2023/08/13 - 2023/08/20
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kaoluさん
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コロナも5類になり、夏休みどこか行きたいなーと思いつつも、今年は諸事情から長くは休めない・・
しかも、とれる時期が一番航空券の高い時期
とあきらめていた6月頭、ふと航空券を検索したら、私にも手が出そう、しかも好都合なものが出てきた。
これを逃したら、もう来年行けるかどうかも分からないし、ということでポチってしまった。
ポチッたのは良いけれど、スケジュール組みをしたら・・・もう若くはない私にとって、ハードなスケジュールしか成立しないことがわかり、旅行直前の日本でのスケジュールもギチギチなので、体力的に自信がもてなかったので、キャンセル可能な手配と相成った。
果たして無事戻れるか・・・
結果的に何とかこなすことが出来ました。
☆8月13日(日)
成田出発は夕方。前日の夜までキチキチ用事があったので、この出発で正解でした。
唯一の心配は台北での乗り換え。時間的にどうかな?と思ったけれど、通しの航空券だから何とかなるでしょう。
しかし、出発で躓くと後のスケジュールが地獄となりそうでした。
☆8月14日(月)
ウィーン到着は早朝。まあ、午前中に用事を済ませられるので安心。
それにしても暑い!先週まで寒いくらいときいていたのに。
夕方には、中央駅から夜行寝台に乗ってイタリアに移動。
これも、運行されなければ詰むスケジュール。ひやひやでした。
☆8月15日(火)
今回の目的地、イタリアのペーザロ到着。
この時期ペーザロではロッシーニ音楽祭開催されています。
それを鑑賞するのが今回の目的・・のはずなんですが、チケット類はズべて現地調達の予定。
だって、実行できるか自信がなかったからね。
☆8月16日(水)
この日もペーザロ滞在。
この旅行中、唯一のんびり出来る日・・のはず。
☆8月17日(木)
本来だったらもう一日ペーザロ滞在できるはず・・なんだけど、帰国便の関係でボローニャに移動。
ついでにボローニャ観光。
☆8月18日(金)
早朝便にて、ローマ経由で帰国の途に。
☆8月19日(土)
台北に早朝到着。
そのまま乗り継げばお昼過ぎには日本に到着なんだけど、せっかく台湾に来たんだし、明日まで休みだし・・と未練たらしく台北滞在の予定を組んでしまいました。
☆8月20日(日)
お昼の便で帰国。
今回の旅は、どこもここも暑かったから、日本が多少涼しく感じました。
無事帰国できたことに胸をなでおろしたのであります。
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☆8月13日(日)
前日夜中までのスケジュールを考えたら、今回成田夕方発は助かった。
先ずは台北に一っ跳び。
夏休み中とあり、ほとんど満席。
それにしてもこの、御嶽山の表示が気になる。成田空港第2ターミナル 空港
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台北からの乗継は、かなりスムーズ。
ほとんどの長距離便は23時台の出発のよう。 -
機内食は、まあこんなもの??
中華食なのに、お箸はついてこないのね。 -
ほとんど、昔の南回りのルートを飛行。
ロシア上空を飛行しなくなって、日系もこっちのルートが帰国便に利用されてるみたい。 -
朝食のメニューは卵をチョイス。
スクランブルエッグの下にトーストが隠れていた。 -
☆8月14日(月)
ほぼ定刻にウイーン空港に到着。
ここを利用するのは何年振り?? -
中央駅まで列車で移動。
コロナ明けだからか、なんだかものすごい減便してるような感じ。
約1時間出発まで待ちました。
急ぐ旅ではないので良いですけど。 -
Google先生のお示しくださったスケジュールより、かなり少ない。
-
とりあえず中央駅到着。
ホームに上る壁にこんな宣伝を発見。
ブタペストまで9ユーロって。。 -
夕方、再びこの駅から出発予定なので、大きな荷物はこちらのロッカーにぶち込んだ。
現金のみの仕様なので、コインがないとね。
おかげさまで前回の残り物があったのでなんとかなったけど。
後から考えたらこの使用料金3.5ユーロは安かった! -
これを失くしたら大変!
