2022/11/19 - 2022/11/19
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puricさん
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趣味、町歩き!
と言って回るには全く知識レベルも足腰も追いつかないのですが、興味を持って大阪を歩くことがたまにあるpuricです。
大阪城をスタートし、上町台地を歩きながら大阪の街に数々存在する「谷」を感じつつ、豊臣秀吉が築いた大阪の町づくりの名残を確認しながら、松屋町まで歩いてきました。
最近写真を撮る機会が減って(というかかなり横着になった)、旅行記を起こせるほどの記録が残せませんでした。
大阪にある清水寺とか、天王寺七坂とか、中津、中崎町、大正区の渡し船にも乗ったしおおさか東線沿線を歩いたし、京都、広島、フェリー、神宮球場に行ったし、湯島天満宮を見たり築地を歩いたり・・色々とお出かけしているのに・・・まずい!
何も残ってない!
年内になんとかもう1回は旅行記を書きたい!
と意気込んで出かけた次第です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
-
谷町四丁目駅 9番出口を出たらすぐにある大阪歴史博物館からスタートします。
建物の前には高床式倉庫が復元されています。
以前、「ヱヴァンゲリヲンと日本刀展」を見に来たことがありますが、常設展示のコーナーの階に行くのは初めて。
それにしても過去のエヴァ展の日記を読み返したところなんという中身のない内容、非公開にしようかと思ったくらいなのでリンクは貼らないでおきます。 -
大昔の大阪のほとんどは海でしたが、上町台地が半島のように湾に突き出す形状で存在していました。
大阪城の付近は半島の先にあたり、物流の要所でもあったこの付近には実際に高床式倉庫があったそうです。
復元されているのは1棟ですが、実際には16棟存在していたらしい。 -
水陸両用バスが走ってました。
お客さんがたくさんのってます。
大阪もにわかに観光客がどっと増加してきました。
また道を聞かれるのかなあ・・・道は駅員さんにとか交番に聞いて!お願い! -
入り口がどこにあるのかすっかり忘れてしまい、しばらく彷徨いました。
今日は個人ではなく見学ツアーとして参加しているので、NHKと歴史博物館の間にあるロビーが集合場所でした。 -
建物の前は大阪城。
元は難波津の突端だったこの地は高台にあり地盤が強く川に囲まれてその他は平地のため守りやすい、水運よし、京都にも近い、大阪城の場所は天下人の居城となるべくしてなる立地だったのかもしれません。
しかし歴史に名を残す地って、名が残る事象が起こる前から何らかの理由で何かの拠点になっていたり、また別の理由ですでに名を残していたり、土地自身がそう成るべくして成る条件というか才能のようなものを内包しているというか。
たまにそういう付合と見つけるとオカルト的な何かを感じます・・・何となく。
それはどうでも良くて、写真は無いのですが館内の会議室に通していただいて、15分ほど大阪の歴史等についての概要をレクチャーして頂きました。
展示物などをドカンと載せられる専用エレベーターに乗れて楽しかった。 -
歴史館は10階の古代フロアに始まり、中世、近世、近代と階を降りるごとに時代が進んでいきます。
この日は昔の大阪のあたりはスキップし、ツアーのテーマである主に大阪の町づくりに関する展示がある近世のエリアを見学させて頂きました。
昔の船場の商家が並ぶ江戸の大坂シティがジオラマで再現されています。
こういうのは天神橋筋六丁目にある「大阪くらしの今昔館」にもあって、見ているだけで楽しいのですが、ツアーに参加すると職員の方から説明を聞けるので理解が深まってさらに楽しい。 -
さて、20分ほど自由時間があったので、あとは三々五々館内を見学したのちエントランスに集合とあいなりました。
puricはかつての大大阪が再現された近代コーナーへ。
ジオラマもいいけど、こういうのが好きだ~。 -
歳末のセールの商店街という設定なので、冬の野菜多めの八百屋さん。
そうか、昔は農薬やビニルハウスは無いから、旬の野菜が常に店頭に並んでいてそれが当たり前だったのだ。
キューリやお茄子は無いのだなあ・・・トメイトなどあるはずもなく。
と不思議な感覚が去来した。 -
写真で見るとやけにリアルな魚屋さん。
切り身もあるでよ!
