2020/03/05 - 2020/03/09
4位(同エリア20件中)
shiqueさん
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2020年3月初旬
コロナの影響を市民生活レベルではまだ
身近に感じる事の無いミャンマーのピィで
情報通りにのんびり過ごせた私たちは
次の目的地モンユワにバスで半日かけて向かいました。
第1話で既に書いたようにモンユワでは
スマホ紛失と言う大事件を起こしてしまいましたが
この地域には遺跡あり、石窟寺院あり、大仏ありと
観光に事欠く事の無い街でありながら
ピィ同様にのんびりと出来る街なのです。
穏やかで豊かなミャンマーの生活は
この地を訪れた私たちを増々癒してくれます。
しかし、コロナの影は着実に私たちの後ろに忍び寄り
その脅威の一角が姿を現すモンユア前編です。
最後までお付き合い下されば幸いです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
3月6日 ミャンマー7日目
マンダレー 王宮の西側にある Hotel Iceland の
ルーフトップレストランから眺めた朝8時の市街地。
街全体に立ち込めたものが埃か水蒸気なのか分かりませんが
睡眠不足の私たち以上に寝ぼけた感じの街が一望できます。
昨日は午前9時のピィ発マンダレー行きのバスで
8時間をかけ約500km北にあるマンダレーを目指していましたが
途中の街で荷物の積み下ろしに30分以上かかったり
チケットブッキングのトラブルで客とバス側が
乗れる乗れないの問答が30分以上続いたり
挙句の果てパンク修理に2時間以上かかってしまいました。
夕方5時ごろに着くとは思っていませんでしたが
マンダレー市の南部にあるバスターミナルに着いたのは
出発から14時間半以上たった午後の11時半過ぎ。
そこからトゥクトゥクに乗り宿に着いたのは
日をまたいで7日の午前0時を回っていました。
夕方ごろにはマンダレーの宿に着いて帳が降りようとしている
街並みを肴にビールのジョッキを傾ける夢は破れてしまった訳です。
バスの遅れは東南アジアあるあるではありますが
今回は時間が長かった分かなり辛い移動になりましたが
移動の途中で立ち寄ったドライブインで
500MMKで茹でピーナッツを買ったり
日本人と言うことで無料でブドウもらったり
それなりに楽しいこともあったので良しとします。 -
午前10時ごろ、遅めのマンダレー出発。
本日の移動は約130km、休憩込みで2時間半。
昨日の移動に比べればあっという間ですね。
今日の移動を考え宿はバス停から徒歩3分の所です。
バス停の敷地内に入るとすぐに客引きが寄って来て
行先のモンユワを告げるとミニバスがある所まで連れて行ってくれます。
運賃は一人3000MMK、車はトヨタのハイエースで快適でした。
ただ運転手はインディーズレーサーの様にぶっ飛ばすので
少し心配ではありましたが、何故か相棒はご機嫌です。 -
本日はマンダレーからモンユアへの移動以外に
明日からの行動のためにレンタルバイクの調達や
ツアー等を含めた観光情報の収集も大きな課題です。
と言ってもこの街の情報はそれ程多くなく
Gmapで調べてあちこち散歩がてらに尋ね歩いたものの
これと言った情報は得られませんでした。
気温38度、「もうやってられまへん!」と
宿の近くの幹線道路沿いのレストランでビールです。
昼間からのビールと言うシチュエーションと
ミャンマービールの生が旨いと言うダブルの効果で
