2016/08/07 - 2016/08/07
59位(同エリア64件中)
旅四郎さん
アイスランドで2番目に大きな都市で、北の首都の愛称で呼ばれているアークレイリ。市の郊外に宿泊したので、大自然に囲まれ環境は申し分ないが、市内観光には不便だった。日曜日で本数の少ないバスを使って市内の中心部に出て、何とか散策はできた。
8月7日(日)宿泊したゲストハウスで朝食を済ませ、バスでアークレイリ市の新市街に出て、少し歩いて旧市街に行く。アークレイリ博物館、ノンナフス博物館、アークレイリ博物館教会を見学して、新市街のサブウェイで夕食。バスでゲストハウスに戻る。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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8月7日(日)宿泊したロンサ・ゲストハウスは大自然の山々に囲まれているので、非常に静か。写真はリビングルームで、ゆったり過ごせる。
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ロンサ・ゲストハウスには大自然を眺めながら食事できるテラス席がある。キャンプ場に隣接しており、テント、折りたたみ式キャンパー、トレーラーハウス用の施設が備えられた広々とした場所の中にある。
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朝日が差し込むリビングルームで気持ちよく朝食。
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ロンサ・ゲストハウスは写真のように山々に囲まれた広々とした場所にある。幹線道路に隣接しているが、バスが通ていない。
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アークレイリの新市街に行くには地図アプリで調べると20分はど歩iいた住宅街にバス停があることが分かったので、何とか写真のミズシーザのバス停を見つけた。
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午後12時58分に、写真のバスがやって来た。もっと早く行きたかったが、日曜日なのでバスの本数が少なく、始発のバスが昼過ぎのこの時間だった。市内バスは乗車無料。
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バスは午後1時20分にアークレイリの新市街に到着。アイスランドで2番目に大きな都市で、北アイスランドの首都と呼ばれるアークレイリは、エイヤーフィヨルズルに面した重要な港と漁業の中心地。
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アークレイリの新市街から少し歩くと、アークレイリ教会が見える。丘のふもとの通りから、広い階段を登ると教会のドアに通じる。ファサードには、2つの塔と中央に大きな時計塔があり、その上に十字架が設置されている。教会は日曜日で閉まっていて見学することができなった。見学は明日にすることにした。
アークレイリ教会 寺院・教会
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アークレイリ教会が閉まっていたので、少し歩いてアークレイリの新市街に戻った。写真はメインストリートのハファナルストレテで、かわいい小さなカフェ、レストラン、ショップが集まっている。青い壁に赤い尖り屋根の印象的な建物はブラア・カンナン・カフェ。
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新市街から幹線道路に沿って南に歩くと、海岸に面してジョン・グンナー・アーナソンによる写真のセーリングと呼ばれる像があった。
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さらに南に行くと、写真のスワン湖がある。噴水が出て爽やか。
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さらに旧市街に向かって歩くと、湖の岸辺に写真の石碑があった。これは「ミンニスヴァルザル ユム フラムチジナ」で日本語では「未来の思い出」という石碑。
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アークレイリの旧市街にはアークレイリ博物館がある。旧市街には最も古い家屋の多くが保存されており、元の街路計画が維持されている。博物館の周辺は数少ないアイスランドの装飾用庭園になっていて、博物館公園には写真の古い大砲が据えられている。
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博物館公園の中にアークレイリ博物館や歴史的な建物など、複数の施設がある。アークレイリ博物館の前には、写真の面白い怪獣の彫像が置かれている。古地図などから考えるとクジラと思われる。飼いならされた巨大なクジラは攻撃的なクジラから漁師を保護したといわれている。
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アークレイリ博物館は1934年にデンマークの商人ために建てられた写真の2階建ての広々としたキルキジュクヴォットゥルを使用している。1978年に博物館の展示ホールとしてアークレイリでの定住から現代までの地域の歴史を紹介している。 シュルテ地図博物館と「アークレイリ-湾岸の町」という展示があった。
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シュルテ地図博物館はシュルテ夫妻から地図コレクションがアークレイリに寄贈されたもの。写真はシュルテ・コレクションのアンティークマップで、地図はそれ自体がユニークな画像で、見ているだけでも楽しい。ゲーム・テーブルも置かれている。
