2024/06/08 - 2024/06/09
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scomitcheeseさん
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鶴橋国際市場からコリアンタウンへ
奈良に続くいにしえの道
百済からやってきた文化
今も昔も、文化の交流点
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
生野区は昔、猪飼野と呼ばれていた。
川の町の大阪、猪飼野には海外から海を越えて船が着いていたといいます。
人もモノもここを通ってきたようですね。
西口から国際市場へ直結しています。人ひとりがやっと通れる通りの右に左に、韓国の食べ物が並んでいます。
ずっと前に歩いたマニラの市場を思い出した。こんな感じだった。 -
聞こえる言葉は、韓国語。
外国籍の人にとっては大事な在留資格や国籍の変更のサービスについてのCMが並ぶ。 -
高齢者福祉施設の名前が、韓国語。
デイケアも滞在型の施設も利用者の経験、文化、食べ物が共通であることが利用者さんにとってはとても大事とのこと。施設名はひらがなで書いてありましたがハングルです。
ぷも→両親
よろがち→確か「いろいろなこと」と言っていたような気がする。なんだかわかるような、日本語と似ているような。
かっち→「一緒に」いい名前ですね。
ぱだ→海
ぽらん→やりがい -
3つの商店街がそれぞれ独立していました。
紆余曲折もあったとおもいますが、韓日ミックスでの商店街へと統合することで、コリアンタウンができ、地域活性できたという成功例。
マイノリティとマジョリティが共生を目指すことで、何倍もの力となったようです。
いまやメジャーな観光地。
午前中からたくさんの人出。 -
彌榮神社の前の小さな道は、南へと続く。都のあった奈良へ続く古道だとのこと。
歴史の教科書でも最初に勉強する頃のお話ですね。
この道を通って、猪飼野にやってきた渡来人に会いに来た仁徳天皇。
日本書紀の時代の話らしい。
相当古い神社ですね。 -
天皇が渡来人に会いに来たので、御幸神社というらしい。
生まれた赤ちゃんのお宮参りをしていた。 -
仁徳天皇がちょい休んだと言われている岩
-
百済からやってきた王仁博士が日本に漢字と、歌を詠むという文化を紹介したといわれています。
え?王仁博士?ここでびっくり。
だって佐賀県にも王仁博士公園があるから。
4世紀ごろの話というから、気が遠くなります。それまで日本には文字がなかったのかしら?だとしら、すごい功績ですね。 -
コリアンタウンの入り口に来ました。
食べ歩き通りと、名付けることにしよう。 -
大阪コリアタウン歴史資料館
館長さんも鶴橋界隈をガイド中とのことで、通りで会いました。
私たちののガイドさんが教えてくれました。
時間がなく手行けなかったので、次回行きます!
ベーグルがおいしそうでした。韓国料理に飽きたら、飛び込みたいカフェもあります。 -
で、お昼は雑穀米のビビンバを食べました。
-
夜も韓国料理。
まずはナムルから。
店のすたっふは、ベトナム出身の方でした。
留学生でもうすぐ卒業、まだ就職は決まっていないとのこと。
頑張ってね!とエールを送ると、はい!と満面の笑みになりました。 -
韓国風冷ややっこ!
もうちょっとたくさん食べたい。 -
海鮮チヂミ。
この辺りは、済州島出身の方が多いのだそうです。
ソウル出身のガイドさんは、言いました。「チヂミ」は済州島の方言での名前だそうです。この辺りで使われている言葉が日本中に広まったんですね。
モノの本には、第2次世界大戦後に起こった済州島での大量虐殺により、「不法入国した」と書いてありましたが、命からがら「難民として逃れてきた」というのが正しいでしょう。 -
チャプチェにはシイタケがいっぱい入って美味でした。野菜が多いのがよかった。
-
日曜日の朝はさすがに静かな通りとなりましたが、この30分後にはいつもの賑わいが戻っていました。
2日間歩いたので、何処を通ったらいいかわからなくても、いつの間にか鶴橋の駅に帰ることができるようになりました。
迷っても楽しいスークのようなところです。
それから、土曜日の夕方に通った時に、家族が路地に七輪を出して、お肉や野菜を焼いて夜ご飯を囲んでいました。
昭和の風景であり、アジアの小さな通りから1歩入ると見かける風景でもありました。
コリアンタウンはアジアでした。
ここまで、相当の努力を重ねてきたこの街の人々のことを想わずにはいられませんでした。
そしてガイドさんは、10年前に日本にやってきた方。ガイドさんにとっても異文化だったといいます。日本語でガイドしてくれたのはもちろんのこと、この地の古い歴史も教えてくれた。なんと面白いツアーだったことか! -
キムチとは漬物一般をさすとのこと。キムチにつける唐辛子は、韓国から日本へもたらされたものではなく、豊臣秀吉の時代に、南アジアから日本に入ってきて、辛いのが嫌だった日本の人にはなじめず、辛いの好きだった韓国朝鮮の方に気に入られて食文化が発展したそうです。それだけ人が国を超えて往来していたという証拠ですね。何百年もかかって、今や日本の人も好きですね。
ちなみに、白いキムチをさがしてごらん?と言われて市場を見たらすぐに見つけられました。赤いばかりがキムチじゃない。これも共通ですね、お漬物文化としては。ごちゃまぜだから楽しいんだと思います。
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