2017/08/31 - 2017/09/04
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tigerさん
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新型コロナウイルスのお陰で、Stay Homeが続いています。そこで、整理していない
昔の旅行を纏める気になりました。(この旅行記はその第10弾)
当時を思い出しながら楽しんで作成しています。 2020.09記)
中東の3Pと言われる3つの遺跡、
ヨルダン・ハシミテ王国の【ペトラ(Petra)遺跡】
イラン・イスラム共和国の【ペルセポリス(Persepolis)遺跡】
シリア・アラブ共和国の【パルミラ(Palmyra)遺跡】 がある。
これらの中で、パルミラ遺跡のバールシャミン神殿はISに爆破されたうえ、
現在シリアには入国さえ叶わない。従って、ヨルダンの「ペトラ」と
イランの「ペルセポリス」には、いつか行ってみたいと思っていました。
旅行会社の案内を見てみると、ヨルダンとイスラエルを巡るツアーがありました。
【パスポート問題】
旅行の思案中、パスポートが2018年5月に切れる、つまり使えるのは2017年11月くらいまで、そして「イラン」と「イスラエル」間、「イラン」と「米国」間のパスポートの
問題に気づきました。
①イスラエルの入国スタンプがあるとイランは入国拒否。(他のイスラム教の国も危ない)
②2011年以降にイランに渡航したことがあると、米国入国にはESTAは使えない。
つまり非移民ビザB1/B2を面倒な書類を作り大使館に赴いて取得しなければいけない。(古いパスポートの間にイランに行こうか?)
①については、別の紙を差し出してそこに入国スタンプを押してもらうなどの話を
友人から聞いたが、行ってみなきゃ分からない。
②については、善良な日本人として、パスポートが新しくなれば「バレない」などとは
やっちゃいけない! 非移民ビザ取得も良い経験。
結局、旧パスポートでイスラエルへ行き、更新パスポートにまず、米国B1/B2ビザの
スタンプをもらい、イランへ行くことにしました。
★今回の旅行では、イスラエル入管はパスポートにスタンプを押さずに小さな紙片を
交付するのみ、我々は出国までなくさないようにすることで済みました。★
旅行記の日程 2017年8月31日(木)~9月10日(土)
【1日目】成田⇒⇒香港
【2日目】香港⇒⇒テルアビブ (午前)ナザレ、カナ観光
(午後)ティベリア観光 (ティベリア泊)
【3日目】ティベリア⇒⇒ヨルダンへ国境超え⇒⇒ ペトラ (ペトラ泊)
【4日目】ペトラ遺跡観光 (ペトラ泊)
【5日目】ワディ・ラム砂漠観光 (ペトラ泊)
★★ここから後編です★★
【6日目】ペトラ⇒⇒ウムアルラサス⇒⇒マダバ⇒⇒死海 (死海泊)
【7日目】死海⇒⇒ベタニア観光⇒⇒イスラエルへ国境越え⇒⇒エルサレム(泊)
【8日目】エルサレム観光 (エルサレム泊)
【9日目】エルサレム⇒⇒テルアビブ空港⇒⇒香港(乗継)
【10日目】香港⇒⇒成田
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
【2日目】9月1日(金)
香港からテルアビブへ、CX-0675便で飛んでいます。
成田ー香港 は B777-300で 4時間、
香港ーテルアビブ は A350-900で 11時間10分のフライト。
香港での乗り継ぎ時間は 3時間ほど。 -
【2日目】07:08 テルアビブ空港
20分程、早く着きました。
テルアビブ空港は、日本赤軍を思い起こします。
-
【旅行記前半5日目までの移動ルート】
主にヨルダンです。 -
【2日目】09:54 「ナザレ」に移動中
