2019/03/09 - 2019/03/09
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satoshiさん
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2019年3月に地元名古屋の名古屋城と四間道を訪れたときの記録です。熱田神宮に続き地元名古屋観光地を紹介させてください。現在の名古屋城は天守閣が入場できなくなっています。また復元された本丸御殿が昨年から公開されています。現在の名古屋城の見学の参考にしてください。四間道は名古屋の地元の人でもあまり知らないような場所です。名古屋城は実家からも現在の自宅からも徒歩圏内。子供の頃から馴染んでいる場所で、地元ならではの紹介が出来るのではと思いアップします。四間道は同じく地元のはずなのですが実は真剣に観光地として見た事がなくて今回私も初めて見学します。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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名古屋城と言いながら名古屋城近くの古い建物の紹介から。名古屋城の南に市役所、県庁といった官庁街があり、その南の外堀を更に南の大津通り側に伊勢久ビル(左)と愛知県庁大津橋分室(右)があります。愛知県庁大津橋分室は現在、愛知・名古屋戦争に関する資料館として一般公開されています。伊勢久ビルは民間の建物の為外観のみの見学になります。どちらも名古屋市中区・東区の歴史的建造物の地域の総称、「文化の道」の建造物とされています。
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官庁街と商業地域の境となる外堀を大津橋から眺めます。この外堀は空堀で水は張られていませんでした。この外堀を1978年まで名鉄瀬戸線の電車が走っていまして、この写真の左にある階段を下りた先に大津町駅がありました。私の子供の頃は瀬戸にいる親戚の家までここから電車に乗って遊びに行きました。廃線から40年近くたちます。昔を知っている分、なんか廃墟感を感じ寂しさを感じさせます。
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大津橋を北に進むと愛知県庁の前に出ます。重要文化財。朝なので逆光です。
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すぐ北側には名古屋市役所。こちらも重要文化財。県庁、市役所共に帝冠洋式の建物で、文化の道に含まれるようです。
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更に北に進み交差点を渡ると地下鉄市役所駅の出口に出ます。こちらは7番出口になります。名古屋城へ地下鉄で訪れる場合ここが一番近い出口になります。
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7番出口前にある@NAGOYAのオブジェ。
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最近できた金シャチ横丁の義直ゾーンの前を通過して東門方向に進みます。
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堀を渡り場内へ。
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東門が見えてきました。普段は私はここから入るのですが、今回は他地方の方に紹介ということで、より立派な正門に廻ってみます。というわけでここはスルー。
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東門の南側にドルフィンズアリーナ。以前の名前は愛知県体育館。大相撲名古屋場所がここで開かれます。子供の頃スポーツの大会とかでよくきました。
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ドルフィンズアリーナから西に進むと二之丸大手二之門を潜ります。さり気ないですが重要文化財。
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正門前に来ました。開場は9:00。この日は9:20に到着。地下鉄の駅からは遠いですがこちらの門が立派なので、名古屋城が初めての方はこちらから入るのをお勧めします。
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正門前の恩寵元離宮名古屋城の碑。名古屋城は明治維新後、尾張藩から陸軍、その後宮内省に渡され名古屋離宮となります。その後名古屋市に渡され元離宮名古屋城と称されました。
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現在の正門です。江戸時代ここには榎多門がありましたが明治時代の農事地震で崩壊。その後江戸城から蓮池門を移築したのですが戦災で焼失。現在の正門は戦後鉄筋コンクリートで再建されています。入場料500円を払って入場します。
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入って直ぐに金の鯱の模型が展示。因みに地元名古屋では金の鯱を金シャチと省略して呼んだりします。私は子供の頃、お城の鯱と言えば名古屋城の金の鯱だったため、お城の鯱とは金色だと思い込んでしました。
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正門から入って西ノ丸に進むと天守が西南隅櫓越に見えます。正門にてボランティアガイドのツアーの募集がありました。そういえば一度もガイドさんの説明を受けたことがないなあと思い参加することに。9:30スタート。他府県からきた御家族と廻ることになりました。
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ガイドツアー中に覗いた内堀に鹿が居ました。私が小学校の頃は何十頭もいましたが現在は2頭だけだそうです。
