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18か月のうちに1度でも加減があれば、その時点からまた18か月期限が延長されるアメリカン航空のマイレージプログラム。これまではあの手この手で何とか期限の前に延長できていたが、いよいよそれも限界に来てしまった。自分の口座にあるのは、国内の往復すらできないくらいのわずかなマイレージ。とはいえ、コツコツ貯めて来たものを無駄にするのは惜しい。では片道でもいいから使ってしまおう!ということで選んだのは岡山。そしてテーマは城と洞窟。夜行バスとレンタカー、そして飛行機を使って回った4城3洞の記録です。

4城3洞を巡る岡山旅

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2024/03/01 - 2024/03/04

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birdwatcher

birdwatcherさん

18か月のうちに1度でも加減があれば、その時点からまた18か月期限が延長されるアメリカン航空のマイレージプログラム。これまではあの手この手で何とか期限の前に延長できていたが、いよいよそれも限界に来てしまった。自分の口座にあるのは、国内の往復すらできないくらいのわずかなマイレージ。とはいえ、コツコツ貯めて来たものを無駄にするのは惜しい。では片道でもいいから使ってしまおう!ということで選んだのは岡山。そしてテーマは城と洞窟。夜行バスとレンタカー、そして飛行機を使って回った4城3洞の記録です。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
高速・路線バス レンタカー ANAグループ
旅行の手配内容
個別手配
  • マイレージを利用した飛行機は帰りにまわして、行きは職場からそのままバスタ新宿へ向かった。到着時間の都合良さから選択したのは21:55発の夜行バス。お値段10,800円。4列シートは辛いかなあと心配していたが、席間の衝立と顔を覆えるキャノピーという仕組みのおかげで想像以上に快適に過ごせた。

    マイレージを利用した飛行機は帰りにまわして、行きは職場からそのままバスタ新宿へ向かった。到着時間の都合良さから選択したのは21:55発の夜行バス。お値段10,800円。4列シートは辛いかなあと心配していたが、席間の衝立と顔を覆えるキャノピーという仕組みのおかげで想像以上に快適に過ごせた。

  • 予定より10分早く、7:40に岡山駅西口に到着。降り立った3月の岡山はまだ寒かった。レンタカーの予約時間までゆっくり朝食を摂って、この先の予定を再確認しよう。

    予定より10分早く、7:40に岡山駅西口に到着。降り立った3月の岡山はまだ寒かった。レンタカーの予約時間までゆっくり朝食を摂って、この先の予定を再確認しよう。

  • 開店と同時にレンタカーの手続きを済ませ、さっそく向かったのは岡山駅から約1時間、総社市にある鬼ノ城。まずは鬼城山ビジターセンターで情報収集。

    開店と同時にレンタカーの手続きを済ませ、さっそく向かったのは岡山駅から約1時間、総社市にある鬼ノ城。まずは鬼城山ビジターセンターで情報収集。

  • 鬼ノ城は大和朝廷によって国の防衛のために築かれたとされる古代山城だが、歴史書には一切記されておらず、その歴史は謎のままとなっている。築城は諸説あるも、7世紀後半との説が有力で、昔話「桃太郎」の元となった伝説の舞台とも言われている。

    鬼ノ城は大和朝廷によって国の防衛のために築かれたとされる古代山城だが、歴史書には一切記されておらず、その歴史は謎のままとなっている。築城は諸説あるも、7世紀後半との説が有力で、昔話「桃太郎」の元となった伝説の舞台とも言われている。

  • ビジターセンターから見学路を進むと最初に現れるのがこの角楼。背面からの攻撃に備えるとともに西門の防備を意図した重要な防御施設と考えられているが、現在は総社市街を見下ろす格好のビュースポットとなっている。

    ビジターセンターから見学路を進むと最初に現れるのがこの角楼。背面からの攻撃に備えるとともに西門の防備を意図した重要な防御施設と考えられているが、現在は総社市街を見下ろす格好のビュースポットとなっている。

  • 角楼の先に現れるのが鬼ノ城のアイコン、西門跡。取り付けられた盾の文様など、日本というより、むしろ大陸の建物のよう。<br />2.8kmの城壁で囲まれた鬼ノ城は、それに沿ってぐるっと遊歩道が整備されており、もちろん、俺も1周巡って来た。

    角楼の先に現れるのが鬼ノ城のアイコン、西門跡。取り付けられた盾の文様など、日本というより、むしろ大陸の建物のよう。
    2.8kmの城壁で囲まれた鬼ノ城は、それに沿ってぐるっと遊歩道が整備されており、もちろん、俺も1周巡って来た。