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今回も24時間券のお世話に。
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ちょっとまだ用事を済ませるには時間が早かったので、市内を徘徊。
奈良美智
なら よしとも
この眼差しの絵はは見たことがあるような気がしますが、お名前までは知りませんでした。 -
朝ご飯と休憩を兼ねてカフェで一休み。
銀色のボールに店内が映りこんでいる。
Google先生は、宣伝費を支払ってるカフェが優先されて表示されちゃうからねぇ。カフェ ムゼウム カフェ
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アボガドの朝食を選択。エッグベネディクトと散々迷った。
お客さんがいないなーと思ったら、みんな外のテーブルに。
私はそんな暑いとこは嫌だったので室内に入り込んでしまった。 -
バスに乗って用事を済ませに。
人間もワンコもマスク着用。
あ、人間はほとんどマスクしてませんでしたね。 -
なんとか終了。
もうここに来ることもないだろうな。。 -
街角にこんな水場が。
なんか東洋風ね・・と思ったらモロッコの王様からの贈り物ののよう。
Marokkanerbrunnen -
あまりの暑さに、ウイーン市内を観光する気に全然ならなくて、通りかかった噴水に涼を求める。
ホッホシュトラールブルネン
Hochstrahlbrunnen
1945 年 4 月にファシズムからオーストリアを解放するために倒れたソ連軍兵士を讃える記念碑のところにある。ちょっと複雑な心境。Hochstrahlbrunnen 史跡・遺跡
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暑さに耐えかね、中心部を離れる。
トラムの中も冷房効いてないけど。炎天下うろつくよりはまだましね。 -
ベートーベンで有名なハイリゲンシュタットの小道。
暑いので木陰気持ち良い。
この右側には小川?が流れている。
小川の向こうは住宅地だけどね。 -
ベートーベン先生。
あなたちょっと暑苦しいのよね。
なんて悪口言ったりして。 -
さて、そろそろおなかも空いてきたのでなんか食べないと。
と、近所をググったら、良さそうなお店発見。
ワイナリーです・マイヤー 地元の料理
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シュニッツェルもあったけど、コルドンブルーをチョイス。
マッシュルーム祭りだとかで、チーズのほかにもマッシュルームが入っていて美味しかった。 -
デザートは自家製ソルベ。
左からマンゴー、レモン、フランボアーズ。
以降この組み合わせが好きになる。
Landhaus Mayer -
一応、近所にあったベートーベハウス。
休館日でした。
入るつもりはなかったけどね。 -
帰る途中のスタンド。
ガソリン高い!ドライブは出来ないなー。
1リットル日本のレギュラー相当(オクタン価95だけど)1.73ユーロ、約270円越えです。 -
Spittelauで乗り換えて、次の目的地へ!
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目的地たって、買い物をすることでC&Aに行きたかっただけ。
C&Aって日本のしまむらみたいなものだと思っている。
久しぶりのMariahilfer Strマリアヒルファー通り
余の変貌ぶりにおのぼりさんのおばさんでした。
で、欲しかったものがなくて、しょうがなくありあわせで間に合わせることに。 -
その後は、中央駅へ戻り、お夜食を買い込み、荷物をピックアップしてホームへ。
しかし定時になっても列車の影もありません。
まあ、定時運行を目指してないのかも。
中央駅はターミナル方式じゃないので、時間まで来ないのよね。
昔の西駅が懐かしい。
表示にも遅延の文字がないけど、面白いなと思ったったのはメールでバンバンお知らせが入ること。
でも、最初に来たメールが、運航停止のメールであせった。
運行停止の区間がザルツブルグからミュンヘン方面への列車が今晩は運行されないというお知らせ。お知らせの受信停止を設定をしている人に送るとあったので一瞬、私の列車も含まれるのかとあせりました。
一応駅のインフォメーションで確認。
大丈夫とわかって安心しましたけどね。最近は自動化が激しく、中央駅だからインフォメーションに人がいたのでよかったですけどね。
今回の乗車券はオーストリア鉄道のサイトでとったので、その後、登録してあるアドレスに、10分遅れます。とメールが・・そのあとさらに遅れるというメールが来て、最終的には20分近く遅れたかな?
その間、駅表示には反映されず。ただし、1度だけアナウンスがあったよう。
雑踏にまみれて聞こえづらかったなぁ。まあ、みんなそのうち来るさ・・的で焦りはしていませんでした。
その代り到着してからが・・ -
やっと到着。今晩のお宿です。
事前に車両番号と停車位置は表示してあったのですが、確認してないお客様も多くて右往左往。
私は昨夜は機中泊。だから体力が持たないと思って寝台を予約。寝台じゃない普通席もあります。
寝台は車両ごとに車掌さんが付いていました。 -
個室のシャワー・トイレ付にしといてよかった。
だって、汗みどろ。昨日は機中泊、今日の街歩きは汗だくだったのですっきりしたかったので、清水の舞台から飛び降りました。(笑)
あとで、車内を眺めたら、シャワー付きの2等部屋はこれしかなかったみたい。よかった!(他は洗面ボウルつき) -
他の部屋は、まだ旅が始まったばかりの興奮で縛らざわついていたけど、疲労困憊の私はそう早々にシャワーを浴びた後はベッドメイキングしてもらいました。
もう限界!
