2020/11/17 - 2020/11/18
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ソウルの旅人さん
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瀧原宮は古より「天照大神遥宮」と称され、「伊勢と志摩の境の山中、大神宮西を去る九十里」と云われ、台高山脈の奥深い山中にある。簡単に行くことは出来ないと長年思ってきた。今回はこの宮を見ることを主目的として伊勢に旅行した。ついでに興味ある神社も巡ってきた。
タイトル写真は瀧原宮遠望
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
- 利用旅行会社
- JTB
-
午前6時頃
部屋からの早朝の景色 -
ホテルラウンジから見る朝日
夫婦岩の中央から昇る朝日なら絵になるが、これでは平凡すぎる。 -
ホテルラウンジからの鳥羽湾
今日も快晴 -
朝食メニュー
日頃、朝食はパンに珈琲。同行の連れ合いが強行に和食を主張した。洋食と和食は食事場所が異なるので統一する必要があり、連れ合いの主張が勝った。 -
朝食
特に不味いわけではないが、昨夜の美味しいパンを食べ、珈琲を飲みたかった。 -
清々しい応対のホテルだった。
2日目の出発。 -
すぐ近所に夫婦岩がある。折角なので寄っていく。
幸運にも二見興玉神社のすぐ側にある堤防下の無料駐車場に車を駐めることができた。堤防上からの鳥羽の海。 -
堤防上から見える夫婦岩
こちら側から行くのは初めてなので、珍しい景色に出合った感じがした。 -
海岸縁の岩礁もこうしてみると何やら妙に神々しい。
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堤防を歩いて5分程で二見興玉神社の鳥居に達する。
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鳥居をくぐって右に曲がると見えるのがこの景色。夫婦岩の標準形。
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二見興玉神社
伊勢二見にある神社。昨日の伊勢市内の別宮とは似ても似つかない。伊勢は神宮系統だけではなく、出自の異なる神社も多い。 -
夫婦岩遥拝所
必ず登場する姿だが、少しやり過ぎの感じがするアングルかも。
前回来た時は大風が吹いて波飛沫がここまで届いていた。今日は穏やかな秋日和だった。 -
同じく遥拝所からの夫婦岩。
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周辺の岩礁が写っていない夫婦岩だけの写真。
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雄岩と雌岩が重なるアングル。
通り道なので少しだけ寄っていくつもりが、ついつい長居することになる。
早朝なので観光客が少なく、のんびりゆっくり見ることができた。 -
夫婦岩付近から見た二見興玉神社
海辺の神社である。崖が迫る狭い海際にへばり付くように建っている。 -
再度、興玉神社側から見た夫婦岩の基本形。
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興玉神社の神様である「かえる」とのツーショット。
くどい!! -
帰りかけているときに突然太鼓の音がドドードドーンと響いた。羽織袴の神主と巫女さんが集合してお祀りをしている。暫くじっと見ていた。
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祝詞をあげているが、良く聞こえない。
神社内の朝の行事なのだろう。真剣さが伝わって来た。 -
二見で見たい目的地がある。
興玉神社から車で5分程北にはしり、駐車場に入れる。そこから徒歩10分で、こんもりした森が見えてきた。 -
表示板には「皇大神宮所管社 御塩殿神社」(おしおどのじんじゃ)と書いてある。
文字は明確に読めないまでに摩滅している。 -
立派な説明板
的確にこの神社の機能を解りやすく記載している。 -
神社の鳥居
暗黒の森に閉ざされているように見える。この先に何があるのか? -
参道
写真には明るく写っているが、記憶ではもっと暗かった。 -
森の奥に現れたのはこの神社だった。説明板はない。本殿と思っていたが、御塩殿と呼ばれる製塩施設だった。天照大神に御供えする塩を造る施設とのことである。
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近づいてよく見ると萱葺屋根が殆ど崩壊している。建築物とすれば限界を超えている。萱葺屋根の耐久性は何年なのだろう。
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崩れた萱葺屋根
式年遷宮は20年ごとである。恐らく、伊勢神宮が当初立ち上がった時代(7~8世紀?)では、このような素木の萱葺屋根の建築物の耐久性は20年前後だったのだろう。現在では20年ごとに作り替えるのは短かすぎて奇異だが、20年程度経過すると、神社としての体裁が崩れたゆえに式年遷宮という作り替えの習慣ができたのかもしれない。 -
御塩殿の横に昨日の別宮のミニチユアのような祠があった。何の表示もないが、これが神社本殿だった。
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横に表示板があった。御塩殿も本殿もなんの表示もないのにくらべ、この二つには案内板がある。中心はこちらですと示唆している。伊勢で気が付いたのは正宮以外の重要な場所にはこのような矢印入の案内板があることだった。
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神社の中とは思えない道を進む。
