2022/12/30 - 2022/12/30
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この旅行記のスケジュール
2022/12/30
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船での移動
徳山港
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船での移動
馬島港
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徒歩での移動
トンネル
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徒歩での移動
遮断塀
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徒歩での移動
階段上
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徒歩での移動
点火試験場跡
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徒歩での移動
危険物貯蔵庫跡
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変電所跡
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徒歩での移動
飛行科入口門
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徒歩での移動
馬島港
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船での移動
徳山港
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山口県周南市にある大津島。別名、人間魚雷「回天」の島。
大津島には、戦争遺産の人間魚雷「回天」関連施設が残り、全国で唯一残っている回天の訓練基地跡である。
「回天」にまつわる遺品・写真・模型などの資料が展示されている回天記念館がある。
徳山港より大津島巡航のフェリーで馬島港下船。
回天に関する戦争遺産へは、馬島港より徒歩10分程。
徳山港はJR山陽本線徳山駅から徒歩5程。
「回天」は九三式酸素魚雷を改造した特攻兵器。
魚雷の本体に外筒を被せて気蓄タンク(酸素)の間に一人乗りのスペースを設け、簡単な操船装置や調整バルブ、襲撃用の潜望鏡を設けた。
進行は前進のみで後退ができず、脱出装置はなく、一度出撃すれば攻撃の成否にかかわらず乗員の命がない特攻兵器。
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徳山港ボートビル(旅客船ターミナル)。
徳山駅の南側は瀬戸内海。駅2階コンコースからは徳山港が見え徒歩で5分程。
太平洋戦争末期に人間魚雷「回天」の軍事施設があった「回天の島」と呼ばれる大津島の4箇所の港を結ぶフェリー・旅客船乗り場。島まで片道720円の一律乗船料金。
回天の施設跡は、馬島港で下船し徒歩5分程。 -
徳山港に展示されている「回天」のレプリカ。
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徳山~大津島馬島の往復乗船券。
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徳山港ボートビルに置かれていた大津島観光案内図。
画面は、戦前の大津島基地配置図。 -
徳山港、大津島巡航乗船場。
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徳山港、乗船した船。
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大津島馬島港。
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大津島馬島港乗船待合所。
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船を降りると港の前にある、大津島回天神社。
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大津島回天神社、「回天の母~人間魚雷~」の歌詞の碑。
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大津島回天神社。
人間魚雷「回天」搭乗員の魂を祭る。 -
1940年代と現在の大津島の地図。
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島食堂ひなた。
島特産品「すだいだい」を使用した島カレーとぶっかけうどんがおススメ商品。
営業日:土日祝日
営業時間:10:00~14:00 -
整備工事から回天訓練基地へ回天を運んだトロッコレールの跡地。回天運搬用トンネルへと続く。
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整備工事から回天訓練基地へ回天を運んだ回天運搬用トンネル。
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回天運搬用トンネルの説明板。
「回天」を整備工場から訓練基地までトロッコで運搬するときに使用されたトンネル。
長さ約250m・高さ約4m、路面以外は当時のままの状態で残っている。 -
回天運搬用トンネル内に残るトロッコのレール跡。
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回天運搬用トンネル途中にあった空襲時指揮所跡より、回天訓練基地跡を眺める。
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回天運搬用トンネル内に残る複線化されたトロッコのレール跡。
右のレールは「回天」予備機の待機線跡。 -
回天運搬用トンネル内に展示されている写真。
1944年(昭和19年)2月呉海軍工廠で、◯6兵器(人間魚雷)の開発に着手。以降5ヶ月間不眠不休で、黒木・仁科の海機・海兵出身の士官と技術者4人が、3基の試作回天を完成させた。
