2022/05/11 - 2022/05/12
9位(同エリア167件中)
あの街からさん
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博多の2日間は、「太宰府」と「博多座」を満喫し、その翌日。
〈千尋〉に誘われて九州へ超久しぶりでやって来たのだからと
〈千尋〉のチケットをゲットした瞬間にもう心は九州へ行ったら
と半旅状態(今回は気が早い(⌒-⌒; )ね。
真っ先に思いついたのが、九州の山って登った(歩いた)ことが
ないよなあ。前後に街歩き旅も入るだろうし、あまり本格的登山
的になる山は避けて(⌒-⌒; )で、ここ!と浮かんだところが、
Jamokaさんの旅行記を観ていつかは登ってみたいと思っていた
「由布岳」でした。
トレッキングの距離(想像するトレッキングのレベル)は
ちょうど良さそうだけど博多~佐賀~大分と
初めて走行する九州路。とんぼ返りで博多に戻ってくる
距離(ドライブ)を考えてまぁあるかなぁ。
この時期の山の魅力は捨て難く由布岳へ登ろう!と決まりました。
ただし
「その後の旅も続くのだし、無理はせず現地で登る前に雨が
降っていたら即中止するから」と言ってやって来たのでした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ところが、博多のホテルで朝カーテンを開けるも
雨降り。
しかないなぁ。〈由布岳〉へ登るのは止めよう。
と、二本立てで組んできた、次の案にすることに
して、ホテルは予定通り出発。
予約しておいたレンタカーで走り出しました。 -
博多のホテルを出発してしばらくは
雨・雨・雨でしたが、1時間も走っていると
雨は、ポッりポッりに。
旅先で雨にあうことは滅多にない“あの街から“
ドロミテに2年連続通って、どちらも14日間
晴天続きで全く雨に遭わずに旅したこともあり -
「あの旅のお礼をしているのね」
と言う相方さんの言葉も納得できました。
初めての街の街歩きも楽しいですが
初めての道路を走るのもやはり(^ー^)楽しいですね。 -
見慣れない地名の道路標識や
このような立派な日本家屋の点在する
道路を走る楽しさを味わいながら -
博多から2時間とちょっとかな
目指す『大川内山』へ着きました。
【大川内山】
大川内山の歴史を遡ってみると、江戸時代に佐賀藩(鍋島家)の
御用窯(ごようがま)が置かれた地でした。
朝廷・将軍家・諸大名などへ献上する高品位な焼物が焼かれていました。
これが今に伝わる「鍋島焼き」です。
17世紀から19世紀にかけて、佐賀藩(鍋島藩)に藩直営の窯が
伊万里大川内山にありました。
高度の技術を持つ陶工職人達を集め、関所を置いてその技術が他に漏れないようにするため、地理的に三方を険しい山で囲われ、開口部には関所を設置することで技術を守る。そのことを可能にした場所が伊万里大川内であったのです。 -
三方を山に囲まれ扇形の地形となっている大川内山には、
伊万里鍋島焼協同組合窯元の所在を示すMAPが掲げてありました。
「長春青磁陶窯」「伊万里焼せいら」「大秀窯」「冬山窯」「太一郎窯」
「瀬貞陶窯寛右エ門」「光山窯」「鍋島虎仙窯」「岳山窯」「畑萬陶苑」
「魯山窯」「小笠原藤右衛門窯」「文三窯」「鍋島御庭焼窯」「瀬兵窯」
「泰仙窯」「 巒山窯」「福岡大五窯」「青山窯」「玄太夫窯」「螺山窯」
「陶咲花窯」「大五郎窯」と沢山の窯があります。 -
大川内山の入口の橋を渡って
山に向かって右側に
「片岡鶴太郎工芸館」の看板を見つけました。
随分と昔、私は一度来ていたのですが
当時はなかったなぁ。
思わぬ宝を見つけたような気分で
入ってみました。
開館時間 9:30~17:00 -
〈伊万里陶苑〉の器が
おしゃれにディスプレイされていました。伊万里陶苑 (本店) 専門店
-
ひとつ・ひとつ
一品・一品
に魅了されます。 -
すると、ご主人(館長)らしき方が
そばにいらして、展示品を丁寧に説明してくださいました。
「これは、日本の陶芸作品として初めて大英博物館に
展示されたものです。」と -
大英博物館出品作品
染錦瓢文皿 伊万里陶苑
日本の陶芸家として初めて大英博物館での展示会を
成功させた人で、京都出身の日本画家でしたが、
後年伊万里陶苑の