いったいいつ室内灯が消えたのかも知らないくらいに寝落ち。
横になれることに幸せを感じてました。 -
☆8月15日(火)
イタリアのボローニャ駅到着。
随分と長い間止まってました。昔は国境でパスポート検査なんかあったけど、今はそんなこともなく、起こされませんでした。
元々が、2つの行き先が連結されてたので、ここで切り離したのか?ラ・スペツィア
La Spezia行きは。
夕べは寝落ちしたのだけれど、この駅の到着前は周りがざわついたので目が覚めました。ボローニャ中央駅 駅
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朝食付きです。
朝食はメニューのなかから6品目選ぶ形。
このセンメルもどきが巨大だったけど、スカスカでした。 -
ほぼ定時に、私の目的地ペーザロ到着。
私の列車はその先のアンコーナ Anconaまで行きます。
この直通寝台があったので、今回のルートになったのです。
駅は小さいけど、バカンスシーズン忙しそう。
今回手配してなかった帰りの切符もついでに購入。
窓口の女性がおしゃべり好き。日本に2003年に行ったことがあるとのこと。
こんな田舎(失礼)からいらしてくださったとは。 -
ホテルはチェックイン時間ではないので部屋には入れなかったけど、荷物を預けたり、地図をもらったりして情報収集。
日本人も何人かお見かけしました。 -
ここ、ペーザロ滞在の目的は、音楽祭。
ロッシーニ音楽祭が開催されてます。
ただ、事前にチケット購入してなかったので、現地調達。
チケットの発売時間はまだだけど、ちょっぴ散策スフェーラ グランデ モニュメント・記念碑
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まずは海方向へ
さすがバカンスの街
海は遠浅で穏やかです -
そろそろ時間なのでこの音楽祭のオフィスがある劇場へ
ちょっと待ちましたが、ほぼ時間通りにドアオープン?
イタリア時間ではありませんでした。ロッシーニ劇場 劇場・ホール・ショー
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概ね必要なチケットは購入したので、せっかくここまできたのだからと博物館へ
National Rossini Museum - Pesaro - Italy
音楽祭のチケットを提示すると入場料の割引(2ユーロ引き) -
丁度、ミニコンサート開催中
残念ながらチケット完売なのでコソ聴き
どうも、無料だったみたい。先着順ね。
画像は許可を得て撮りました -
オーディオシステムを使った展示はコンサートが終わるまで休止中でした。
終わったので堂々と利用 -
展示は、ロッシーニとそのその時代の展示。とオペラの関係。
意識してなかったけど、ロッシーニってモーツアルトのちょっと後くらいの活躍なのね。(すみません。不勉強で)
ロッシーニ氏の最後の姿? -
当時の有名作曲家大集合
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ロッシーニ音楽祭のオペラの装置の模型
見学が終わったのは午後1時ちかく。 -
ポポロ広場にある劇場。(実験劇場)
こちらも音楽祭の会場の一つ
こちらでもチケットが買えるようです。 -
街角にあった、記念?碑
日付から見ると先の大戦で犠牲になった方達のようね。
イタリアって戦犯国じゃなかったけ? -
お昼過ぎにホテルへ戻ると、もう部屋に入れるよとのこと。
早速一休み
夕べはシャワーは浴びたけれどシャンプーをする勇気、というか激しく揺れた区間でシャワーしていたのでさっぱりといたしました。
久しぶりにビデのある文化圏に来たことを実感。 -
一休みした後は第一弾のコンサートへ!
第一弾
Cantata in onore del sommo pontefice Pio IX (1847)
教皇ピウス9世を讃えるカンタータ
実はロッシーニって、ウイリアム・テルとかセビリアの理髪師くらいしか思い浮かばない、にわか信者なので当然この曲も知りません。
それにしても、コロコロとコロラトゥーラが多用される曲だことと感心してしまいした。 -
劇場というか映画館みたいなつくりだこと。
デッドな響きかと思いきや、コロコロが響き過ぎずに良い塩梅です。 -
一旦ホテルに戻ります。
こちらは途中にあったロッシーニの生家
何故か昔の床屋の道具がおいてありました。
ロッシーニはここ誕生から10歳くらいまでしか生息していなかったようなのですがね。ロッシーニの家 博物館・美術館・ギャラリー
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さらに途中にあった教会に入ってみました。
床がガラス張りのことろは下にモザイクがみえます。
ガラスに天井のドームが映ってしまった。
Cattedrale Duomo Basilica Santa Maria Assunta -
余の暑さに、アイスクリームに引き寄せられた。
昨日食べたマンゴーとレモンの組み合わせが壺にはまって(笑)
同じ組み合わせ -
夜はオペラ鑑賞。
謎だったのは、会場への行き方。
Google先生にお伺いをたてると、かなり郊外。
チケット売り場で聞いたら、バスがでているからとこのこ。ホテルの近くの乗り場を印をつけた地図をくれた。
7時出発ときいていたのでおいて行かれた大変とちょっと早めに着たら・・安定の遅延。で、蚊に刺された私。 -
到着したのはこちら
Vitrifrigo Arena
バスで10分くらいかな?ペーザロの郊外と言う感じです。
周りは大型ショッピングセンターがあります。車で来る場所ね。 -
本日のオペラはこちら
AURELIANO IN PALMIRA
『パルミラのアウレリアーノ』
こんなオペラ全線知らなーい。とかいってたけど序曲が始まったら????
