キルギス旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 サマルカンド~コーカンド~リシタン~オシュ~ビシュケク~アルマティ<br />8/30金<br /> 管理人に、タシケント南駅までタクシーを依頼していたら昨日の運転手だった。30000スム×2台。余り安くなかった。8:07発アンディジャン行。ビジネスクラス20$。ソ連時代はタジキスタンを経由していたが、関係悪化のため、ウズベキスタン内を通るルートを建設した曰く付き路線。こちらの列車は、お茶サービスがあった。しかし車内販売は皆無。向かい席のおばちゃんが、歓待してくれ、お茶、パン、ケーキ。飴玉と次から次と手荷物から取り出し、私に食べろという(身振りで)。遠慮なく頂戴。<br /> 車窓は平地から山岳に入り、トンネルなのにカーテンを降ろされ、19kmのカムチックトンネルに。トンネル内を見せないため、核兵器が隠されているという噂。抜けた所に小さな駅が。人気が無いからここも軍事駅らしい。<br />山を下り、ポプラ並木が目立ち。米作(陸稲?)が見られ、30分遅れでコーカンド着。ガニシェル校長と生徒が迎えてくれた。昼食を共にし、2台に分乗して30km先のリシタンに。スイカ、メロン、カボチャが道路脇に直売。どれも大きい。<br />14:30NORIKO学級に到着。1階がTEATHERS ROOMや管理室。2階が4教室。日本人のボランティアの女性が世話してくれた。TEATHERS ROOMを1部屋使わせて貰う。4畳半程度にベッドと机、テーブル。シャワー室兼トイレは、隣室と共同。<br />宿泊代(3食付き)1泊30$払い、日本製のチョークや団員から預かった物を土産として渡し、2階へ。<br />歓迎のダンスと称して、女の子2名が「おどるポンポコリン」ピーヒャラダンスを踊ってくれた。自主的に披露してくれたようだ。その後、授業を見ようと中に入ると、教師席に座れという。一人教師役?担当か、日本語堪能な生徒と初心者3名。Kさんが自己紹介。そして生徒も自己紹介。ひらがなで黒板に全員名前が書けた。続いて私の自己紹介。教師役の生徒が通訳係を務めて、他の生徒に伝える。他の生徒が頷いたり、質問したり。途中、1人の生徒が立ち上がり、「デテイッテ イイデスカ」と発言。理解できないで居ると、通訳君が、「出て行っていいですか、と言っています」と。後で他の方の情報で、授業がつまらないと思ったら、断って出ていくようだ。<br />下校が4時で、間もなく終了。しかし何人か残り、中央ホールで自主的に勉強や日本人と会話していた。<br />18時、ガニシェル校長の車で自宅に。広い中庭にゲストルームも。散歩を兼ねながらモスクの地下拝殿を案内してくれた。道々、「家の外に出ている果物は、誰が取って食べても良い」「校長の給料はゼロ」「貧しい子も多いから無料で学ばせたい」と。ロシアで働いている人が多いらしい。どの家も果物が植えられている。ブドウ、ザクロ、カリン、・・。<br />19:30中庭で夕食に。日本からの大学生2人、20代の社会人、シニアの男性がボランティアで活動していた。一緒に会食。<br />21:00NORIKO学級に車で送ってもらう。すると2名の生徒が待っていて、社会人がテキストを主に、日本語を教え始めた。日本に行くことが決まっていて、学級に泊り込んでアルバイトなどしながら学んでいるとのこと。「~したほうがよい」の使い方など高度。23時までやっていたが、私は途中で退室。<br /><br />8/31土<br /> 7:25校長の迎えで、自宅で朝食。<br /> 8:30学級に戻る。<br />9時から授業開始。元公務員氏、ウクレレを弾きながら歌を指導。教師経験はなさそうだが頑張っていた。同行のAさんも初級コースで、口手足鼻など漢字と読みを教えていた。むろじょん君、張り切って手を挙げていた。午後もやる気満々。9月3日から学校が始まるようだ。<br />12時。校長宅で昼食。<br />13時半。校長ともう1台の車で国境に送ってもらう。150km。道は良かった。<br />16:00到着。(キルギス時間17:00) 校長から、「前日コーカンドまで送迎してくれた生徒に、少しお礼をして頂ければ」と話があった。20万スム渡したが、少なかったかもしれない。