9時半ころテルアビブ空港を出発して、キリストが育った「ナザレ」に
向かっています。
日本語ガイドのイリットさんの話では、イスラエルの面積は四国位、
ナイフの刃のような形で、南北に細長い地形です。
農作物は、小麦や野菜など自然の降雨で育つもの(灌漑が出来ない)。
果物は、ザクロ、イチジク、ナツメヤシ、オリーブ。 -
【2日目】10:15 受胎告知教会(ナザレ観光)
同じ敷地に、聖ヨゼフ教会(キリストの養父と言われている)が
ありますが、今となってはどの写真か?分かりません。 -
【2日目】 受胎告知教会(ナザレ観光) アングルを変えて
-
【2日目】 受胎告知教会(ナザレ観光) 内部
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【2日目】 受胎告知教会(ナザレ観光) 内部
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【2日目】 受胎告知教会(ナザレ観光) 内部
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【2日目】 受胎告知教会(ナザレ観光) 少し離れて
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【2日目】 受胎告知教会(ナザレ観光)
一部には、こんな遺跡も残っています。 -
【2日目】10:46 途中で「ザクロ」ジュース・タイム
-
【2日目】12:19 婚礼協会(カナ観光)
-
【2日目】 婚礼協会(カナ観光)
-
【2日目】 婚礼協会(カナ観光)
-
【2日目】12:30 ギリシャ正教協会(カナ観光)
バスに戻る途中にありました。 -
【2日目】12:47
「ナザレ」と「カナ」での観光を終えて、ティベリアへ移動中 -
【2日目】13:04 ガリラヤ湖が見えてきました
向こう側は、ゴラン高原(シリア・アラブ共和国)。 -
【2日目】13:15 パンと魚の奇蹟の教会
イエスは5つのパンと2匹の魚で、5,000人を満腹にしたという
奇蹟に基づいて建てられた。:写真は2匹の魚と左側の台座にパン。
たしか、教会は何の変哲もない建物だったので、写真は無し。 -
【2日目】13:18 山上の垂訓教会
この場所は、イエスキリストが「至福の教え」を行った地と
言われている。「至福の教え教会」が正式名。
-
【2日目】13:22 山上の垂訓教会 内部
-
【2日目】14:20 がラリア湖クルーズ
昔の船を模したクルーズ船でちょっと遊覧航海。 -
【3日目】 9月2日(土)06:01 朝のガラリア湖(ホテルから)
対岸はゴラン高原か?。 -
【3日目】 「ゴラン」という名のホテルでした。
8時過ぎに「ティベリア」のホテルを出発して、国境を越え、
ヨルダンの「ペトラ」へ移動します。 -
【3日目】13:33 9月2日(土)
イスラエル / ヨルダン国境事務所に9時頃到着したが、
Boarder Crossing Fee(35USD)チケットを買うのに2時間も
要した。結局 12:45 に国境を出発し、ペトラを目指します。 -
【3日目】 ⇒⇒ペトラ
国境を越えたところで、ヨルダン側のバスに乗り移ると、
ツーリスト・ポリスの「ユソー」さん、が乗り込んできました。
制服姿で拳銃所持。
ヨルダンは、人口600万人、面積は日本の1/4で、
国土の約80%が砂漠。 -
【3日目】13:51
ナツメヤシの若木のように見えます。 -
【3日目】14:02
イスラエルとの国境近くに沿って、南下してペトラを目指しますが、
まだ昼食を取っていません。 -
【3日目】14:27
点々と見えるのはヒツジのようです。草があるのでしょうか?
