2024/06/04 - 2024/06/04
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akitaineさん
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初夏を思わせる6月初旬、思い立ち大阪府枚方市のアテルイ塚 を訪ねました。その足で、山田池公園まで行き、緑と水の豊かな広大な公園を散策。公園内の花菖蒲がお目あての一つ。2時間強の歩きでしたが見所たくさんありました。
あまり知られていない歴史の過去に想いをはせました。やはり畿内は見るべき歴史ポイントたくさんあるなと実感です。季節柄、歩く道筋に咲く花々も楽しみました。
- 旅行の満足度
- 5.0
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大阪近郊都市として東北部には枚方(ひらかた)市、交野(かたの)市、がほぼ京都府に接して位置しています。(関西以外の人には読みにくい字だと思う)
今日は、京阪線・牧野駅(枚方市)から東方向に向かい、最終JR藤坂駅(枚方市)まで歩きます。 -
牧野駅から歩いて6~7分ほどで、牧野公園に到着。
本日の一番のお目当て「アテルイ・モレの塚」にやってまいりました。
大きな木の前に塚がありました。
アテルイは、東北地方の先住民族「蝦夷(えみし)」のリーダーで、西暦800年頃現在の奥州市周辺で暮らしていました。
朝廷は、蝦夷の人々を従えようとしましたが、朝廷に反抗し13年間もゲリラ戦で戦いました。しかし、次第に兵力の差、朝廷側の内部分裂画策などにより戦局が悪化し、朝廷から派遣された征夷大将軍・坂上田村麻呂の説得により、下降。アテルイと副将モレは、近畿の地に連れてこられました。
坂上田村麻呂はアテルイらを釈放するよう説得しましたが、願いは聞き入れられず、アテルイとモレは処刑されてしまいました。 -
アテルイとモレは椙山(すぎやま)という地で処刑されましたが、場所は不明です。
奥州市が調査をして、ここ枚方の牧野公園であろうということで塚が作られました。
日本は単一民族といいますが、南北から来た先住民、大陸からの移住民が長い歴史の中で何度も繰り返しやってきて、混血し、今の日本人を作ってきました。その中で異文化を持つ民族が互いに戦うこともしばしばだったでしょう。
アテルイの名は「続日本記」と「日本紀略」に登場し、反抗して大和朝廷をしばしば苦しめたそうです。
果敢に戦ったアテルイとモレに哀悼を捧げました。 -
アテルイの説明文
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牧野公園の隣には、片埜(かたの)神社があります。
清々しい雰囲気の神社です。
お参りをします。 -
河州一の宮、延喜式内社、とあります。
延喜式内であるならば、延喜式成立以前(927年以前)の成立で当時官社に指定されていた古い神社のことです。
1000年以上前からあるということ。
アテルイの時代にも存在していたか、、、もしれない。 -
ご本殿。正式にはこの建物の裏に檜皮葺の本殿がありました。
土地の者ではありませんが、心を込めてお参りしました。 -
菅原道真公も祭神の一人です。
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1583年、豊富秀吉により大阪城鬼門の鎮護社に定められ、1603年豊富秀頼により本殿が再建され、現在本殿は重要文化財に指定されています。
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良い気分で神社を後にし、南に下り穂谷川沿いを歩きます。
サイクリングロードになっていて、車が通らない川沿いの歩きやすい道です。
南東方向には交野山や生駒山が見えます。
この時間、まだ9時頃でしたが、陽射しの強いこと。夏の到来を感じさせました。 -
季節柄、川の斜面には所々きれいなお花が咲いていました。
道の反対側には民家が並んでいて、同じく色とりどりのお花が目を楽しませてくれました。赤い花はイロマツヨイグサ。 -
30分くらい歩くと、国道1号線にかかる穂谷橋に到着。
橋の上から北側を見ると高槻方面の山塊が見えます。ポンポン山あたりから箕面方面まで。
橋を渡り、さらに東に進むと山田池公園です。 -
山田池公園は、大きな池を囲むように自然林が遺された大きな公園です。
今日は池を回って、菖蒲園まで行く計画です。 -
公園の中に入ると途端に森林地域となりホッとします。先ほどの川沿い、カンカン照りの暑さを忘れさせてくれました。
