2019/05/20 - 2019/05/20
228位(同エリア440件中)
ぬいぬいさん
GWに一般道を車で走って3日間の一人旅をしましたが、事前リサーチなしで、通りがかりで偶然見つけた場所にあちこち立ち寄りながらの旅はいろんな発見があって、こんな旅もいいもんだ・・・・
そう思って、今後の旅のスタイルの一つになりそうだ、そんな予感を感じていました。
その時帰りには寄ろうと思った上野の國の一宮、一之宮貫前に寄れなかったので、日帰りで日曜日行ってきました。
今回も国道17号のバイパスを走って、一般道をドライブしました。
ドラマ陸王の舞台になった行田の街で「さきたま古墳群」の案内看板を見つけてさっそく寄り道。
さきたま古墳群と前玉神社と忍城を見て、本庄の街では旧本庄警察署と旧本庄信用組合のレンガ倉庫を見て、目的の一之宮貫前神社に参拝して富岡製糸場を見学。
その後栃木の実家に寄ってから帰る約350キロほどのロングドライブを、今回もひたすら一般道だけを走りぬけてきました。一般道だからこそ通りがかりに偶然見つけた気になる場所に気軽に立ち寄れる。
しばらくこんなスタイルの車の旅もいいかもね。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
GWの一宮巡りで寄り損ねてしまった、上野の國の一宮、一之宮貫前神社。
今回の日帰りドライブのメインの目的はこの神社の参拝でした。
まずは階段を上って赤い鳥居をくぐります。 -
道を渡って総門を潜るとあれっ・・・・
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参拝するには今度は階段を下りていくことになります。
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参道の階段を上って鳥居をくぐってから総門を抜けると、今度は社殿に続く下りの階段を下りて参拝する。
全国的にも珍しい「下り宮」と呼ばれる独特の配置になっています。 -
階段を下りた正面にある朱塗りの楼門
拝殿・本殿とともに徳川家光によって建造されたもので、国の重要文化財に指定されています。
参拝は基本ここでおこないます。 -
楼門をくぐると極彩色の華麗な装飾を凝らした拝殿があります。
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3代将軍徳川家光の再建、5代将軍綱吉の修理を経て現在に至るもので、なかなか見応えのあるものでした。
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拝殿の天井の格子画
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本殿の裏側にある樹齢1200年を超えた立ち枯れのようになってる杉の巨木に特に強いパワーを感じました。
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富岡駅から富岡製糸場に向かう途中の宮本町と城町が交差するところにあるこちらの時計店は、ひときわ異彩を放った外観のお店です。
古い洋風の建物の2階の屋根の上に六角形の望楼がのっているのです。
もともと大正末期に消防小屋として建てられたもので、望楼は当時は火の見櫓として使われていたようです。
11年前に初めて見たときから比べると、建物はかなり老朽化が進んだような気がしましたがまだ時計屋さんは営業していました。このお店の部分にはもともと消防車が停められていたようですよ。 -
パステルカラーのこの建物は地元の群馬のローカル新聞の上毛新聞社の富岡支局
昭和5年建築の歴史的建造物である元医院を改修したした建物。
富岡製糸場の錦絵や県内絹遺産の紹介映像、記事スクラップ、写真ファイルなどを展示していて見学することができます。 -
2014年に世界遺産に登録された富岡製糸場は、日本で最大規模の製糸工場の史跡です。明治5年に操業が始まり昭和62年まで115年間も操業していたそうです。
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11年前に来たときは見れなかった昭和の匂いのする民営化後の社宅の内部が公開されています。
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昭和30年代にこの社宅に住んでいた、家族の写真アルバムがあったりしてかなりリアル
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イチオシ
門を入って正面にあるのが国宝にも指定されている東繭倉庫
正面アーチの上部に明治5年と刻まれたキーストーンがあります。 -
イチオシ
正面のアーチ入口の左右にあるこちらの窓
上部が半円アーチになっていて4枚で構成される扉
なかなかおしゃれな感じ -
外壁のレンガも地元で窯を造って、フランス人の指導のもと、地元の瓦職人が焼いたものを使ったそうで、積み方もフランす積みになっています。
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中央のアーチの入口の右半分は原料課の室名板が
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内部には富岡製糸場の説明パネルやビデオが放映されていて歴史や概要がわかるようになっています。
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左側半分には絹製品の陳列販売コーナーや体験コーナーがあります。
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主導の糸繰機を使って繭から糸をつむぐ体験をすることもできます。
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明治5年といえば、まだちょんまげ姿の大工がいた時代
