2021/02/11 - 2021/02/14
153位(同エリア760件中)
ハイペリオンさん
- ハイペリオンさんTOP
- 旅行記174冊
- クチコミ91件
- Q&A回答35件
- 478,029アクセス
- フォロワー48人
2021年2月1日、ミャンマーで総選挙の結果を
否定する目的で、軍がクーデターを起こした。
ミャンマー社会は当然反発し、最大都市ヤンゴ
ンをはじめ、各地方都市で反クーデターデモが
起きた。
日本のミャンマー人社会もそれに呼応し、頻繁
にデモを行っている。
東京都内では、北品川のミャンマー大使館前や
ミャンマー人が多い高田馬場、国連大学前など
でデモが行われている。
2月11日に国連大学前で行われたデモと14日に
渋谷で行われたデモを見に行った。
デモとともに、ミャンマーの行く末を考えた。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 私鉄
-
渋谷駅を降り、宮益坂を上がり、青山通りを
歩くと、国連大学前に着いた。
歩道はたくさんのミャンマー人たちが歩いて
いた。
ここでデモが行われるのは、フェイスブック
のミャンマーのコミュニティで教えてもらった。 -
警察車両が2台。
-
警官が数人。
フェイスブックではデモは18時~20時とさ
れていたが、警官同士の会話で「19時に終わ
るよう交渉している」などとしゃべっていた。
早く帰りたいのか? 20時までやらせてやれよ。 -
18時半を過ぎたくらいに着いたが、青山通り
に面した広場はすでにミャンマー人たちで埋
め尽くされていた。 -
けっこうな数である。
1000人近くいるんじゃないか。 -
ミャンマー民主化の象徴、ご存じアウンサン
スーチー。
実際の彼女の名前は、スーチーだが、ミャン
マー独立の英雄の娘というイメージを際立た
せるため、欧米では父の名アウンサンを付け
ている。
ミャンマー社会では、このような呼び方はし
ない。 -
今回の軍事クーデターを指揮したミャンマー
国軍最高司令官、ミン・アウン・フライン。
コーカン族(実は漢族)やワ族ら少数民族武
装勢力との停戦交渉を行ってきた人物である。 -
反軍事クーデターのデモで、シンボルとなっ
た大衆が掲げる三本指。
なぜこれがシンボルとなったのかは諸説ある
が、どうやらタイで昨年起きた反軍政デモで
若者たちが三本指を掲げたのに倣っているよ
うだ。
では、タイの若者たちは何の意味を込めて三
本指を掲げたのかというと、2012年のアメリ
カ映画「ハンガー・ゲーム」で、独裁体制に反
対する若者たちが三本指を掲げていたのを見
て実践したようだ。 -
フェイスブックの告知ではペンライトなど光る
ものを持参してほしいとあったので、皆ライト
を灯していた。 -
アウンサンスーチーに関しては、はっきり言って、
ひいきの引き倒しの感がある。
「スーチーさんが外資を連れてきてくれるから生
活が豊かになる」と能天気に思っている人がミャ
ンマーには多い。
自分の国が豊かになるには、国民が一生懸命働か
ねばならないが、そうした気運はあまり見られず、
とにかく「スーチーさんが何とかしてくれる」と
構えているようなところがあある。
フェイスブックや掲示板でも、スーチーに対する
ネガティブな発言が出ようものなら、ミャンマー
人から感情的な反発が来る。
彼女の本当の姿を見ようとせず、聖域に奉って批
判を許さないというのは、生身の政治家でもある
彼女にとっては不幸なことである。 -
ここでミャンマー現代史を簡単におさらいして
おく。
ミャンマーで軍事クーデターが起きたのは、1962
年。起こしたのは当時国軍の最高司令官だったネ・
ウィンという人物である。
彼は客家の血を引くビルマ人で、戦前には中国
海南島でスーチーの父アウンサンらとともに南
機関による軍事訓練を受けた。このとき、日本
人から「高杉晋」という日本名を与えられている。 -
1988年、民主化を求める大衆運動が勃発。
8月8日にゼネストが行われたので、この時の
運動を8888民主化運動と呼んでいる。
ちょうどこの時、危篤の母を看病するために一
時帰国したスーチーが民主化運動に参加した。