<br />ウズベキスタンは、宿の滞在証明書が必要、と言われ毎回発行してもらい、保管していた。しかし何ら確認されず出国。形骸化しているようだ。少し歩いて入国事務所に。並んで待っていると、キルギス人らしいおばさんが先頭に割り込んできた。他の人は非難しない。スムからソムに両替。<br />オシュ行きを探す。住所と宿の名前を確認し、6人乗り400ソムで交渉成立したが、途中で迷う。やっと到着したら100ソム追加して、と言われる。情けで50ソム追加。ユアー ミステイクと説明。<br /><br />宿情報<br /> LOVELY HOME FOR YOU<br />女将さん、息子、お手伝いさんとも英語OK。<br />道路から少し入っていて、暗いが、静か。<br />ドミトリー7人で2泊100$。朝食別。<br />中庭が広く、実っているブドウを食べさせて頂いた。<br />ドミトリー用シャワー・トイレ室は1つ。<br /><br />9/1日<br /> 6:00。皆でバザールに。まだ早く殆ど開いていない。8時頃かららしい。ミニバスなどのたまり場に行き、明日の予約の確認。ビシュケクまで7人乗り9000ソムが相場らしい。宿の人もそう言っていた。一旦解散し、私ら2名は朝食を注文していたので、宿に戻る。途中も呼び込みが声をかけてきた。試しに交渉すると、8000ソムまで下げた。商談成立。他の仲間にはラインで連絡。<br />宿の場所が分からないようなので、案内しますと乗車して宿に。すると乗せてきたから100ソム要求される。宿の女将さんに通訳してもらい了解。言葉が通じないのでこのトラブルがこの後も続いた。<br />午後、広々したレストランで昼食。大学やシルクロード博物館など訪問。外観のみ。一旦宿に戻り、またバザールに。大賑わいで、桃、トマトなど購入<br /><br />9/2月<br /> 今日は610kmの移動。<br /> 6時発だが10分前にミニバスが来た。ここでもトラブル。8000ソムをドル払いで了解していたと思っていたが、ソム払いオンリー。急遽、皆からソムを集め、宿までの迎え代100ソム追加。もう一人乗せたいと言い出したが、拒否。マスターが間に入り助かった。ガソリン代を前払いして、という要求にもマスターが4000ソムを1000ずつ確認して渡し、残りは現地でと言い聞かした。<br />ガソリンは&#8467;40円くらいか。しかしそれも仕事が入らないと給油できないようだ。道は、ほぼ舗装されていたが、工事中で砂利道も適度に。直線は100km/h超で飛ばす。<br />8:30やっとトイレ休憩。しかし急ぎたいらしく買い物ダメ。<br />9:30ナリン湖が現れた。ダム湖?<br />10:30いろは坂のように坂を上りはじめ、その後下りだした。<br />11:00大きな湖。トリトグリスコエ?<br />11:30湖を左に見て快調に飛ばしていたら、パンク。左前輪だったから右車線から対向車線を横切り路肩まで流された。対向車がなく、幸い。20分ほどでスペアと交換。小さいスペアだから、速度は70km台にダウン。20分ほど走り、小さい町の修理工場で古タイヤを付け替えて貰った。再び100km/h超に。<br />13:20行きつけらしいレストランで昼食。よく分からないので注文は、全員チキンスープ。大きい器に鳥半身とじゃがいもが入り、238ソム(350円)。十分腹に応えた。<br />14:10出発。15分後、何か違反したらしく警官が赤色の誘導棒を出して、停まれの合図。素直に書類を持って降りて行った。多分罰金。道路脇では、はちみつの直売が。延々と続く。ゲルが見えて来た。<br />15:40少し商店らしい場所で停止。運転手のタバコ休憩だった。これから延々と坂を登り始めた。ヘアピンカーブの連続。一気に2千mくらい登ったようだ。遂にトンネルがあり、抜けると山の上。再び延々と下り。降りると平原がビシュケクまで続いていた。<br />19:00西バスターミナル到着。タクシーで宿へ。<br /><br />宿情報<br />SAKURA GUESTHOUSE<br />ご主人が日本人。奥様も日本語OK<br />1泊ドミトリー8$(朝食なし)平ベッド。<br />20年ほど経過するが掃除がされて、中庭が広い。<br />立地良い。ATMも近い。