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ウクライナにヨーロッパ諸国が提供している戦車の展示がある。<br />ウクライナへフランスが提供しようとしているのは、<br />フランス製の軽戦車「AMX―10 RC」<br />提供を検討しているのは<br />フランス製の戦車「AMX―30」表紙写真<br />ドイツなとヨーロッパ各国が提供しているのはドイツ製レオパルドⅡ<br />ドイツで在庫分を整備して提供を検討しているのはレオパルドⅠ<br />イスラエルの戦車の展示がある。<br />メルカバである。<br />フランス陸軍の聖地と呼んだのは、MIXIで知り合ったギニア派兵フランス陸軍外人部隊旅団所属の日本人である。<br />もともとはEuropean Tourist Guideからソミュール戦車博物館を知っており、息子とのパリ旅行が決まり、この日は息子はパリ市内で食料、菓子などの買い物、私はソミュール戦車博物館へと向かったものである。<br /><br />フランス陸軍の聖地と呼ぶには、私には異論がある。<br />ここソミュール戦車博物館で示されているのは、主として、第二次世界大戦ノルマンディ上陸作戦以降の歴史である。即ち、勝利の歴史である。仏陸軍の墓場となった歴史は語られていない。<br />仏陸軍の墓場とは、第二次世界大戦の初期の段階での仏軍の大敗である。私が訪問したことのあるコルマールとストラスブールの戦いも詳細に展示してある。<br />何故、第二次世界大戦で仏陸軍はナチスドイツに負けたのか、何故、降伏したのか、は語られてない。<br />負けた原因は一言で示すと「オーキュヌ」(英語NOTHING)である。1940年5月10日の時には、英軍と仏軍はダンケルクからコルマールに至る約500Kmの戦線に分散して配置されていたのである。この長い戦線の一部がドイツ軍によって破られれば、ドイツ軍は、その破った侵入口を拡大し、英仏軍の後方から攻撃することとなる。実際にその通り、ドイツ軍を行ったのである。<br />これを防ぐ手段は、予備軍の存在である。それも短時間で移動できる自動車化した機動大部隊である。500Kmの長い戦線を後方から仏軍を支援する大部隊である。<br />仏軍はこの機動大部隊を全く持っていなかった。そのことを端的に示しているのが「オーキュヌ」(英語NOTHING)という言葉である。<br />第二次大戦回顧録 最も輝かしい時(1) 第一編 フランスの没落(上)5巻69頁に詳細に記載されている。<br />以下はその引用である。<br />そこで私(チャーチル首相)はたずねた。<br />「戦略的予備軍はどこにいるのですか」<br />つづいて、今度はすべての意味で無頓着な私(チャーチル首相)のフランス語で、「どこに機動大部隊はいるのですか」とたずねた。<br />ガムラン将軍(当時の仏陸軍総司令官)は私の方へ向きなおって、心もち頭を振り、肩をすぼめて「オーキュヌ」というのである。<br />もう一つの仏陸軍、特に仏外人部隊の墓場となったのはベトナムである。ディエン・ビエンフーの戦いである。<br />さらに外人部隊が残虐な行為をしたとして、知られているのはアルジェリア独立戦争である。<br /><br />リンク<br />The Museum of the Armored Vehicles of Saumur<br />https://www.museedesblindes.fr/en/<br />MM Park<br />https://www.mmpark.fr/<br />Musée de l&#39;Armée<br />https://www.musee-armee.fr/en/english-version.html<br />European Tourist Guide<br />http://www.euro-t-guide.com/See_Type/Military_1.htm<br />第一次インドシナ戦争<br />https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E6%AC%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%B7%E3%83%8A%E6%88%A6%E4%BA%89<br />アルジェリア戦争<br />https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%82%A2%E6%88%A6%E4%BA%89<br />『アルジェの戦い』映画オリジナル予告編<br />https://www.youtube.com/watch?v=YT4uzaMTldc<br />ジャッカルの日(The Day of the Jackal) 予告編<br />https://www.abelcane.com/the-day-of-the-jackal/<br />ディエンビエンフーの戦い<br />https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84<br />インドシナ激戦史1954 ~要塞ディエン・ビエン~ 予告編 <br />https://www.youtube.com/watch?v=8zo7CQxwbpw<br /><br />旅行記<br />アルザス地方の歴史とクリスマス市を求めてイタリア、スイスとフランスの旅 7日目 ストラスブール<br />https://4travel.jp/travelogue/11310911<br />スィーツとクリスマス市を求めて イタリア、スイスとフランスの旅 8日目ストラスブールとコルマール<br />https://4travel.jp/travelogue/11310943<br />フランス陸軍戦車部隊の聖地 フランス製戦車を中心とした各国戦車を展示<br />https://4travel.jp/os_shisetsu_tips/10664151<br />19世紀から20世紀フランス史を戦争の側面展示<br />https://4travel.jp/os_shisetsu_tips/11405398<br />Musée de l&#39;Armée<br />https://www.musee-armee.fr/en/english-version.html

