2023/09/20 - 2023/09/20
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BO/Mさん
今回の台湾旅行で、僕は 「台湾は台湾のもの」 (或いは、台湾は台湾人のもの)であるなら、マジョリティーである台湾語話者以外の台湾原住民についても知っておきたいと感じました。ちなみに、台湾全人口比率で現時点約2%強が原住民総数の割合となります。(先住民、と日本では呼称しますが原住民、と言う語は台湾原住民が自ら勝ち取った言葉であり、意味を持つそうです、ここではそれに従い、原住民と表記します)
ホテルのフロントで色々と話し込み、結果台北市内の歴史博物館はリノベーション中で休館中、台南市には国立台湾歴史博物館があるが今回はちょっと行けない、もう一つが故宮博物館の斜め前に私人(民間)設立の 「順益台湾原住民博物館」 と言うのが在るよ、と教えてもらいました。
個人でやっているヤツか・・・とちょっと心の中ではあまり期待できないかな、と感じはしましたが、まあひとつ行ってみようとして訪れたところ・・・
とても立派な正統派博物館に出会うことができました。
順益台湾原住民博物館は、私人 林清富 創設理事長により1994/6 設立され近々30年目を迎えます。彼の父親が台北新店出身で、立志伝中の人物と言って良い三菱ふそう系の自動車企業の創始者で、父親時代から原住民族に対し造詣が深く、事業を受け継いだ息子・林清富氏がそのコレクションを更に買い増して行き、10年程の構想の後、1994年に私財を投げうち、事業で得た利益の社会還元として財団法人基金会を作り、この順益原住民博物館を設立したのです。
一般入場料の150元を払い、日本語による説明書きも頂いて入場します。
https://www.youtube.com/watch?v=vAIGacoDv4M
台湾の博物館紹介・8の日本語での公式紹介動画です。
https://trip-s.world/shung-ye-museum
こちらは現地で博物館ご案内をされている(いた?)方のブログです。よく見て行くと、2週間前までの事前予約により日本語による館内ツアーガイドをお願い出来るようです。電話、或いは所定用紙記載後PDF添付メール、ファックスなどで可能になるようです。
https://www.museum.org.tw/
公式ホームページです。
https://youtu.be/JbyAFnlQgSI?si=6e1NmHr04Ltuxv3Y
何となく全体を感じ取って頂く為には、このYoutube動画をご覧ください。
創設理事長 林清富さんが登場しますし、本当に台湾原住民の失われる文化や記録などをしっかりと彼が記録に残す為の大きな器を作った事が理解出来るはずです。残念ながら日本語字幕などは有りませんが、是非ご覧ください。
https://youtu.be/MJ09nYwUOIw?si=FKdmm3_f2VW9FWMs
更にご興味がある方は、この動画の11分くらいから以後をご覧ください。
新たに分館美術館を近年市内に設立、油絵、水彩画を中心とするコレクションを三代目となる娘さんが財団を引き継いで開館しています。(林清富氏は有名な原住民文物と絵画のコレクターだそうです)
分館は創業の地に3度めの建て直しをして設立されています。
順益台湾原住民博物館は、学術研究にも財団法人から、【台湾原住民に係る共同研究ならびに成果公開への助成のため】として途切れなく助成金などが日本へも出され、日本順益原住民研究会での助成金による活動は1997年から刊行物を出し、現在に至ります。詳しくは、
http://fukyosha.a.la9.jp/site-2/yan_jiu_huino_bumi.html
で内容をご確認いただけます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
場所は台北市内からR線(レッドライン)に乗り北上、士林駅下車、1番出口をでると道路向かって右側にバス停が在ります。そこで、故宮博物院行きのバス番号が看板に記されていますから、それを探します。
紅30、255、304、小型18、小型19などが故宮博物院或いは大門広場でとまります。(人によっては故宮の次の停留所下車が良い、と言いますが丁度真ん中位に位置するのと、目印として故宮、なら確実にだれか下りる呼び鈴を押していますのでそこでの下車、進行方向沿いに歩く、を推奨します)
故宮前で下りて、故宮を背に斜め左側方向に順益台湾原住民博物館が在ります。風変わりな幼稚園と隣接して風変わりな三角形のファサードの建物ですから、すぐわかる筈です。大体徒歩5-6分で到着します。 -
建物の展示フロアはB1階(信仰)、1階(自然)・2階(生活)・3階(衣食)となります。整然と、且つしっかりとした各フロア設計や内装だな、と思ってみていましたが、乃村工藝社が全体監修をされている事が案内などから分かり、なるほどと頷きました。丁寧な展示をされており、解説などもしっかりとしています。
私人博物館、侮り難しです。 -
1階受付直ぐ後ろ側に台湾の原住民分布図が説明書きと共に描かれています。原住民たちは漢民族が流入してきた17世紀よりはるか以前より、中には4,000年程の居住歴があるものも居ると言われています。
フィリピン、マレーシア、インドネシア、マダガスカル、オセアニアなどと似た文化や文物を持つとされます。