<br />トイレ、シャワー室沢山ある。<br /><br />9/3火<br /> 6:00散歩を兼ねてバスターミナルを確認しよう門を出たら、仲間に見つかり3名で。昨日、100$札を宿代で支払ったが、「古いので銀行で撥ねられたら交換して」と言われていた。万一の為、ATMで100$下し、バスターミナルに向かう。途中道を尋ねると10分という。10分以上歩いたが無く、ロシア正教会があったので、見学。キルギスはロシア正教が多いらしい。ここで尋ねると再び10分。結局1時間かかった。大型バスは無かった。14人乗りのマルシェルートカ。続いて近くのオシュバザールへ。歩き出したがヒッチハイクしようとIさんが提案。満面の笑顔ですぐ停めてしまった。暑いから歩きはつらい。助かった。<br />バザールは雑貨類が多く、生鮮食品は少ない。土産になりそうなドライ杏やアーモンドを購入。帰路は、バスで。10ソムくらい。<br />昼、朝散策に行けなかったKさんとアラメディアン・バザールへ。トロリーバスで8ソム。安くてルートさえ分かれば、便利な乗り物。ここは食料品がメイン。<br />大きな会社か? 同じ大きな容器に入った3種類の飲み物を路上で売っていた。10~12ソム。ヨーグルト的味、薬草的味。旨いとも言えないが冷えていて地元の人が飲んでいる。全て試飲。<br />大きなコップ入りヨーグルトは酸味十分、正統派の味。10ソム。夕刻、一人で独立広場観光。火を絶やさず、花壇で飾られ国として大切にしていることが分かる<br /><br />9/4水<br /> 今日はカザフスタンのアルマティ255kmの移動。<br /> 6時。近くのガソリンスタンド併設のコンビニ?の店に。日本より通路が広く、棚も低い。テーブル・イスがあり、利用しやすい。コーヒマシーンで淹れ立てが飲める。ハンバーガー2個とコーヒーで260ソム。<br />7:20迎えのタクシーで西ターミナルに。2台で300ソム。<br />7:20発予定のバスが出発したばかりか、空車で前の席を確保。400ソム。ところがなかなか人が集まらず、出発は9:05。<br />国境までは40分ほど。隣席の黒人的なお姉さんが色々教えてくれた。各自で手続き。荷物を引っ張って出国審査場へ。簡単に通過。200mほど歩き、入国審査場へ。途中小さい川がありここが国境か。<br />入国カードを渡されたが、小さい字で読めない。名前と目的、宿名、パスポート番号、サインのみ記入して、指摘されたら書き加えるつもりで並ぶ。旧ソ連圏はICカードが普及しているようで、スイスイ。出国してトイレを済ましたら1時間経過していた。運転手や隣席のお姉さんに急げと言われ。しかし入国カードは殆ど見ていない。空欄ばかりか、宿名の所に日本の住所を書いた人もお咎め無し。<br />カザフスタンに入り、道路が広く、快適に。平原だが乾燥していて、馬や牛の放牧くらいしか利用されていない。<br />12:40やっと民家が見えて来た。アルマティの街に。<br />13;20ターミナル着。ATMでテンゲを降ろしたが、余り確認もせずボタンを押したので、200$以上も。以後、同行者に$や円で両替をしてもらう両替商と化した。<br />ガイドブックでは、街の中心まで30分と書かれていたが、空いていたのか20分でホテル着。街中は料金に見合った宿が少ないと言われたが、色々な都合で、街中の4つ星に予約。<br /><br />宿情報<br /> HOTEL UYUTO<br />立地は便利。<br />ツイン1泊約63$<br />スタッフは英語対応可。やや緩慢。<br />部屋設備等良い<br />朝食バイキング、品数は豊富だが。<br />空港まで4000テンゲで送迎。<br /><br />明後日のツアーを調べるため、旅行会社を探しうろうろ。マップに載っている場所に無かったり、ホテル内の会社を訪ねたら移転していたり。結局ホテルで依頼することに。帰路途中、ファミリーレストランと書かれていたので入ると、イタリアレストランで、ここで昼食兼夕食。<br /><br />9/5木<br />7:00朝食。<br />10:00Kさんと近くの散策に。他の快速組もどこかに。アルマティは歩道に樹木が茂り、日陰を作っているので歩きやすい。きれいに整備、清掃されている。ゼンコフ正教教会、民族楽器博物館、28人のパンフィロフ戦士公園と観光。