ビールがどこまでも進んでしまいます。 -
昼間ビールからのお昼寝と言う究極の幸せを満喫した私たちは
太陽もかなり傾き少し涼しくなった街に夕食を求め
ナイトマーケットのある通りに出かけることにしました。
ここモンユワのナイトマーケットはYonegyi road 沿い
約300mにわたって道の両側に飲食を中心とした店舗が並んでいます。
地元の人々が引っ切り無しにやって来ますが大混雑と言う訳では無く
どちらかと言うと穏やかな屋台街になっています。
私たちはマーケットの北の端に近い
bambooと言う名の屋台で夕食にする事にしました。
従業員全員が女性でどうやらベジタリアン食の屋台の様です。
注文は青菜炒めと韓国風野菜ホットポットとライス。
どちらの料理もおいしく料金は合計2500MMK也、満足。
この屋台ではビールが無かったのが残念ですが
店の若い娘たちと国際親善をしながら楽しく過ごしました。
なお、私たちもebookで購入した○○の歩き方の地図では
ナイトマーケットの位置が間違っているので注意してください。 -
シュエズィーゴォン・パヤー
ナイトマーケットで夕食を済まし
行きに来たシュエズィーゴォン・パヤーの前を通ると
綺麗にライトアップされて荘厳さが増しています。
境内を裸足で歩いている現地の人たちは
家族で夕涼みと言うような、とても涼しげな様子だったので
私たちも足裏から涼を取るべく光の国に入ってみます。
本日はこの光の宮殿のあるお伽の世界で終了となります。 -
3月7日 8日目 モンユワ 2日目
本日はグロリアスホテルの朝食からスタートです。
朝からゆっくりしっかり食事を取れる
バイキングスタイルの朝食はありがたい。
朝食後、先ずはバイク調達が最初の最重要任務。
昨日はホテルと近所でバイクに関して聞いてみましたが
いずれもレンタルバイクは無いとの事で収穫なし。
どうするか思案中、昨日バス停に着いた時に
私たちを取り囲んだ数名の客引きの中に
「バイクレンタルはどうだ?」と話しかけて来た
自称旅行代理店の地味な男がいた事を思い出しました。
どこにあるかも分からない旅行代理店を探すより
バスターミナルに行ってみるのが正解だと結論を出し
通りで客待ちしていたバイタクのお兄さんに声をかけ
相棒と3ケツでバスターミナルに行ってみる事にしました。
ちなみにバイタク料金はMMK1200也。 -
残念ながら例の男にもう一度遭う事は出来ませんでした。
しかし、バスターミナルは人と物とお金が動く所です。
物欲しげにうろつく外国人をほって置く訳がありません。
「どこに行きたいんだ?」と男。
「バイクをレンタルしたいんだ。」と私。
「バイクでもトゥクトゥクでもチャーターできるぞ。」
「いや、自分でバイクが運転したいんだ。」
「モンユワ観光はトゥクトゥクが一番いいぞ。」
「私はバイクを運転したい。」
「レンタルバイクは無い、トゥクトゥクにした方が良い。」
「それじゃ他を当たってみるよ。」
「それは出来ない、このあたりで英語を話せる奴はいない。」
「それは本当か?」
「本当だ。ここでは俺しか英語を話せないからな。」
「それなら、あなたのバイクを貸してくれ。」
「それは出来ない、トゥクトゥクにした方が良い。」
「それなら、あなたの仲間のバイクを貸してくれ。」
「・・・・・ OK。」
最終的に、私に英語で話しかけて来た
バス停の一角で店を持つボス的な男の部下のバイクを
1日15000MMKで2日間借りる事で交渉成立。
これで今日一日の観光がバイクで可能となりました。