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本丸御殿を越えた先から見える天守。前の週には石垣に足場が架けてあったのですがこの日は無くなっていました。ガイドツアーは正門スタート、表二之門を通って本丸、本丸御殿を見学後清正石を見学して解散となりました。グループによって見学コースの違いがあるようです。1時間位かかりました。知っていることもありましたが知らない事や私が勘違いしていたことも訂正でき参加してよかったです。
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ガイドツアー後、急に空腹を覚え五平餅を買いに二の丸庭園の団子屋さんにきました。後でしったのですが五平餅は本丸の土産物屋さんでも売っていました。
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五平餅です。中部地方の名物です。名古屋人だと全国区の食べ物と勘違いしている人もいます。うるち米を串に平らに練り付けタレをつけて焼いて食べます。私は子供の頃から大好きな食べ物です。ただ、私的にはちょっと焼き加減が足りないかな。
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再び西之丸まで戻り今度は写真を撮る為城内を廻ります。道中、名古屋おもてなし武将隊の行列とすれ違います。
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西之丸西端北にある「必勝カヤの木」徳川義直が家康と共に大坂夏の陣出陣の際、武勲を祈念してこの木の実を食べたそうです。天然記念物だそうです。
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再び天守を西南隅櫓越しに見ます。私の名古屋城を撮影するときのお勧めスポットの一つです。
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西南隅櫓です。名古屋城の隅櫓はあと東南隅櫓、西北隅櫓と現在3つありどれも戦火を逃れ重要文化財なっています。あと東北隅櫓というのもあったそうですが戦災にあって現存しません。どの隅櫓も定期的に内部が公開されますが、天守の閉鎖に合わせてか西南隅櫓が常時公開となったようです。後で入ります。
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正門前の西の丸を東に進み表二之門を眺めます。この門も重要文化財です。
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その先の東南隅櫓。先程も書きましたが重要文化財。
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加藤清正石曳きの像。名古屋城は徳川家康が大阪の陣の前、西国を見張る為築城したのですが、その時に西国の外様大名に普請を命じました。これは西国大名が反旗を翻さないようにお金を出ささるのが目的のようでした。このとき築城の名手と言われた加藤清正は天守エリアの石垣普請を担当したそうです。名古屋城に居城したわけでもない加藤清正像がここ以外に場外に一か所あります。これは加藤清正が地元名古屋出身で人気があるからなのでしょうね。
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加藤清正像から表二之門に戻ろうと思っていたのですが、二之丸広場で丁度先ほどすれ違ったおもてなし武将隊のイベントが盛り上がっているようで見学することに。普段は素通りするのですが、そういえば今回の目的は名古屋城を紹介すること。やはりここはフォローすることに。イベントは服部半蔵忍者隊の出番でした。
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服部半蔵忍者隊の殺陣。忍者隊は3名参加でした。
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戦国武将隊は名古屋市が観光PR部隊として発足した隊で、戦国武将が現在に来たという設定です。現在は名古屋市から独立しているそうです。この企画が大当たりでこれファンクラブまで出来ました。これ以降、全国のお城等に武将のコスプレをした職員の姿を多く見るようになりました。この日の武将は徳川家康、前田利家、前田慶次の三人に足軽2名でした。
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記念写真タイム。この後個別の撮影会がありました。イベントを行っていた二之丸広場はかつて二之丸御殿があり代々の藩主の住居でした。明治維新後解体されて名古屋鎮台の兵舎にされたとの事。
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表二之門を潜り本丸表一之門跡方向の眺め。
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先に進むと復元された本丸御殿前に出ます。本丸御殿に再び入る前に湯殿殿・黒木書院、西南隅櫓を先に行きます。
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こちらは表書院。
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湯殿殿です。こちらは15名限定の30分おき(日本語の場合)の限定ツアーとなります。湯殿殿前のテントにて申し込みをします。ここに到着したのが11:30.ツアーの予約を希望すると12:00の回の予約表が渡されました。
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12:00までの30分ですぐそばの西南隅櫓を見学。今までは限定公開だったのですが今後常時公開になるようです。
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2階(だったと思う)の様子。西南隅櫓は3階建てです。櫓も天守も実際のところ住居として想定されてないため質素な造りとなっています。(安土城は住居として使われたようですが)。この後最上階の3階に登るのですが、消防法の規定で係員含め9名しか登れないとの事でしばし順番待ちに。
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3階に登って直ぐの窓から小天守、天守が並んで見えます。この角度からの眺め新鮮です。
