2022/08/16 - 2022/08/16
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worldspanさん
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広島市安佐南区の安地区といえば今でこそ住宅が多く並ぶベッドタウンになっている。今回はその安古市の相田、上安、高取を散策。
かつては西国街道として名前が知られる山陽道が走っており、「安の目薬」と言われるほど目薬の産地としても知られいた。戦国時代までは西国街道は芸州の守護、武田氏のおひざ元であり、武田氏の居城がある武田山の真裏に位置する。武田氏は毛利元就により滅ぼされたが、遺児の安国寺恵瓊は毛利氏の外交僧として活躍した話は有名な話。
武田氏の居城、銀山城の鬼門に建てられた田中山神社や、985年に建設されたと言われる正伝寺、朝鮮の役で福島正則が朝鮮から持ち帰って植えられたと言われるクロガネモチの木など、見どころがある。
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安エリアは遠く離れた加計地区との筏師とのつながりがある。太田川で筏を流し終えた筏師は加計に帰るため、安を通って帰っていたのだ。写真の左の道が近道になっているため、この道を通って向かった。安エリアは目薬の生産でも知られていたので、こうした薬をここで購入して帰っていたのだとか。
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安の真ん中を流れる安川。
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河原恵美須神社は田中山神社の摂社として1821年に造営されたと言われている。この界隈には理容、鮮魚、食品、薬局など店が並びにぎわっていたのだとか。
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祭礼は毎年11月第3日曜日に行われる
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この安川沿いは旧山陽道、つまり西国街道だ。
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普段の安川は穏やかだ。私が子供のころの40年前はオイカワやカワムツといった魚が釣れていた。たまに上流からサンショウオが流れてくることもあった。
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安佐南区相田4丁目付近には寺社仏閣がいくつか固まっている場所がある。そのうちの一つがこの教宗寺。1573年に正伝寺の弟子、成忍が創建した。
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その隣にあるのが明休寺。こちらは1577年に正伝寺の弟子浄源が創建した寺院。現在の寺院の名前は明治12年(1879年)年に現在の名前に変わったのだという。
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相田地区の中心的な寺院がこの正伝寺。
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正伝寺というお寺にクロガネモチの木がある。
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このクロガネモチの木は1590年代の豊臣秀吉の朝鮮出兵のとき、従軍した福島正則が朝鮮からクロガネモチを持ち帰り、名護屋城から東へ西国街道を歩き戻る途中にこの正伝寺に苗木が植えられたと言われている。
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高さは16.5メートルあり幹の太さは3.4メートルととても立派な樹木であり、広島県の天然記念物に指定されている。
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985年に創建されたのが始まりと言われている。
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安芸の守護銀山城主の武田氏の庇護下に置かれていた。
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正伝寺の内部
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正伝寺はもともと武田山北麓にあったのがこの地に映ったのは1596年と言われている。
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江戸時代以降は歴代の広島藩主の浅野家もたびたび訪れたと言われている。
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正伝寺を出た後、再び西国街道へ
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中河原橋。むかしは石が置かれ、石を飛びながら対岸に渡っていたのだとか。
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相田から上安に入り、高取地区へ。
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高取の中心となるのが、長瀧山光明寺と呼ばれる浄土真宗の寺院。1279年に建立されたと言われ、のちに真言宗から浄土真宗に改修された寺院でもある。安芸の守護、武田氏の祈祷所でもある由緒ある寺院。
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1300(正安2)年に武田信隆より寄進された鰐口は、広島県内では最古のものであると言われている。
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高取のイズミ、ゆめタウンの向かいにあるパテシエのお店。小さなお店で、今まで気づかなかったが、スーパーに訪れて初めて知った。
パティスリークレレット グルメ・レストラン
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今回はケーキを二品購入したが、いずれも美味しかった。特にロールケーキはシンプルに見えるが、クリームが濃厚!味が合わさっておりおすすめ!
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鶏頭原薬師堂。読みにくいが「けいとうばら」と読み、付近の集落は鶏頭原という。周辺の建物や風景は変わっていくがこのお堂だけは少なくとも40年以上変わらない。このエリアも「安の目薬」と言われるほど目薬の産地として知られており、目薬を作っていた野村氏により1688年以降に創建されたと言われている。
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こちらは田中山神社。安芸国守護、武田氏の武田伊豆守信宗が1299年に武田氏の本拠地、銀山城の鬼門を除くために創建されたと言われている由緒ある寺院でもある。
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お祭りで神楽があるとこの人の多さだ。いかに広島で神楽の人気が高いのかよくわかる。
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ここ10年で立派になった神楽殿
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大勢の人が神楽に注目
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芸州の広島県人ならだれもが知っている「塵倫」という演目。名前は知らずとも、内容はとても有名
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塵倫の神楽は「塵倫」という鬼が観客席にまで現れて小さな子供をさらおうとするのでみんな馴染みがある。
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そして最後の大取は八岐大蛇。むかしは八岐大蛇が終わることは23:30ころだった一時間早く終了
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ヤマタノオロチは一番の人気の演目で誰もが興奮してみている
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今回は加計の津浪神楽団がこちらに来て演じられた。
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この日は多くの人が参拝
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神楽も終わり一斉にみんな引き上げていく
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こんなに盛り上がるのは久しぶりだ
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翌日は巫女さんが何やらしていた。
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お祭りの関係者かな?
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こうして二日間にわたる祭りも終了
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こちらは安川を挟んで対岸の山すそに作られている萩尾山神社。田中山神社の姉妹神社と言える。
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萩尾山神社は1494年に銀山城主で安芸の分郡守護、武田元綱の命により作られた。
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萩尾山神社の神殿
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神社の参道から見た安の様子
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参道には萩尾山神社に通ずる目印として灯篭が建てられている。これは江戸時代に建てられたもの。
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