街を出ると、渇き切った、荒涼とした景色が続きます。 -
【3日目】14:31 ネポ山中腹のレストランへ
国境で手間取ったため、昼食場所を変更してネポ山の中腹の
レストランへ向かっています。
左手上に、後日訪れる「死海」がかすかに見えています。 -
【3日目】16:27
昼食後、ひたすら、ペトラを目指して南下しました。
点々とあるのはヒツジかも知れません。 -
【3日目】16:42
ヒツジを売るお店のようです。
今は、メッカ詣での季節でヒツジの需要が多いらしい。 -
【3日目】17:25 ラクダの群れ
-
【3日目】18:15
周りは、土漠が広がるだけの一本道を進んでいます。
国境越えに思った以上に時間がかかり、19時ころにペトラの
ホテル「PETRA PANORAMA HOTEL」に到着しました。
-
【4日目】9月3日(日)06:32 ホテル中庭テラスから
ホテルは高いところに位置していて、遺跡のある谷の方には
雲海が見られます。
-
【4日目】06:36 ホテル中庭テラスから
-
【4日目】 ホテル中庭テラスから客室を見る
-
【4日目】09:08 ペトラ遺跡へ
9時にホテルを出発し、谷へ下ってペトラ遺跡へ向かいます。
ペトラは紀元前1世紀以降には、乳香、香辛料などの隊商交易で富を
得た「ナバティア王国」の首都として発展。
ローマ帝国に併合された後も、繁栄を続けましたが、363年に発生した
大地震で壊滅的な被害を受けた。同時に繁栄を支えた隊商交易路(陸路)
が別のルート(海上)に変わったために没落し、7世紀中頃には大半が
廃墟となり、地元のベドゥイン族以外には忘れさられた。
1812年、スイスの探検家が再発見。 -
【4日目】 09:19
すぐに遺跡の駐車場に着きました。
新しい博物館ができるようです。日本が援助しています。
遺跡の入り口にある、既存の博物館も日本の援助でした。 -
【4日目】09:52 ペトラ遺跡
入場してから、少し歩きます。(15分位)
左側は、観光客が馬に乗って移動する道になっています。 -
【4日目】10:03 シーク入口(ペトラ遺跡)
ここから長さ1km程の、高さ80mの絶壁の狭い通路を通ります。 -
【4日目】10:06 シーク(ペトラ遺跡)
-
【4日目】10:07 シーク(ペトラ遺跡)
左側の溝の部分は、水路の跡。 -
【4日目】10:15 シーク(ペトラ遺跡)
-
【4日目】10:20 シーク(ペトラ遺跡)
-
【4日目】10:40 シーク(ペトラ遺跡)
壁に何か彫られています。水路の脇にはラクダの像などと
思われる痕跡も見られました。 -
【4日目】10:50 シーク(ペトラ遺跡)
-
【4日目】10:52 シーク(ペトラ遺跡)
もうすぐ、シークの出口です。 -
【4日目】 10:54 エルハズネ(ペトラ遺跡)
1km程シークを歩くと、エルハズネ(宝物殿)が現れました。 -
【4日目】10:56 エルハズネ(ペトラ遺跡)
ペトラは約 2,000年前 ナバティア人が作った国際都市で、香辛料、
香料、繊維などの隊商交易で栄えていた。
その後ローマ帝国がペトラを支配したこともあり、ギリシャ・ローマ
様式とアラブの文化が入り混じった様式になっている。 -
【4日目】11:07 エルハズネ(ペトラ遺跡)
映画「インディージョーンズ 最後の聖戦」のロケ地。 -
【4日目】11:18 エルハズネ(ペトラ遺跡)
昔の衣装をまとった警官です。 -
【4日目】11:23 (ペトラ遺跡)
エルハズネの右側から遺跡の奥へ進みます。 -
【4日目】11:28 サンドボトル(ペトラ遺跡)
ビンの中に色付きの細かい砂を入れて、ラクダ等の模様や文字を
自在に作っていく実演をやっていました。名前など注文すれば
帰りによると完成していました。 -
【4日目】11:40 観光ラクダ(ペトラ遺跡)
-
【4日目】11:56 (ペトラ遺跡)
穴は全てお墓。 -
【4日目】12:01 ローマ劇場(ペトラ遺跡)
4,000人収容の劇場遺跡。 -
【4日目】12:12 王家の墓(ペトラ遺跡)
山の穴は、全てお墓(岩窟墓)。 日陰の全くない遺跡を進みます。 -
【4日目】12:22 列柱道路、左手に大神殿(ペトラ遺跡)
この辺りは当時のペトラの町で一番のショッピングストリート。