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3階の様子。正面にある台は天守にあった城主用の台だそうです。
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湯殿殿前に11:50頃に戻ってきました。後10分湯殿殿前で待ちます。写真は湯殿殿、小天守、天守の眺め。こちらの眺めも新鮮。
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手前、上洛殿。奥、表書院
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写真は本丸御殿越に見る小天守、天守。
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12:00にガイドツアーが始まります。まず脱衣所になる一之間、二之間を見学。奥の上段の間はまだ工事中との事。写真は二之間。
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湯殿です。将軍専用です。この唐破風の先が湯殿で湯舟はなく蒸気による蒸風呂だったとの事。中の写真も撮りたかったのですが、見学者に前を塞がれて人が退くのを待っていたらガイドさんに扉を閉められてしまった。声を掛ければよかったのでしょうが流れを切るのも申し訳ないので諦めました。
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次に案内されたのが黒木書院。こちらは清州城から家康の宿舎だった建物を将軍家光が宿泊するときに藩主徳川義直が家光の為に移築したとの事。そういえば家光はおじいちゃん子でしたもんね。15分くらいでツアーは終了しました。
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再び本丸御殿の車寄せの前に来ました。本丸御殿は名古屋城築城当初は藩主の住居として使われていたそうですが、数年で手狭となり藩主は二之丸御殿に移り住んだそうです。その後将軍を迎えるため上洛殿を増築。本丸御殿は明治維新後も残り天守と共に国宝に指定されたとの事。戦災にあい天守と共に焼失。平成21年から再建、平成30年に完成しました。焼失する前に詳細な記録がとられていたため復元可能だったとの事。
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本丸御殿で人情作家の夢童由里子さん創作の人形が展示してありました。夢童由里子は本丸御殿再建に貢献されたそうです。
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本丸御殿に入る前にテントにて見学の注意点の映像を見す。写真は出た後に撮影したもの。
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靴箱に靴を預けて見学開始。現存する襖絵をデジタル写真で複写したものが廊下に展示してありました。戦災の時に襖絵は後で紹介する乃木倉庫に保管されていたため戦災を間逃れたそうです。
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一旦玄関前に進みます。写真は玄関から2番目の一之間です。虎とか豹が描かれています。本丸御殿の絵は実際に複写して描かれた絵だそうです。但し湯殿殿はデジタル複写と表記してありました。豹は江戸時代は虎の雌と考えられていたようです。
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大廊下を通って表書院へ。檜の白木造があまり歴史を感じさせませんが、考えてみれば新築当時は白木の建物だったので、こちらの方が当時を想像出来ていいかも。
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表書院の三之間。ジャコウネコが描かれています。
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更に二部屋進むと表書院に出ます。
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廊下を廻ると書院が見えてきます。
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上段の間の帳台構。
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床と違棚。金箔がまぶしい。
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表書院を後にして廊下を進むと対面所に出ます。写真は納戸一之間
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対面所の次の間。京都の風景が襖に描かれています。
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上段の間です。こちらは藩主の私的な書院になります。
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対面所を後にして上洛殿に進みます。写真は上洛殿に続く鷺之廊下。天井の意匠が急に立派になる。
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上洛殿の廊下。
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上洛殿の廊下の欄間。裏と表で彫刻が違います。
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上洛殿、上段の間を横から。二重折上格天井の格子の間に絵が嵌められています。正面に調台構が見えます。
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違い棚と床の様子。上洛殿は将軍が京都に向かう際、こちらに立ち寄ったときに使うために建てられた建物ですが、江戸時代の間、使われたのは数回だけだったそうです。
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一之間です。欄間の彫刻が目を引きます。