ここも火が絶やされず燃えていた。次に中央バザールに。<br />フルーツを試食して歩く。Kさんがザクロジュースを買ったので、試飲したがどうもダメ。リンゴの産地らしく安かった。黒いすももを購入。500g1000テンゲ。<br />ホテルに戻ると韓国のシニア女性がいた。ハングル語堪能なKさんと意気投合。一緒に土産を買いに行くことに。MEGAショッピングセンター。<br />外資系の服飾やコーヒー店が入り、東京並み。チョコも産地というので、チョコを数種。それにワイン。どの国もワインは1本150円~200円程度で手に入る。<br />夕食はホテルのレストランで。<br />19:30私たちの部屋で、反省会。明日、ツアーに同行したいという韓国シニアさんも途中加わり、反省会はどこかに。<br /><br />9/6金<br />この日も言葉の行き違いが。<br />6名で申し込んでいたが、席が7あるので韓国シニアさんを乗せ、我々個人の負担金が軽減できると思っていた。<br />定刻に三菱デリカ(4駆)が着いていたが、なかなか出発せず、本社と電話のやりとり。結論は1名追加料金発生。出発してすぐ、若い女の子が乗車。ただで途中まで乗せるのかと思ったら、英語ガイドだった。この話も聞いていなかった。しかし韓国シニアさんが英語堪能で通訳→韓国シニアさん→Kさん→我々の順で伝言でき、会話が成立して助かった。 <br /> 今日のツアーは、&#9992;が深夜便なので、12時のチェックアウト後を有効に使おうという目的。仲間に一任したら、全員で岩絵を見に行きたいと話が進み大賛成。最終日は、出来ればバラバラだと気が休まらない。途中、行先が違うとなったが、兎に角進もうと。舗装道路から、未舗装道路に。天井に頭をぶつけそうなジャンプを繰り返した。それで4駆を用意したのだった。一本道の悪路を20分、タムバル・タスだった。イリ川沿い。ブッダを描いたもの。これはこれで価値あったが。しかし皆、消化不良で追加料金を払い、タムガリに行こうと。3時間と聞き不安がよぎる。街近くまで戻り、タルガブに16時。ここから右に入るとずっと平原の一本道。牛が横切るたびにスピードダウン。運転手は頑張り、70km間を1時間で走り、17:00タムガリ到着。<br />仲間と通訳はすぐ観光に。私は帰着後の会計が心配だったので、支払いをすることに。案の定、食い違いがあった。理解できなかったので、運転手が紙に書き説明し、漸く理解。<br />我々が通訳を介しての理解は、最初45000テンゲ。追加料金85$。しかし彼の説明は、初めの契約は45タウザント(45.000)テンゲ。しかし追加料金を払うので総額で85タウザント(85.000)テンゲ。我々は$払いOKと理解して、$が頭から離れなかったが、彼はあくまでテンゲだった。皆から集めた$とテンゲまぜこぜで、足りるか心配だったが、偶然足りた。<br />運転手が、管理事務所に誘うので同行すると、自分の昼食用サンドイッチをくれ、管理員にチャを依頼し、ご馳走になった。事務所は4.5畳ほど。向かい合わせにベッド2台。イス代わり。間に小さいテーブル。ソーラー発電で灯りを点けていた。荒野の中で、一人で24時間交代勤務なのだろう。<br />17:30仲間が戻り、帰路に。再び運転手が本道に出て混雑する中を、左車線から一気に中央を超え右車線に移動したり、隙を狙ってどんどん進み、160kmを2時間10分で戻った。ゆっくり空港に向かえた。<br />アルマティ空港は、小さい。ゲートは10以下。<br />23:10定刻発。ICN乗り換え、成田は定刻通り。名古屋便はキャンセル等あり、帰宅まで時間がかかったとのこと。<br /><br />まとめ<br />〇ウズベキスタンは、シルクロードで栄え、石油など資源も豊富でプライドがあるようだ。キルギス行っても、何もないよ。カザフも何もないよ、と聞かされた。周辺国からすると「我々は皆と仲良くやっているが、ウズベキだけが・・」と。<br />〇三国とも、旅行者を歓待してくれていた。<br />〇車のスピードは出すが、歩行者優先は徹底している。歩行者が見えると急停車する。<br />〇三国とも物価が安いのは嬉しい。この時期は果物も美味しく、安い。1年分の果物を食した。ワインも1本150円程度から。<br /><br />