地図を見て分かる通り、台湾本島は真ん中に山脈が背骨状に在り、その左右で全く様相が異なります。その東側・太平洋側は原住民が多様かつ多数おり、後から来た者が統治制圧出来ずに緩く縄張りを持ちながら長年暮らしてきたようです。 -
1980年代後半以後、徐々に台湾の民主化が進む兆しが見え始めると共に「原住民」も呼称として名誉回復し確立され法制度にもその名が文言として組み込まれるなどしてきました。現在は約55万人の原住民が居るとされ、都市部に出て働らくことで部落人口流出が起こったりもしています。原住民族基本法制定や2005年からはTVチャンネルも原住民chが生まれたりしています。
現に私もチャンネルザッピング中に原住民chを見ました。
55万人、として全人口の2%強ですが、漢民族系よりも随分前から先住している点で、原住民各部族の記録や歴史をこのようにしっかりと形にして残す事は大切であり、官・公では無い民・私の方がこれほどの形質で取り組まれ、30年に亘って色褪せず支持し続けている事は得難い事です。 -
エレベーターで先ずは上から、と3階に行きます。
3階 服飾文化
2階 生活器物
1階 自然環境
地階 信仰祭儀
と言う文字が見える通りです。 -
見事にきれいな展示物を見て回ります
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3F 服装系展示物
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3F どれも近くで見ると素晴らしい色合いと織り方です
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刺青文化なども紹介されています
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腕輪、とても可愛くキレイです
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同じく腕輪ですね、これは実物は素敵な紋様でした
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布地や衣服、どれもとてもきれい
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刺繍も繊細な模様だったりします
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ひたすらひきつけられてゆきます
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時間の経過を忘れて3階だけで1時間は居たでしょうか
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細かい模様
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色合いも素敵です
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こんな展示物が続きます
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そして来館者はごくごく少数です、勿体無い
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とてもやさしい色合いで素敵です
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かと思えば人面彫刻物でしょうか
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同じく人面
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宗教用具か
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とても素敵な首飾り(但し重そう?)
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一般的には屋根に葺いたりする礫(れき)ですが、ファサードの壁材(両脇)として使ってあり斬新です、B1階の映像資料によると、これは縦横を幾層にも重ねる事で互いに摩擦力と応力が生まれ、崩れない仕組みになっているといいます
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これが建物外観、台湾設計士によるもので、原住民の家屋や儀式の為の建物を模した者で中央の梁となる棒状の円柱は原住民紋様の石彫がみられます
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改めて、原住民は台湾の面積で言う半分を占めて生活している事が分かります。
また、歴史で言えば漢民族系(中国系・中華系)に比して相当長い年月この地に暮らしている事も証明されています。
だったら、「台湾は彼らのもの」とも言えるんじゃないか、と言う気もしてきます。
或いは、「台湾は彼らのものでもある」とは少なくとも言えるでしょう。
