご主人は働いているようで、当時私が家庭教師をしていたお子様は別所帯と分かりました。懐かしいやら、寂しいやらで、ホテルに帰りました。
来週21日金曜日また法学部の理事会があるので来仙しますが、今回は明日の会議後に宇都宮経由でいったん帰ります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄
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