少し時間が掛かってしまいましたが早速出かけましょう。
※写真は幹線道路を南下した所にあったお土産物屋台。 -
モンユワの南約20kmにあるアミィーン遺跡を目指し
幹線道路から一本入った狭い舗装道を快適に進行中
お葬式と思われる一群に出くわしました。
いつものように目的なくドライブしてるだけだったら
迷う事無くこの集団に付いて行くのですが
今回はアミィーン遺跡と言うメインディッシュがあるので
一団に道を譲り写真を撮らしてもらって先へと進みます。
しかし、よくよく考えてみたらアミィーン遺跡を明日にして
この行列に付いていったら貴重なミャンマーの文化に
触れられたかもしれませんね、自らの判断力が残念。 -
お葬式の一団とすれ違ってから少し経つと
この狭いながらも快適だった道は通行止めとなり
この道と沿うように走っている赤土の道を
走らなければならなくなりました。
この道、轍は激しく凸凹でさらに乾燥して砂だらけ
バイクは後輪どころか前輪まで滑ります。
現地の人でさえ超ノロノロ運転で
しかもバイクが巻き上げた砂煙地獄です。
アミィーン遺跡までの道のりの半分がこんな状態で
20kmのバイク移動に1時間半以上かかってしまいました。
アミィーン遺跡に到着した時は気温36℃の高温もあって
疲労困憊、とにかく休憩が必要とばかりに遺跡散策は後回し。
遺跡を少し過ぎた所に市場やお土産屋がある通りがあり
その通りに地元の人が集うローカルレストランを発見。
床はコンクリート打ちっぱなしで壁が無く風通しが良さそうです。
まずはここでティータイム、水分と糖分を補給します。 -
バイクの調達と未舗装道路の劣悪環境のせいで
アミィーン遺跡見学開始が午後2時となってしまいました。
最初は市場から一番近くにあった遺跡の中の
この赤みを帯びた色彩が独特な Mon O' Chan Thar Stupa。
遺跡には全く人がいないと思いきや
階段を上って行くと現地の若者カップルがデート中。
ここは人目を避けてのんびりデートできるそんな遺跡らしい。 -
観光客が全くいない遺跡の神秘的な静寂さと
真上から降り注ぐ太陽光線の厳しさには
いつの時も必ず強い正の相関関係があります。
この遺跡も例外では無く太陽は地獄の業火です。
20基ほどある仏塔はすべて小規模なもので
修復もあまり進んでいなく崩壊寸前の物も沢山あります。
街中に突然現れる遺跡群と言うインパクトはありますが
この遺跡の歴史的背景を不勉強な私たちには
圧倒的なバガン遺跡の鮮烈な印象を超える何かを
感じ取る事は出来ませんでした。
しかしまだ一発目、次に期待して遺跡探検は続きます。 -
緑と大木が比較的に多いこの地域に
アミィーン遺跡は点在しているようです。
Gmapで見てみましたが余り良く分からなかったので
とにかく遺跡を発見するべく適当にバイクを走らせていると
林を貫く赤土の道沿いの広場に大勢の人々を発見。
どうやら本日大規模な野外市場が開催されているようです。
この状況を私たちが見逃すはずは当然ありません。
遺跡探しはしばらく休止して市場に潜入することにしました。 -
なるほど、そう言う事かと一人で納得。
ミャンマーの神様は私たちにお葬式では無く
こちらのお祭りを見せたかったようです。
私たち以外に外国観光客など1人もいないこの場所には
ミャンマーの人々が育んで来た生活文化の豊かさが溢れています。
この瞬間をこの土地の人々と共有出来た事に感謝。 -
小さなミカンとウズラの玉子そしてブドウを
アルマイトのお盆の上に広げ商う女性は
彼女の民族を表す頭の布とタナカでとてもキュートです。
