2018/06/24 - 2018/06/24
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けんたろうさん
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この旅行記スケジュールを元に
私が中国に赴任中に70歳を超えた母親と姉二人と弟が中国に遊びに来るなりました。昨年の弟が来たのと同様、広州に観光する来ることになりました。
日本から遠く離れた中国に家族に会うのは何か不思議な感じ。年取った母も元気に歩き回っていい思い出になりました。お金を出してもらった父に感謝です。
東莞東バスターミナル~広州駅バスターミナル~紀念堂地下鉄駅~広州中国大酒店(チャイナ ホテル ア マリオット ホテル イン 広州)~中山紀念堂~六榕寺~光孝寺~陳氏書院 (陳家祠)~
広州酒家 ~沙面公園~石室聖心~大聖堂~北京路歩行街~マクドナルド~
広州中国大酒店~広州駅バスターミナル~東莞東バスターミナル~東城駅
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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家族が泊るホテル『チャイナ ホテル ア マリオット ホテル イン 広州 』で9時ごろ合流。広州観光に向かうことにします。まずは、歩いて行ける中山紀念堂へ
中山紀念堂は1931年、辛亥革命の指導者孫文(1866-1925年、号は中山)を記念して、広州市民と海外華僑の献金によって建てられたもの。1921年に孫文が大統領に就任した官邸跡地にある。中山紀念堂 建造物
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紺色の瑠璃瓦が美しい八角形のホールの高さは58メートル。5000人を収容できる内部には、柱は一本も使用されていない。中国人技士によって造られた独特の構造で、音響効果も大変良い。
中は結構広かったです。 -
孫文さんの詩でしょうか?
全く読めません。。 -
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紀念堂の正面入口、緑の芝生の広場には高さ5mの孫文の銅像も立っている。
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歩いて行ける距離に六榕寺(りくようじ)があります。
六榕寺は、広州市越秀区にある仏教寺院。1997年、広州市の十大観光名所に選定されている。六榕寺 寺院・教会
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「六榕花塔」は広州市内で最も古い建築物とされるそうです。
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次も歩いて行ける距離に光孝寺はあります。
光孝寺は嶺南地域の一つ目の仏教寺院として地域の仏教の発祥地でもあります。
唐の儀鳳元年(676年)に高僧慧能がこの寺の菩提樹の下で受戒し、南宗を開いたことから、禅宗の第六祖と呼ばれています。慧能はこの光孝寺で「風幡についての論説」を発表したことで、有名になりました。そのほか、慧能がここで髪を剃り落として出家し、その後南宗を代表する人物になったので、光孝寺も名を知られることになりました。西歴749年に、5回目の日本への渡海に失敗して海南島に漂着した鑑真は広州にたどり着き、光孝寺で一春を過ごしたといわれています。光孝寺 寺院・教会
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境内には東晋時代に建造された大雄宝殿、南朝時代に開拓された洗鉢泉、唐代の石経幢、南漢の千佛鉄塔、宋、明時代の六祖殿、臥佛殿など数多くの貴重な佛教建築と遺跡が今でもよく保存されるほか、彫刻、仏像、ミロバランと菩提樹等仏教に関係する物も多く存在しています。
光孝寺 寺院・教会
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次は陳氏書院へ
ここは広東省に多い「陳」姓の人々が一族の祖先を祭るとともに、一族の子弟を教育するために造った書院だそうです。陳氏書院 (陳家祠) 博物館・美術館・ギャラリー
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嶺南建築様式
陳氏書院は中国古代建築の伝統と、嶺南建築様式の特色を兼ね備えた、きわめて保存状態の良い貴重な建物群が特徴。8000平方メートルの敷地内に巧みに配置された独特の書院(祠)は、前院、後院、東院、西院を主体とする大小19の建物と6つの庭、それらを結ぶ廊下で複雑に構成されています。 -
書院内のいたるところに精巧でみごとな彫刻が施され、その技巧には目を見張るものがあります。
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タクシーに乗ってガイドブックにものる有名な広州酒家食へ。
前回と同様で、有名店なので多くの人が集まっています。
中国語もしゃべれないが、姉が英語で交渉。
1階はコース料理は無理だったのですが、飲茶を食べる人は2階なら空いているとのこで、2階に上がることにします。感謝!広州酒家 (文昌南店) 中華
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昼食でしばしの休憩。
広州酒家 (文昌南店) 中華
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広州酒家食から沙面公園へは歩いて向かいます。
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沙面島は清の時代、広州は外国との貿易が許された唯一の港として発展した歴史があります。日本の出島に近い感じで、当時外国の公館などの設置は広州にしか認めらていなかった。そのため、清は外国人の保護・隔離を目的として、この地に外国人居住区を設置した。その後、第一次アヘン戦争、第二次アヘン戦争(アロー戦争)を経て、戦勝国となったイギリスとフランスの租界地に定められた。英仏両国は珠江の堆積地だった場所を埋め立て、さらに運河開削によって島を作った。以後「沙面」と呼ばれるようになる。
沙面公園 広場・公園
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島の至ることに石像が立っています。
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少し歩き疲れたので、スターバックスで休憩。
洋風建築のオシャレな建物です。町の雰囲気に合っています。スターバックス (沙面店) カフェ
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沙面島は広州を流れる珠江の中州。明代に華節亭が置かれ、外国商船が入港する際の埠頭だった。1861年から約90年間にわたりイギリス人とフランス人の居留地となったことから洋館が立ち並ぶ欧米風の街並みが見られる。
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沙面公園 広場・公園
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キリスト教の教会もあります。
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沙面島にかかる橋。
一通り見たので、地下鉄に乗り石室聖心大聖堂へむかいます。 -
石室聖心大聖堂はカトリック広州教区で最も荘厳で特色のある大聖堂。この聖堂は1863年着工、25年の時を経て1888年に落成した。聖堂の全部の壁と柱は花崗岩を積み上げて作られているので、石室、聖心大教堂、石室耶穌聖心堂、石室天主教堂の別名がある。
石室聖心大聖堂 寺院・教会
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下から見上げるとかなりの迫力。
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一通りみたので、次の目標の北京路歩行街へ地下鉄に乗って向かいます。
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北京路歩行街は広州で一番有名な商店街、ショッピング&グルメエリア。
車両禁止の通りの歩行者天国になっていており、通りにはデザイナー・ブティック、宝飾店、書店、スーパーマーケットなど、何十軒もの店舗が軒を連ねています。北京路歩行街 散歩・街歩き
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「千年古楼遺跡」
こちらの遺跡は主に古代の道路遺跡で、ガラス張りのパネルの下に遺跡が見ることが出来ます。北京路歩行街 散歩・街歩き
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中国の唐朝(618年~907年)、宋朝(960年~1279年)、明朝(1368年~1644年)、清朝(1616年~1644年)
そう思ってみると感慨深いですね。 -
当時の街を再現した模型が見えます。
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マクドナルドへ入って休憩することにします。
お店は凄い人で溢れています。
その後、ホテルに戻って家族とは解散。
日本から持ってきてもらった日本食を沢山いただき、大きな袋を持って東莞に帰ることにします。わざわざ日本から来てもらってありがとうございます。
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