専属デザイナーとして数多くの作品を作り出して
いる痴陶人こと澤田米三氏。 -
新聞記事の大見出しには
大英博物館の「贈り物」と
その横は
台湾国立故宮博物院に痴陶人図録が収蔵されました。
と。 -
グッドデザイン商品選定
の作品の展示もありました。 -
グッドデザイン商品選定
の作品の展示もありました。 -
階段を上がって片岡鶴太郎の展示スペースに
行きます。
中学生以上 300円(オリジナル絵葉書付き) -
片岡鶴太郎は、先程の澤田米三氏の作風に魅かれ
痴陶人ゆかりの絵具と筆で絵付けをしたいと願い出
伊万里陶苑で1998年以来制作を続けている。 -
挨拶文の掲示にあった通り
片岡鶴太郎の人となりが偲ばれる
作品が展示されていました。 -
挨拶文の掲示にあった通り
片岡鶴太郎の人となりが偲ばれる
作品が展示されていました。 -
器の種類もいろいろ手がけているのだなぁ。
とため息。 -
片岡鶴太郎の画集の展示も。
画集 ここに展示の表紙の
中には、17集のカバーも
見られたがいったい画集だけでも何冊出版したのだろう。 -
それにしても、片岡鶴太郎という人は
なんと多才なのだろう。
このような器に南高梅や茄子の新漬け
などを小さく盛って朝の食卓に
おきたい。など贅沢言っているようです。笑 -
干支や動物・鳥・金魚
などの絵皿も -
色づけと形もいろいろ。
-
私たちが、二階の展示品を見学していた
ところにも、館長さんが
「サカナ君もやって来てくれたのですよ。」
と言ってサカナ君の作品を案内してくださいました。 -
片岡鶴太郎の略歴や挨拶文
この辺でおいとまいたします。 -
窯元のお店はメインストリートだけではありません。
この路の両側にまるで毛細血管のように小路があり
窯元が点在しています。
窯元巡りは、路に沿って順序良くとはせずに
曲がりくねった先々で気ままにゆったりと
見て歩きましたので、同じ窯元のお店にまた
たどり着いたりしました。この先は
焼き物の窯元名は割愛しましたので
窯元を意識せずにお好きな器を探しながら
ご一緒しましょう♪ -
シクラメンもがんばっていました。
-
〈伊万里陶苑〉を出て斜め向かいのお店へ
-
うわぁ 沢山の器が並んでいます。
窯元へやって来たのですからそうだよなぁ。と納得。
まだ窯元巡りは、始まったばかり。
テンポを考えないと時間がいくらあっても
足りなくなる。とここで悟り(⌒-⌒; ) -
滅多に目にできない窯にも
目がゆきます。 -
5月でした。
-
ツルツルして光沢のある
美しい器が並んでいます。 -
ツルツルして光沢のある
美しい器が並んでいます。 -
それぞれに見応えのある展示品が並んでいます。
もちろん、そのほとんどの器は販売品でもあります。 -
小路の道標も陶板だったりします。(⌒▽⌒)
-
鍋島御庭焼の沿革
って難しそうですが、要は窯元の変わりゆく様が記してありました。
鍋島文書によれば、「文禄三年(1593年)、直茂公帰陣のおり国の宝になさるべく高麗より数多くの焼物師を召し連られ、上手頭立者6,7名を金立山のふもとに召して焼物を作らせられる」とある。これが「御庭焼」の創始である。それより十数年を経て、慶長の末(1610年頃)初代藩主勝茂公がこの一団を伊万里郷の藤の川内に移し、窯を築かせて、周辺の窯業の発展の基盤とされた。元和の始めに、泉山の白磁鉱が発見されるにおよび、寛永五年(1628年)有田、岩谷川内に第一期の藩窯が築かれ、さらにこの藩窯は二代目藩主の光茂公により、寛文初年(1661年)南川原に移され、陶業の保護・陶工の優遇措置などをはかり、陶磁器の生産が奨励された。
この時期に藩窯の基礎がかためられ、彩画錦文の磁器生産も順調となり、オランダ商館を通じての輸出も始められた。焼物製造を肥前国の重要な産業として、藩の奨励育成が始められて半世紀にして、肥前磁器の主流となり、内外の注目を集めるにおよび、その製造秘技の保護が絶対となり、そのために、職制の確立や地理的条件の完備も必要とし、加うるに優秀な陶工集団の存在と最高の青磁鉱床が発見されたことから、第三期藩窯の移転地が大川内山に決定された。かくて、延宝三年(1675年)規模も新しく本格的な藩窯が大川内山で始まったのである。鍋島「御庭焼」は、伝統ある鍋島藩御用窯の唯一の直系の窯元であります。 -
青山窯のギャラリー&ショップ
