2006/10/06 - 2006/10/09
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SamShinobuさん
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1940年に公開された映画「支那の夜」は、東宝の長谷川一夫と満州映画協会の李香蘭の共演により、その年最大のヒット作品となった。劇中、李香蘭によって歌われた「蘇州夜曲」は日本ポップスの父と呼ばれる服部良一の代表曲となり、また服部本人も一番のお気に入りと言っている。ジャズを出自とする服部の抒情的なメロディは現代でも色あせることなく、多くのミュージシャンにカヴァーされている。
僕はこの「蘇州夜曲」が大好きで、平原綾香やアン・サリーが歌うCDは何度となく繰り返し聴いた。西條八十の甘く切ない歌詞を見てみよう。
君がみ胸に 抱かれて聞くは
夢の船唄 鳥の唄
水の蘇州の 花散る春を
惜しむか柳が すすり泣く
映画の中では、日中戦争下、主役のふたりが水の都・蘇州でつかの間の幸せなひと時を過ごす。寒山寺の鐘が鳴り、「夢ならばいつまでも覚めないように」と祈る李香蘭扮する桂蘭。虎丘のふもとの剣池で二人並んで写真を撮ってもらい、水路沿いを歩きながら歌い出すのがこの「蘇州夜曲」だ。
この映画は日中戦争のプロパガンダ映画だというのが定説になっているが、僕はそう思わない。「マイ・フェア・レディ」の元ネタである「ピグマリオン」は、ロンドンの下町で花を売る粗暴な娘が、言語学者の教授に磨かれて淑女になっていくという話だが、「支那の夜」の原形はこれだと思う。「ピグマリオン」の公開は1938年なので、タイミングも合っている。「支那の夜」はベタなラブロマンスで、アクションやミュージカルの要素もあり、蘇州ロケによる観光映画も兼ねたエンターテイメントてんこ盛りの作品だ。日本人の長谷川一夫が中国人の李香蘭をビンタし、それによってわがまま放題だった彼女が彼を好きになるという描写が問題になり、これは中国支配を意図する国策映画じゃないかと分析された。でも、それって深読みし過ぎじゃない?戦意高揚の国策映画なら、もっとストレートに軍国主義を描いたものがいくらでもある。冒頭、町で助けた薄汚い彼女が彼の家で風呂に入り、垢を落とすと見違えるほどの美人が現れる。製作者はこういう少女漫画みたいなことを、ただやりたかっただけだと思う。わがまま娘がビンタされて、その相手にぽっとなってしまうなんて、まさに少女漫画の世界じゃないか。
花をうかべて 流れる水の
明日のゆくえは 知らねども
こよい映した ふたりの姿
消えてくれるな いつまでも
僕はいつかこの歌を鼻歌交じりに口ずさみながら、蘇州の運河を船で下りたいと思っていた。ある晴れた秋の日、ようやくその思いは叶って遊覧船を貸し切った。鼻歌交じりに口ずさんだかどうかは覚えていないが、間違いなく頭の中に「蘇州夜曲」は流れていた。長閑な時がたゆとう古都蘇州で、船に揺られて過ごした懐かしい思い出だ。
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2006.10.6
成田空港を11時20分に出た日本航空JL619便は、13時30分に上海浦東国際空港に到着。今回のホテルは、新天地に程近い淮海中路の上海香港広場(酒店服務式公寓)だ。 -
まずは上海の裏街歩きから始めよう。
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上海の骨董通り、東台路古玩市場。
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豫園の西側に約1km程続くアンティーク街だ。
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ほとんどガラクタだと思うが、中には掘り出し物もあったりして。
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値段を聞いても、高いのか安いのかすら分からない。なんでも鑑定団の鑑定士を連れてきたい。
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地べたにそのまま置いているのは、どう見ても価値ないよね。
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残念ながら、ここは2015年6月に再開発エリアとしてすっかり取り壊されてしまった。
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路上で麻雀に興じるおじさんたち。それを取り囲むように見ている人の方が多い。
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上海万商花鳥虫交易市場。その名の通り、鳥や虫、小動物などの市場だ。
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歩いて外灘までやって来た。
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フェリー東金線で浦東の金陵東路へ。黄浦江を渡る手段は、タクシー、地下鉄、外灘観光トンネルなどいろいろあるが、フェリーが一番安い。泳げばタダだけど。
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遠ざかる外灘。
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乗船時間は10分もかからない。クルーズ気分を味わう間もなく、あっという間に着いてしまう。
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2006.10.7
上海駅。これから蘇州に向かう。 -