  • 表から見た西門。なんとも言えない無骨な雰囲気が凄くいい!<br />なお、屋根部分に取り付けられた盾は本来内側に設置されるものらしいが、文様をよく見せるため、あえて外側に取り付けているとのこと。<br />

    表から見た西門。なんとも言えない無骨な雰囲気が凄くいい!
    なお、屋根部分に取り付けられた盾は本来内側に設置されるものらしいが、文様をよく見せるため、あえて外側に取り付けているとのこと。

  • 西門の先に広がる敷石の道。鬼ノ城では多くの区間で石が敷かれているが、通路としての役割の他、雨から城壁を守る役割が大きいと考えられている。このような敷石は国内の古代山城ではここでしか見られず、朝鮮半島でも数例しかない珍しいものらしい。

    西門の先に広がる敷石の道。鬼ノ城では多くの区間で石が敷かれているが、通路としての役割の他、雨から城壁を守る役割が大きいと考えられている。このような敷石は国内の古代山城ではここでしか見られず、朝鮮半島でも数例しかない珍しいものらしい。

  • 西門跡から時計と反対回りに700mほど進むと南門跡に出る。再現はされていないが、西門と同構造、同規模の門であり、西門とどちらが正門なのかはわかっていないらしい。ただし、この門の正面は急斜面となっており、どの位置から出入したのかがはっきりしていない。

    西門跡から時計と反対回りに700mほど進むと南門跡に出る。再現はされていないが、西門と同構造、同規模の門であり、西門とどちらが正門なのかはわかっていないらしい。ただし、この門の正面は急斜面となっており、どの位置から出入したのかがはっきりしていない。

  • 南門跡を後にしてさらに500mほど進むと東門跡に出る。やや小ぶりのこの門は鬼ノ城で最初に発掘調査をした城門跡であるとのこと。

    南門跡を後にしてさらに500mほど進むと東門跡に出る。やや小ぶりのこの門は鬼ノ城で最初に発掘調査をした城門跡であるとのこと。

  • 西、南、東と巡り、最後は北門跡。裏門にあたる北門も規模は小さいが、随所に防御効果を高めた工夫が認められているそうな。<br />北門を過ぎて、途中、城内中央部にある礎石建物群跡に寄り、角楼に戻って来た。時間にして約1時間半。途中雪もチラつき、とても寒かったが、高台にあるだけに景色も良く、気持ちの良いトレッキングとなった。これにて1城目終了。

    西、南、東と巡り、最後は北門跡。裏門にあたる北門も規模は小さいが、随所に防御効果を高めた工夫が認められているそうな。
    北門を過ぎて、途中、城内中央部にある礎石建物群跡に寄り、角楼に戻って来た。時間にして約1時間半。途中雪もチラつき、とても寒かったが、高台にあるだけに景色も良く、気持ちの良いトレッキングとなった。これにて1城目終了。

  • 鬼ノ城の次は現存天守12城の一つ、備中松山城に向かう。マイカーは城見橋公園駐車場までしか入れないので、ここに車を止める。

    鬼ノ城の次は現存天守12城の一つ、備中松山城に向かう。マイカーは城見橋公園駐車場までしか入れないので、ここに車を止める。

  • 駐車場からふいご峠までの登城整理バス。往復500円。15分おきに出発している。乗車時間は5分だが、登城整理バスに乗らず、20分かけて歩いていくことも可能。

    駐車場からふいご峠までの登城整理バス。往復500円。15分おきに出発している。乗車時間は5分だが、登城整理バスに乗らず、20分かけて歩いていくことも可能。

  • 登城整理バスはふいご峠に到着。ここから天守までは山道を徒歩で登って行く。

    登城整理バスはふいご峠に到着。ここから天守までは山道を徒歩で登って行く。

  • 登り始めてすぐに現れる石垣は中太鼓の丸跡。当時城主が住んでいた山裾の御根小屋と天守とを太鼓の音などで連絡する中継所の一つであった。同時に戦略上の重要な拠点でもあり、櫓が建っていたことが記録や絵図にも残っている。

    登り始めてすぐに現れる石垣は中太鼓の丸跡。当時城主が住んでいた山裾の御根小屋と天守とを太鼓の音などで連絡する中継所の一つであった。同時に戦略上の重要な拠点でもあり、櫓が建っていたことが記録や絵図にも残っている。

