2021/01/21 - 2021/01/21
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この旅行記のスケジュール
2021/01/21
この旅行記スケジュールを元に
以前、「YOKOSUKA軍港めぐり」に参加したことがあり、長浦湾、横須賀本港内をクルージングしながら、米海軍のイージス艦、強襲揚陸艦、潜水艦、そして海上自衛隊の護衛艦、ヘリコプター空母型護衛艦いずもなどをまじかに見ることができ、その大きさと迫力に感動したことを覚えています。
横須賀市のガイドブックを手に入れ、良さそうなところはないかと探していると、軍港である横須賀には旧海軍施設が残っているエリアを見て回れるコースと、山手に向かって安針塚を見て回るコースがあることが分かり、この2コースを合わせてみると、歩行距離としてもいい感じなので横須賀街歩きに行ってみることにしました。
ガイドブックを参考に、印刷した詳しいコース地図に歩くルートを朱書きして、準備万端!
当日は、空は晴れ渡り、無風。寒さを感じない一日でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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今回の起点は、京急田浦駅近くの駐車場からです。
準備を整え、出発前に駅舎でトイレを済ませて、出発です。 -
国道16号を南に進むと、左手に高い塀に囲まれた旧海軍工廠(こうしょう)造兵部が出てきます。明治19年から昭和20年まで使用され、昭和10年代には3万人を超える職工が働いていたそうです。関東大震災でも崩壊しなかった建造物が数多く残っているとのこと。現在では、(株)東芝ライテックの工場として利用されています。内部を覗こうとしても隙間がありません。内部を公開していないのが残念です。
長浦湾に出ると、左手に海上自衛隊艦隊司令部が見えます。
戦後、昭和27年に海上警備隊がここ横須賀で創設され、昭和29年には海上自衛隊が発足したことを考えると、明治から現在に至るまで横須賀は重要な拠点であることがわかります。 -
旧海軍施設で唯一外から見えるのがここ。
倉庫にも工場にも見えますが、確かに年代物の建物です。 -
再び国道16号に合流し、左に折れ、長浦湾に沿って歩きます。
海上自衛隊第2術科学校がありました。海軍通信教育発祥記念碑も建っていました。明治34年に無線電信術の教育を初めて行った場所です。
術科学校とは何を学ぶ学校なのかを調べてみると、現在、術科の種類に応じ専門教育を実施する学校が全国各地に4か所あり、第2術科学校は 昭和33年に開校し、 現在では機関術科、情報、技術、外国語等を担当しているそうです。 -
さらに進むと、自衛隊横須賀病院がありました。全国各地に設置されているんですね。
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先に進んでいくと、この軌道跡が目に入りました。この辺りは、JR横須賀線の田浦駅近くで、倉庫が多く立ち並ぶエリアです。
ガイドブックを見ると、ここ長浦湾の南側に当たる長浦港の岸壁に沿った倉庫群は、旧海軍軍需部の長浦倉庫と言われ、主に兵器庫があったところです。
旧海軍軍需部とは、砲弾、魚雷などの兵器から軍艦で使う燃料、食料、被服までの一切の軍需物資を集め保管し、軍艦などに補給する役目を負っていた部署です。
現在でも当時の建物が海上自衛隊や民間倉庫会社によって利用されています。 -
JR田浦駅から延びる引き込み線はこの倉庫用地から長浦港まで網の目のように覆っており、昭和50年代までは、長浦港で荷揚げされた貨物を積み込む列車が走っていたそうです。その後、米軍が使用する部分を除き廃線となり、現在は倉庫群を抜ける道沿いのこのエリアに、その一部が残っているとのことです。
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横須賀港湾合同庁舎があり、その中に海上保安庁横須賀海上保安部が入っているようなので、面白そうな展示があるかもしれないと、そろりと中に入ってみました。
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海上保安庁のマスコットキャラクター「うみまる」君が玄関で迎えてくれました。タテゴトアザラシの子どもをモチーフにしたものらしい。
玄関で敬礼されると、来館の動機からして、ちょっと恥ずかしい。 -
巡視船「あしたか」PS07のモデルがありました。他に展示はなし・・・。
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玄関には当然、このポスターがありますね。「海難事故・事件は118番」(2020年イメージモデル篠田真理子さん、どこかで見た顔でした!)