上海駅前
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手荷物検査をして、構内に入る。
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ホームへ。
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車内
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蘇州に到着。確か1時間くらいだったと思う。
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まずは蘇州麺を食べよう。
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拙政園に向かう。
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拙政園は1510年頃造られた個人の庭園だが、その美しさから中国四大庭園のひとつに数えられている。ちなみに他は、北京の頤和園、河北省の避暑山庄、蘇州の留園だ。
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ユネスコの世界遺産にも登録されている。
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蓮が見事だ。
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遠香堂
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拙政園は自然と見事に調和し、建物も自然の一部のように融合している。
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虎丘
呉王の夫差(西施のハニートラップに引っかかって呉を滅ぼした人!)が、父である闔閭(こうりょ)をここに埋葬したら、白い虎が現れて墓を守ったという言い伝えから虎丘と呼ばれている。 -
虎丘の雲岩寺塔
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雲岩寺塔は3.95度傾いていることから、東洋のピサの斜塔と呼ばれている。本家ピサの斜塔は3.99度傾いているというので、本家の勝ち。ちなみにピサの斜塔は1372年に完成したが、雲岩寺塔は959年に建てられたので、古さから言ったらこちらの勝ち。
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雲岩寺塔は前述の「支那の夜」にも登場する。1940年公開なので、いまから80年も前の姿を確認することができるが、全く変わっていない。そりゃ1000年以上の歴史があるのだから、たかだか80年くらいでは何の変化もないのだろう。
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雲岩寺塔の前では、おばちゃんがサンザシの糖葫芦を売っていた。
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さあ、船に乗って、「蘇州夜曲」の世界を堪能しよう。
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船を貸し切り、ゆったりと流れる江南の時間に身を任す。
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髪に飾ろか 接吻(くちづけ)しよか
君が手折りし 桃の花
涙ぐむよな おぼろの月に
鐘が鳴ります 寒山寺 -
いくつもの橋をくぐり船は進む。
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蘇州は東洋のベニスと言われている。
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山塘河沿いにある山東会館門墻。今はこの門だけが残っている。それにしてもかっこいいデザインだなぁ。無造作に洗濯物を干してあるのもいい。
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この川で洗い物や洗濯をする一方、生活排水を流していたりする。
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このような歴史的価値の高い橋が無数にかかっている。
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観光遊覧船とすれ違う。
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いい風景だなぁ。西條八十はこの景色を見ながら歌詞を書いたのだろうか。
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王四酒家
蘇州で一番有名な繁華街である観前街で昼食。誰が呼んだか、蘇州三大レストランのひとつ王四酒家に入る。 -
花茶で一息つこう。
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叫化童鶏(こじき鶏)
鶏を丸ごと蓮の葉で包み、その回りを泥でくるんで豪快に焼いた料理。この店の名物だ。その昔こじきが盗んだ鶏を調理器具がないので、そうやって食べたらしい。それがことのほか美味しかったことから、そんな酷い名前になってしまったが、これが意外と旨い。ワゴンで運ばれたブツは黄土でかためられているので、どう見ても料理には見えない。 -
それを店員が木槌で割ると、中から美味しそうなチキンが現れた。