  • 中太鼓の丸跡からさらに進むと大手門跡に辿り着く。そこから先には多くの石垣が残っているが、ここで特に目を引くのが右手にそびえる天然の岩盤の上に築かれた大きな石垣。山城ならではの見事なコラボレーション。

    中太鼓の丸跡からさらに進むと大手門跡に辿り着く。そこから先には多くの石垣が残っているが、ここで特に目を引くのが右手にそびえる天然の岩盤の上に築かれた大きな石垣。山城ならではの見事なコラボレーション。

  • 要するにこんな感じ。

    要するにこんな感じ。

  • 三の丸、二の丸、本丸と進み、いよいよ天守が目の前に。備中松山城は1683年に修復された12ある現存天守の一つ。三層の見えるようにデザインされているが実際は二層二階で、最も標高の高いところに天守のある城でもある。入城料300円。

    三の丸、二の丸、本丸と進み、いよいよ天守が目の前に。備中松山城は1683年に修復された12ある現存天守の一つ。三層の見えるようにデザインされているが実際は二層二階で、最も標高の高いところに天守のある城でもある。入城料300円。

  • 天守の中には囲炉裏がある。籠城戦を想定してのもので、これは全国でも珍しいらしい。

    天守の中には囲炉裏がある。籠城戦を想定してのもので、これは全国でも珍しいらしい。

  • 2階には御社壇(神棚)もある。

    2階には御社壇(神棚)もある。

  • 天守の北側にある二重櫓。重要文化財に指定された二層二階建ての櫓。これも天然の岩盤の上に建てられている。<br />これにて2城目&初日終了。

    天守の北側にある二重櫓。重要文化財に指定された二層二階建ての櫓。これも天然の岩盤の上に建てられている。
    これにて2城目&初日終了。

  • 2日目は1洞目となる井倉洞から。1957年頃、大理石の採掘調査の中で発見された鍾乳洞で、観光洞として開洞したのは1959年。その後、開発を進め、1962年には現在の1200mに及ぶ観光洞が完成した。

    2日目は1洞目となる井倉洞から。1957年頃、大理石の採掘調査の中で発見された鍾乳洞で、観光洞として開洞したのは1959年。その後、開発を進め、1962年には現在の1200mに及ぶ観光洞が完成した。

  • 橋を渡っていざ入洞。入洞料1000円也。<br />カルストの断崖に向かって伸びる橋を渡っていると、これから冒険に向かうようなワクワク感が盛り上がってくる。

    橋を渡っていざ入洞。入洞料1000円也。
    カルストの断崖に向かって伸びる橋を渡っていると、これから冒険に向かうようなワクワク感が盛り上がってくる。

  • いざ入洞!それにしても、こんな小さな穴の先に大きな空間が広がっているとは想像もつかない。

    いざ入洞!それにしても、こんな小さな穴の先に大きな空間が広がっているとは想像もつかない。

  • 自然の造形美に名前が付けられているのは鍾乳洞のお約束。

    自然の造形美に名前が付けられているのは鍾乳洞のお約束。

  • 井倉洞はおよそ90mの高低差を登りながら30のポイントを鑑賞するようになっている。内部は狭いところが多いが、黄金殿堂と名付けられたこの場所のように急に開ける場所もあり、その他にも高さ50mの滝があったりと見どころは多い。

    井倉洞はおよそ90mの高低差を登りながら30のポイントを鑑賞するようになっている。内部は狭いところが多いが、黄金殿堂と名付けられたこの場所のように急に開ける場所もあり、その他にも高さ50mの滝があったりと見どころは多い。

  • 続いては25分ほど移動して、2洞目の満奇洞(まきどう)へ。入洞料はこちらも1000円。

    続いては25分ほど移動して、2洞目の満奇洞(まきどう)へ。入洞料はこちらも1000円。

  • 岩の割れ目が満奇洞の入口。ここは江戸時代末期に狸を追っていた地元の猟師に発見されたと言われ、かの与謝野鉄幹・晶子夫妻が「奇に満ちた洞窟」と絶賛したことから満奇洞と命名されたとのこと。

    岩の割れ目が満奇洞の入口。ここは江戸時代末期に狸を追っていた地元の猟師に発見されたと言われ、かの与謝野鉄幹・晶子夫妻が「奇に満ちた洞窟」と絶賛したことから満奇洞と命名されたとのこと。