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靴底の模様が残る程細かい砂地である。神社の砂利道ではない。
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鬱蒼とした森から抜けると陽光輝く世界にでる。
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海が見える。
茫洋たる伊勢湾が突然現れる。この変貌には感動。 -
右手には先程の夫婦岩が見え、その奥には鳥羽半島とその周辺の島々が望まれた。
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左に曲がって疎林の中を歩いていくと、少し異様な建築物が見えてきた。
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塩を造る施設である。
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御塩焼所
縄文時代の住居を思い出してしまった。
高濃度の塩水を煮て、粗塩を造る施設だそうである。この造形が大変珍しく、鳥居とのミスマッチには絶妙感があり、飽かずに眺めた。 -
御塩汲入所
高濃度塩水の保管施設。
こちらの造形もユニークで、半分神社といった雰囲気である。伊勢にはこんな姿が現役で残っていることを喜んだ。 -
神宮司庁のパンフレットである「両正宮と遠隔の宮社」地図には内宮外宮と並んでこの御塩殿神社が掲載されている。あまり知名度はないが、この姿は一見の価値あり。
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御塩殿神社の砂道
伊勢で見た神社の中ではこの御塩殿神社が圧倒的に素晴らしかった。二見浦からごく近い。夫婦岩を見た後、お薦めです。 -
二見地区にてもう一社寄ってきた。旅行に行くと、出来うる限り多くの場所を訪問する方針なので、つい寄り道が多くなる。
二見の松下社 -
蘇民将来
伊勢にも蘇民将来があることは知っていた。その蘇民社を見たかった。伊勢神宮系統とは異なるはずであるが、全体に伊勢神宮的様式になっていた。 -
手前の祭神名の左端は「不詳神一社」と書いてある。
名前も分からず、由緒も判らない神をわざわざ記載するのはどうしてだろう。恐らく、忘れ去られた神であってもその祟りを畏れて祀っているのだろう。天照大神の荒魂を別に祀る精神と同一か。 -
隣は道の駅
地元の野菜などを売っている素朴な道の駅だった。昼食はここで買った草餅だった。久しぶりに美味しい蓬餅を食べた。 -
蘇民将来であるから、地元に密着した土着信仰のはずである。道の駅と云う新しい施設の正面入口に蘇民将来が掲げてあることに感激した。
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二見JCTから伊勢二見鳥羽ラインに入ると、そのまま伊勢道に乗ることが出来る。勢和多気JCTより紀勢自動車道に入る。瀧原宮までは一時間足らずで到着する。瀧原宮は「天照大神遥宮」(あまてらすおおみかみとおのみや)と呼ばれ、台高山脈の山奥にあり、極めて行き難いと思っていた。しかし、伊勢道と紀勢自動車が開通し、瀧原宮の近くまで高速道路が通じることになって、最早、不便な場所ではなくなった。30年前の記憶にて、瀧原宮に行く事は余程の覚悟がいると思っていたのに、容易に行くことが出来るようになっていた。
写真は紀勢自動車道の「奥伊勢パーキング」 -
紀勢自動車は地方の高速道路であり、がらがらに空いている。
高速道路ではなんとも呆気ない。伊勢から宮川に沿って地道を走ることも考えたのだが、そうすべきだった。後悔する。 -
紀勢自動道の大宮大台ICで降り、熊野街道(国道42号)を10分程度走ると街道沿いに瀧原宮の大きなパーキングが見えてきた。
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パーキングの前に道の駅「木つつ木館」がある。
山奥と思っていたのに、二見の蘇民将来より規模が大きい。 -
このアングルの景観は瀧原宮を検索しているときに、頻繁に出くわした写真であるから初めて見たとは思えなかった。600㍍の表記が印象的。
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最初の鳥居から数分歩くと瀧原宮の入口に達する。当然初めてであるが、ここも既視感があった。
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由緒書
神社仏閣の由緒はだいたい信用できない。あくまで参考程度に読む。 -
瀧原宮への第一歩を標す。
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高い木々が延々と連なる参道である。
当日は11月とはいえ少し歩くと汗ばむような陽気だった。この森に踏み込むと、冷房が効いた室内に入った時のように、ひんやりして、汗が引いていった。 -
清掃が行き届いた杉林である。整理整頓がきちっと出来ている。妖しげな深い森の姿ではない。
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光が差し込む。
瀧原宮の森は「神社の森の典型」と云われている。ほぼ日本全国の主要な神社の森は見てきたが、確かに瀧原宮の森はカッコ付きの『神社の杜』だった。 -
巨大杉が天を突く。
何百年生きているのかと考えさせる巨大杉が数えきれないほどある。 -
大きな切株が目立つ。
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暫くすると神社らしい橋が現れる。川を渡る。