戦後間もない昭和24年に
「展示場兼古陶磁器資料館」として建てられた
漆喰の白壁が素敵な青山窯本店。 -
ふーむ なかなかです。(⌒▽⌒)
-
百合の花に目が行ってしまいそうですが
器の一品・一品が(⌒▽⌒) -
イチオシ
い~い 感じ(^ー^)
-
イチオシ
このようなテーブルコーディネートで
ワインを。
このグラスにはレーズンバターとか
ブルーチーズを盛って。と妄想の世界に・笑 -
アフタヌーンティーのケーキスタンドもありました。
-
この時季 菖蒲が似合うね。
-
〈青山窯SEIZAN PLUS〉
ここは、新進の若い絵付けさんの窯らしく、
スタッフさんからもディスプレイからも
お店のロゴにも若さを感じました。 -
メインストリートのお店
-
普段使いに良さそうな
可愛らしい絵が並んでいました。
この建物は -
また次のお店へ
-
イチオシ
素敵な器は見ていて飽きませんね。
-
たぶん、この窯元のおちょこを
二品前回訪ねた時に買い求めたの
ですが、絵柄は全く変わって進化形
なのか、私の見当違いなのか不明でした。 -
まぁ日本酒はほとんど呑みませんが
器には魅かれます。
それでも、夏にクリスタルのおちょこで
ギンギンに冷やした冷酒をちょっとだけ
飲んだりするかな。ひと夏に1~2回ね。(^ー^) -
風鈴もこのところ
伊万里のイベントにもなり
お客さまを呼んでいるようです。 -
青山窯のショールームでしたか
ディスプレイも素敵でした。 -
伊万里鍋島焼の伝統を継承しながら
現代感覚を取り入れ気品をもちつつ
使い手の創造力を掻き立てるように
との思いがこの器に結晶れたということです。 -
説明をしていただいたり
雰囲気の良いショールームでした。 -
小路を曲がりくねった所に
川が流れていて〈てんじんはし〉に出ました。 -
橋の欄干も陶磁というのが
窯元の郷らしく(⌒▽⌒) -
鍋島藩窯時代の米蔵とありました。
鍋島藩の頃が偲ばれます。 -
HPには、【小笠原藤右衛門の理念】
が載っていました。
小笠原藤右衛門は、廃藩置県で鍋島藩が廃止された後、その流れを引き継ぎ民窯として独立し、一貫して鍋島の伝統技術を守り続け今日に至っております。今日鍋島様式の陶磁器を制作するにあたって、私共は往時鍋島のその精微さ・格調の高さを模範としながら、より現代にふさわしい物づくりを致す様努めております。
平成11年には、従来の有鉛上絵の具を全て、鉛を全く使わない無鉛絵の具に変更致しました。制作上の課題・表現上の制約は依然ありますが、あらゆるものに「安全・安心」が求められる現代においては、「時代感を持った物づくり」こそ制作者の務めだと信じております。鍋島藩窯 小笠原藤右衛門 専門店
-
伝統的な様式美と
-
伝統的様式に現代感覚をコラボさせたようです。
-
イチオシ
まぁ 幅は(数)別として
こんな風なディスプレイ
自宅でもしたいけど
地震が怖くて(;゜0゜)無理だろうね。 -
アップにしましたが
大きさはごく普通の大きさです。 -
私たちが訪ねた時
若奥さまが玄関先のお庭で植木の手入れを
しておりました。
どうぞ、と招き入れていただき
大川内山から産出される青磁鉱石を
100%使った天然の鍋島青磁について
教えていただきました。長春青磁陶窯 専門店
-
だいぶ奥までたどり着きました。
-
新緑も綺麗でした。
-
網の目のような小路をたどって
まだ見ぬ窯元回りが続きます。 -
すだれと風鈴
日本の夏ですね。 -
大川内山は、かつて鍋島藩の徹底した管理のもと
「色鍋島」「鍋島染付」「鍋島青磁」などの
傑作を生み出した藩窯(はんよう)があった山。
三方を山に囲まれ、山水画を思わせる独特の風景は
まさに「秘窯の里」ですね。 -
大川内山は、かつて鍋島藩の徹底した管理のもと
「色鍋島」「鍋島染付」「鍋島青磁」などの
傑作を生み出した藩窯(はんよう)があった山。
三方を山に囲まれ、山水画を思わせる独特の風景は
まさに「秘窯の里」ですね。 -
メインストリートをはさんで
小路をジグザグ見て歩きます。 -
一度入ったお店でした。(⌒-⌒; )
-
メインストリートを
-
鍋島虎仙窯の祖である川副家は主に置物や釉薬研究などを行う
細工人の家系として代々技術を継承し昭和38年(1963年)に
祖父為雄が、現虎仙窯を創業しました。??