そして、右隣には海上保安官募集のポスターがあります。海上保安庁の「幹部」を養成するため、令和2年度から大学卒業者対象とした採用試験を新設したとのこと。採用された方は2年間の研修(海上保安大学校)を経て、現場赴任すると書かれています。
驚いたのは、それまで大卒者を採用していなかったことです。へ~です。他の機関では幹部候補生として採用しているところがありますね。 -
引き込み線が十字に交差するポイントがありました。
この道路沿いには歩道部分にレールが残っています。
製造年を確認するのを忘れてしまいました。 -
この左奥で「大型火薬庫の新設工事を行っています」の看板。
自衛隊は防衛の最前線にいるんだと改めて感じさせるものでした。 -
十字交差のポイントがここにもあります。
このポイントはJR田浦駅から米軍の箱崎燃料基地に向かう線路と、比与宇トンネルでスイッチバックした線路が十字に交差する珍しいポイントだそうです。 -
車道部分を撤去された引き込み線の跡です。道路の反対側に続いています。
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海上自衛隊横須賀造修補給所
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倉庫のようです。(構内撮影禁止)
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隣には比与宇(ひよう)油脂庫地区があります。
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比与宇(ひよう)トンネル
トンネル内の照明はほとんどなく、車が通るたびに私たち(歩行者)が歩いているのに気づいてくれ、と祈っていました。早く抜けたいトンネルでした。
ガイドブックによると、この比与宇トンネルは終戦まで軍事用引き込み線のトンネルでした。当時、JR田浦駅から長浦港倉庫街東側に向かう貨物車は、一度トンネル内に進入しスイッチバックして方向転換したため、2方向から引き込み線がトンネル内につながっていました。周辺に弾薬倉庫関連施設があるため、列車からの弾薬の積み下ろしは、このトンネル内で行われていました。このため、線路と車道が並ぶ珍しいトンネルでしたが、現在はトンネル内外とも線路は撤去されていました。 -
トンネルを無事に抜け、左手を見ると、「在日米海軍横須賀基地新型コロナウイルス感染症検査処置」と書かれた看板がありました。「サンプルは実験室に届けること」の看板もあり、施設内に検査施設があるようです。
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すぐ隣に、横須賀警備隊、海上訓練指導隊群司令部、横須賀潜水艦教育訓練分遣隊の表札がかかった施設がありました。
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その隣に広い敷地があり、ガイドブックには横浜ベイスターズ総合運動場とありました。無料で見学することができ、練習中の選手をまじかに見ることができるそうですが、現在は整備中、芝の張替えでしょうか。
昭和2年に旧海軍軍需部本部が置かれ、湘南電車軍需部前駅(現在の京急線安針塚駅)から多くの人の行き来があったそうです。戦後は、昭和60年まで遠洋捕鯨基地として利用され、この練習場の敷地も遠洋捕鯨の大洋漁業(株)(現在のマルハ)の工場でした。 -
ちょうど、対岸に米海軍の大きな軍艦が何隻も停泊しているのが見えます。
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先に進んで横須賀本港や軍艦が見える安針台公園に向かいます。横を走るのはJR横須賀線です。
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高台にある安針台公園
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芝生広場が広がっています。
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広場の奥に行くと、この眺めです。横須賀本港内の海上自衛隊の護衛艦、米海軍のイージス艦、強襲揚陸艦も見えます。拡大して見ると、潜水艦も映っています。
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本港の入口付近です。見えるのは米海軍の施設です。沖には米海軍のイージス艦が停泊していますね。
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安針台公園から下っていく途中でも、これだけ見ることができます。護衛艦が2隻停泊しています。
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ずっーと見ていたい気持ちを抑え、京急安針塚駅に向かいます。
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安針塚駅にあった案内図です。ここから安針塚に向かいます。念のため、この先のルートを確認します。
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駅近くのトイレ
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駅近くのトイレに寄って、給水タイムをとっていると、目に入ってきたのがこのごみ収集場所です。自治体によって分別方法が異なるのは分かっていましたが、折りたたみ式のケージになっていて、収集に使用しない場合は、折りたたむことで場所をとらず、ここは道路が狭いので、いい方法だなと感心しました。広げたままにしておけば、夜間の不法投棄が出てくるでしょうからね。必要な時に広げて、終わったらたたんでおくのが一番。ただし、この管理は誰がやっているのだろうかと思いましたが、すぐ横には掃除用具が置いてあり、「クリーンよこすか田浦地区市民の会」の皆さんが自主的にきれいにされているようです。
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急な坂を進むと、住宅地に入ってきました。急傾斜地崩壊危険区域と書かれています。この表示が要所にいくつもありました。
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けっこうな急坂です。毎日、徒歩で駅まで行き来するのは大変そうです。
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塚山公園に向かいます。
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ここで後ろを振り返ると、相当な急坂です。確かに横須賀市北部は海岸線まで山並みが迫っていて、平地はあまりありません。
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この道を登っていきます。