  • 内部は井倉洞に比べ全長は450mと短いが広いところが多い。また、ライトアップされており、観光要素がより強い鍾乳洞となっている。

    内部は井倉洞に比べ全長は450mと短いが広いところが多い。また、ライトアップされており、観光要素がより強い鍾乳洞となっている。

  • 洞窟内には「恋人達の聖地」として選定された恋人の泉や竜宮橋と名付けられた橋も設置され、SNSで評判になったり、コスプレイヤーが写真を撮りに来たりもするらしい。

    洞窟内には「恋人達の聖地」として選定された恋人の泉や竜宮橋と名付けられた橋も設置され、SNSで評判になったり、コスプレイヤーが写真を撮りに来たりもするらしい。

  • とは言え、肝心の自然の造形美も素晴らしい。

    とは言え、肝心の自然の造形美も素晴らしい。

  • 作られた雰囲気ではあるが、確かに神秘的ではある。

    作られた雰囲気ではあるが、確かに神秘的ではある。

  • 満奇洞からさらに25分ほど移動し、3洞目の備中鐘乳穴(びっちゅうかなちあな)へ。ここは平安時代中期に編纂された六国史の一つ「日本三代実録」にも記された、文献に残る日本最古の鍾乳洞であるらしい。入洞料700円。

    満奇洞からさらに25分ほど移動し、3洞目の備中鐘乳穴(びっちゅうかなちあな)へ。ここは平安時代中期に編纂された六国史の一つ「日本三代実録」にも記された、文献に残る日本最古の鍾乳洞であるらしい。入洞料700円。

  • 入口は駐車場から坂を下り切った大きな岩の裂け目。

    入口は駐車場から坂を下り切った大きな岩の裂け目。

  • これまでの2洞と比較し、公開されているのは奥行き300mと短いが、とにかく空間が広く規模が大きい印象。手前に見える高さ3m直径5mの石筍「洞内富士」は日本一の大きさらしい。

    これまでの2洞と比較し、公開されているのは奥行き300mと短いが、とにかく空間が広く規模が大きい印象。手前に見える高さ3m直径5mの石筍「洞内富士」は日本一の大きさらしい。

  • 「五重の塔」と名付けられたこの鍾乳石も22階層からなるなど、他の鍾乳洞では見られないもの。

    「五重の塔」と名付けられたこの鍾乳石も22階層からなるなど、他の鍾乳洞では見られないもの。

  • 3洞を堪能した後は、途中、道の駅で昼食をとりつつ東へ大きく移動。3城目の津山城へ。1616年に完成したこの城は、明治の廃城令により取り壊されるまで約260年この地を守ってきた。現在は鶴山公園となっているが、もとは「鶴山」と書いて「つやま」と読んだらしい。入城料は310円。

    3洞を堪能した後は、途中、道の駅で昼食をとりつつ東へ大きく移動。3城目の津山城へ。1616年に完成したこの城は、明治の廃城令により取り壊されるまで約260年この地を守ってきた。現在は鶴山公園となっているが、もとは「鶴山」と書いて「つやま」と読んだらしい。入城料は310円。

  • 現在の入口となっている冠木門。三の丸の入口となる門。

    現在の入口となっている冠木門。三の丸の入口となる門。

  • 冠木門をくぐって虎口を折り返し、再び階段を登ると三の丸に出る。そこにあったのが二の丸への通路の正門にあたる表中門。櫓門の形式を持つ城内最大の門で、その大きさは大阪城や江戸城の城門にも匹敵するものであったらしい。

    冠木門をくぐって虎口を折り返し、再び階段を登ると三の丸に出る。そこにあったのが二の丸への通路の正門にあたる表中門。櫓門の形式を持つ城内最大の門で、その大きさは大阪城や江戸城の城門にも匹敵するものであったらしい。

  • 表中門跡を過ぎ、階段を登ると津山城の象徴、備中櫓が見えてくる。

    表中門跡を過ぎ、階段を登ると津山城の象徴、備中櫓が見えてくる。

  • 階段を登り切ったところに現れるのが二の丸の入口となる四足門。現在、ここに門は存在しないものの、廃城時に津山市内の中山神社に移築されており、往時の姿を見ることもできるらしい。

    階段を登り切ったところに現れるのが二の丸の入口となる四足門。現在、ここに門は存在しないものの、廃城時に津山市内の中山神社に移築されており、往時の姿を見ることもできるらしい。