中央アジアシニア相部屋の旅③

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2019/08/23 - 2019/09/07

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大月さん

 サマルカンド~コーカンド~リシタン~オシュ~ビシュケク~アルマティ
8/30金
 管理人に、タシケント南駅までタクシーを依頼していたら昨日の運転手だった。30000スム×2台。余り安くなかった。8:07発アンディジャン行。ビジネスクラス20$。ソ連時代はタジキスタンを経由していたが、関係悪化のため、ウズベキスタン内を通るルートを建設した曰く付き路線。こちらの列車は、お茶サービスがあった。しかし車内販売は皆無。向かい席のおばちゃんが、歓待してくれ、お茶、パン、ケーキ。飴玉と次から次と手荷物から取り出し、私に食べろという(身振りで)。遠慮なく頂戴。
 車窓は平地から山岳に入り、トンネルなのにカーテンを降ろされ、19kmのカムチックトンネルに。トンネル内を見せないため、核兵器が隠されているという噂。抜けた所に小さな駅が。人気が無いからここも軍事駅らしい。
山を下り、ポプラ並木が目立ち。米作(陸稲?)が見られ、30分遅れでコーカンド着。ガニシェル校長と生徒が迎えてくれた。昼食を共にし、2台に分乗して30km先のリシタンに。スイカ、メロン、カボチャが道路脇に直売。どれも大きい。
14:30NORIKO学級に到着。1階がTEATHERS ROOMや管理室。2階が4教室。日本人のボランティアの女性が世話してくれた。TEATHERS ROOMを1部屋使わせて貰う。4畳半程度にベッドと机、テーブル。シャワー室兼トイレは、隣室と共同。
宿泊代(3食付き)1泊30$払い、日本製のチョークや団員から預かった物を土産として渡し、2階へ。
歓迎のダンスと称して、女の子2名が「おどるポンポコリン」ピーヒャラダンスを踊ってくれた。自主的に披露してくれたようだ。その後、授業を見ようと中に入ると、教師席に座れという。一人教師役?担当か、日本語堪能な生徒と初心者3名。Kさんが自己紹介。そして生徒も自己紹介。ひらがなで黒板に全員名前が書けた。続いて私の自己紹介。教師役の生徒が通訳係を務めて、他の生徒に伝える。他の生徒が頷いたり、質問したり。途中、1人の生徒が立ち上がり、「デテイッテ イイデスカ」と発言。理解できないで居ると、通訳君が、「出て行っていいですか、と言っています」と。後で他の方の情報で、授業がつまらないと思ったら、断って出ていくようだ。
下校が4時で、間もなく終了。しかし何人か残り、中央ホールで自主的に勉強や日本人と会話していた。
18時、ガニシェル校長の車で自宅に。広い中庭にゲストルームも。散歩を兼ねながらモスクの地下拝殿を案内してくれた。道々、「家の外に出ている果物は、誰が取って食べても良い」「校長の給料はゼロ」「貧しい子も多いから無料で学ばせたい」と。ロシアで働いている人が多いらしい。どの家も果物が植えられている。ブドウ、ザクロ、カリン、・・。
19:30中庭で夕食に。日本からの大学生2人、20代の社会人、シニアの男性がボランティアで活動していた。一緒に会食。
21:00NORIKO学級に車で送ってもらう。すると2名の生徒が待っていて、社会人がテキストを主に、日本語を教え始めた。日本に行くことが決まっていて、学級に泊り込んでアルバイトなどしながら学んでいるとのこと。「~したほうがよい」の使い方など高度。23時までやっていたが、私は途中で退室。

8/31土
 7:25校長の迎えで、自宅で朝食。
 8:30学級に戻る。
9時から授業開始。元公務員氏、ウクレレを弾きながら歌を指導。教師経験はなさそうだが頑張っていた。同行のAさんも初級コースで、口手足鼻など漢字と読みを教えていた。むろじょん君、張り切って手を挙げていた。午後もやる気満々。9月3日から学校が始まるようだ。
12時。校長宅で昼食。
13時半。校長ともう1台の車で国境に送ってもらう。150km。道は良かった。
16:00到着。(キルギス時間17:00) 校長から、「前日コーカンドまで送迎してくれた生徒に、少しお礼をして頂ければ」と話があった。20万スム渡したが、少なかったかもしれない。
ウズベキスタンは、宿の滞在証明書が必要、と言われ毎回発行してもらい、保管していた。しかし何ら確認されず出国。形骸化しているようだ。少し歩いて入国事務所に。並んで待っていると、キルギス人らしいおばさんが先頭に割り込んできた。他の人は非難しない。スムからソムに両替。
オシュ行きを探す。住所と宿の名前を確認し、6人乗り400ソムで交渉成立したが、途中で迷う。やっと到着したら100ソム追加して、と言われる。情けで50ソム追加。ユアー ミステイクと説明。