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ジグザクに登っていきます。
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風雨が強い時は通行に注意と書かれいます。確かにすべりやすい・・・。
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先が開けてきました。公園が見えます。
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県立塚山公園です。
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塚山公園管理事務所の掲示板です。「ご注意!!!この辺イノシシ出ます。」
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左手の「港の見える丘」に向かいます。
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桜の木がありますが、まだつぼみは固いようです。
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もうすぐ展望台です。桜の時期はきれいでしょうね。例年、さくら祭があるようです。
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横須賀本港が見えます。
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右手を見ると、猿島が見えます。現在はきれいに整備されていますが、最初に渡った時は砲台跡や弾薬庫など、戦争当時のそのままの姿(廃墟)で残っていて、薄気味悪い感じがありました。その後も何度か渡りましたが、最近は渡っていません。
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ベンチに座ってちょっと一休み!昼食前におやつです。
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これは見晴台から見える展望図です。
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公園内にある按針塚に向かいます。
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碑文「ウイリアムアダムス夫婦墳墓在於塚山絶頂」
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三浦按針墓 二基並んでいます。
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大正十二年に国指定史跡となっています。安針は長崎平戸で亡くなっているので、解説では墓となっていますが、安針夫妻を供養するため、領地を与えられていたこの地に供養塔が建てられているようです。
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永久保存したいとの趣意書です。
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横須賀風物百選にもなっています。この説明文も按針の足跡が詳しく書かれています。
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ここからJR田浦駅方面に向かいます。
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途中に鹿島台があり、ちょっと登ってみます。
もしかしら富士山が見えるかもと期待しましたが、残念。 -
ちょうど尾根筋なので、東側には横須賀本港、猿島が望めます。
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ガイドブックに載っている「十三峠」まで来ました。江戸時代後期に東京湾を防衛するため浦賀に奉行所ができ、江戸から浦賀までの交通が盛んになったことから、保土谷からのこのルートは「東の浦賀みち」と呼ばれていたそうです。この十三峠は浦賀みちを往来する人にとっては最大の難所だったと言われています。
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十三峠からガイドブックに沿って歩いていきましたが、途中からルートを外れました。本来なら急階段の太田坂を通って「田浦梅の里」で展望台からの展望を楽しんだり、のんびり昼食をとって一休みをする予定でしたが、これまでのルートにあった急坂に疲れを感じたことから、「あと、どのくらいあるの?」の一言がきっかけで、「じゃ、この先の「のの字坂」を見て終わりにしようか?」「そうしよう!」と、こんなところは意見が合う。
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確かに"の"の字に回っています。
戦前、砲台への物資運搬用に作られた珍しいループ橋だそうです。
その真ん中に田浦1丁目公園があったので、ここで昼食をとりました。ベンチに座って一息です。時折、車がのの字に回って登っていきました。自転車もぐるっと回るのかな?なんて考えていたら、お年寄りが斜面に作られたショートカットの階段道をゆっくり上っていました。 -
けっこうな傾斜の上まで住宅が立っています。
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ながかまトンネル 通常は歩行者用、バイクと自転車は降りて通行してください、とあります。煉瓦張りがきれいですね。
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そして、国道16号(横須賀街道)に出ました。トンネルが多いですね。
ここを左に折れて、京急田浦駅に向かいます。 -
新田浦トンネルをくぐります。
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郵便局の隣に日本キリスト教団田浦教会があります。戦後まもなく、アメリカ人のトムソン宣教師の働きかけを通して設立された教会です。三角屋根が特徴で、落ち着きのある教会です。横須賀市から景観賞を贈られています。
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16号を進んでいくと、左手に田浦梅の里入口の看板が出てきました。
ここが入口か・・・。今の季節は何もないし、その季節になったら来てみましょう。 -
今回の街歩きは海沿いの旧海軍の施設、海上自衛隊の艦船、米海軍の軍艦を見ることができ、三浦按針塚を見て回れたので大満足です。急坂が多かったなぁ・・・。
それでは日帰り温泉に向かい、温泉につかってのんびりしましょう!
夕食後、満腹感いっぱいの中、イスに座って遠くに猿島を見ながら、今度行ってみようかな、と考えていました。
(おわり)
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