というか、無理矢理神輿に乗せられた。 -
しかし、ソウ・マウンがクーデターを起こし、
政権を握る。
1989年から1995年まで、スーチーは自宅軟禁。
しかし、政権は総選挙を公約する。 -
1990年の総選挙では反軍政組織NLDが圧勝、
しかし、軍は国民議会招集を拒否する。 -
いったん自宅軟禁を解かれたスーチーだが、2000
年に再び軟禁された。
2002年に大将に昇格し、2003年に首相となった
これまた客家系の切れ者、キン・ニュンが「民主化
へのロードマップ」を発表。
しかし、軍部内保守派の反発を食らい、翌年失脚。 -
2007年には激しい民主化運動が起き、政権は市民
に無差別発砲を行った。
発端はパコックウという世界遺産の街、バガン近く
にある村の僧院で起きたデモで、僧侶が中心となっ
て行われた。このため多くの僧侶が拘束された。
30人以上の死者が出たが、ヤンゴンで取材をしてい
た日本人の長井氏が至近距離で撃たれて死亡。 -
この後、首相のテイン・セインが新憲法の案を発表し、
国民投票にかけられ、可決。
2010年に総選挙が行われ、NLDが圧勝。スーチー
の自宅軟禁が解かれた。
2015年、2020年に行われた総選挙でもNLDが圧勝。
しかし、2020年の選挙において不正があったと軍
が反発し、2021年2月1日にクーデターを行い、
権力を強奪した。 -
以上、かなりざっくりと軍事政権が始まった時か
らの歴史を振り返った。
不可解なのは、民主化は全て軍事政権側によって
実施されていることである。
総選挙を約束し、実際に行っている。しかし、軍
政側が敗れると、結果を反故にしているのだ。
とりあえず、大衆の顔を立てておいてちゃぶ台返
しをしている。彼らの意図はいったい何なのか。
理解に苦しむ。 -
座り込んでいるデモ参加者の前では音楽を流し、
それに応じてデモ隊が歌っていた。
どこかで聞いたメロディだと思ったら、アメリ
カのカンサスというバンドのDust In The Wind
という曲だった。
https://youtu.be/SulMvSEjFnc -
赤ん坊を抱っこした女性は柵の外側でずっと
眺めていた。 -
スマホでも何枚か撮ったが、照明のない場所
だったので、シャッターが下りるのに1秒以
上かかり、大半が使い物にならなかった。
スマホカメラもかなり性能が上がってはいる
が、大きなセンサーを搭載できないので、暗
がりではどうしてもブレてしまう。この辺は
永遠に解決できない限界のような気がする。 -
デモ隊を前に記念撮影をする女の子たち。
この日のデモ隊の声を聞いていると、半数
以上が女性ではないかと思えてくる。 -
ミャンマーは女性に優秀な人材が多いように
感じる。
はっきり言って男はダメ。だらしないのが多い。
ミャンマーには親しくしている家族がいるが、
一家を切り盛りしているのはだいたいが女性
だ。男は何の仕事をしているのかよくわから
ないような人ばかりなのだ。 -
2時間近く歌を歌い、声をあげ、こぶしを突き
上げている。 -
こうしたデモがミャンマーの何かを変える力
になるとは思えないが、少なくとも日本人た
ちにミャンマーで今起きていることを周知さ
せることはできるはず。 -
20時になって、NLDの代表と思しき人物が、
終了を告げ、2時間のデモは終了した。 -
デモは平和裡に終わり、ミャンマー人たちは
静かに渋谷駅に向かった。 -
2月14日、代々木公園。
フェイスブックの告知では11時に現地集合と
だけ出ていた。
公園の中でデモなんかやっていいのかと思っ
たが、場所はタイフェスティバルなどが行わ
れるステージのあるところのようだ。
ミャンマー人たちがたくさん歩いている。 -
数台の警察車両が停まっていた。
どうやら今日はかなり大勢の警官が動員さ
れているようだ。 -
スーチーの写真を掲げて記念写真を撮るミャン
マー人たち。 -
ケヤキ並木の通りにずっとカラーコーンが置
かれており、出口には警官が立っていた。
どうやら今日はデモ行進を行うようだ。 -
11時過ぎにはこうして3列縦隊で並び始めた。
-
関東各地のミャンマー人たちが来ているようで、
「茨城の人たち、前まで来て」と日本語で雑踏
整理をしていた。 -