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店員が食べやすく切ってくれると、いい匂いが立ちのぼってくる。
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松鼠桂魚(桂魚の丸揚げ甘酢あんかけ)
中国の最高級淡水魚で、こちらも蘇州名物料理。魚の身に格子状に切り目を入れるのが職人技らしい。松鼠はリスのこと。この料理がリスに似ているからだそうだが、どこが似ているのかよくわからない。淡水魚だが、全く臭みがなく繊細で上品な味わいだ。 -
小籠包
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酸辣湯
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ごちそうさまでした。
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さあ、上海に戻ろう。
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2006.10.8
龍華寺
今日は上海の名刹を廻ろう。ここは上海最古にして最大の仏教寺院、龍華寺の大牌楼。 -
その正面に建つ龍華塔は、七層八角の宋代の建築だ。
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龍華寺の山門殿。現在の境内の建築は光緒年間に大規模に再建されたものだが、文化財や一部の建築は1966年の文化大革命時に紅衛兵に破壊されてしまい、1978年に新たに再建された。
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天王殿
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参拝料はお線香代込みで10元(150円)。参拝の仕方は日本とは違うので、中国式でやってみよう。お線香に火をつけ両手に捧げ持ったまま、正面、左右、後ろに礼をする。
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鐘楼
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マクドナルドで一休み。
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玉仏寺
あるお坊さんがミャンマーから5体の玉仏を授かり、持ち帰って2体を祀ったので玉仏寺という。1882年に建立され、1918年に現在の安遠路に移された。 -
玉仏寺の大雄宝殿。ご本尊が置かれている本殿。
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若い人でも信心深くお参りしている子が多い。
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仕事がらみで、ジャッキー・チェンの「プロジェクトBB」(宝貝計画)を観る。
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多利川菜館
川菜とは四川料理のこと。今夜の夕食は激辛に挑戦だ。 -
ここは安い割に本格的四川料理を提供している。
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出たー!赤い料理ばかり。
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2006.10.9
留縁面館
南京東路から路地に入った所にあった。よく利用させてもらった町中華屋だ。安くて美味しかったので気に入っていたが、ある時訪ねたら都市開発で路地ごと消滅していた。 -
タウナギの麺。これが絶品だった。
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南京東路
このピンクの看板は、子供用品専門デパートで、当時よくここで子供の土産を買っていた。 -
南京東路
さあ、そろそろチェックアウトして日本に帰ろう。 -
今回は「蘇州夜曲」という僕の好きな歌の舞台を訪れる、いわば聖地巡礼の旅だった。「支那の夜」の蘇州のシーンは雲岩寺塔がよく見える虎丘のふもとが舞台になっている。ここで愛を確かめ合うふたりのバックに「蘇州夜曲」のインストが流れ、ついには桂蘭役の李香蘭がミュージカルの如く歌い出す。しかし幸せな時は長くは続かず、結婚式当日に彼は戦場に発ち、そのまま抗日組織に殺されてしまう。失意のまま桂蘭は思い出の蘇州を訪ね、虎丘のふもとの水辺で再び「蘇州夜曲」を歌う。
ちなみに、録音された歌はどれも
こよい映した ふたりの姿
消えてくれるな いつまでも
と歌っているが、映画の中では
こよい映した→水に映した
と歌われている。想像するに、映画では昼間のシーンなので、「こよい」→「水に」に変えたのかもしれない。そんな小細工必要ないのに。それに、その前に「水の蘇州の」と歌っているので、「水」が被っており、いかにも現場での付け焼き刃感が拭えない。
さて、傷心の彼女は思い詰めて運河を見つめていると、あたかもあの世から彼が呼んでいるような気がする。するとその声がだんだんはっきり聞こえてきて、そこに現れる本物の彼。死んだというのは誤報だったのだ。橋の上で抱き合うふたり。その後ろにもはっきりと雲岩寺塔が映っている。そしてふたりは手こぎ船に乗り、運河を漂う船上のふたりのシルエットで映画は終わる。
ベタベタなラブストーリーで、見ている方が恥ずかしくなるような映画に、当時の日本人は熱狂した。
李香蘭が歌い歩いた蘇州の街を訪れ、その美しいソプラノボイスに想いを馳せた時、僕の心は「支那の夜」が撮影された1940年にタイムスリップしていた。
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