あまり時間がなかったので小走りで通り過ぎ、ロビーで再集合ののち、上町台地を上がったり下がったりする街歩きに出発します。 -
大阪歴史博物館を出たら南の中央大通に出ます。
そこから西方向、谷町四丁目駅がある谷町筋に向かって歩き始めます。
博物館のそばに地図の水準点があることを教えて頂きました。
博物館近くの水準点は23mとの事でしたが、わずか進んだ地点にある水準点を見ると17mになっており、すでに6mも下ったことがわかりました。
道の勾配がわかると思って撮った写真ですが、案の定というべきか後から見たらただの道。 -
広い谷町筋に出たら南へ。
谷町四丁目駅から六丁目方面を目指します。
ふと東方向の道に目をやると、台地の存在がはっきりわかる階段が道の突き当たりに登場します。 -
大阪市内は平坦と思っている人は多く、私もその1人でした。
かつて玉造に住んでいた頃は関心が無かったためあまり気にも留めなかったものですが、上本町六丁目あたりまで散歩に行く時、うねうねと坂を乗り越えて歩いていたのを思い出します。
大阪市内にはこういう台地を感じる階段や坂が随所にあります。 -
結構高いです。
この辺りは谷町四丁目1番付近です。
階段が垢抜けてないというか、テキトーに段々を作ってコンクリートを流したような、一段一段高さや踏面の広さが違っていて結構怖かった。 -
階段の上からまた南へ。
国立病院機構大阪医療センターを左手に見ながら内久宝寺町付近を歩いています。
写真の道は南北に走っていますが、道が大きくうねっているのが大阪に残る「谷」の痕跡の一つです。 -
先の先までうねり続ける道。
大阪城付近には東西に走る谷がいく筋もあったようですが、その時代の様々な都合で埋め立てられました。
東京の「谷」は湧水の流れが武蔵野台地を侵食して出来たものが多いようですが、大阪の「谷」はかつてあった海が後退していく過程で大地が削り取られて出来たようです。 -
「銅座公園」に立ち寄りました。
江戸時代に銅の取引をする作業所のようなものがあったそうです。
公園は石垣の上にあり、道とはかなり高低差がありました。
ここまで階段やら坂道をぐいぐい歩いてるので、結構疲れてきている。 -
等高線入りの地図を配布してもらっていたので確認すると、地図中央の丸いところがこの銅座公園に当たります。
アルファベットが振ってあるのが谷の位置ですが、このあたりは最近オシャレなシティとして開発されつつあるC地点、龍造寺谷付近になります。 -
銅座公園を後にして谷町筋を西へ渡ると、どうやらうねうね谷のラッシュは終わったようで、気づけばすっかり平地に。
秀吉さん埋めてくれてありがとう。 -
和泉町のあたりを歩いています。
ここからは谷を離れ、町人が暮らす町づくりの名残を探します。
ブラタモリでやってた内容を丸写しすると、
「東西に伸びる通りを挟んだ両側が同じ町。こういう町割りを両側町といいます。」
つまりは東西の道沿いのお向かいさん同士を一つの町とし、背中同士がくっついている家は別の町になりました。
そして家同士背中と背中、つまり町の境界部分にそれぞれの家から流す下水の溝が作られていたそうです。
当然ながら現在はビルが密集している地域なのでほとんど痕跡はありませんが、下水のルート自体は一応地図上に復元できるようなので、それに沿って歩いています。 -
どん。
南大江小学校の脇にある、太閤下水と呼ばれる日本最古の現役下水道がこの下に残っています。
ガラスの窓を除くと、下に石垣で作られた水路があり、水がごんごんと勢いよく流れているのが見えました。
現在はここに汚水は流していないと思われるので、今は暗渠になったただの水路というべきかもしれませんが、水の量は多く、絶えることは無さそうな雰囲気でした。 -
太閤下水(背割下水)の説明文もあり。
以前は予約すれば中に入って下水の様子を見学できたのですが(ブラタモリでも入ってました)、今は中止になっているようです。
中は狭そうなので密になるからかと思われます。 -
下水はこの先の細い道の下をずっと続いていくようです。
今流れている水はどこから来てどこに行くのかよくわからないのですが(聞けばよかった!)、当時大阪の町に縦横無尽に存在した背割下水は東横堀川に注いでいたようです。 -
忘れた頃にまた坂道。
松屋町付近の高台に向かっています。
この辺りはもともと道幅全部が階段だったそうですが、自動車が通れる道にするため階段の一部を埋めて坂道に作り変えられたそうです。
我々は階段から進みます。 -
同じ街区の背中同士で住所が違う。
ブラタモリでもやってた「両側町」の痕跡です。 -
さて、スタート地点から大した距離は進んでいないのですが、勾配のついた道を細かく歩き回ったことで、嬉しいことに午前中にして早くも歩数が1万歩をオーバーしました。
静かに喜んでいたところで空腹を感じている自分に気づき、話の内容より周辺の美味しそうなご飯屋さんに目がいくようになっているpuricです。
お昼近い時間になり、フィールドワークも残りわずか。
ゴールの松屋町方向に向かって歩いています。
つまらないマンションが乱立する中、大阪の町の中にこういう古い家屋があるとホッとします。
一方、古い家屋が取り壊されて更地になったところに出くわすと、高低差がおおきい場所では古い石垣を見ることが出来たりして、悪いことばかりでもない。 -
松屋町は長堀通だけがぐっと深く掘り込まれているため、地形がとても面白い場所です。
長堀通沿のマンションは表玄関のある長堀通側と裏口で1階層分くらいの高低差があるため、裏口を入るとすぐ下りの階段になっている構造のマンションがいくつかあります。
長堀通に向かって下る道の真ん中に唐突に聳える榎大明神。
もともとは神社の敷地にある神木だったり、何かの目印になった歴史があったり、町中には切れない木が多い。 -
長堀通に到着。
高津原橋の上から長堀通を見て今回の旅は終了。 -
このあとは解散し、空堀通り商店街をぶらぶらして帰りました。
待ちに待ったお昼ご飯は偶然通りかかった「橋の湯食堂」にふらりと入り、定食を食べました。
後から調べると行列ができるお店だったようで、かなり美味しかった。
すごく元気になりました!
長かった2022シーズンも日本シリーズが終わり(突然野球の話)、このオフ期間はさて何をしようと気が抜けたような日々ですが、久しぶりに楽しくリフレッシュ出来た一日になりました。
色々あった2022年もあと1ヶ月でおしまい。
来年はもう少したくさん日記を投稿したい!
ではまた。
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