  • 二の丸からは綺麗に備中櫓を望むことができる。津山城と言えばのフォトスポット。

    二の丸からは綺麗に備中櫓を望むことができる。津山城と言えばのフォトスポット。

  • 二の丸を後にし、本丸への通路を仕切る切手門、本丸の入口となる表鉄門(おもてくろがねもん)を抜け、本丸まで登ってきた。上から見ると、本丸までの道が曲がりくねっていて、石垣も高く、防御への意識が高いことが良くわかる。

    二の丸を後にし、本丸への通路を仕切る切手門、本丸の入口となる表鉄門(おもてくろがねもん)を抜け、本丸まで登ってきた。上から見ると、本丸までの道が曲がりくねっていて、石垣も高く、防御への意識が高いことが良くわかる。

  • 本丸側から見た備中櫓。内部が見学できるようになっている。ちなみに、津山城は日本で3番目に櫓の数が多い城だったそうで、その数は60にもなるという。

    本丸側から見た備中櫓。内部が見学できるようになっている。ちなみに、津山城は日本で3番目に櫓の数が多い城だったそうで、その数は60にもなるという。

  • 備中櫓の内部は総畳敷き、天井張りの書院造り。通常、櫓は武器庫や食糧庫、はたまた矢や鉄砲を発射するための建物であることが多いが、津山城では御殿、しかも藩主あるいはその家族のための限られた空間であったと推測されている。

    備中櫓の内部は総畳敷き、天井張りの書院造り。通常、櫓は武器庫や食糧庫、はたまた矢や鉄砲を発射するための建物であることが多いが、津山城では御殿、しかも藩主あるいはその家族のための限られた空間であったと推測されている。

  • 天守台にやって来た。在りし日の天守閣は石垣を除いて高さ22m、地上五階建てで、同じ形状の建物を小さくしながら積み上げていく層塔型という天守であったと言われている。

    天守台にやって来た。在りし日の天守閣は石垣を除いて高さ22m、地上五階建てで、同じ形状の建物を小さくしながら積み上げていく層塔型という天守であったと言われている。

  • 津山城は石垣の立派さも特徴。高く規模の大きな石垣がたくさん残っている。また、「さくら名所100選」にも選ばれた西日本有数の桜の名所でもある。<br />津山城を堪能したあとは2時間近くかけて岡山駅に戻り、レンタカーを返却。これにて2日目終了。<br />

    津山城は石垣の立派さも特徴。高く規模の大きな石垣がたくさん残っている。また、「さくら名所100選」にも選ばれた西日本有数の桜の名所でもある。
    津山城を堪能したあとは2時間近くかけて岡山駅に戻り、レンタカーを返却。これにて2日目終了。

  • 早くも最終日。昼過ぎには空港へ行かなくてはならないため、朝一でこの旅の締めくくりとなる4城目の岡山城へ。これは廊下門。門の上部の櫓部分が城主の住居と政治を行う場所とを結ぶ城主専用の廊下であったことからこの名前が付いたとのこと。

    早くも最終日。昼過ぎには空港へ行かなくてはならないため、朝一でこの旅の締めくくりとなる4城目の岡山城へ。これは廊下門。門の上部の櫓部分が城主の住居と政治を行う場所とを結ぶ城主専用の廊下であったことからこの名前が付いたとのこと。

  • 廊下門をくぐった先にある広場は岡山藩の政治が行われた表書院と呼ばれる場所。かつては大小60を越える部屋を持つ数棟からなる建物が建っていた。

    廊下門をくぐった先にある広場は岡山藩の政治が行われた表書院と呼ばれる場所。かつては大小60を越える部屋を持つ数棟からなる建物が建っていた。

  • 表書院の一部には地下に降りる階段があり、そこには石垣が展示されている。この石垣は江戸時代初めに行った城の改修時に埋められたもので、400年前の築城時の石垣であるとのこと。

    表書院の一部には地下に降りる階段があり、そこには石垣が展示されている。この石垣は江戸時代初めに行った城の改修時に埋められたもので、400年前の築城時の石垣であるとのこと。

  • 岡山城の本丸は高い順に本段、中の段、下の段の3つの段から成っている。そしてこれは中の段から本段への正門であったこの不明門(あかずのもん)。藩主が日常生活を営む御殿があった本段には特に限られた身分の人しか入ることができず、閉ざされている事が多かったことから、この名前が付いたとされている。

    岡山城の本丸は高い順に本段、中の段、下の段の3つの段から成っている。そしてこれは中の段から本段への正門であったこの不明門(あかずのもん)。藩主が日常生活を営む御殿があった本段には特に限られた身分の人しか入ることができず、閉ざされている事が多かったことから、この名前が付いたとされている。

