2021/09/27 - 2021/09/27
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りーふ(NissanLEAF)さん
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今回登る谷川岳はご存じの通りの関東随一の鋭鋒で、関越自動車道や上越線を苦しめる越後山脈の主役であり、関東平野の用水路とでもいうべき利根川の源流にもなっている。とくに一ノ倉の岩壁はその独特の引力で毎年多くのクライマーを吸い込み、また谷底へと落としていく。谷川岳と言えば同じく有名なのが日本三大急登のひとつとしてその悪名を轟かせている西黒尾根だ。
2年前富士山で懲りたはずの私だが、喉元過ぎれば熱さを忘れるとはこのことでまた調子に乗っている。次はこれを制覇しよう。
そうしてある日の朝4時、自宅を出て関越で一路谷川岳の登山口、土合に向かう。
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7時ちょうど、谷川岳インフォメーションセンターについた。広大な駐車場だが車はまばらだ。この先のロープウェー乗り場にも駐車場はあるが、こっちなら無料なのでここに止めることにした。ドケチ根性は、山でも街でも不変である。
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つまらないアスファルトの登りを20分、本格的に山岳道路の様相を呈してきた。途中前述のロープウェー駅を通ったのだが、人参棒を下げられた馬のように、先を急ぐあまり写真を撮り忘れていたようである。
前方三角形の見慣れた標識が見える。この道は何を隠そう国道であり、三国街道分岐から利根川を詰めここにいたり、一ノ倉沢を通って清水峠にいたり、最終的に新潟に至る。しかしいわゆる山岳道路の類ではない。この国道は、むしろ酷道としてその悪名を全国にとどろかせている。一ノ倉沢より先は完全に登山道となり、清水峠を境に道すらなくなる。
昔の明治政府が全国に道を通そうとなったときに何を血迷ったか三国峠経由でなく清水峠経由で馬車道を作った。しかし馬車といえば馬と鹿の馬の方、非力で急坂など登れない。そこで以前からある街道を完全に無視した、山肌を延々巻く遠回りな道が完成した。集落などない山中に、20kmにも及ぶ長大酷道が誕生したのである。
しかしこの豪雪地帯にそんな高巻きの道を作ったらどうなるか。当然雪崩でめちゃくちゃになる。政府が巨費を投じて作った大街道は、まず新潟県側から一年で崩壊した。
結局山中に毎年崩壊する街道を維持するなんて体力は当時の政府になく、そもそも集落のない山中を20km馬車で通りたいと思うもの好きもそうそういなかったし、復旧されることなく放置された。こうして現在の国道291号は清水峠まで実質登山道として細々と登山客に利用されている。その先の新潟県側は何もない山中を国道だと言い張っているらしい。数年前地形図からも表記が消えた。踏破しようなんて思うもの好きもいるようだが、それも年に数名であろう。というか、古道をとおれば6kmで終わる下り道を20kmかけ、道なき道を行くという狂気の沙汰などよほどオタクでもなきゃできない。少なくとも私はやりたくない。(まあ消えた明治街道と言われるとなんかそそられる気もするが。)
車などろくに通るはずもないのに道路情報の看板だけ立派にあるのがシュールである。 -
7時30分、西黒尾根登山口に到着。看板にそうあるんだからきっとここがそうなのだろう。しかしなぜ谷川岳山頂というのが、山肌に突き刺さった向きなのだろう。
…奥になんかやな踏み跡が見える。 -
なるほど。最初から心を折りに来るスタイルか。
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しかもかわり映えしない割に急だからきつい。
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7時50分、送電塔に到着。この送電塔は新潟の発電所から首都圏に電気を届けるJRの送電線のもので、この鉄塔の巡視員が前述の明治街道の新潟県側の一部区間をまっとうな理由を持って通行する数少ない人々である。電線は高低差なんて知らぬ存ぜぬで飛んでいけるため、こんなところでも正面突破できる。ちなみになぜ新潟からわざわざ、JRは電線を引いているのか、首都圏で発電すればいいじゃないかと思うが、それは新潟にJR自前の水力発電所があるからである。これが約2割、あと川崎のガス火力が約4割を担っている。JR東は、自社使用量の6割が自前の大電力会社にして、かつクリーンエネルギー会社(うまい言い方が思いつかなかった)なのだ。
余談だがこれは電線だからできることで、例えばガスのパイプラインだとこうはいかない。ので、新潟から東京へのパイプラインはわざわざ長野まで迂回する。鉄道も最初に直江津経由だったように、この山は人を寄せ付けない。 -
寄せ付けないのは人だけだから、野生動物はふつうに暮らす。見にくいが、野猿に遭遇した。
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ある種の侵略者たる我々を特異な目で見つめてくる。
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キイキイ言っていて、地味におっかない。
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しかも道の先にいるもんだから、進もうに進めない。
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霧まで出てきた。九月だというのに、寒い。
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登山口がはるか下になり、見えない。
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登りはまだ続く。