なんや、この前の曲やん・・
ロッシーニの『序曲』と言う記憶だけしかありませんでした。割と有名なやつでした。いや、違うな。実はロッシーニって使いまわしをしてたのね。この『パルミラのアウレリアーノ』の序曲は1813年。『セビリアの理髪師』は1816年だから確信犯ね。
『セビリアの理髪師』の序曲は超有名ですからね。聞いたことあるのは当然でした。
この曲の舞台となった『パルミラ』はシリア・アラブ共和国中部のホムス県タドモルにある都市遺跡だったんだって。残念ながら、ISにより21世紀にはいって破壊されてしまったとか。 -
途中、本物のヤギが出てきて。。そっちにっ目が釘付けになってまった。
-
帰りのバスルートがわからず、とりあえず乗ってきたバスに乗車。
劇場行きといっていたので、歩くけど知らないところよりはいいか・・ -
☆8月16日(水)
久しぶりにゆっくり目覚めることのできる唯一の日。
本来は、夜公演まですることないなーと思っていたのですが、昨日お話した一人旅の方から、ランスへの旅と言う作品が11時からあるよ・・と
昨日窓口で検索しても出てこなかったのは売り切れだったからみたい。
ダメもとで開演直前に劇場窓口へ行ったら、丁度日本人団体の添乗員さん?がご購入中。伺うと、当日券ねらいで(売り切れだった)戻りチケットがちらちら出てきているとのこと。
私も無事ゲットできました。 -
『ランスへの旅、または黄金の百合咲く宿』Il viaggio a Reims ossia L'albergo del giglio d'oro
は、どちらかと言うとドタバタコメディー系?
私大好き!系でした。
演出も現代に置き換えられえてなかなか面白かった。
コロラトゥーラの聞かせどころもたっぷり。
プログラムの中の出演者に日本人女性発見!
この音楽祭の時期合わせてかいさいされているアカデミーの受講生によるオペラでした。 -
終わったのは午後2時過ぎ。
劇場の外はまだ人がいっぱいね。
でも、そんな人たちをしり目に急ぐ私。
急がないとランチタイムが終わっちゃう。 -
向かった先はこちら。
昨日National Rossini Museum の帰りに見かけたレストラン。
気になっていたのですが、昨日は休憩を優先してしまった。
キッチンが通りに面していて、活気のある声が聞こえていたのでした。 -
中が暗くてよく見えなかったので、恐る恐る中に入ると営業中だたのですが・・もう終わるところ・・とウエイトレスのお嬢さんに言われたのだけれど、女将さんらしき人が、大丈夫!と言ってくれたのでとりあえず着席。
なんとなく野菜が食べたかったので、ナスとズッキーニのグリル。潮の塩梅が非常によろしい。 -
メインはなんチャラボンゴレ。
なんチャラ・・というのは私が単に名前を忘れてしまったかそうよんでるだけだけどね。
モッチモチでも軟々ではなく美味しかった!
あさりが日本のものよりもはるかに小さい。シジミ・・とまではいわないけどね。
Voglia Di Mare -
ホテルに戻りながら、きょろきょろ。
スーパー発見!
長期滞在者のための食材も充実してるみたい。
私はお土産用にインスタントのリゾットを。クノールなどが出していました。
お鍋で5分、電子レンジでも調理でますというようなことがかいてありました。
Minimarket Coop -
再び今夜もVitrifrigo Arenaへ
ADELAIDE DI BORGOGNAアデレード ディ ボルゴーニャ
こちらは全然知らないオペラ。
演出は、劇中劇のような感じの演出。
ただこのオペラで一番印象に残ったのは・・・ -
こちらの指揮者。
実は開演前にアナウンスがあり、本日は指揮者のFrancesco Lanzillottaが交通事故により出演不能となり、Enrico Lombardiに交代します。とのこと。
会場ではどよめきとともに拍手がおこて・・なんで拍手なんだ???っね。
もう、親戚のおばちゃん状態で、彼の指揮が気になってしょうがなかった。
背中から必死さ、一生懸命さが伝わってきたしね。
終わった瞬間に、オケピットのなかでそれぞれのトップと固い握手。
なんとか無事終わった!感満載でした。
カーテンコールの彼の清々しい顔をみてほっとしたおばちゃんです。
歌手にもちゃんとザッツをだしていたので、下棒かなーと思ったらやっぱりそうでした。
これをチャンスに飛躍するとよいですね。 -
今日も劇場行きのバスでプラプラもどります。
これがペーザロ旧市街のメインの通りなのですが、丸い物体がところどころに置いてあります。
どうも、侵入してくる車がスピードを出せないようにおいてあるっみたいでした。 -
夕べのオペラよりは終演時間が早かったので、今晩がペーザロ最後の私。
周辺を少し散歩 -
夕食は外でとるのは淋しいので、部屋でさっき買った生ハムと寝台車のウエルカムドリンクを今頃ね。あと、ウイーン中央駅のスーパーで仕入れたお惣菜。
冷蔵庫があったので助かりました。 -
☆8月17日(木)
おはようございます。
今日でこのペーザロとお別れ。
もう一日いればすべてのプログラムが終了になるのですが・・
帰国のスケジュールはどうしょもありません。
最初から無理無理なところにねじ込んだだから。
