2007/01/21 - 2007/01/21
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tzpapa10さん
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上海虹橋駅から無錫駅まで高速鉄道で移動し、駅からタクシーで翌日の仕事相手と食事。白酒かなり呑まされ夜は無錫で1泊。翌日打合せした後、上海へ帰るまで時間があったため霊山大佛まで送ってもらい観光し、夕方の高速鉄道で上海へ戻りました。
霊山大仏は、江蘇省無錫近くの太湖の北岸にあります。無錫馬山秦履峰の南に位置し、玄奘三蔵の命名された小霊山にあるので、この名前が付いたそうです。
雲崗大佛,龍門大佛,楽山大佛,香港天壇大佛に並ぶ大きさの大仏像で、霊山大仏は、銅製のプレートを700tを使用した阿弥陀如来立像仏です。青銅の面積から言うとサッカー場の1.5個分だそうです。
1996年末に完成し、記念碑の高さは88mで、蓮の台座は9mあります。ハイテクで出来たものなので、14級の台風またはマグニチュード8の地震に耐えられる設計だそうです。
行く当日に初めて聞いた大佛だったので、実物をみてその大きさに衝撃を受けました。中国はスケールが違うなーと。
太湖はそれ以前に少し寄ったことがあるため併せて登録します。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
-
駐車場に到着。いきなり駐車場から見るだけでもその規模が分かるくらい大きい。
現地のスタッフから霊山大佛に行こうと言われたときは、そんなに大きいと思いもしていなかったのでいきなり度肝を抜かれた印象でした。無錫霊山大仏 寺院・教会
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駐車場から大佛を背景に記念撮影
左側に見えるのは霊山大照壁の一部です。壁の正面には、元中国人民政治協商会議副主席で中国仏教協会会長の趙普宙氏が書いた「湖は芒に満つ」という詩が掲げられている。 趙氏によると、霊山と太湖の景観美は互いに反映し合い、仏教の艶やかな世界と似ているということらしい。 -
「勝境門楼」
大照壁のあと玉帯河を渡る五明橋があり、そこを渡って入口広場に行きます。この入口広場右手にチケット販売所があります。そしてこの門楼を通過します。扁額には「霊山勝境」とあります。この門を抜けると、両側に「洗心池」、更に進むと「佛足壇」というものがあり、「五智門」という門に着きます。(写真なし)。
五智門は壮大で精巧な形をしており、仏教文化の深い意味合いを持つ大きな石塔で、南から北にかけて「与・持・辱・進・瞑・般若」の6つの大きな文字が刻まれています。門柱は花崗岩を丸ごと削り出し、それぞれに力強い石獅子を載せています。五智門を撮りこぼしたのは痛い。 -
「九龍灌浴」
五智門を抜けると、「菩薩大道」という参道があり正面にこの蓮の花が閉じたような形のものがあります。これはお釈迦様の誕生するときの様子を表現しているらしく、定期的に蓮の花が開いてショーみたいなものが見られます。周りは池になっています。しかし土台の力士像みたいなのも迫力ある。 -
写真は蓮の花が開いて水が噴射されている状態です。
ショーが始まるのに20分くらい待ちました。 -
蓮の花の中にはお釈迦様ベビーがいてます。この「太子佛」が登場すると「オー」と歓声が上がってました。確かに感激する。しかし、こういう演出には若干違和感も覚えます。
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噴水を含めて遠くから見るとこんな感じ。この状態で音楽がなり、九龍灌浴は回転しています。
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「九龍灌浴」というだけあって、池の周りには写真のような龍が9頭配置されており、この龍の口から噴水されています。
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霊山大仏は無錫馬山秦履峰の南に位置する。玄奘三蔵の命名された小霊山にあるので、霊山大仏と言う名前がついた
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「降魔浮雕」
「九龍灌浴」を過ぎると、降魔浮雕があります。2007年訪問でそれ以降に新しいものに変更されたようです。今インターネットで調べるとよく似てはいるが別物です。(多分そうだと思います。背景なども同じなので) -
「降魔浮雕」
背後に霊山大佛と阿育王柱が見えます。 -
「降魔浮雕」
廻りに何人かの像がお祈りをしている様子が分かります。 -
「阿育王柱」
これはアショカ・ピラーのことで、紀元前3世紀、孔雀王朝の王アショーカがガンジス川流域に建てた円形の石柱「ダルマ・ディピ(ダンマ・リピ)」の彫刻で、孔雀時代を象徴する建築彫刻のひとつ。
アショカは、この遠征を記憶し、ダルマを広めるために、インド各地に30以上の記念柱を勅令で定め、一般に10m以上の高さの石柱を立てたそうです。最も有名なものは、ベナレス郊外の鹿野苑(?)にある石柱。その柱頭には、背中合わせにしゃがむ4人の荘厳な師が彫られ、中段には、象、疾走する馬、騒ぐ牛、虎が、仏の教えを象徴するチャクラを隔てて描かれた飾り帯、次の段には鐘形の逆さ蓮華が描かれている。柱全体は華麗で完全なもので、翡翠のような光沢に磨かれており、孔雀時代の彫刻の最も顕著な特徴の一つ。 -