宿情報
 LOVELY HOME FOR YOU
女将さん、息子、お手伝いさんとも英語OK。
道路から少し入っていて、暗いが、静か。
ドミトリー7人で2泊100$。朝食別。
中庭が広く、実っているブドウを食べさせて頂いた。
ドミトリー用シャワー・トイレ室は1つ。

9/1日
 6:00。皆でバザールに。まだ早く殆ど開いていない。8時頃かららしい。ミニバスなどのたまり場に行き、明日の予約の確認。ビシュケクまで7人乗り9000ソムが相場らしい。宿の人もそう言っていた。一旦解散し、私ら2名は朝食を注文していたので、宿に戻る。途中も呼び込みが声をかけてきた。試しに交渉すると、8000ソムまで下げた。商談成立。他の仲間にはラインで連絡。
宿の場所が分からないようなので、案内しますと乗車して宿に。すると乗せてきたから100ソム要求される。宿の女将さんに通訳してもらい了解。言葉が通じないのでこのトラブルがこの後も続いた。
午後、広々したレストランで昼食。大学やシルクロード博物館など訪問。外観のみ。一旦宿に戻り、またバザールに。大賑わいで、桃、トマトなど購入

9/2月
 今日は610kmの移動。
 6時発だが10分前にミニバスが来た。ここでもトラブル。8000ソムをドル払いで了解していたと思っていたが、ソム払いオンリー。急遽、皆からソムを集め、宿までの迎え代100ソム追加。もう一人乗せたいと言い出したが、拒否。マスターが間に入り助かった。ガソリン代を前払いして、という要求にもマスターが4000ソムを1000ずつ確認して渡し、残りは現地でと言い聞かした。
ガソリンはℓ40円くらいか。しかしそれも仕事が入らないと給油できないようだ。道は、ほぼ舗装されていたが、工事中で砂利道も適度に。直線は100km/h超で飛ばす。
8:30やっとトイレ休憩。しかし急ぎたいらしく買い物ダメ。
9:30ナリン湖が現れた。ダム湖?
10:30いろは坂のように坂を上りはじめ、その後下りだした。
11:00大きな湖。トリトグリスコエ?
11:30湖を左に見て快調に飛ばしていたら、パンク。左前輪だったから右車線から対向車線を横切り路肩まで流された。対向車がなく、幸い。20分ほどでスペアと交換。小さいスペアだから、速度は70km台にダウン。20分ほど走り、小さい町の修理工場で古タイヤを付け替えて貰った。再び100km/h超に。
13:20行きつけらしいレストランで昼食。よく分からないので注文は、全員チキンスープ。大きい器に鳥半身とじゃがいもが入り、238ソム(350円)。十分腹に応えた。
14:10出発。15分後、何か違反したらしく警官が赤色の誘導棒を出して、停まれの合図。素直に書類を持って降りて行った。多分罰金。道路脇では、はちみつの直売が。延々と続く。ゲルが見えて来た。
15:40少し商店らしい場所で停止。運転手のタバコ休憩だった。これから延々と坂を登り始めた。ヘアピンカーブの連続。一気に2千mくらい登ったようだ。遂にトンネルがあり、抜けると山の上。再び延々と下り。降りると平原がビシュケクまで続いていた。
19:00西バスターミナル到着。タクシーで宿へ。

宿情報
SAKURA GUESTHOUSE
ご主人が日本人。奥様も日本語OK
1泊ドミトリー8$(朝食なし)平ベッド。
20年ほど経過するが掃除がされて、中庭が広い。
立地良い。ATMも近い。
トイレ、シャワー室沢山ある。

