1969/03/09 - 1969/04/03
178位(同エリア580件中)
こめつきさん
貧乏学生の私が 列車で京都から鹿児島へ。 沖縄の島伝いに船で基隆へ。
1ヶ月近くの 環島は 予約もなしの行き当たりばったり。
やさしい台湾の人々の親切に感激しながらの 旅が続きます。
-
台中駅
日本語の上手な、荷物預かり所のおじさんが親切に安宿を紹介してくれました。
バス停で バスを待っていると お金持ちらしい格好の婦人が 私に近寄ってきて
「息子にあなたの着ている服を着せたい。日本で買った金額で 買い取るから売ってほしい。」
と言ってきました。
そのとき、私は当時 学生の間ではやっていた 「VAN」や「JUN]の服を着て びしっとキメていたのです。
でもお金はほしいのは 山々ですが 今ここで服を売れば 裸になってしまうのは困ります。で・・・丁寧にお断りしました。 -
台南駅。
駅前はまだ未舗装のようです。
三月というのに 暑くて死にそうで、半そでTシャツに短パン、サンダル履きで 真っ黒に日焼して 台南の街をほっつき歩いていた時の事です。
台南駅から 15人ぐらいの日本人の団体が ガイドが持つ旗の下、きっちり列を作って出てきました。
男性はスーツ、女性はこのくそ暑いのに 和服を着ています。
私は 久し振りに日本人に出会ったので うれしくなり つい話しかけてしまいました。
「どちらから こられましたか?」
勿論,完璧な日本語で。
ところが返ってきた返事は・・・
「Osaka,Japan!。」
んんん?
私は自分の耳を疑いましたが、すぐに事情を悟りました。
私の格好・・・まさに現地の人です。 -
台南市 安平にやってきました。
ここはオランダ人が 築いたという「ゼーランジャ城」。
赤レンガの塔や 階段が 良い感じの雰囲気を出しています。
今も このレンガの塔は 残っているのでしょうか?
台南は 台湾の京都といわれるだけあって 見所の多い町でした。 -
高雄駅
小さな天守閣を 頭の載せたような かわいい駅でした。
駅前に 停まっているタクシーは 日産の援助を受けた 「ブルーバード」 -
花蓮駅
乳母車を改造したような 小さな屋台が 集まっています。
基本、安宿と 屋台の食事なので 味はいいのですが 1番困ったのは
衛生状態が イマイチなことです。
例えば、「はし」。
食べるほうと 持つほうが おなじ太さで 食べにくい上に、はし全体が
脂ぎっていて ぎとぎと。
しかも、バケツの水で ちょこちょことすすぐだけで 日光で乾かしているのですが そのはしに はえが びっしりととまっているのです。
日本から 割り箸を持ってくればよかったと 何度も後悔しました。
私が その後 海外にいくたびに 「マイはし」を 持って行くのは
このときの 「トラウマ」によるものです。 -
彰化駅
有名な 大仏を見に行きました。
暑い中を 歩いて歩いて 汗だくになりながらの 見学です。
ここの駅前で食べた 「チャーハン」は とても美味でした。
とにかく メニューが無いので 筆談で 知ってる食べ物は
チャーハンと 焼飯のみ。
いつもおなじメニューで あとバナナや みかんで腹を満たし、
最後には バナナの顔をみるのも 嫌なほどでした。 -
台東駅
駅前は がら~んとして みんな昼寝タイムのようでした。
ここから 知本温泉に行き 今回の旅で 忘れられない出会いが ありました。
知本温泉は 「馬蘭村」といって パイワン族が多く住む村ですが
前に紹介した オリンピック選手の 「楊伝広」さんの 出身地でもあります。
今夜は どこに泊まろうか?・・・と ウロウロしていたら 30歳ぐらいの
お兄さんが 声をかけてきた。
「日本人?僕は 紅葉荘大飯店で 会計係をしている 勝男だ。」
きれいな日本語です。
「父が 日本が大好きで 僕の名前も カツオ。」
「日本語は 父から習ったし、小学校までは 日本語での授業だった。」
うさんくさい「客引き」か?
でも彼は 昼食を おごってくれて、紅葉荘大飯店の おかみさんに
宿代を 安くしてくれるよう 頼んでくれたのだ。
おかみさんは、双子の息子さんが 今、台北の大学に行ってるからと
私にとても親切にしてくれて、1泊2食の 宿代を ただにしてくれました。
もちろん、部屋には 温泉もついていて 最高でした。
カツオさんは
「もう1泊 泊まって行け」と 強く勧めてくれましたが
予定があるのでと 断りました。
すると 自分の名刺の裏に 故郷の 彰化市郊外の 村の住所を書いてくれて
「今度 台湾に来たら ぜひ故郷に 訪ねてきてほしい。」
京都に帰った 私は 勉強を続け、卒業し、就職し、結婚・共働きの子育て・・・と 忙しい毎日を過ごし、やっと45年後に カツオさんの 故郷を訪ねました。
名刺の裏に書かれた 故郷の住所を尋ねると 息子さん夫婦が住んでおられて
私を 案内してくれたのは 自宅の敷地内にある 「霊廟」でした。
カツオさんは 亡くなられていたのです。
45年は いかにも長すぎたのです。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
その他の都市(台湾) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
7