全長15m・全重量8t・最高速力30kt・頭部に1.5tの炸薬を積み、一人の人間が操縦する。
ハッチは内部から開閉可能であったが、脱出装置はなく、一度出撃すれば攻撃の乗員の命はなかった特攻兵器。 -
回天運搬用トンネル内に展示されている写真。
この発射場で搭乗員を乗せて吊り下ろされた回天は、発射場前面の射点まで横抱き移動して発進する。発進して猛訓練に入る。 -
回天運搬用トンネル内に展示されている写真。
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回天運搬用トンネル内に展示されている写真。
搭乗員志願者は1375人いた。全員が真からの志願者だとは疑問だと思うが。 -
回天運搬用トンネル内に展示されている写真。
手には連合艦隊司令長官から贈られた袱紗入りの短刀・肩から拳銃・腰には出撃海面の海図を持って吊り、桟橋を進行する出撃搭乗員。 -
回天運搬用トンネル内に展示されている写真。
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回天運搬用トンネル内に展示されている写真。
出撃前、花束を持つ搭乗員。 -
回天訓練基地(魚雷発射試験場)跡。
大津島には、戦争遺産の人間魚雷「回天」関連施設が残り、回天関連施設の中で最も象徴的な訓練基地。 全国で唯一残っている回天の訓練基地跡である。 -
回天訓練基地跡側の回天運搬用トンネル。
トンネル右側は、回天運搬用の海岸ルート跡。
トンネルが完成するまでは、トンネルの南側海岸にレールを敷き運搬していた。 -
回天訓練基地跡。
回天運搬用の海岸ルート跡の痕跡。 -
回天訓練基地跡。
海岸ルート跡コースを望む。
右に僅かに見えるトンネルの出口が空襲時指揮所跡。 -
回天訓練基地跡。
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回天訓練基地跡。
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回天訓練基地跡。
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回天訓練基地跡より、瀬戸内海の眺め。
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回天訓練基地跡。
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回天訓練基地跡。
「回天」を海上に降ろすために使用されたクレーンの基礎跡。 -
回天訓練基地跡より、大津島方向の眺め。
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回天訓練基地跡解説板。
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回天訓練基地跡解説板。
1939年(昭和14年)九三式酸素魚雷の発射試験場として建設された施設。
基礎部分はケーソンを海中に設置することで造られ、8個の大型のケーソン(基地本体部)と、5個の小型のケーソン(通路部)とを組み合わせている。
1944年(昭和19年)9月以降は回天の訓練基地として使用され、クレーンで「回天」を吊り上げ海面に降ろし、基地の沖合いに設置されていたブイまで横抱艇により曳航し、そこから訓練のため出発していた。
「回天」の訓練基地であり、出撃基地ではない。 -
回天訓練基地跡。
2階には、基地司令官手作りの簡易机上襲撃演習機が置かれ、実地訓練がない搭乗員は、その装置を使って訓練の不足を補ってた。 -
回天訓練基地跡。
九三式酸素魚雷発射口。
1944年(昭和19年)に回天訓練基地が設置される前は、ここから九三式酸素魚雷の発射試験を行なっていた。回天の発射口ではない。 -
回天訓練基地跡。
九三式酸素魚雷発射口。 -
当時のままの状態で残るコンクリート塀。
魚雷の整備工事と島民が行き来する道との間に設けられた遮断塀。 -
整備工場と兵舎をつなぐ「階段」。
急な階段は搭乗員の鍛錬の場としても使われ、鍛錬の厳しさから別名は「地獄の階段」と呼ばれていた。
右手下は、点火試験場跡。 -
地獄の階段。
この階段は通行禁止であった。 -
「階段」脇にある、整備工場跡の解説板。
整備工場跡は、大津島小学校となっている。小学校は休校中。 -
「階段」からの眺め。
大津島小学校と馬島港。
回天(九三式酸素魚雷)整備工場跡地は、大津島小・中学校に変わる。 -
「階段」からの眺め。
回天(九三式酸素魚雷)整備工事跡。
変電所、危険物貯蔵庫、点火試験場といった施設が残っている。 -
「階段」からの眺め。
大津島小学校校庭角に並んで残る、回天(九三式酸素魚雷)整備工場の点火試験場跡・危険物貯蔵庫跡・変電所跡(手前右から順に)。 -
当時のままの状態で残るコンクリート塀。
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地獄の階段。
(大津島小学校校庭内)。 -
点火試験場跡。
(大津島小学校校庭内)。 -
危険物貯蔵庫跡。
(大津島小学校校庭内)。 -
変電所跡。
(大津島小学校校庭内)。 -
整備工場跡全景。
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飛行科入口門跡。
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飛行科入口門跡先の海岸からの眺め。
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飛行科入口門跡先の海岸からの回天訓練基地跡の眺め。
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大津島馬島港。
帰路に着く。 -
徳山港に戻る。
大津島の回天記念館が休館日だったので寄らず、徳山港に展示されているレプリカの「回天」をじっくりと眺める。 -
徳山港。
本来は大型魚雷、乗り込んだ時の心理状態は想像を絶するものだ。 -
徳山港。
外部を垣間見ることができる唯一の潜望鏡。
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