  • 不明門をくぐって階段を登ると左手に現れる天守閣。その黒い姿から、岡山城は別名「烏城(うじょう)」と呼ばれている。1945年6月、戦争で焼失したが、1966年に再建され、その後2度の改修を経て、現在は地上6階地下1階、内部は岡山城の歴史を伝える博物館となっている。入城料400円也。

    不明門をくぐって階段を登ると左手に現れる天守閣。その黒い姿から、岡山城は別名「烏城(うじょう)」と呼ばれている。1945年6月、戦争で焼失したが、1966年に再建され、その後2度の改修を経て、現在は地上6階地下1階、内部は岡山城の歴史を伝える博物館となっている。入城料400円也。

  • 最上階の6階に珍しい形の窓を見つけた。どうやら華頭窓(かとうまど)と言うらしい。ハスの花びらが名称のもとになったというもので、その昔、城主もここから城下を眺めていたのだろう。

    最上階の6階に珍しい形の窓を見つけた。どうやら華頭窓(かとうまど)と言うらしい。ハスの花びらが名称のもとになったというもので、その昔、城主もここから城下を眺めていたのだろう。

  • 天守本段にはもうひとつ門がある。六十一雁木上門(ろくじゅういちがんぎうえもん)。城の北東面を流れる旭川に通じる門で、かつて61段の石段があったことにちなんでいるらしい。なお、「上門」とあることからわかるように階段の下には「下門」があった。こちらは本格的な櫓門であったらしいが、残念ながら再建されていない。

    天守本段にはもうひとつ門がある。六十一雁木上門(ろくじゅういちがんぎうえもん)。城の北東面を流れる旭川に通じる門で、かつて61段の石段があったことにちなんでいるらしい。なお、「上門」とあることからわかるように階段の下には「下門」があった。こちらは本格的な櫓門であったらしいが、残念ながら再建されていない。

  • 中の段の北西角に建つ月見櫓。城にとって外側となる西面、北面には石落としなどの戦闘装置を設けている一方、城の内側となる東面、南面の2階は雨戸立てで開け広げた造作の日常生活仕様となっている。その名の通り、往時はここで月見などを楽しんだのだろう。国の重要文化財にも指定されている。

    中の段の北西角に建つ月見櫓。城にとって外側となる西面、北面には石落としなどの戦闘装置を設けている一方、城の内側となる東面、南面の2階は雨戸立てで開け広げた造作の日常生活仕様となっている。その名の通り、往時はここで月見などを楽しんだのだろう。国の重要文化財にも指定されている。

  • 天守台の石垣は高さ14.9mにもなる立派なもの。そして何と言っても特徴的なのは変形五角形となっていること。築城時は石垣の築造技術が未熟で、元々の地形に従わざるをえなかっただけらしいが、その結果、横長で複雑な形の天守閣を生み、逆に唯一無二の格好良さにつながっている。

    天守台の石垣は高さ14.9mにもなる立派なもの。そして何と言っても特徴的なのは変形五角形となっていること。築城時は石垣の築造技術が未熟で、元々の地形に従わざるをえなかっただけらしいが、その結果、横長で複雑な形の天守閣を生み、逆に唯一無二の格好良さにつながっている。

  • あっという間に時間は過ぎて、もう帰らないとならない!空港バスの時間に間に合うよう急いで岡山駅、そして岡山桃太郎空港へ。帰りは今回の旅のきっかけとなったマイレージを使った空の旅。

    あっという間に時間は過ぎて、もう帰らないとならない!空港バスの時間に間に合うよう急いで岡山駅、そして岡山桃太郎空港へ。帰りは今回の旅のきっかけとなったマイレージを使った空の旅。

  • 離陸の直前、空港の職員さんがお見送りしてくれる。こういうのって日本ならではのちょっとした心使いで嬉しくなる。そんなおもてなしを横目に飛行機は浮き上がる。行きは9時間かかった道も飛行機なら1.5時間。飛行機って本当に早いなあ。ということで4城3洞を駆け足で巡った岡山旅はこれにて終了。

    離陸の直前、空港の職員さんがお見送りしてくれる。こういうのって日本ならではのちょっとした心使いで嬉しくなる。そんなおもてなしを横目に飛行機は浮き上がる。行きは9時間かかった道も飛行機なら1.5時間。飛行機って本当に早いなあ。ということで4城3洞を駆け足で巡った岡山旅はこれにて終了。

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