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社務所ではなく「宿衛屋」とパンフには記載されている。
唯一ここだけに『色』が見られた。ここ以外は闇緑の世界だった。 -
この宿衛屋の横から御手洗場に降りる道がある。
内宮の五十鈴川縁の御手洗場と同じ造りになっている。 -
苔生した年期が入った石畳の道
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頓登川の御手洗場
祓い清めること。あらゆる神社にはお詣りする前に浄める場所がある。 -
頓登川
水は清浄だった。あまり冷たくなかった。 -
宿衛屋から少し行くとパンフには「祓所」と記載された粗末な建屋があった。
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杉の大木の林の中を進む。
下草も刈られており、どこまで行っても整備が行き届いている。杉の大木は確かに凄いが、全体的印象とすれば人工的な雰囲気が漂う。事前に頭の中で膨らんでいた古代を想わせるような「森」とは異なる。 -
瀧原宮に行く前に参考として11月初めに春日原始林へ行って来た。奈良の春日神社の奥にある宏大な林である。
人手がはいっていないから雑然としている。 -
樹木は大きく成長していない。大木は多くない。雑木林の感じである。瀧原宮の参道とは全然違う。
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最奥にある「鶯の滝」
原始林と呼ばれる雰囲気がある。 -
山中にある崩壊した寺院跡。
放置された鳥居がうら寂しい。
瀧原宮参道は『杜』、春日原始林は『森』である。 -
杉林参道を行くこと15分位で瀧原宮が見えてきた。
手前の空き地は昨日何回も見た遷宮地である。狭い山中ではなく、明るく開けた開放感溢れる神社だった。 -
瀧原宮だけではなく、複数の神が祀ってある。そして参拝順序を指定している。伊勢市内でみた別宮と同じ形式である。ここは内宮の別宮なのだから当然といえば当然であろう。
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別宮10
瀧原宮 祭神 天照坐皇大御神御魂
内宮と同じ天照御大神ということである。
鰹木は6本、千木は内削。内宮形式である。 -
月讀宮などの別宮とそっくり同じに見える。
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扉も同じ
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横から見た瀧原宮
別宮の正面左横に大木があったことが印象的。 -
別宮11
瀧原竝宮 祭神 天照坐皇大御神御魂
隣の瀧原宮とまったく同じ祭神である。一字一句変らない。神宮司庁が発行しているパンフレットでは「瀧原宮の御神の荒御魂をまつるか」と断定を避けて、荒魂かもしれないとしている。並んで別々に祀っている理由がはっきりしないようである。 -
瀧原竝宮
祭神だけではなく、建屋の形姿も瀧原宮と全く同じ。 -
若宮神社
別宮ではない。説明書きが面白い。
「瀧原宮の東にあり、瀧原宮の所管社で、古来、ご祭神が詳らかでなく・・・」
祀っている神様がどんな神様かわからないと書いてある。正直ではあるが、正体不明の神を祀る意味はなんだろう。 -
長由介神社(ながゆけじんじゃ)
一番奥にあって、南面せずに西面している。これもパンフ説明が面白い。
「瀧原宮の所管社で、この中には川島神社が同座されています。両者とも古い由緒とされていますが、詳細は不明となっています。」
長由介と云う名前が神名とすれば珍しいが、同時に別の川島も祀られており、どちらも正体不明だと云うのである。神宮司庁のパンフだから間違いは書かないだろう。長い年月のうちに正体不明になった神様は数多いのだろう。 -
長由介神社の扉の隙間から内部を写してみた。
一度祀った神はその由緒が不明になっても祀ることを止めない。蘇民将来社にても書いたが、止めると祟りが恐ろしく、分からないままに祀っておく。これが日本の神様である。 -
遷宮地
左側にあった遷宮地には、伊勢市内と同じく心御柱の覆屋があった。 -
神社のすぐ横に頓登川に降りることができる細道があった。その川原の景観に事前にイメージしていた瀧原宮の姿があった。
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1時間以上も彷徨していただろう。参拝者の数は10人ほどで静寂の中をお詣りできた。ゆっくり歩いて鳥居まで帰ってきた。
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駐車場まで帰ってきた。
長年の夢は叶った。叶ったけれど、想像を膨らませた夢は常に現実に打ち破られる。瀧原宮も特別な『社』ではなく、典型的な神社だった。 -
帰り道はせめて少しでも古代を感じさせる山越えの道を選んだ。
国道422号。この道に入る道標に「宇陀・奈良方面」としてあった。古代の奈良から伊勢に行く山越えの最短コースだったのだろう。
現在も国道ではあるが、すれ違いも困難な細道である。 -
国道422号。
こんな山奥にもかなりの人家があった。 -
台高山脈を横切る道。深い谷川。
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古代人も中世人も奈良から伊勢の間を往還した道。
家に帰ったのは6時頃だった。瀧原宮から3時間30分程度で到着している。予想時間より2時間は早い。伊勢も近くなった。
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