警官の態度も実に丁寧で好感が持てた。
-
デモの運営(?)スタッフ。
当然ミャンマー人。
警察との折衝も日本語でやっていた。
ミャンマー人には日本語が堪能な人が多いが、
これは文法が似ていて、習得しやすいから。
韓国人やモンゴル人が日本語をすぐに話せてし
まうのと同じである。 -
1時間以上経って、行列もかなり長くなっている
が、なかなか始まらない。
待っている方も疲れるだろうな。 -
日本人も少し参加していて、労組系の人たちが列
に加わっていた。 -
高田馬場のミャンマーレストラン、ルビーのオ
ーナーさんが、テレビ局のインタビューに答え
ていた。
クーデター以降、TBSの「報道特集」に出て
いた。
この人が日本でのNLDの活動の責任者である。 -
原宿が目と鼻の先だから、高そうなコートを着
せてもらっている子供や、冬なのに不自然な日
焼けをしている男とか、いけ好かない連中がけ
っこういた。 -
12時30分を回って、ようやくデモ隊の先頭
が出発。
警官が先導し、三列縦隊のまま行儀よく行
進は進んでいく。 -
入り口でスーチーの写真を掲げて記念写真を
撮っていた人たちだ。 -
やっぱりここでもスーチーだ。
一番わかりやすいアイコンともいえる。 -
ここまでくるとほとんど宗教画である。
-
ロシアのイコン(聖画)みたいに描かれている。
-
「我々の状況を救うためには米軍が必要だ」。
いや、それは良くないと思うぞ。 -
「我々は軍事クーデターを認めない」
-
女性たちが持っているのはスーチーも所属する
NLDの党旗である。 -
少数民族の旗を掲げる一団。
ミャンマーの民族は全部で8つに分けられる。
しかし、その中でもカレン族は11種に細かく
分けられていたりして、外国人にややこしく
てわけがわからない。
一部には未だ武装しているグループもおり、総
選挙でNLDが与党となっても、武装解除に応
じていない。
ロヒンギャ問題もあり、少数民族問題は、おそ
らくミャンマーが永遠に解決できない課題にな
りそうである。 -
これはシャン州の旗。
インドシナ半島の山岳少数民族の中でも有数の
人口で、インドシナ半島の山岳部ほぼ全域に分
布している。
シャン族に至っては33種に区別されるという。
言葉が微妙に方言レベルで違うといった程度
なのだろう。 -
宇田川町の坂を下って、渋谷駅の近くまでやっ
て来た。
渋谷駅前から青山通りに入り、国連大学前を通
って表参道を通って代々木公園に戻る。
かなりの距離である。 -
この日のデモ参加者は5千人と伝えられていた。
100人程度のグループに区切って行進を行って
いた。 -
新型コロナウィルスの感染拡大防止の観点か
ら、この日のデモはシュプレヒコールのない、
無言の行進だった。
https://youtu.be/Mfw7OHi03yI -
表参道を通って、デモ隊が代々木公園に戻っ
てきた。
1時間以上かけて渋谷一帯を練り歩いていた
ことになる。
見物人からも「ミャンマーだ」の声が聞こえる。
日本人もミャンマーで何が起きているか、だ
いたいわかっているようだ。
https://youtu.be/kq2zlBA_PTU -
ミャンマー北部のカチン族のグループ。
彼らはカチン独立機構(KIO)を名乗り、
今も武装している。 -
カチン族の正装で歩く女性たち。
-
三本指を立てて動画を撮るミャンマー人
の女の子。 -
しかし、ミャンマーではプライベート保障法
が停止され、令状なしに警察が一般人を拘束
できることになった。 -
首都ネピドーでは、反クーデターデモに参加し
ていた20歳の女性が治安部隊に撃たれ、死亡した。
葬儀が行われ、遺体は日本製の中古霊柩車で運
ばれた。
後ろには市民が乗るおびただしい数のバイクが
続いていた。 -
ミャンマー人の軍人嫌いは徹底している。もはや
アレルギーといっていいレベルだ。
十数年前、バガン近くのニャウンウーという村の
食堂でお金を両替した時、軍人がやってきて、替
えてくれた。軍人が率先してヤミ両替に手を染め
ているのだ。
右が食堂の女性。いろいろ手配をお願いするとき
ちんとやってくれる、田舎の食堂に置いておくに
ははもったいないくらいの優秀な人だった。
