2019/06/14 - 2019/06/14
158位(同エリア390件中)
杏仁豆腐さん
武蔵浦和駅をスタートし、散策しながら浦和駅まで歩きました。
途中、醫王寺・調神社・玉蔵院に寄りました。調神社は行ってみたかった神社なので、これも目的の一つでした。
散策途中に有名なアカシエでケーキを購入。アカシエも目的の一つ。
緑の多い、住宅街を歩き、散策にはなかなかいい地域でした。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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武蔵浦和駅から歩いてすぐ、白幡沼(しらはたぬま)に出ます。
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かつての旧入間川流路の名残りのひとつとなっており、流路は上谷沼手前を屈曲しながら芝川の網代橋付近へ流れていました。
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白幡沼には、鴨や白鷺が来ることがあるそうで、カメラを構えている人たちもいました。
ここは巨人が転んで手をついたところに水がたまったことから沼になったという伝説があり、それゆえこぶし沼とも呼ばれているそうです。 -
白幡沼の脇には石仏もあります。
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金輪山 醫王寺(いおうじ)です。
こちらは、醫王寺薬師堂。 -
醫王寺の創建年代等は不詳ながら、延慶2年銘(1309)の板石塔婆(さいたま市指定有形文化財)が残され、古くからの信仰を窺えます。
村民九郎兵衛の先祖金子内匠が開基となり創建したといいます。 -
醫王寺山門
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上層が梵鐘をさげる堂、下層が門になっています。
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とても立派な山門です。
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本堂です。
本尊は大日如来。 -
延慶二年銘板石塔婆です。
この板石塔婆は、上部と下部を欠いています。完形であれば4m近くあったものと推定されます。
さいたま市指定有形文化財(歴史資料)になっています。 -
仏足石
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観音様
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お掃除小像
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醫王寺成田山
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中を覗くと、成田山。
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白幡市民緑地
小さな山です。 -
神社があります。
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紫陽花が咲いていました。
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白幡市民緑地の前には竹藪が見えます。
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歩いていると、蛇にも遭遇。
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緑のトンネル。
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関元屋商店
関元屋商店は材木商、萬商いとして中山道と共に時代を重ね、現在の建物は大正5年頃の建築と伝えられています。 -
関元屋のお助け井戸
この井戸は関東大震災や東京大空襲で逃げ延びた人々の喉を潤したことから、お助け井戸と呼ばれています。 -
調神社(つきじんじゃ)に着きました。
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「つきのみや」との愛称で呼ばれています。
狛犬ではなく、狛兎です。 -
手水舎も兎です。
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調神社の前調神社禰宜吉田英一像
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社殿は本殿と拝殿が一体となった権現造で、安政5年(1858年)の造営です。
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祭神は次の3柱です。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
豊宇気姫命(とようけびめのみこと)
素盞嗚尊(すさのおのみこと) -
神楽殿
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神池の兎
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社名の「ツキ」により月待信仰が古くからあります。
境内のあちこちに兎を見ることができます。 -
兎さん
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稲荷神社
社殿は調神社旧本殿です。
一間社流造で、屋根は柿葺き(こけらぶき)。
棟札によると享保18年(1733年)の造営で、安政年間(1854年-1860年)まで本殿として使用されました。調神社の月待信仰を反映して、多くの兎の彫物が施されています。この社殿はさいたま市指定文化財に指定されています。 -
稲荷神社
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長谷川かな女の句碑
「生涯の 影ある秋の 天地かな」 -
調宮天神社
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調神社では、次の七不思議が伝わっています。
1 鳥居が無いこと
倭姫命の命で、調物の運搬の妨げとなる神門・鳥居を除いたことによるという。
2 松が無いこと
当地に姉神・弟神がいたが、そのうち弟神は大宮にいってしまい姉神が待っても帰ってこなかったため、姉神がもう待つことは嫌いだと言ったことに由来するという。また、姉神が待っているときに境内の松で目を突いたためともいう。
3 御手洗池(ひょうたん池とも、現在は消滅)の池に魚を放つと、その魚は片目になること
4 兎を使姫とすること
5 日蓮聖人駒つなぎのケヤキ
佐渡島に流罪途中の日蓮が、当地で難産に苦しんでいた女性のためケヤキに駒を繋いで安産祈祷をしたことに由来するという。
6 蝿がいないこと
7 蚊がいないこと -
調神社からアカシエに行きます。
創業62年の鹿島湯の煙突。井戸水(地下60m)を薪で沸かす銭湯だそうです。 -
アカシエに着きました。
春日部市出身の興野 燈(きょうの・あかし)さんがオーナーパティシエを務めるパティスリーです。 -
2007年浦和にオープンしました。
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店名の由来はシェフの名前「あかし」と「パティシエ」をあわせた造語だそうです。
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店内には常にお客がいる状態です。
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焼き菓子も美味しそうです。
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購入したケーキ。
サントノレ・ピスターシュ・グリオット
大きめのケーキです。
ピスタチオのシャンティがたっぷり。
グリオットチェリーの酸味。 -
ショートケーキ・オ・メロン
赤い果肉の「クインシー」。
とても柔らかいスポンジ。フワフワのクリーム。 -
アカシエから浦和駅方面に歩きます。
途中の玉蔵院に寄ります。 -
真言宗豊山派の寺院です。
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伝承によれば平安時代初期に空海により創建されたとそうです。
戦国時代に醍醐寺三宝院の直末寺となりました。また、学僧印融が来て中興しました。
1591年に徳川家康が10石の寺領を寄進。江戸時代に長谷寺の移転寺として出世。1699年12月伽藍を焼失。本堂は1701年に再建され、以後徐々に復興。1710年、本尊の大日如来坐像が完成。 -
山門
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鐘楼門
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三界万霊供養塔
享保3年(1803) -
小谷野伝蔵氏の顕彰之碑
小谷野伝蔵氏というのは、初代の浦和市長だそうです。 -
本堂の方に進みます。
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風情のある垣根です。
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玉蔵院は、真言宗豊山派の古刹で、その創建は平安時代といわれる。室町時代には学僧印融が来りて中興した。古くは醍醐三宝院の直末であった。徳川家康からは寺領十石が寄進され、江戸時代には、住職が豊山長谷寺から派遣されるという格式の高い寺院となり、歴代の中には、後に江戸の役寺さらには本山である長谷寺に出世していった僧が少なくない。現在の伽藍は、元禄十二年(一六九九)の災禍後、徐々に復興されたものである。
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本堂
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本堂
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本堂の前の庭は落ち着きます。
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玉蔵院地蔵堂
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安永9年(1780)に建造されました。
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地蔵堂の隣にはお地蔵さん。
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地蔵堂拝殿の天井には、天井画があります。
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天井画
だいぶ歩きました。浦和駅から電車に乗り、帰宅しました。
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