後ろの幼児二人はきっと彼女の子供で
その子等をあやす男性は旦那様なのでしょう。
我が家で収穫できた物を大切な家族と一緒に商なうと言う
ごく当たり前の幸せを彼女の笑顔はとても素直に表している。 -
大木は私たち人間よりもずっと長い歴史を持って生きている。
そしてその刻んできた時間の数だけ大きな影を大地に作り
その影に様々な生命を引き寄せ新たな生態系を構築する。
私たち人間が集う場に必ず大樹が存在していることから
私たちもこの生態系の一部として生きて来た事が分ります。
“大きな栗の木の下で、あなたと私・・・”
人はいつも、この大木に育まれ見守られて来た事を
木漏れ日の中で立ち止りこの歌を口ずさめば
世界中どこに居ても、ごく自然に感じ思い出す事が出来ます。 -
旅行をしていると日々のルーティーンが無くなり
曜日を忘れがちで色々失敗をするものです。
本日3月7日は土曜日
お祭りには子供たちも大勢駆けつけているようです。
この地に訪問する日が土曜日であった事に感謝。 -
ミャンマー中部には至る所に竹林があります。
この竹を加工した調度品はあちこちで見かけます。
この市場にも大量の竹籠が積み上げられた一角がありました。
サイズから網目模様まで様々なものがあり見ていて楽しい。
私は今でもどうして買わなかったのか後悔してます。
後先を考えない本当にちっぽけな衝動買いは旅行には必要です。 -
どんどん奥に進んで行くと頭にお供え物を乗せて
奥の法へと進む女性をたくさん見かけるようになりました。
なるほど今日はお祭りの日でそれに合わせて市がたっているようです。
これ程の人々が集まるお祭りとはどんなものなのか
アルマイトのボールの中に盛り付けられた果物の香りが
私の好奇心を鼻腔から益々刺激して行きます。 -
大量のお供え物が整然と並べられています。
その背後では女性たちが来るべきその瞬間を
じっくりと座り込んで待っているようです。
これから何が始まるのかは全く分かりませんが
集会場の前の建物の中では女性たちが
大量の酒を飲み奇声を発し踊り狂っています。
その雰囲気の異様さは建物の周りに充満する
きついアルコールの匂いから感じ取ることが出来ます。
女性の祭りである事は察せられますが
これからどのような終わりを迎える演出が
用意されているのか私にはとても気になります。 -
子供たちも商売のお手伝い
ミャンマーではよく見かける風景です。
しかし今日は大きなお祭りの日で
本当は友達と遊びたいところでしょうね。
しかし、そんな彼女たちが店番している所に
ヘンテコ外国人の私たちが笑顔で話しかけて来たのです。
こんな些細で一瞬の私たちとの出会いが彼女たちの
明日の友達とのいつもの会話で一つの話題になったなら
今回の私たちの行き当たりばったりのミャンマー旅行も
そんなに悪いものでは無いと私は思うのです。 -
その土地のお祭りに毎に欠かせない食べ物があります。
ミャンマーには塩っぱいオハギのような
赤米を炊いた菓子があると聞いた事があります。
きっとこれ(写真)がそのオハギだと思いますが
見た事で納得し妙に満足して購入しませんでした。 -
沢山の人で賑わう野外市場を通りお祭り会場を抜け
更に赤土の土手道を超えたところに寺がありました。
先程までの喧騒はまるで嘘のように人出は少なく静かです。
祭りの賑わいと人いきれに少し疲れたので
この涼しげな空間にお邪魔して暫しの休息です。 -
この寺院がアミィーン遺跡の一つなのかどうかは私にはわかりませんが
本堂の漆喰の禿げた感じや木造の屋根を支える太い柱には趣があります。