お別れに朝、アドリア海に足を浸しに行きました。 -
この町はロッシーニも有名ですが、ウイーンから夏休み限定で寝台直通列車が運行されているように、バカンスの場所なんですよね。
海辺にホテルが並んでいます。 -
フロントでタクシーを呼んでもらい、これがなかなか来なくて(というか電話がつながらない)ちょっと心配したけど、なんとか間に合いました。
ここはアナログな方法で番線の確認。 -
今日はとりあえず、ボローニャまで移動です。
バカンスシーズンなので、指定席をとりました。2等ですけどね。
そういえば、車掌さんに、この車輌はエアコンが壊れていて効きがわるいからほかの席を用意しましょうか?と聞かれたけど、荷物を持っての移動もめんどくさかったし、言われるほど暑くは感じなかったので移動しませんでした。 -
列車からは海は見えません。もう少し内陸部を通っているみたい。
ペーザロとボローニャ間は2時間弱。
寝台車で朝ずっとボローニャに止まってたのは時間調整だったのかもと思いました。 -
無事、ボローニャ中央駅到着。
私の前を歩いていた親子連れの父がプレートを指さして何か説明をしてました。
何だろうなーと思ってみてみたら・・
1980年の爆弾テロの記念碑??でした。
この場所で1980年8月2日午前10時25分スーツケースの中に収められた20キログラムのTNT混合物の爆発により、85人が死亡、200人以上が負傷したと言われる事件。
ちょうどこの後ろが待合室になっているのでここでしょう。
左側の壁の欠けた部分は当時保存?象徴のように消火器が置かれていました。
この事件、残念ながら私の記憶の中にはないのよね。
極右の仕業と言われているけれど、真相はいまだにわかっていないみたい。 -
さて、今晩はボローニャ泊なんだけど事情があって空港そばのホテル。
で、そこまで行くのがめんどくさいので荷物を預けて少し観光しよう・・と思ったら、ぼったくりか??と思うような料金。
24ユーロとか言われちゃった。
えええ!な料金でびっくり。
恐らく爆破事件にこりて荷物の取り扱いに慎重になってるのかな。
まあそんなら預けないで空港へ行っちゃおうと思ったのだけど、そっちの方がはるかに高くついたのでした。 -
どうもコロナ以降空港まで行く手段はこのマルコーニ・エクスプレスMarconi Expressというもの一択のようです。
以前はバスがあったけど、廃止されたってどこかに書いてあった気が・・(不確実)
で、これに乗るのがまた大変。
乗車制限をしているようで、切符を買って乗り込むまでに30分以上はかかりました。
ひえ―です。 -
空港近くのホテルなのですが、徒歩だと20分以上かかります。朝と晩はシャトルバスが出ているのですが・・昼間の時間帯はなにもない。
ここでもGoogle先生にお尋ねしました。
すると、タイミングがよかったのか近くまで行くバスがあるとのお告げ。 -
で、早速バスで移動。。
ただし200メートル歩けとのこと。
この道路はまだよかったのですが、角を曲がったとたんに、こっちあるあるの悪路。
でもしょうがない・・ととぼとぼ歩いてました。 -
そんな私を哀れに思ったのか、お嬢さんが拾ってくれました。
彼女はこのあたりに住んでるようですが、そのホテルは知らないとのことでしたが、無事到着。
以前サンテミリオンで青年を助けてあげたお返しかな??
うれしかったのでお礼に・・とバックをごそごそしていたら、いらないいらない!とのことだったのですが、お金じゃないよ!といちごミルクあめを一袋差しだしたら大喜び。
彼女は『日本大好き!アニメ大好き!』だそうで、タトゥーにもののけ姫と・・
最近の若者はタトゥーだらけですどね。 -
チェックイン後部屋替えとかゴタゴタしたのですが、とりあえず終わり・・・さて町へ戻ろう・・と検索したのですが、先ほど利用したバスは、空港からのみの停留所設定。
空港行きはノンストップなのです。
しかたがない・・とタクシーを頼みました。
あー12ユーロだよ。 -
そんな大枚はたいて戻ってきたボローニャ市内。
あとは節約で徒歩観光です -
ネットゥーノ(ネプチューン)の噴水まで到着
行列して水を汲んでます。 -
さてどうしたもんべえと、しばしマッジョーレ広場Piazza Maggioreにたたずんで(正確には階段に座ってたけど)いたら目の前をプチトランが通過。
丁度、この広場が発着場になっているようで帰ってきたところでした。
一周やく40分くらいとのこと。8ユーロだったかな。
もちろん早速利用しました。
日本語音声ガイドも利用できます。 -
一通り、名所を車中観光して振り出しにもどりました。
そういえば、イタリアだなーと思ったのはブランドショップ沢山目についたからかね。
興味はほとんどないけど。 -
さて、最後の晩餐ならぬ食事をどこかでしなきゃと思い、広場からちょっと小道に入ってみました。
Via Pescherie Vecchie ぺスケリエ ベッキ通りあたりに入り込みました。 -
小さな通りですが、左右にハム屋やデリなどが軒を連ねています。
Via Pescherie Vecchie,ペスキェリ・ベッキェ通り
ここでもいいけど、おひとり様はちょっと淋しいかな。
ハムやチーズをあてに、ワインを飲むのには丁度良いですけどね。