9/3火
 6:00散歩を兼ねてバスターミナルを確認しよう門を出たら、仲間に見つかり3名で。昨日、100$札を宿代で支払ったが、「古いので銀行で撥ねられたら交換して」と言われていた。万一の為、ATMで100$下し、バスターミナルに向かう。途中道を尋ねると10分という。10分以上歩いたが無く、ロシア正教会があったので、見学。キルギスはロシア正教が多いらしい。ここで尋ねると再び10分。結局1時間かかった。大型バスは無かった。14人乗りのマルシェルートカ。続いて近くのオシュバザールへ。歩き出したがヒッチハイクしようとIさんが提案。満面の笑顔ですぐ停めてしまった。暑いから歩きはつらい。助かった。
バザールは雑貨類が多く、生鮮食品は少ない。土産になりそうなドライ杏やアーモンドを購入。帰路は、バスで。10ソムくらい。
昼、朝散策に行けなかったKさんとアラメディアン・バザールへ。トロリーバスで8ソム。安くてルートさえ分かれば、便利な乗り物。ここは食料品がメイン。
大きな会社か? 同じ大きな容器に入った3種類の飲み物を路上で売っていた。10~12ソム。ヨーグルト的味、薬草的味。旨いとも言えないが冷えていて地元の人が飲んでいる。全て試飲。
大きなコップ入りヨーグルトは酸味十分、正統派の味。10ソム。夕刻、一人で独立広場観光。火を絶やさず、花壇で飾られ国として大切にしていることが分かる

9/4水
 今日はカザフスタンのアルマティ255kmの移動。
 6時。近くのガソリンスタンド併設のコンビニ?の店に。日本より通路が広く、棚も低い。テーブル・イスがあり、利用しやすい。コーヒマシーンで淹れ立てが飲める。ハンバーガー2個とコーヒーで260ソム。
7:20迎えのタクシーで西ターミナルに。2台で300ソム。
7:20発予定のバスが出発したばかりか、空車で前の席を確保。400ソム。ところがなかなか人が集まらず、出発は9:05。
国境までは40分ほど。隣席の黒人的なお姉さんが色々教えてくれた。各自で手続き。荷物を引っ張って出国審査場へ。簡単に通過。200mほど歩き、入国審査場へ。途中小さい川がありここが国境か。
入国カードを渡されたが、小さい字で読めない。名前と目的、宿名、パスポート番号、サインのみ記入して、指摘されたら書き加えるつもりで並ぶ。旧ソ連圏はICカードが普及しているようで、スイスイ。出国してトイレを済ましたら1時間経過していた。運転手や隣席のお姉さんに急げと言われ。しかし入国カードは殆ど見ていない。空欄ばかりか、宿名の所に日本の住所を書いた人もお咎め無し。
カザフスタンに入り、道路が広く、快適に。平原だが乾燥していて、馬や牛の放牧くらいしか利用されていない。
12:40やっと民家が見えて来た。アルマティの街に。
13;20ターミナル着。ATMでテンゲを降ろしたが、余り確認もせずボタンを押したので、200$以上も。以後、同行者に$や円で両替をしてもらう両替商と化した。
ガイドブックでは、街の中心まで30分と書かれていたが、空いていたのか20分でホテル着。街中は料金に見合った宿が少ないと言われたが、色々な都合で、街中の4つ星に予約。

宿情報
 HOTEL UYUTO
立地は便利。
ツイン1泊約63$
スタッフは英語対応可。やや緩慢。
部屋設備等良い
朝食バイキング、品数は豊富だが。
空港まで4000テンゲで送迎。

明後日のツアーを調べるため、旅行会社を探しうろうろ。マップに載っている場所に無かったり、ホテル内の会社を訪ねたら移転していたり。結局ホテルで依頼することに。帰路途中、ファミリーレストランと書かれていたので入ると、イタリアレストランで、ここで昼食兼夕食。

9/5木
7:00朝食。
10:00Kさんと近くの散策に。他の快速組もどこかに。アルマティは歩道に樹木が茂り、日陰を作っているので歩きやすい。きれいに整備、清掃されている。ゼンコフ正教教会、民族楽器博物館、28人のパンフィロフ戦士公園と観光。ここも火が絶やされず燃えていた。次に中央バザールに。
フルーツを試食して歩く。Kさんがザクロジュースを買ったので、試飲したがどうもダメ。リンゴの産地らしく安かった。黒いすももを購入。500g1000テンゲ。
ホテルに戻ると韓国のシニア女性がいた。ハングル語堪能なKさんと意気投合。一緒に土産を買いに行くことに。MEGAショッピングセンター。
外資系の服飾やコーヒー店が入り、東京並み。チョコも産地というので、チョコを数種。それにワイン。どの国もワインは1本150円~200円程度で手に入る。
夕食はホテルのレストランで。
19:30私たちの部屋で、反省会。明日、ツアーに同行したいという韓国シニアさんも途中加わり、反省会はどこかに。