当時の祖父は「鍋島青磁をたくさんの人に知ってもらいたい」という
強い思いから青磁釉薬を10年以上に渡り研究をしました。
?(当時は青磁を焼くと窯を潰してしまうと言われるほど困難でした。)
江戸時代から「秘窯の里」として愛されてきた大川内山に受け継がれている
鍋島焼文化を100年、200年と継続的に残していきたいという思いから
「鍋島文化の確立」というビジョンを掲げ、未来の鍋島虎仙窯を
築きあげていきたいと思います 。??
現在は鍋島焼の技術継承は基本としながら、新しい鍋島焼や
鍋島虎仙窯としての魅力を発信する為に祖父が10数年以上に
渡り取り組んでいた青磁の研究を、孫が56年ぶりに祖父とは違う視点で
「青磁の研究・開発」を始めました。
HP【鍋島虎仙窯の理念・ビジョン】より抜粋しました。 -
イチオシ
一度入ったお店でしたが
お客さまがいらして写真を撮れなかったので
また、来てみました。(^ー^)
植物現代的な絵柄のゴブレットに
魅かれました。(⌒▽⌒) -
いろいろ見て歩きました。
-
いろいろ見て歩きました。
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いろいろ見て歩きました。
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いろいろ見て歩きました。
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いろいろ見て歩きました。
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いろいろ見て歩きました。
-
伊万里人形
〈耳掻き〉ていうかケース?
工夫(アイデア)がうかがえますね。♪( ´▽`) -
いろいろ見て歩きました。
-
いろいろ見て歩きました。
-
いろいろ見て歩きました。
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いろいろ見て歩きました。
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魯山窯のギャラリー&ショップ
白壁造りがいいですね。 -
いろいろ見て歩きました。
-
いろいろ見て歩きました。
-
いろいろ見て歩きました。
-
イチオシ
珈琲カップも季節やその時の気分で
変えてみたいもの。 -
イチオシ
うわぁ 欲しいなぁ。
と思った珈琲カップはやはりお値段もそれなり。
記念に一客。 -
大川内山には、高度な技術を持つ陶工たちが集められていました。
その高度な技術が流出しないようにと関所を設けその行動は制限されていましたが、藩からは、給金と武士と同じような扱いを受けるなど待遇面ではかなり優遇されていだのでした。 -
幸い雨も止んで
ゆっくりと見て歩くことができました。
入口に戻ってきました。 -
ぐるりと見て歩き
素敵な器の一品・一品に
心を掴まれながら、こんな器がテーブルに
とか
こんなカップでの珈琲タイムを想像して
ほっこり・ゆったりした時間を過ごすことができました。
由布岳に登れなかったことは
もう忘れていました。^_^ -
駐車場に観光バスが入ってきました。
会館と思って入った所がトイレ(⌒-⌒; )だったり
ぐるりと回って会館玄関口へ。
【伊万里鍋島焼会館】
?アクセス/JR駅からの場合…
JR筑肥線・MR松浦鉄道伊万里駅から、西肥バス大川内山行き乗車。
バス停大川内山下車、徒歩1分。
JR筑肥線・MR松浦鉄道伊万里駅から、タクシー利用で10分 ?
マイカー利用の場合… 長崎自動車道武雄北方ICから車で30分 ?
駐車場450台(無料 但し、窯元市開催時には有料) -
やはり、博物館に展示されてある作品は
どこか、風格が違います。
色絵花籠文六角鉢
1800年代前期(江戸時代後期) -
素敵な器をたくさん見せてもらいました。(⌒▽⌒)
空腹にやっと気がつきました。(⌒-⌒; )
さて、これから何処へ
大川内山をふり仰ぎ 車に向かいました。
続きます。
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