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道が少し落ち着いて、やや平坦になった。
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ふつうの登山道の姿が、この西黒だとセーブポイントである。
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きのこ。
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刺さっている看板がやたら大雑把である。しかも片方に書いてあるのは土合である。もし登山口じゃなく、この土合が下の集落やら駅やらのことを指しているのなら…
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かすんでいるもんだから、異郷感が強い。
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ジブリ作品にこんな感じのがなかっただろうか。
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石がごろごろしているのが歩きにくい。
ここに挑む前に沢山先輩方の旅行記やブログを読んだが、たいていこう書いてある。
「2時間くらい森の中を歩いて、開けたところに出ました!」
…いや、当然のように二時間登るのか。それでもって写真はなんで一枚で終わりなのか。地図にも「単調な登りが続く」としか書いてない。この情報量の薄さは何なのか
…簡単な話、栄えない。旅行記映えしないのだ。眺めが悪い山の中、階段のような登りを続けるのを見たい人はあんまりいない。
読者諸兄よ、だまされてはいけない。ブログにあるようないい写真を撮るまでには、こんな試練が待ち受けているのだ、ぜひこれを見て登りたいと思った方がいたら、ぜひ覚悟だけは決めておいた方がよい。 -
ちょうどこのころ、大学生っぽいグループに抜かされた。待て、なんでしゃべりながらなのにそんな速いんだ。嘘だろ。
なんだか謎の対抗心が燃えてくる。息が切れる、切れるが、止まってはいられない。次は私が追い抜かす。大学生軍団はピッタリ後ろをつけてくる。余裕の表情。無心に登る。気が付いたら大学生グループを引き離していた。 -
9時19分、ようやく開けてきた。
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対岸にロープウェーの天神平駅が見える。つまりロープウェーを使えば、ここまでの登りは回避できたということらしい。
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雲海とも霧ともつかない靄で、下流の町は覆われている。
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開けたが、別になだらかになるということではないらしい。当然のように急登が続く。
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霧は当然水っけだから、岩場が湿る。滑っておっかない。富士山の反省から結構ガチの登山靴を買ったのだが、なかったらきつかっただろう。
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第一鎖場。壁である。三点保持で恐る恐る登る。ここは鎖を頼りにせず、左から登った方が楽だった。
(余談だが私の後大学生軍団でちょっとした渋滞になったので、先に行っておいてよかった。ちなみに父は私より元気なようで、先にどんどん進んでいく。) -
急坂あるある、上から見下ろす方が怖い。ここを降りるのはあんまり考えたくない。
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何も見えないが、左はすっぱり切れ落ちているようである。
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先は見えない。でも進む。
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再び下流の風景。さっきよりうんと、雲が下に見える。
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雲の切れ間から、ようやく谷底が見えた。天神尾根と西黒尾根を分かつこれが柴倉沢である。なんも景色が変わってないじゃないかとお思いの方もいらっしゃるかもしれない。さっきとは違う場所なのだが…
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第二鎖場。登り切ってから上から見下ろしている。鎖が見えるが、そこまでのとりつき方がわからん。しゃーないので右から回った。
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多分この鎖は使わせる気がないのだろう。もはやこの岩、板である。
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間髪入れず次の鎖が見える。
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ここにきてようやく左が開けた。気が一本も見えないのは簡単な話、雪崩のせいである。さっきから板状の岩が多いのも、雪崩で一方向に削られ続けるからであろう。
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9時58分、ラクダの背に到着。地図だと2時間でつくはずだったが遅れている。
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先を見てみる。続く頼りない線が先の登山道だ。次回、これをひたすら進んでいく。
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