正面にいる男が軍人。写っていないが、左に若い
男が一人いた。
ぼくのドル紙幣を両替した後、軍人は去って行っ
たが、直後、若い男と女性が、けんもほろろの調
子で軍人を罵倒し始めたのだ。
「何なんだよあの野郎、一回死ねよ!」
「カネの匂いがしたらどこにでも来るのよ」
みたいな調子で、罵詈雑言の嵐なのである。
ミャンマーのどこに行っても、軍人が尊敬を集
めるようなことはない、しかし、彼らは常にミ
ャンマー支配していたいのだ。
最大都市ヤンゴンにおいて、富裕層を形成する
のは、主に軍関係の企業にかかわる人たちである。
彼らの間では、スーチーが軟禁されたと聞いても
スーチーの「ス」の字も出てこないという。 -
クーデターで成立した軍事政権は、1年後の総選
挙を約束している。
しかし、上にも書いたようになぜ彼らは負けるに
決まっている総選挙を行おうとするのか。
どうせ次の総選挙もNLDが勝つに決まっている。
そのとき軍はどういう行動に出るつもりなのか。
三たびちゃぶ台返しをする可能性が高いと思う。
結局、総選挙は軍の上層部にとっては国際社会へ
の体面を繕うためのものか、あるいは大衆の不満
を和らげるためのガス抜きのようなものでしかな
いのではないかと思えてくる。 -
ミャンマーもタイのように定期的に軍事クーデター
を繰り返す国になってしまうのか。
10年間の民主政治はいわば、NLD独裁だった。
ミャンマーに本当の意味で自由が訪れるのはいつ
のことか。
未来は見えない。しかし、人々は戦い続けるしか
希望のかけらを見いだせないのだろう。
デモは今も続き、死者が出ている。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- olive kenjiさん 2021/05/04 13:29:39
- GW中、難しい旅行記読むのも勉強になる
- ハイペリオンさん 初めまして 私の艦船旅行記にいいね有難うございました。
おそらく、ダリル女王絡みで、私を見つけたのでしょうか。
少しばかり旅行記を読まさせて頂きましたが凄く面白くて、私にとっては初めて目にする異色のノンフィクションタッチの旅行記かと思います。
ミャンマーのデモに同行する旅行記を読むなんて初めてです。
おおよそミャンマーの事柄については知っているつもりでしたが、ハイペリオンさんの知識の豊富さと現地での体験が基になり、改めてミャンマーの問題の複雑さを知ることになりました。
※ミャンマーは女性に優秀な人材が多いように感じる。
※はっきり言って男はダメ。だらしないのが多い。
こんなことは実際に行ってみて分かることですよね。問題の根が深いです。
もう一層、北欧以上型 女性主導権国家の方が手っ取り早いかもしれません。
※軍は大衆の顔を立てておいてちゃぶ台返しをしている。
まったく星一徹みたいな軍がいると、絶望的になります。
今まで読んだ中で一番わかりやすいミャンマー時事問題解説でした。
これからも、よろしくお願いします。
興味ある面白き旅行記発見しましたので、引き続きコメントしまくります。
- ハイペリオンさん からの返信 2021/05/04 23:11:22
- 初めまして
- olive kenjiさん初めまして。コメントありがとうございます。
ダリルさんの旅行記のコメント欄をみて、旅行記を拝見しま
した。彼女とは親しい間柄ですか?
私も、あまりにひどい内容なので、一言書かせていただきま
した。
軍事クーデター直後のFacebookには、ミャンマー国軍の残
虐行為の動画が大量にアップされていたのですが、最近はか
なり少なくなりました。どうやら平定に向かいつつあるよう
です。少数民族武装部隊は今も頑張っているようですが・・・。
日本在住のロヒンギャ族も国連大学前でデモをしたのですが、
ミャンマー人の反応はひどく冷淡で、彼らの姿勢には疑問を
持ちました。
結局、ロヒンギャに対する対応は、国軍もNLDもそれを支
持するミャンマー人も同じ穴のムジナという感じがします。
最近では、反軍政デモにも素直に支持する気持ちが薄れて来
ました。
では、失礼します。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
61