但し、文字を持たなかった為、正確にその記録を辿る事が難しく、唯一発掘されたものなどからその歴史の長さは推定される事で彼らが先住民である事は確かだが、いつからだったと残る記録が有りません。従い土地や登記簿などの概念が無いと言う事になります。大航海時代の昔からそうですが、オレタチが統治する、オマエラから税を徴収する、と言う図式に弱者を武力暴政で陥れたり、それにより人の命を殺める事はあってはならない事だと僕は考えます。 -
さて、B1階におりると、冒頭の博物館創始者の父母を記念したコーナーが設けられていました。亡き父母への恩恵を込めてその功績をたたえ、且つこの博物館の財源の基礎を築いた事への感謝を表すものである、と理解しました。その人生を少し辿れるような年表もあったので、見て行きます。
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こちらのご夫妻であり、まさに裸一貫、一代で財を成し、それを子息に承継させ民族博物館も設立、社会還元をされています。素晴らしい話です。
それも中途半端な私人博物館ではない。相当に立派な規模と収蔵物、量も質も一流な品揃えです。単なる金持ちの道楽では到底真似出来ない社会貢献です。
この博物館を既に30年弱、維持継続している背景には三菱ふそうの車両製造から販売や貿易までを手掛けている順益グループと言う実業母体があってこそ出来る訳ですが、私人が相当レベルの博物館を実際にやっていらっしゃる事に敬服します。
30年間これを維持し廃れていない事には相当な資金投入と意思がぶれない信念がないと無理でしょう。 -
その背景を見ると、何となくそれも分かる気がしてきます。
先代は、
1916年 日治台湾台北市新店に生まれ、
1947年 順益行を台北市延平南路に設立
1958年 三菱トラック販売開始
1968年 順益貿易有限公司
1973年 自動車工業会社設立
1977年 奥様ご逝去(59歳)
1983年 翌84年と優良納税者表彰
1992年 故郷に錦、新店国小に活動中心(校舎の一部)寄贈設立
2003年 ご逝去
奥様との結婚式は長老会教会(台湾人が主で、政治犯などをかくまったりもした教会)で挙げ、ご自身が若い頃は日治台湾=植民地時代、日本語教育で育ち、政治には触れずにひたすら丁稚奉公から始まる車関係の仕事に就き、二二八事件の時代に自身で起業し自動車部品、自動車、自動車販売、自動車製造販売、貿易・・・と商売を広げて来られたのは、商売・経済に集中して生き、わき目をふらずきちんと納税をしていれば有用な人物として難を避ける事が出来る事を身を以て知っていた為ではないか、と勝手ながら拝察します。また慈愛の精神、共に助け合う気持ちを持つ台湾人の一人として原住民へ関心を持ち、それを助ける活動に着目された事や「故宮博物院の斜め前」に私財を投げうってでも原住民博物館を設立した事のメッセージ性、その事業を社会還元として30年余り続けて子息もそれをやり続けている事など・・・から受ける言外での表出は重く、そして熱いものを感じました。(実際にこの土地を買う際にはかなりの金額を地主に支払っています、通常の四倍を出して手に入れた、とインタビュー動画では聞こえました、それでも絶対に手に入れるんだ、と言う気持ちの原動力が何かあったはずです)
恐ろしい時代には面倒を招き込むような余計な事に入り込まず、ひたすら足下を見つめて口は閉じて、経済活動に励む事でよそ見をせず、商売に専念した人生を感じてしまいました。
絶対に二重帳簿などせず、儲かった分は正直に申告して徴税され、胸を張って悪徳商売はしない、と貫いて来たのが父であり、私もそれを踏襲しているのだ、と動画では発言がありました。こちらも言外に誰か他の人や事業会社やもしかしたら政権は、そんな事ばかりをやっているが、が込められている様に感じました。
そして、故宮=中国から財宝を持ち逃げして正統中国を謳う野蛮な連中とは違うのだ、と言う矜持も秘かに持った人生を歩まれたのかな、とここは勝手に拝察した次第です。息子さんはその意思を継いで悪徳商人にはならず、真っ当に稼いだ金を社会活動に還元する姿勢を貫いている、そんな人生観を感じました。 -
先代と奥様は、仲が良く節目節目には写真を残しています。こうして財を成した後に社会にも還元し、私人として原住民博物館を設立し彼らを支え、助け、今日に至る事は本当に敬服の一語に尽きます。若い頃横目で見て来た凄惨な事件による知識人たちの若い命を失った事などを、決して忘れずに胸に刻み付け、心の中では熱く台湾人の台湾、そこに原住民も含めての台湾、を思い続け、その為には圧倒的な金持ちにならないとダメだ、と言う思いもあったのではないでしょうか。そんな強い意志や覚悟が無いと慈善事業とも言えるこうした事は出来ないのではないか、と感じました。
今では故宮博物院の館長も来訪して祝辞を述べる程に認知され、道の対面には官製の「原住民文化主題公園」が作られるに至った様子なども含め、この親子の原住民族各部族への貢献度は高い、と深く感心しました。
翌朝2023年9月21日、チェックアウトの台北サンルートホテル。
昨日色々とご足労を掛けてお調べ頂いた女性が鍵を受け取る際にどうだった?、と聞いてくれたので、とてもよかった、本当に有難う、と感謝を述べてホテルを後にしました。 -
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