2024/02/24 - 2024/02/25
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すなふきんさん
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大連といえば近代日中の歴史を語る上で避けれは通れない場所。東北にある大連博物館は南京の某施設よりも日本に対するなんともネガティヴなオーラを感じるので見学の備忘録としてここに残しておく。
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冬の大連はクソ寒い。おまけに周水子空港は横風が強く吹くので着陸やり直しも多い。大連市北の沖合に新空港を作っているが、金が無いのかなかなか前に進んでいない様子。
大連周水子国際空港 (DLC) 空港
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高架道路をかっ飛ばして市内へ。電気自動車の緑ナンバーはあまり見かけない。
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ホテルに到着する頃にはもう真っ暗。人影少ない寂しい街に電飾ギラギラのやかましいバスが走る。
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中山広場は鮮やかにライトアップされているが人はまばら。寒いからな。
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ウニ丼食べるために少し中心地から離れる。やはり海沿いの街らしく海鮮を売りにしたレストランが多いし。
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東北の中国色強い界隈に場違いに店を構えるコーヒースタンド。飲んであったまりたい。
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ウニエビ丼。季節外れだったが美味しかった。エビの頭で出汁をとった味噌汁も良き。
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今日の晩飯は寿司ラックでした。それではおやすみなさい。
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日本企業の進出が多い街なので日本人の宿泊も多いのだが、やはりここは日本食が充実している。元気な一日の始まりは朝食から。
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おはようございます。今朝も寒々しい大連の朝。赤レンガ風の建物は日本統治時代の名残か。
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今回大連に来た目的はこちら。大連現代博物館にやってきた。日本人として見ておかないといけないモノがここにはある。
大連現代博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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大連の工業の勃興を支えた神戸製鋼製の原動機が展示されている。
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上海でも走っていたという汽車ポッポ。
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建物に入ると広大な吹き抜け空間。
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さあ見ていきましょう近代大連の姿を。
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清国から中華民国に至るまで旧日本軍に辛酸を舐めさせられ続けたあの日々を忘れないための年表から始まる。
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旅順が軍港都市整備されていく様子を写した貴重な写真。ロシアに奪われ、日本に奪われ、中国としては忘れたい悲劇の舞台となった。
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清国北洋艦隊の軍艦に乗って憎き旧日本軍の艦艇を砲撃して沈める。何ともやることが中◯政府らしいイカれたゲーム。子供達に大人気だよ。
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1894年9月、日本連合艦隊は黄海大東溝海面で清国北洋艦隊と激戦を繰り広げ、北洋艦隊は5隻の軍艦を失い、800人以上の死傷者を出した。一方、日本連合艦隊も多数の死傷者を出し、298人が死亡。この海戦の結果、日本は黄海の制海権を握ることになった。
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大山巌は、日清戦争における日本の勝利に最も貢献した人物の一人であり、その功績は日本史においても重要な位置を占めている。彼の戦略眼とリーダーシップは、後の日露戦争における日本の勝利にもつながる礎となった。
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旧日本軍の将校から奪い取ったと見られる軍服。
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旧日本軍の残虐な行いを説明する写真に資料。この辺りは南京の大虐殺資料館と同じ。これらを見て父親が子供達に日本のヤバさを教えていた。そして学校でも教わる。これぞ反日教育無限ループ。
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今はなき大阪鐵工所のプレート。
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この石碑は日本が1905年から1945年までの間、中国の遼東半島を侵略し、軍事基地を築いて中国の中枢を掌握しようとしたことを示している。関東郡督府、関東軍、満州鉄道は大連に設けられた主要な軍事施設。日本が中国東北部を支配するための拠点となった。
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旧日本軍の軍事品。
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旧日本軍の装備。 こちらは1930年代に採用した九二式重機関銃。歩兵部隊の火力支援に広く用いられ、太平洋戦争まで使用された。
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大連駅のベンチ。大連駅は1937年6月に完成し、設計は日本人建築家の太田宗太郎が担当した。優雅で実用的なデザインは、大連のランドマークとして多くの人々に親しまれ、現在も利用されている。
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日本統治時代の大連市内の立体地図。満州地域の経済の中心地として発展し、多くの外国人が住んでいた。港湾施設も整備され、貿易の中継地として重要な役割を果たしたのだ。
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一部を除いて日本人にとってはネガティブな展示が続くので疲れてきた。日本統治時代の大連は近代化と発展の一方で、植民地支配による負の側面も存在している。
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大連にあった神社の太鼓。旧日本軍は、満州を日本の勢力圏とするため、政治、経済、文化など様々な面で支配を進め、その一環として神道思想の普及も行ったと書かれている。
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旧日本軍統治下の大連の様子を再現したフロア。
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日本国旗に書き連ねられた名前。
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そしてめでたく大連は旧日本軍から解放された。というところで展示は終了。ほな帰りましょう。
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寒い寒い大連から空路で上海へ。秀逸な日本語話者が多く、日本企業を誘致し発展してきた大連ではあるが、政府による反日教育は平常運転でした。
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