この風通しの良いテラスには地元の人が数名思い思いに陣取って
静かに午後のひと時を過ごしているようです。
黄金に輝く巨大なパゴダであっても
朽ち果てようとしている古い小さな寺院であっても
これらの空間に共通している降り積もる静寂さは
ルーツをどこかで同じくするアジアの住人として
私たちには共通の価値であり認識なのでしょう。 -
ローソクの炎はゆっくりと揺らめき
その妖艶な舞踏は私たちを別の世界へと誘う。
目に見えないものに対して人は恐れ慄き崇めそして信じる。
人間はこの光の儀式を長い時間何度も繰り返し
何代にも亘って記憶に刷り込んできたに違いない。
そしてこの炎の向こうに見える長い歴史を
慣習と言う形で次の世代へ灯の記憶として継承して行く。 -
文化の違はあれど日本もミャンマーも子供は同じです。
小さなお坊さんの手にはゲーム機、今時ですね。
今日はお祭りだから修業はお休みなのでしょうか。
それとも毎日が自由度の大きい生活なのでしょうか。
ミャンマーの小坊主さんたちは
結構規律が緩いと聞いた事はありますが。 -
お祭り市場を見学出来たのは本当にラッキーでした。
しかし時間はもう午後3時を過ぎています。
アミィーン遺跡を目的にここまでやって来て
遺跡はまだ1か所しか見学していません。
少し焦りながらお祭り市場を後にしてバイクを走らせます。
お祭りの場所から村の中心に引き返してきた途中で
屋根が崩れ落ちてしまった一基の遺跡を発見しました。
周りに瓦礫が散乱しているので安全を考慮し
遺跡に入ってみる事はしません、さぁ次行きましょうか。 -
Gmapで調べてみるとメインの遺跡の近くに
Min Ye と言う古い僧院が在るらしいので向かいました。
黒を基調とした木造の僧院の内部は埃だらけで
内部を歩くと床一面に足跡が付いて泥棒感満載。
おまけに足の裏は真っ黒けでこれは堪らないと急いで退散。
表に出ると可愛い兄弟に遭遇。
今日はお祭りなのにお留守番とは少し可哀そうです。 -
アミィーン遺跡に向けて赤土の道をひたすら南下すると
突然開けた道に突き当り、そこにこの遺跡群が姿を現します。
バガンのような朝霧の中からその姿を現す雄大さはありませんが
苦労して走り続けた赤土のデコボコ道を抜けたその瞬間
村の中に突然現れるその様には驚きが混じった感動があります。
観光客どころか地元の人も全く居ない状態ではありますが
Gmapによると、たぶんここがメインの遺跡だと思います。
入り口近くのパゴダは中型で比較的修復されています。
どんどん奥に入って行くことにしましょう。 -
アミィーン遺跡の中でもおそらく
一番規模が大きなこの遺跡の奥には
扉の無い仏堂があり涅槃仏がいらっしゃいます。
日陰の無い遺跡の中でこの空間は有難い。
YAKISHIMA TRAVELさんのYoutubeで
子供たちがこの涅槃仏の上で
昼寝をしている動画を見たことがあります。
罰当たりな事ですがこの涼しさを享受する子供たちをも
この優し気な表情をされた仏様は静かに見守って下さる事でしょう。
私たちもしばしこの空間で涼を取らせてもらいます。 -
仏様は雨の日も晴れの日も毎日この風景を
何十年、何百年も見続けていらっしゃる訳です。
この風景に時々現れてはすぐに消え去る我々人間。
時には笑顔で走り回る子供たちであったり
また時には悲しみに暮れた涙をその瞳に湛える少女だったり
喜怒哀楽の表情を次から次へと変えながら生きる
とても脆弱な生き物である人間を少しは愛おしい存在として
ここの仏は見守って下さっているのでしょうか?