今晩は酔っぱらう訳にはいかない。 -
たどり着いたのは定食屋。
外国人対応です。英語のメニューあります。
せっかく来たんだからね。ボロネーゼを食べなきゃ。 -
ということで、ラザニアのボロネーゼ。
腹ペコだったので美味しかったです。
あまりに空腹だったので、もう一品頼もうかとメニューを眺めてる間に空腹感がなくなってきて安心しましたが。 -
でも、デザートも頂きました。
-
スフォッリァ・リーナ
Sfoglia Rina
生パスタも有名のようですが、残念ながら日程的に持って帰れません。 -
おなかもいっぱいになったのでもう少々徘徊。
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やってきたのはボローニャの斜塔
Le due Torri: Garisenda e degli Asinelli
左の塔が傾いてるはずなのですが。。。
平衡感覚が悪いのかあんまり気になりませんでした。 -
Via Guglielmo Oberdan, グリェルモ オベルタン通りを通って駅まで帰ります。
本屋さんが店じまいしたした。
途中のBasilica di San Martinoサン マルティーノ大聖堂 の時の鐘が印象的でした。
メロディーになってます。カリヨンですかね。 -
そうそう、さっきのプチトランのガイドで、ボローニャには無数の水路が張り巡らされてるが、その大半は現在道路下や建物下になってしまっていると言ってましたね。
そんななかでその水路が垣間見られるところです。
Curva degli annegati
そんな運河が良く見える場所です。 -
Via Augusto Righiアウグスト リギ通りに出ると、レストランが軒を連ねてます。
-
ガリエラ門
Porta Galliera
まで戻ってきました。
駅はもう少しね。 -
そういえば、明日の朝ご飯、ホテルでついてはいるけれど、食事の時間がないのです。
ということで、明日の朝ご飯を入手
Mavit Bar -
再び空港に戻ってきました。
明日のフライトのチェックインカウンターのナンバーを確認。 -
この時間になると、ホテルのシャトルバスが運行しているの利用しました。
第一便です。
利用客の半数はどこぞのエアラインのクルーですね。
今晩は早寝をします。 -
☆8月18日(金)
朝4:30にはホテルを出発しました。
フライトは6:30なのです。まあ昨日ほど混んでないかな?とは思いますが、 -
甘かった!早朝にも関わらず大混雑。
特にライエアーのチェックインカウンターは長蛇の列でした。
私の利用するエアラインも列はそれほどではなかったのですが、進むのが遅い!
並んでいる間にウエッブチェックインをしたのは私です。
でも、荷物は預けなきゃいけないね。ボローニャ ボルゴ パニゴーレ空港 (BLQ) 空港
-
チェックイン後も、保安検査場を通過するのに時間がかかる。
くねくねと曲がって・・30分以上はかかったような気がします。
ゲートについても近くのベンチはいっぱい。しょうがないのでゲートオープンを列にならんでました。
あと10分くらいで搭乗開始でしたから。
ゲートを通って・・ぐるぐると下がる。
安上がりのアリアフリーですね。エスカレーターもエレベーターもありませんけど。 -
飛行機は沖止め。
小さい飛行場なのでブリッジ少ないんですね。 -
着席して、早速夕べ仕入れた朝食を頂きました。
日本のものからしたらこのパニーニ、デカかった。3倍くらはあった。 -
ローマ到着。
ここも沖止め。なんか尾翼が美豚風(笑) -
ほぼ定刻に着いてしまったローマ空港。
乗継便の出発までに3時間近くあります。参ったなー。買い物するつもりも全然ないし・・
今回利用の航空会社はステータスもってないのでラウンジに入れないし・・
と、歩いているときに思い出しました。
そうだ、カードラウンジが利用できるかも!と。
コロナで国外旅行をする機会がなかったので忘れてましたが、利用できますか?とラウンジの入り口でカードを示すと、OK!よかった。たまには年会費の元をとらないと。
とゆうことで、ゆっくりすることが出来ました。(ついでに、うろついて余計なかいもをすることもさけられました)フィウミチーノ空港 空港
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なかなかゲート番号が出ないなーと思っていたら、番号が出た途端に「搭乗中」の表示。
あせって向かいます。 -
ゲートに向かう途中に味千のラーメンが!
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ターミナルからさらに、モノレールで移動です。
-
あの飛行機ですね。
約12時間、よろしくね。
出発はお昼前だけれども、到着は翌日早朝です。 -
ローマを飛び立った飛行機は南下してゆきました。
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機内食はパスタをチョイス。
パスタといっても、ニョッキのような感じです。 -
途中のオヤツ?
サンドイッチでした。行にはあったのかな??寝てて気が付かなかった? -
朝ご飯?