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二之間です。
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上洛殿を出て梅の間を通過。
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上御膳所です。食事を温めなおしていた場所だそうです。囲炉裏と天井に煙貫の開口があります。
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孔雀の間で椿の展示会が催されてました。こちらは盆栽の椿。
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下御膳所です。部屋の周りに本丸御殿復元への寄付をされた方たちのお名前が表示されてます。
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本丸御殿を出て天守を撮影。現在の天守は前の天守が戦災で焼失の後、1959年鉄筋コンクリートで復元されました。昨年まで入れたのですが、現在は耐震上問題有との事で入場禁止となっています。この後解体され2022年には木造で公開再開するとの事。ただこの建て替えにはいろいろ賛否両論があってなにかすっきりしないものがあります。
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清正石を見学に行きます。
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清正石です。加藤清正が運んだとの伝承があります。ただ、ここのエリアは黒田長政の担当で、午前中ガイドしていただいたボランティアガイドさんの話では、実際には黒田長政が運んだそうです。
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清正石の先に旧二之丸東二之門があります。元々は現在の東門の東にあったそうですが移築されたそうです。重要文化財。ここから二之丸広場へ通り抜けが出来たのですが現在修復中で通行ができません。
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天守前のお土産屋さん。ここでソフトクリームでも食べようかと入りましたら、五平餅発見。本日2本目購入。
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五平餅です。
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天守の北側への門、不明門。こちらも戦災で焼失したものを復元。
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北側にかつての天守の礎石が並んでいます。
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島根県松江市の団原古墳の石室だそうです。寄贈されたもののようです。
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御深井丸展示館。
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御深井丸展示館の中の様子。
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土人形が展示してありました。
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西北隅櫓です。こちらも重要文化財です。
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乃木倉庫です。明治時代、名古屋鎮台の時代に建てられた建物です。こちらに
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西側からの天守の眺め。この場所にはもともと那古野城という城があり、一旦廃城の後に大阪の陣前に徳川家康が西への守りの為に築きました。その後九男、義直が城主となり以降、明治まで徳川御三家の一家として尾張藩の中心となりました。天守は築城当初は最上階は銅板葺き、それ以外は黒瓦だったのですが江戸時代の間に天守が傾きだし、重量軽減の為、全ての屋根を銅板葺きにしたそうです。屋根の色が緑色なのは銅が錆びた緑青の色だからです。
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場内を西から南と廻り東側の二之丸庭園に向かいます。写真は二之丸庭園南側の梅園。
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梅の花が咲いてました。
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梅園の東側、青松葉事件之遺跡です。青松葉事件とは鳥羽伏見の戦い後、当時元藩主で隠居として実権を握っていた徳川慶勝が勅命を受けて藩内の佐幕派の家老以下家臣14名を処刑した事件。慶勝は徳川家でしたが元々尊王攘夷派で新政府側に協力して東海道の江戸までの各藩に新政府に着くよう説得。新政府軍が大きな戦いもなく江戸城までたどり着くことに貢献しました。
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東門の前に来ました。ここから北の二之丸庭園に進みます。
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二之丸東庭園です。こちらも明治以降庭園は壊され兵舎にされていたのを復元されてます。一部工事中の為か立ち入り禁止になっていました。
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二之丸東庭園から北東側に進み名勝二之丸庭園に来ました。作庭当初は山や谷を模した庭園だったそうですが、江戸中期に枯山水庭園に改修されたとの事。この付近は明治時代に壊されることなく無事残っているそうです。
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二之丸茶屋でお茶を頂きます。