そんな時代フランス人技師の指導のもと、日本の大工や職人さんたちが見よう見まねで作った洋風建築 -
建物材料の大半は地元のもので賄ったようですが鉄扉や観音扉を取り付ける蝶番はフランスから輸入したようです。
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イチオシ
11年前に来たときは2階は非公開でしたが、今は見ることができました。
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キングポストトラス構造の小屋組
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当時は年に一度しか繭がとれなかったため、これだけ大きな倉庫が必要だったようです。
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倉庫の2階にはこんな袋に繭玉が入れられてうずたかく積まれていたんでしょうね。
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こちらは製糸場の心臓部だった繰糸場
東繭倉庫と同じく明治5年に建造された木骨煉瓦造で、奥行きが約140mある建物です。 -
イチオシ
内部は、昭和40年~55年の間に設置された日産製の自動繰糸器が設置されています。
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ビニールカバーが架けられていますが繰糸器は昭和62年3月の操業停止時の状態のまま保存されています。
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かつて多くの女工さんたちがここで働いていた姿が想像できて感慨深いものがありました。
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こちらは診療所
現在の診療所は昭和15年に建築された3代目だそうです。
住み込みの女工さんたちは医療費も無料だったとか。 -
こちらは、富岡製糸場の立ち上げに際してお雇い外国人として5年間技術指導者として雇われた、フランス人のブリュナが家族と一緒に暮らしていた住居だった建物で、高床式のコロニアル様式の建物は明治6年に建築されたもの。
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320坪もある建物が家族の住居とは、ブリュナがいかに優遇されていたかの証ですよね。
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奥には女工さんたちが住んでいた寄宿舎があります。
官営工場の時代にここで働いていた工女たちは能力給制だったそうで、誰でも能力さえあれば一等工女になれたそうです。
また福利厚生も整っていて宿舎や食事、寝具に至るまで支給され、医療費も無料
日曜休日制も導入されていたそうなので、先端の工場だったようですね。 -
こちらは昭和15年に建てられたもので非公開エリアにあります。
昔の田舎の小学校の校舎のような感しますね。 -
ブリュナ館の裏側ですがブリュナが帰国後は宿舎や工女たちに読み書きや裁縫を教える学校として使用されていたそうです。
その名残りとして講堂が残っていています。 -
講堂は現在カフェになっていて座って休憩することができます。
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講堂のステージの右側には非公開の地下への入口に入る扉があります。
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私は2回目なので勝手に見学していましたが、ガイドツアーがあって別途200円払うと説明付で案内してくれます。
確か前回来たときはガイドツアーも無料だったような・・・ -
富岡製糸場創業の際に、それまで日本になかった器械製糸の技術を教えるために4人のフランス人女性が来日し、彼女たちの住居として明治6年に建てられたコロニアル様式の建物です。
2年後に彼女たちは役目を終えて帰国しますが、その後は大正に入ってから間仕切りを取り外して1階を食堂、2階を会議室として使用していたそうです。
ここも未公開建物で外からしか見ることができませんが、建物の特徴としては、下から見てもわかりにくいですが2階のベランダの天井部分は格子状に組まれているところ。 -
製糸場内に3か所ある国宝のうち西繭倉庫だけは現在改修工事中で見ることができませんでした。
正面のシートを被った建物の奥に見える建物で、近くに行くこともできませんでした。 -
門を入ってすぐ左手にあるこちらの建物
もともと、生糸の検査担当のフランス人技術者の住居として明治6年に建てられた建物。未公開建物で外観しか見ることができません。 -
今は施設の事務所として使われていました。この建物の2階には、皇族や政府の高官が訪れた際に使用された貴賓室があるそうです。本来ならこんな建物ほど中を公開してもらいたいですよね
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富岡製糸場の世界遺産の構成遺産は周辺に別に3か所あります。
荒船風穴と高山社跡、田島弥平旧宅ですがどれも10キロから20キロ離れているため、この後佐野の実家に行く予定があるため、今回はスルー
きんんじつちゅにまた3ヶ所行ってみたいと思います。 -
富岡で食事をしそこなってしまい、実家の佐野に向かう途中の50号沿いにあったこちらの食堂でランチ。
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看板メニューのかつ鍋とアナゴの天ぷら、トン汁とマカロニサラダを付けて食べました。満腹にはなったものの味は・・・?
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