チキンとポークと言われたので、チャイニーズは?と聞いたら焼きそばが出てきました。たぶんポーク。 -
日系と違って、来た時のルートを戻ります。
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☆8月19日(土)
台北、桃園空港到着は6時くらいでした。
本来だったら、ここで乗り継いですぐ日本に帰れるのですが、今日は土曜日だし・・と一泊する予定にしてあります。 -
いつもだったら高速鉄道で台北駅までびゅんと言ってしまうのですが、わけ合ってバス利用。
出発までに1時間近く時間がありました。
コロナで減便されちゃってるみたいです。 -
バスは無事到着。
まあ、バス停の方が台北駅そのものには近いから良いか。
向こうに見えるのが台北駅です。 -
とにかく暑い台北。誰かが悶熱とか言ってたな。
なんだか昔の東急のような車輌が展示してありましたが・・そばまで行く元気がありませんでした。 -
相変わらずの台北駅。
このだだっ広い空間。グループが集まって語ったり、食べたりしています。
ホームは地下なんですよね。台北駅(桃園空港MRT) 駅
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今回のホテルは台北駅の真横。
新光三越の真横にあります。
たった1泊ですので、空港に行きやすい場所にしました。 -
実は、今回は現地の方が案内してくれることになってました。
彼女とは6月に秋田の角館で出会ったのです。
その時、丁度台湾経由の航空券を買ったばかりだったので、8月に1泊するのよ、と話したらぜひ会いましょうということになりました。
でどこへ行きたい?と聞かれたので、市場とローカルごはんとか体験したいとは話してありました。
ということで最初に連れてきてくれたのが朝市です。雙連朝市 市場
-
雙連朝市
雙連菜市場
活気があります。 -
ここで目につくのはたけのこ!
季節なんでしょうか? -
Wenchang Temple
台北文昌宮
受験の神様だとか。
市場の並びにありました。 -
なんだかなつかしいバナナ。
喜界島でみた、島バナナと同じですね。 -
ここの市場で買ってきたもので朝ご飯?
薄いクレープ状の生地に炒めた野菜とチャーシューを包んだものです。
甘めがよいか?そのままが良いかと聞かれたのですが、わからないので半分ずつということで、彼女の別宅がそばにあったのでそこで頂きました。
野菜たっぷりで美味しかった!そして、少し甘めのほうがよりおいしかったです。
それにしてもこの丼ぶり、我が家のものと一緒です。
雙連の駅から中山の駅まで一駅、歩きました。
といっても、地下道。
暑いので、外に出なくても良いのは便利ですね。
それにしても立派な地下道。で、歩いていて気が付きました。
この地下道、防空壕です。
日本の地下道にありがちな段差はまったくないし、ところどころ分厚い防火扉があります。これは有事に備えてのものですか?と聞いたらそうだという答えでした。
平和な今は、ところどころで若者たちが、集い、中にはブレイクダンスの練習の精をだしていました。
日本だと、夜中のビル街で見かける風景。堂々と昼間の公共空間で練習できるこの国、素敵だなと思います。 -
次にどこへ?北投なんかどう?と聞かれたので、そこへ行こう!と
向かいます。
北投駅から一駅乗り換えて新北投に向かう電車のなかにこの子はいました。新北投駅 博物館・美術館・ギャラリー
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新北投駅の脇にあた昔の北投駅の復元駅舎。
なんも、昔の駅舎は1ドルで売り払われてしまったとか。
詳しくは↓
https://www.xbths.taipei/
備忘のために一部コピペ
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日本統治時代1916年(大正5年)に開設。当初は「新北投乗降所」後に「新北投驛」と改名、台北市で唯一残る歴史的駅でしたが、1988年の北淡線の廃線後は駅舎は彰化の台湾民俗村に移転。
多分この時が1ドルだったんでしょう。 -
駅百年を記念っていうのは↑から考えるの2016年だったのでしょうね。
案内してくれている彼女は私より年上。
子どものころの思い出はあるみたいです。 -
これは、駅の屋根(ひさし)を支えていたもの。
火事に強うように水生植物のモチーフが多かったとか。
日本名だと澤瀉(おもだか)という植物だそうです。 -
駅舎の前には古い車輌もてんじされていました。
カワサキ製だそうです。 -
実際の駅舎があったところはもう少し先だったそうです。
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さて、北投といったらやはり温泉ですよね。
ということで温泉博物館へ
Beitou Hot Spring Museum
北投温泉博物館
HPには概略が
https://hotspringmuseum.taipei/
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1913年6月、日本の静岡県伊豆山温泉をモデルに建設された北投温泉公共浴場。戦後、「北投温泉公共浴場」は荒廃して行ったそうな。
1994年北投小学校の児童教師たちが荒廃した公共浴場を発見。
1997年に政府から市定古跡に指定。
1998年10月「北投温泉博物館」として再生。
地元の皆さんの熱意で再生されたのがうれしいですね。北投温泉博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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謎のキャラクター
トイレットペーパーを頭にのっけたウサギ、 -
次に訪れたのは
梅庭
北投梅庭 Plum Garden
訪れたというよりも、通りかかったら呼び入れられたという感じ。
建物の中ではないけれど、外で伝統的な人形劇が上演中でした。
梅庭の建物はやはり日本風なのだけれど、戦後の混乱でしばらく不法占拠されていたのが、やっと国に返されて今はこういう施設になっているとのことでした。 -
本日の公演は、若い世代が担ってました。
中には中学生?くらいの少年も。
こういう若い世代が伝統芸能を担っていける世の中がイイですね。 -
そして一番奥にある地熱谷
日本だったら地獄谷?