そして何億分の1の記憶として私たち二人の姿を
その穏やかな瞳の中に留めて下さったのでしょうか。 -
行きに来た道は本当に大変で辛かったので
帰りは数km遠回りになりますが別のルートにしました。
しかしそこはミャンマーの田舎道
橋の工事ということでご覧のような有様です。
流石に乾ききった赤土のこの道を
バイク二人乗りで通過は無理と判断して
相棒には歩いてもらうことにしました。
と言っても現地の人たちは普通に
二人乗りで通過して行きますが・・・。 -
続いては工事用トラックが道をふさいでの大渋滞。
そこにはよく見かけるチリンチリンさんがいました。
彼女たちは渋滞待ちしている人みんなに
果物やお菓子、更に飲み物まで配給しています。
私たちも写真の姉妹から果物と飴を頂きました。
私はズボンのポケットから小銭をつまみ出し
彼女がしっかり抱えたアルマイトのボールに入れ
両手を胸の前でしっかりと合わせながら
かなり怪しいミャンマー語で感謝の意を伝えました。
「ズージーバー。」
上手く通じたのかどうかは分かりませんが
緊張していた彼女たちの表情に笑顔が浮かび一安心。
彼女たちの夕食に異邦人である私たちの話題が
少しでも出て来て家族の輪の中に笑顔が広がれば
私たちの旅行も少しだけ意味を持てるかもしれません。 -
幹線道路に出てからは順調にドライブ出来ましたが
行きのダートコースと36℃を超える日中の暑さに
かなり参った私たちは夕刻の近場ドライブは取り止め
宿近くの幹線道路沿いで私たちにガソリン補給です。
ビールを頼むともれなく冬瓜スープが付いてきます。
“ビールにスープ?”と思うかもしれませんが
鶏ガラベースのあっさりスープは
お腹に優しくビールにも良く合います。
しかもお代わり自由と言う嬉しいサービスなのです。
実はお祭りの屋台で買った揚げ菓子があり
それの持ち込みを店員に尋ねると快くOKしてくれ
菓子に付いて来たタレを入れる皿まで持ってきてくれました。
ありがとう、感謝を込めてもっとビール飲みますね。 -
レストランの帰り道、昨日も来たナイトマーケットまで
少し足を延ばして夕食の弁当を調達しました。
白飯の上に3品のおかずを乗せてもらって1000MMK也。
手前の香草と鶏肉の和え物がめちゃくちゃ美味い!
ビールも買ってあるので今夜は明日の予定を考えながら
部屋呑みで寛げると思っていたのですが・・・・ -
午後8時過ぎノックエアーから突然メールが届きました。
それはドンムアン発チェンライ行きのフライトキャンセルでした。
当初11日にマンダレーからドンムアン経由で
チェンライに移動しそこで3泊。
14日にチェンライからドンムアン経由で
15日午前2時過ぎのフライトで帰国する予定でした。
本日から日本に帰るまでに既に予約してあるフライトは4本。
1.マンダレー→ドンムアン(A.A)
2.ドンムアン→チェンライ(Nok)
3.チェンライ→ドンムアン(Nok)
4.ドンムアン→名古屋(A.A)
2.のフライトがキャンセルされたので3.のフライトを利用するためには
1.のフライトに合わせて他社のフライトを予約する必要があります。
しかし今回のキャンセルはコロナによる国内線の減便によるものです。
他社で予約してもNokと同じようにキャンセルになる可能性は
十分にあると予測されます。
そうなると国内便を減便せざるを得ない状況のバンコクに
約4日間足止めを食らい、そこでまともな観光が出来るのでしょうか?
そこで私たちが下した判断は旅行後半のタイ・チェンライ旅行の中止。
2.3.のフライトをキャンセルし1.のフライトを11日から14日に変更。
現時点ではコロナの影響を旅行者の行動面で
ほとんど感じる事のないミャンマーでの滞在を増やし
タイは数時間のトランジットでやり過ごす作戦を立てたのです。
ちなみにキャンセルされたNokの払い戻しがあるとして
それ以外にA.A.便の変更で1万2千円ほどの追加料金が派生しました。 -
コロナ禍と言う特殊な状況でしか想定できない
想定外のトラブル第一弾が本日現実に起こってしまいました。
メールが届いた時にはどうしたものかと困りましたが
その日のうちにベストに近い判断が
冷静に出来たのではないかと思っています。
旅行日程の変更を決定しメール連絡やフライト変更等の
手続きをすべて終えると急にお腹が減ってきました。
もう一度のんびり飲み直すためにもツマミは必要と
急遽深夜に大通りまで出て、まだやっているスープ屋で
ご覧のギトギト濃厚何かの骨入りスープ買ってきました。
うーん、不味い!と言うより日本人の味覚に合いません、残念。
と言う訳でモンユワ滞在日程も含めて
今後の旅行日程はすべて変更することになりました。
次回は、あの悪夢のスマホ紛失事件のモンユワ後編となります。
癒しと困惑と感動と困難の旅行はまだまだ続いていきます。
次回もお付き合いの程よろしくお願いします。
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