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歩いて5分ほどで観月堤。
大きな東屋と目の前には静かな池。
人々が思い思いにくつろいでいました。
夏も涼しいことでしょう。 -
山田池。池というより湖。
空は夏空。 -
遊歩道に沿って歩くと、少し小高い丘がでてきて展望広場がありました。
自然林の一部として竹林が手入れされています。 -
展望広場付近は、「出屋敷遺跡」で弥生時代から中世までの遺物が発掘されています。水があり、植物が豊かな地だから人々が2000年間も住んでいたのですね。
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展望広場の後は、菖蒲園に。今年・令和6年は5/25~6/25まで開園しています。まだ咲きはじめか、あまり花は多くなかったのですが、実際は、140品種、10000株が植えられているそうです。
(池の中に入っている人は職員の方。お手入れ中) -
各花の近くに名札があり、名称がわかります。この時は白い品種が多かったかな。
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菖蒲園の上には水連池がありました。
こちらも涼しそうできれいでした。 -
さらにその上にはアジサイ園。咲きはじめです。
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赤い紫陽花。
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紫陽花園を上から見ました。
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紫陽花を見て、さらに公園内を抜けて町中にでました。
15分くらい歩いて、JR藤坂駅に到着。
牧野から6.2㎞、2時間15分のお散歩でした。
短い時間でしたが、アテルイの塚や片埜神社で歴史を感じ、山田池公園では緑と水を楽しみ、季節のお花を見ることができた収穫多い歩きでした。
最後JR藤坂駅プラットフォームから北東の京都方面の山並みが見えました。
今年も暑くなるのでしょうか。
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この旅行記へのコメント (2)
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- masaさん 2024/06/21 11:49:52
- 阿弖流為塚から山田池公園 sono
- ご投稿UPの数日後に、NHK「歴史探偵」での放映をタイムリーに視聴しました。
阿弖流為は蝦夷の族長、貴馬術に長け、鉄の矢じりも保持し朝廷・公家側からは「人にあらざる者」として恐れられ絵図にも描かれた。789年巣伏の戦いから13年、802年蝦夷分裂で、10万の田村麻呂軍に降伏。その後蝦夷は全国に移住させられ、源義家、平将門、奥州藤原氏三代に繋がるとのロマン感じた次第です。
NHKのBS1やETVでなく①Chで夜のゴールデンタイムの放映ですから、阿弖流為は「日本古代史のスタメンプレイヤー」なのですね。
歴史の勝者側による敗者抹殺は、例えば葛城古道での鴨族と蜘蛛族でお知らせ頂いた通り。
6月25日までの山田公園菖蒲園行って見たくなりました。(masa)
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- masaさん 2024/06/08 20:16:26
- 京阪牧野からJR藤坂へ 初夏の花と歴史散歩
- 初夏の片埜神社、山田池公園 楽しく拝読しました。この東河内のエリアは関西在住の小生にも、馴染みの薄い所でしたので、「そうでしたか。」の思いです。「かたの」の字体も「片埜神社」「交野市」と違って山は「交野こうの山」と読み方さえ違います。それぞれに言われがあるのでしょうね。
「阿弖流為」高校日本史には出てきた記憶ありませんが、「放送大」の某科目で登場しました。「坂上田村麻呂」も朝廷側史観では英雄ですが、先住民側からは殺戮の征服者。今度は岩手、宮城県辺りでの関連史跡での「評価」伝説是非伺いたいです。
菖蒲の名の「沖津白波」優雅・風流ですね。沖津白波で終わる古歌思い出せずに残念です。
バラの名にEngrish gardenn系では色々カタカナで命名されていますが、日本の古歌
引用もさすがと思いました。
akitaine様の「スリランカ、百済」も良かったですが、是非内外の記事投稿お続け下さい。
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