この暑いさなかでも湖面からは湯気がたっています。
硫黄臭は日本の温泉にくらべたらしてないですね。
池の周りを一周できます。 -
池の一番奥の木立の陰に小さな滝がありあました。
手前に簾のように見えるのは木の枝からたれている根っこのようなもの。
マングローブみたいね。 -
余の暑さに手前にあった、コンビニでアイスを買ってもらいました。
小豆アイス。栗入りです。
帰りは駅に向かって反対側を歩いて戻ります。
こちら側が温泉旅館が軒をつらねています。
中には日本の温泉宿『加賀屋』もありました。
Radium Kagaya Taipei
日勝生加賀屋國際?泉飯店
着物姿でお出迎えするのが売りのようですが、さすが悶熱。違いました。 -
木でつくられた図書館ときいていたのですが・・
臺北市立圖書館北投分館
設計 九典聯合建築師事務所
着工 2003年
竣工 2006年新北投図書館 建造物
-
骨組は違いました。
-
目につくところは木造。
2014年にはアメリカのテレビ放送局CNNが選ぶ世界で最も美しい図書館ベスト27にランクインしたとか。
美しいだけでなく、今でも言うSDGsに配慮した建物ということらしですね。
命あるもの全てに優しい図書館。
蔵書にも優しいんでしょうね。 -
駅に向かった歩いていたら、連れが急に走り出しました。
バスで帰るみたい。 -
そう、私の次のリクエストがね、ローカル飯でしたからね。
彼女の提案は、人気の上海料理か屋台かと言われたので、迷わず屋台。
だって、ローカル飯は一人じゃよくわからないからね。 -
彼女が20年前、アメリカから帰ってきたときからある屋台だそうです。
それだけ愛されてるのね。
小学生くらいの子供たちがお手伝い。
彼女曰く、あの子たちのお母さんが子供のころは、この子どもたちと同じようにお手伝いしてたそうです。
ガチョウの肉、ハツ、肉麺、そして筍を頂きました。
筍は茹でただけなのかな?
なにもつけないとほのかに甘く柔らかいです。
味変は、辛味噌つけたり、マヨネーズつけたりです。
ホントはビーフンも食べたかったのですが、売り切れだそうです。
ご馳走様でした。
たぶん
天母大頭鵝鵝肉專賣店
参考
https://saliha.pixnet.net/blog/post/462803447 -
主食が終わったらデザートを。
豆花を頂きました
彼女曰く、一番おいしい店は違うけどね。とのこと。ちょっと遠いのだそうです。
でも美味しかった。
トッピングを3種類選べます。
私の場合はおまけで、お芋までのっけておもらっちゃいました。
豐豆花
ここで食べてる間に、大雨が降ってきちゃいました。
あら、どうしましょう。
今日に限って傘もってない。
お店のおばさんが傘を貸してくれるとのこと。
二人で傘をさして彼女の家に向かいました。 -
彼女の家で一休みした後は、バスで台北駅へ戻ります。
バスに乗り込むころは雨もやみかけていたのバス停まで送ってもらえば傘は要りませんでした。
(その後、彼女は傘を豐豆花へ返しにゆきました) -
丁度バス停で降りたら、目の前にデパートが。
まだ営業中でした。新光三越百貨 (台北駅前店) 百貨店・デパート
-
興味があるのは、もっぱら食料品。
地下の売り場をうろつきます。
台湾産米と日本産米が並んでました。 -
結局、今晩部屋のみの材料を入手。
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関東炊きとあましたのでおでんですね。
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このお味噌をつけていただきます。
名古屋あたりのコンビニではおでんに味噌がついてくるけど、台湾でもついてこようとは。
ただし名古屋のものとは別物。赤みそじゃありません。 -
☆8月20日(日)
やっと帰国です。
朝は9時ごろホテルを出発。
来た時はバスだったけど、本数が大幅に減便してるので高速鉄道の方が良いと言われ、駅に向かいますが・・おなじ台北駅だけど遠い。台北駅(桃園空港MRT) 駅
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無事チェックインを終え・・朝ご飯。
本当は台北駅で駅弁を買おうと思ったのですが、大行列だったのでやめました。
出発ロビー階では見かけなかったので、到着ロビー階で探検。
ありました。
ホントは店内で食べるの前提のようですが、テイクアウトできるとのこと。
夢咖啡餐飲のそば 成夢 -
保安検査場を通ったのでスープは飲めませんでしたが、搭乗口でピシ食頂きました。
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今回のローミング使用量はちょっと多いかな。
めんどくさくってホテルでもWI-FI繋いでなかったから、バックアップにもつかっちゃったのかな? -
最後の機内食も美味しくいただきました。
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さよなら台湾!
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日本の陸地が見えてきました。
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ただいま、日本!
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良いお天気の成田に着です。
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丁度帰国ラッシュの時間帯。
到着後の税関は大混雑。
年始の時は、QRコード利用の列が大混雑でしたが、今回は逆。
台湾離陸直前、なんとなくそんな気がしてVisit Japan に入力しておいてよかった。
インバウンドのお客様も多数で、鉄道駅も大混雑。
計画当初は、年齢も考えない無謀な計画!と思ったけれど、なんとか実行できてよかったです。
さて、明日からの日常がまた忙しく始まるのでさっさと帰ります。成田空港第2ターミナル 空港
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