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プレイ・スペースには5種類の海の怪物が吊り下げられている。写真は海馬でタツノオトシゴの怪物と思われる。アイスランドでは陸上のすべての生き物は海に対応するものがあると信じられていた。
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「アークレイリ-湾岸の町」という展示。アークレイリでは釣りが生活の重要な一部だった。湾は町の食料貯蔵庫と呼ばれることもあった。漁業は20世紀までアークレイリで操業していなかった。ニシン漁やタラの塩漬けが行われ、これがアークレイリでの漁業の始まりだった。写真はタラを干している場面を再現している。アークレイリは、アイスランドで最大の漁業および水産加工センターの1つ。
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美しいドレスや勲章、宝石、19世紀の町の写真などが展示されている。写真は地方の治安判事のりっぱなリビングルームと思われる。治安判事の衣装があり、その前の椅子の上には保安官の帽子が置かれている。
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民族衣装は博物館の中でもとても美しいもの。 アイスランドのファルドブニングルという黒を基調にした美しい民族衣装。
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アークレイリ博物館から少し歩くと、写真のヨン・スヴェインソンの大きな銅像がある。彼はノンニとしてよく知られていて、1857年11月16日にアークレイリからそう遠くないヘルガルダル渓谷のメズルヴェリルで生まれ、8歳弱のときに家族と一緒にアークレイリに引っ越して来た。アイスランドで著名な児童文学作家であり、イエズス会の司教でもある。
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ノンニの家は1850年に建てられたアークレイリで最も古い家の1つ。彼が1870年に12歳でフランスに行くまでの幼少期を過ごした家。1957年にノンニの生誕100周年を記念してノンナフス博物館としてオープンした。
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ノンニの弟はマンニと呼ばれ、わずか24歳の若さで病死した。弟のマンニは彼の本でも大きな役割を果たしている。その中の1冊に『ノンニとマンニ』という本があり、1988年には『ノンニとマンニ』はテレビシリーズとして制作された。写真は日本語に翻訳された『ノンニとマンニ』が展示されていた。
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ノンニは1913年から1944年までドイツ語で本を書いてきたが、彼の本は40の言語に翻訳された。ノンナフス博物館では、写真のようにさまざまな言語で書かれた彼の本が展示されている。アイスランド人と同じように、世界中のさまざまな国の人々が彼の本を愛している。
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ノンニの家の1階の台所には当時のお皿や台所用品が展示されていて、当時の暮らしぶりを垣間見ることができる。
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狭く急な木の階段を登ると、2階にはノンニの部屋がある。部屋の中には2つのベッドが置かれている。
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ノンニの家の隣に、写真のアークレイリ博物館教会がある。教会は1846年に建てられ、アークレイリで最も古い建物で博物館の最大の宝物。エイヤーフィヨルズルの東のスヴァルバルズセイリにあったもので、1970年にアークレイリの博物館公園に移された。装飾されていないがスタイリッシュな木造の典型的なアイスランドの田舎の教会。
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教会には2つの素晴らしい装飾品がある。1つは祭壇の上にある写真の1806年の祭壇画である。ジョン・ハルグリムソンの作品で、「最後の晩餐」をテーマにしてイエス・キリストと11人の弟子が一緒にテーブルに座っている様子が描かれている。
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もう一つが写真の1688年の銅製のシャンデリア。翼を広げた双頭の鷲の下に、ユリの装飾のパイプとその先に蝋燭立てが付いた美しいシャンデリアが天井からつり下がっている。教会は現在も使われていて、イースターとクリスマスにミサが行われている。
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アークレイリ博物館教会の近くには、写真のアークレイリおもちゃ博物館がある。
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写真の赤い看板はブリンニュというアイスクリーム店。アイスランド国内でもっとも古い歴史があり、そして、いちばんおいしいと評判のアイスクリーム屋。
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新市街に戻ると、ザ・バイキングというデパートの店頭には写真のアイスランドの妖精トロールの大きな人形が置いてあった。
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ザ・バイキングの近くのサブウェイで食事。スモークハム&マスカルポーネを注文。アークレイリのバスターミナルを午後5時49分のバスでミズシーザのバス停に行き、そこから歩いてロンサ・ゲストハウスに戻る。
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