ソミュール戦車博物館 ドイツからウクライナ提供戦車レオパルドⅡ GAZA攻撃戦車メルカバ展示中

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2010/12/15 - 2010/12/15

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kirstiNorge

kirstiNorgeさん

ウクライナにヨーロッパ諸国が提供している戦車の展示がある。
ウクライナへフランスが提供しようとしているのは、
フランス製の軽戦車「AMX―10 RC」
提供を検討しているのは
フランス製の戦車「AMX―30」表紙写真
ドイツなとヨーロッパ各国が提供しているのはドイツ製レオパルドⅡ
ドイツで在庫分を整備して提供を検討しているのはレオパルドⅠ
イスラエルの戦車の展示がある。
メルカバである。
フランス陸軍の聖地と呼んだのは、MIXIで知り合ったギニア派兵フランス陸軍外人部隊旅団所属の日本人である。
もともとはEuropean Tourist Guideからソミュール戦車博物館を知っており、息子とのパリ旅行が決まり、この日は息子はパリ市内で食料、菓子などの買い物、私はソミュール戦車博物館へと向かったものである。

フランス陸軍の聖地と呼ぶには、私には異論がある。
ここソミュール戦車博物館で示されているのは、主として、第二次世界大戦ノルマンディ上陸作戦以降の歴史である。即ち、勝利の歴史である。仏陸軍の墓場となった歴史は語られていない。
仏陸軍の墓場とは、第二次世界大戦の初期の段階での仏軍の大敗である。私が訪問したことのあるコルマールとストラスブールの戦いも詳細に展示してある。
何故、第二次世界大戦で仏陸軍はナチスドイツに負けたのか、何故、降伏したのか、は語られてない。
負けた原因は一言で示すと「オーキュヌ」(英語NOTHING)である。1940年5月10日の時には、英軍と仏軍はダンケルクからコルマールに至る約500Kmの戦線に分散して配置されていたのである。この長い戦線の一部がドイツ軍によって破られれば、ドイツ軍は、その破った侵入口を拡大し、英仏軍の後方から攻撃することとなる。実際にその通り、ドイツ軍を行ったのである。
これを防ぐ手段は、予備軍の存在である。それも短時間で移動できる自動車化した機動大部隊である。500Kmの長い戦線を後方から仏軍を支援する大部隊である。
仏軍はこの機動大部隊を全く持っていなかった。そのことを端的に示しているのが「オーキュヌ」(英語NOTHING)という言葉である。
第二次大戦回顧録 最も輝かしい時(1) 第一編 フランスの没落(上)5巻69頁に詳細に記載されている。
以下はその引用である。
そこで私(チャーチル首相)はたずねた。
「戦略的予備軍はどこにいるのですか」
つづいて、今度はすべての意味で無頓着な私(チャーチル首相)のフランス語で、「どこに機動大部隊はいるのですか」とたずねた。
ガムラン将軍(当時の仏陸軍総司令官)は私の方へ向きなおって、心もち頭を振り、肩をすぼめて「オーキュヌ」というのである。
もう一つの仏陸軍、特に仏外人部隊の墓場となったのはベトナムである。ディエン・ビエンフーの戦いである。
さらに外人部隊が残虐な行為をしたとして、知られているのはアルジェリア独立戦争である。

リンク
The Museum of the Armored Vehicles of Saumur
https://www.museedesblindes.fr/en/
MM Park
https://www.mmpark.fr/
Musée de l'Armée
https://www.musee-armee.fr/en/english-version.html
European Tourist Guide
http://www.euro-t-guide.com/See_Type/Military_1.htm
第一次インドシナ戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E6%AC%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%B7%E3%83%8A%E6%88%A6%E4%BA%89
アルジェリア戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%82%A2%E6%88%A6%E4%BA%89
『アルジェの戦い』映画オリジナル予告編
https://www.youtube.com/watch?v=YT4uzaMTldc
ジャッカルの日(The Day of the Jackal) 予告編
https://www.abelcane.com/the-day-of-the-jackal/
ディエンビエンフーの戦い
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
インドシナ激戦史1954 ~要塞ディエン・ビエン~ 予告編 
https://www.youtube.com/watch?v=8zo7CQxwbpw

旅行記
アルザス地方の歴史とクリスマス市を求めてイタリア、スイスとフランスの旅 7日目 ストラスブール
https://4travel.jp/travelogue/11310911
スィーツとクリスマス市を求めて イタリア、スイスとフランスの旅 8日目ストラスブールとコルマール
https://4travel.jp/travelogue/11310943
フランス陸軍戦車部隊の聖地 フランス製戦車を中心とした各国戦車を展示
https://4travel.jp/os_shisetsu_tips/10664151
19世紀から20世紀フランス史を戦争の側面展示
https://4travel.jp/os_shisetsu_tips/11405398
Musée de l'Armée
https://www.musee-armee.fr/en/english-version.html

同行者
一人旅
交通手段
鉄道

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