9/6金
この日も言葉の行き違いが。
6名で申し込んでいたが、席が7あるので韓国シニアさんを乗せ、我々個人の負担金が軽減できると思っていた。
定刻に三菱デリカ(4駆)が着いていたが、なかなか出発せず、本社と電話のやりとり。結論は1名追加料金発生。出発してすぐ、若い女の子が乗車。ただで途中まで乗せるのかと思ったら、英語ガイドだった。この話も聞いていなかった。しかし韓国シニアさんが英語堪能で通訳→韓国シニアさん→Kさん→我々の順で伝言でき、会話が成立して助かった。 
 今日のツアーは、✈が深夜便なので、12時のチェックアウト後を有効に使おうという目的。仲間に一任したら、全員で岩絵を見に行きたいと話が進み大賛成。最終日は、出来ればバラバラだと気が休まらない。途中、行先が違うとなったが、兎に角進もうと。舗装道路から、未舗装道路に。天井に頭をぶつけそうなジャンプを繰り返した。それで4駆を用意したのだった。一本道の悪路を20分、タムバル・タスだった。イリ川沿い。ブッダを描いたもの。これはこれで価値あったが。しかし皆、消化不良で追加料金を払い、タムガリに行こうと。3時間と聞き不安がよぎる。街近くまで戻り、タルガブに16時。ここから右に入るとずっと平原の一本道。牛が横切るたびにスピードダウン。運転手は頑張り、70km間を1時間で走り、17:00タムガリ到着。
仲間と通訳はすぐ観光に。私は帰着後の会計が心配だったので、支払いをすることに。案の定、食い違いがあった。理解できなかったので、運転手が紙に書き説明し、漸く理解。
我々が通訳を介しての理解は、最初45000テンゲ。追加料金85$。しかし彼の説明は、初めの契約は45タウザント(45.000)テンゲ。しかし追加料金を払うので総額で85タウザント(85.000)テンゲ。我々は$払いOKと理解して、$が頭から離れなかったが、彼はあくまでテンゲだった。皆から集めた$とテンゲまぜこぜで、足りるか心配だったが、偶然足りた。
運転手が、管理事務所に誘うので同行すると、自分の昼食用サンドイッチをくれ、管理員にチャを依頼し、ご馳走になった。事務所は4.5畳ほど。向かい合わせにベッド2台。イス代わり。間に小さいテーブル。ソーラー発電で灯りを点けていた。荒野の中で、一人で24時間交代勤務なのだろう。
17:30仲間が戻り、帰路に。再び運転手が本道に出て混雑する中を、左車線から一気に中央を超え右車線に移動したり、隙を狙ってどんどん進み、160kmを2時間10分で戻った。ゆっくり空港に向かえた。
アルマティ空港は、小さい。ゲートは10以下。
23:10定刻発。ICN乗り換え、成田は定刻通り。名古屋便はキャンセル等あり、帰宅まで時間がかかったとのこと。

まとめ
〇ウズベキスタンは、シルクロードで栄え、石油など資源も豊富でプライドがあるようだ。キルギス行っても、何もないよ。カザフも何もないよ、と聞かされた。周辺国からすると「我々は皆と仲良くやっているが、ウズベキだけが・・」と。
〇三国とも、旅行者を歓待してくれていた。
〇車のスピードは出すが、歩行者優先は徹底している。歩行者が見えると急停車する。
〇三国とも物価が安いのは嬉しい。この時期は果物も美味しく、安い。1年分の果物を食した。ワインも1本150円程度から。

同行者
友人
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
鉄道 レンタカー タクシー 飛行機
旅行の手配内容
個別手配
  • アディジャン行列車。おもてなし一杯の向かいのおばさん。

    アディジャン行列車。おもてなし一杯の向かいのおばさん。

  • 住んでいる人がいないような駅

    住んでいる人がいないような駅

  • コーカンドのレストラン

    コーカンドのレストラン

  • NORIKO学級

    NORIKO学級

  • 整然と植えられたポプラ並木

    整然と植えられたポプラ並木

  • リンゴ畑も多い

    リンゴ畑も多い

  • 天日干し

    天日干し

  • 誰が生徒か先生か。青年の生徒も。

    誰が生徒か先生か。青年の生徒も。

  • ムロジョン君

    ムロジョン君

  • 校長宅の食事。9人分を用意した家族の方は大変。

    校長宅の食事。9人分を用意した家族の方は大変。

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