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お茶とお菓子です。
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お茶室を出た後、すぐ西のお堀にある埋御門跡を見学。ここは城主の緊急時の脱出ルートの入口です。ここから下に降りて脱出するとの事。
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埋堀門跡を横から。右手の堀にあります。説明文を読むと垂直の石段があるとの事ですがよくわかりませんでした。
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再び南に戻り、二之丸庭園南にある那古野城址の碑。名古屋城の前身の那古野城は今川義元の父、今川氏親によって築城。その後、織田信秀が奪取。ここで信長が生まれたとの事(勝幡城説もあり)後に信長が父から譲られ城主となります。その後信長は清州城に移り、その後しばらくして廃城となったようです。
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正門方向に進み西之丸の東端の南側に堀を望める土手があります。登っていきます。
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土手の上です。ここは桜が咲く時期になると一面桜が満開で人で溢れかえるのですが、それ以外の時期はほとんど人が立ち寄る事のない場所です。桜の時期には立ち寄ることをお勧めします。
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正門前から東方向、西南隅櫓と東南隅櫓の眺め。この後14:00頃名古屋城を出ます。ガイドツアーの1時間を含めて4時間半もいたことになります。
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外にでて金シャチ横丁の宗春ゾーンへ行きます。遅い昼食を頂きます。
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金シャチ横丁の鳥開さんで親子丼を頂きます。写真は食後撮影で誰も並んでませんが、私が訪ねたときは列が出来ていて40分近く並びました。
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特選名古屋コーチン親子丼です。1706円なり。鶏肉、卵とじ、卵黄全てが名古屋コーチンの親子丼です。全国丼グランプリで5年連続金賞をとったとの事。初めて食べたのですが味がしっかりついていて大変美味しい。お勧めです。
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食事後、外堀越しに お城の写真を撮ろうと西側に廻ります。写真はお堀の西側にある辰之口水道大樋。現在道路で閉鎖されてますが、お堀の水位調節用の水門ですぐ西の堀川につながっていました。
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外堀越に西から見る天守。
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北西角から見る石垣と西北隅櫓。
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外堀から直ぐ西に堀川が流れてます。堀川は名古屋城を作る為、掘られた運河で南の熱田から、ここ朝日橋まで掘られました。その後、江戸後期と明治初期に北方向に延ばされ庄内川から取水が行われるようになったそうです。そのせいか運河なんですが一級河川となっています。この堀川についてはTV番組「ブラタモリ」でも取り上げられていました。
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名古屋城南西の名古屋能楽堂南にある加藤清正像。名古屋では名古屋城を造った三河出身の徳川家康よりも尾張中村出身(現名古屋市中村区)の豊臣秀吉や加藤清正の方が人気があるようです。
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国道22号線を越えて南に進み外堀と堀川の接続箇所に移動します。朝訪れた名鉄旧瀬戸電の大津町駅の更に先の当時の終着駅、堀川駅の跡です。かつて瀬戸で作られた瀬戸物(焼物)を瀬戸から鉄道で運び、ここで船に乗せられ堀川経由で輸送されていたそうです。
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更に南に進み五条橋に来ました。橋の両側に荷揚げ用の物揚場石畳が残っています。
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五条橋から直ぐ西に円頓寺商店街のアーケードが伸びています。
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堀川から西へ2本目の道が名古屋市保存地区に指定されている四間道と呼ばれている道が南北に伸びています。
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保存地区の最南端の浅間神社です。
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浅間神社のすぐ東の中橋から堀川の眺め。
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四間道の中央付近を東に入ったところに屋根神様がありました。屋根神様とは愛知、岐阜地方に多くあった屋根の上に祀られた祠です。戦前は名古屋に多くあったよう。現在は戦災の少なかった西区や中区の一部に見られます。
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同じ屋根神様を横から。
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屋神様近くの子守地蔵尊です。この付近は現在古い建物を利用したレストランやお店が多くありました。この日はこれで終了しました。
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