この先の方の右手に、遺跡でただ一つのレストランが有ります。
昼食後、山の上にある「エド・ディル」遺跡へ向かう予定です。 -
【4日目】14:14 (ペトラ遺跡)
昼食後、約950段あると言われる石段を登り、修道院だった
「エド・ディル」へ。 -
【4日目】14:14 「エド・ディル(修道院)」(ペトラ遺跡)
内部には、ベンチや祭壇があり、宗教的な集まりに使われていた。
(2世紀初頭に建設)
後にキリスト教の礼拝堂として再利用されたため、「修道院」と
呼ばれている。
石段を上って来るのに、約1時間かかりました。
登って来る価値がありました。 -
【4日目】14:14 Vest View(ペトラ遺跡)
「エド・ディル」に在った休憩場所から10~15分程で
Vest Viewがあるというので、来ました。 -
【4日目】14:14 Vest View(ペトラ遺跡)
岩山しか見えませんでした。苦労の甲斐なし。 -
【4日目】14:14 「エド・ディル」(ペトラ遺跡)
Vest Viewから少し降りてきました。右手にある休憩場所で
休んでから山を下ります。 -
【4日目】15:44 (ペトラ遺跡)
ここを下ります。(40分かかりました) -
【4日目】16:30(ペトラ遺跡)
「エルハズネ」への方へ戻ります。
-
【4日目】17:06 「エルハズネ」(ペトラ遺跡)
もう一度、「エルハズネ」を見て、今日の観光は終了。 -
【4日目】17:10 「シーク」(ペトラ遺跡)
戻っています。
-
【4日目】17:16 「シーク」(ペトラ遺跡)
もうすぐ、シークの出口です。
今日の観光は、終了。日陰となるところが無く、暑い1日でした。
ホテルには、18:20着。 -
【5日目】9月4日(月)09:09 ペトラの町
今日は、ワディ・ラム砂漠の観光。 -
【ペトラから「ワディ・ラム砂漠」への移動ルート】
-
【5日目】09:14
ペトラのホテルを9時に出発し、標高を稼ぎ1,700m位の山頂付近を
走る田舎道を南に走ります。 -
【5日目】10:32 国王ハイウェイ
途中から国王ハイウェイに入り、南下します。時々町が現れます。 -
【5日目】10:59 ワディ・ラム砂漠 ビジターセンター
-
【5日目】11:08 正面の岩山に名前が付いていましたが、、、
-
【5日目】11:12
この車で、ワディ・ラム砂漠を走ります。右前は添乗員さん。
この地は、「アラビアのロレンス」、「スター・ウオーズ」などの
多くの映画の撮影ロケ地になりました。 -
【5日目】11:26 「ワディ・ラム砂漠」
小高い丘に登りました。細かな砂上を歩くので、大変です。 -
【5日目】11:28 「ワディ・ラム砂漠」
少し、見晴らしの良いところへ登りました。
もっと南に行くと、「アラビアのロレンス」が本当に暴れた
砂漠地帯に。 -
【5日目】11:51 「ワディ・ラム砂漠」
ガイドさん、ラクダに乗った絵。 -
【5日目】12:01 「ワディ・ラム砂漠」
こんな感じで移動です。 -
【5日目】12:03 「ワディ・ラム砂漠」
4,000年前の壁画が残っています。 -
【5日目】12:11 「ワディ・ラム砂漠」
岩陰のテント張り風の休憩場所で、お茶を頂きました。 -
【5日目】12:44 「ワディ・ラム砂漠」
-
【5日目】12:49 「ワディ・ラム砂漠」
ワディ・ラムには、地下水が豊かで、水をパイプラインで
首都アンマンへ送っているそうです。
ワディは、涸れ川のこと。 -
【5日目】12:53 昼食レストラン
-
【5日目】12:53 昼食レストラン
炊きあがったライスが美味しかった。 -
【5日目】14:22
昼食後砂漠を出て、ペトラへ帰ります。 -
【5日目】14:30 移動中
-
【5日目】14:32 国王ハイウエイ
北へ走り、ペトラのホテルに戻ります。 -
【ヨルダン国内でサポートしてくれた人達】左から
ツーリスト・ポリス:ユソーさん
現地ガイド: ワエブさん
ドライバー: ムハンマドさん -
【5日目】18:53 ホテルからの夕日」
明日は3泊したペトラから、遺跡観光しながら死海へ向かいます。
ご覧いただき有難うございました。
続きは、旅行記 後編へ。
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