「天下第一掌」
「阿育王柱」をさらに進むと左手にある巨大な右手。この右手は霊山大佛の右手を忠実に再現した青銅製のもので大きさも全く同じ。
高11.7m、幅5.5m、指の直径1m、総重量13t。仏陀の手のひらの印は「無畏の印」で、衆生の苦しみを払い、心を和らげ、恐れを知らぬ者にするという意味があります。「仏の手」が「財運・長寿」と同義であることから、仏の掌に触れると財運・長寿が増すと言われています。 "仏様の手のひらに触れて幸運を祈る "ことで、誰もが仏様に近づき、平和を授かることができると言われています。この言われは後から知ったので、触ってないのは残念。 -
「百子戯弥勒」
大きな弥勒佛の身体上に百体の子供がまとわりついて遊んでいるような感じです。
右手上には片手倒立している子供、手前最前列には一人て立ちしょんしているような子供など色々います。しかし、この布袋様のような像はかなりインパクトあります。 -
横から見るとこんな感じ。弥勒佛は左手に大きな数珠を持ってます。
弥勒様は笑顔ですが、実物は結構怖くもある。 -
「祥符禅寺」
無錫市太湖湖畔の馬跡山秦翠峰の南麓にある。唐の時代に「人々が荒野にある霊山を寺とした」のが始まりで、宋、明、清の時代を通じて改修が行われてきたそうです。 唐の時代(627年)に馬跡山出身の杭■(りっしんべんに軍)が右将軍となり、故郷に帰ってからこの山に寺を建てたそうです。長安に滞在していた頃、杭将軍は唐の僧玄奘と親交を深め、仏教寺院から戻ると、秦翠峰の南麓の地形が西天の霊鷲に似ているのを見て、小霊山と呼び、弟子たちに命じてそこに寺を開かせたのがはじまり。1009年に再建され今の名称に改名。 -
祥符禅寺にある四天王「持国天王」と「増長天王」
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祥符禅寺にある四天王「廣目天王」と「多聞天王」
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霊山大佛の手前に1/10のサイズの小大佛があります。それでも8.8mある。
奥は祥符禅寺の本殿 -
祥符禅寺内を抜けていよいよ「霊山大佛」まであと少し。しかし結構階段は長い。
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徐々に近づく。階段の中央には彫刻の施された写真のような装飾がある。
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階段の最上部の方から霊山大佛を望むように撮影。左手は水平ではなく、下向いているのです。
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霊山大佛は、このような台の上に立っています。
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霊山大佛の土台のある部分から、来た方向(祥符禅寺方面)の望むとこんな感じ。霊山大佛は高さ88mなので、約90m程度更に上から無錫市内を一望していることになる。
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更に高いところから一望するとこんな感じ。祥符禅寺が結構広い。また蓮の花が開いて「太子佛」が登場する「九龍灌浴」がかなり遠くになっています。
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帰りは敷地内の外周を歩きました。写真のような円筒形のドラムのようなものが多数ありました。
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駐車場に戻り無錫市内へ移動します。
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2002年に訪れた太湖。尾形大作の「無錫旅情」で
♪太湖のほーとりー無錫の街へ♪という歌詞でも有名です。太湖 滝・河川・湖
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太湖
太湖 滝・河川・湖
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太湖岸のレストラン
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太湖岸のレストラン。湖上レストラン的な感じで各部屋が湖畔のロッジみたいな感じになっていて、料理も太湖の魚と思われるものが出ました。無錫は、無錫排骨(Wuxi Paigu:ウーシーパイグー)も有名です。
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無錫排骨
甘いスペアリブです。 -
レストランで食事しながら太湖を撮影
レストランは中国の企業の方に連れて行ってもらったので名前も覚えていません。
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