2017/10/03 - 2017/10/03
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frau.himmelさん
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ドイツの北の果て、湖上に浮かぶ白亜のお城グリュックスブルク城を訪れました。
デンマーク、ノルウェー、英国、ロシア、ギリシア、ベルギー、スペイン。
それに英国のエリザベス2世とエジンバラ公、スペインのソフィア王妃、ドイツ最後の皇帝ヴィルヘルム皇帝も、
グリュックスブルク家は、ヨーロッパの王室はほとんど親戚関係と言えるほどの、大変由緒ある家柄なのです。
往きはフレンスブルガーフィヨルドの港から船で、そこからお城までバスで行くつもりでした。
バス停を探しているうちに道に迷ってしまって、心細い思いをしている私たちの前に現れた親切な男性。
本人も旅行者でありながら、見知らぬ他人の私たちのことを親身になって心配してくれました。
旅行者の私たちは、ドイツや他のヨーロッパでも現地の方からいろいろ親切にしていただきます。
でも、ここまで親切にしていただいたのは初めてでした。
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10月3日。
今日はドイツ統一の日でドイツの祝日。
1990年、冷戦の壁により東西ドイツに分断していたドイツが、再び一つのドイツに統一された日です。
昨日に引き続き今日も朝から出かけます。
ホテルからすぐ近くのところにフレンスブルクの港はあります。
先ほどまで雨がふったようです。今日の天候も気になります。 -
到着した日に食事をしたレストラン「HEIMATHAFEN」です。
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港に停泊している帆船と、その背後にすくっと立っている聖ユルゲン教会。
何度見ても絵になりますねぇ~。 -
港の西側(私たちが今立っている方)にも、帆船が何艘も。
この港はHistrishr Hafenと呼ばれ大変歴史ある港なのです。 -
今日これからこのViking号でグリュックスブルクに向かいます。
9:30出発でグリュックスブルク着は10:30。
1時間の船旅です。 -
この船は、フレンスブルクのSchiffbruckeを出発し、国境を越えしばらくデンマークを航行した後に、再びドイツに入り、グリュックスブルクのSandwigに入港します。
そしてフレンスブルクに引き返します。
私たちはSandwigで降りて、バスでグリュックスブルク城に行き、帰りもバスでフレンスブルクに戻ります。 -
乗船券をこのブースで購入します。
チケット売り場のおじさんから「片道2枚」ってチケットを買ったら、船を降りたらお城まで21番のバスに乗るんだよってメモを書いてくれました。
そして地図やいろんな資料をくれました。
親切なおじさんでした。 -
バイキング号はフレンスブルガー・フィヨルドの港を出発します。
おじさんがくれた新聞紙より大きな地図がとても見やすくて役立ちました。
この地図を見ながら周りの景色を眺めます。 -
進行方向左手、旧市街がわ。
マリエン教会の塔と、その後ろに見えるのはAltesギムナジウム(学校)の塔です。 -
同じく左側。
歴史的港に停泊している帆船と旧市街の丘の上。 -
1923年に造られたクラッシックな町の倉庫。
フレンスブルク港の文化的モニュメントの一つです。 -
魚市場と共同住宅。
何の変哲もない共同住宅なのですが、前景に帆船が並んでいるだけでなんとなくあか抜けた風景になります。 -
造船所。
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そして見えてきました、ミュルヴィック海軍士官学校。
ヒトラーが自殺してベルリンが陥落した後、フレンスブルクのこの海軍兵学校にナチス最後のドイツ新政府が置かれました。 -
この項は別旅行記でご紹介したいと思います。
お城を見学した後、バスでこのミュルヴィックの海軍士官学校に寄りたいと思っております。 -
ドイツの海軍施設として使われていた旧海軍兵学校は、東西ドイツ統一後は軍事施設としての役目を終え、現在は民間のヨットハーバーとして使われています。
(ゾンビック・ヨットハーバー)。
カラフルな水上住宅は、ベルリンやミュンヘンなど都会に住む人の別荘や、またオフィスやホテルとしても使われているそうです。 -
大きな地図を広げてのんびり海の上。
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ヴァイキング号は国境を越えてデンマークに入ってきました。
あちら側はデンマークです。 -
カモメの集団、ヨットハーバーがところどころに見える、のんびりと海を眺めている人。
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そうこうしているうちに、グリュックスブルクの港Sandwigに着きました。
船は、私たち数人の乗客を降ろして、フレンスブルクに引き返して行きました。 -
海辺にはシュトラントコルプがびっしり並んでいます。
ドイツ北の海のリゾート地定番の屋根付き椅子のことです。
これを見ると、ドイツの北へ来た~(ダジャレではないです・笑)って興奮します。 -
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船着き場は大賑わい。
今日は祝日ですものね。 -
テレビの撮影隊も。
何を撮っているのでしょうね。 -
瀟洒なホテルの前にもシュトラントコルプ。
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休日でいろいろ楽しそうな催しも。
でも私たちはのんびりしていられません。
まずグリュックスブルク城行きのバス停を探さなければ・・・。
先ほどヴァイキング号の売り場で教えてくれたフィヨルドバスのバス停があるはずなのです。 -
坂道を登ったり、林の中を歩いたり、通りすがりの人に聞いたり・・。
出発前にも調べてきているのでバス停があることは確実なのです。
バス停を探すだけですでに20~30分ほどはウロウロしたみたい。
私の足が悲鳴を上げ始めています。 -
諦めきれなくてもう一度通りがかりの中年の男性に聞きました。
その男性も現地の人ではなく旅行者で、散歩に出ようとしたところを私たちが呼び止めたようです。
ちょっと待って誰かに聞いてくる、と言って、近くのリゾート型のアパートメントみたいなところに入っていき、同じく滞在者らしい若い男女を連れてきました。
若い男性は、お城までここから歩いても20分ほどしかかからないんだけど・・・、と言ったけど、雨も降ってきたしもう私は歩きたくなかった。 -
中年の男性は、若い男女に教えてもらったバス停まで私たちを連れてきてくれました。
バス停で時間を見たら、バスは出発したばかり、次のバスまで1時間ほど待たなければならない。
雨は強く弱く降っているし、私の足はもう歩きたくないと悲鳴を上げている。
ここなら屋根もあるし雨もしのげるからと、その男性にお礼を言って帰ってもらった。 -
しばらくバス停のベンチに座って待っていたら、さっきの男性が傘を差して現れました。
そして私たちの顔を見るなり、あ、いたいた!と言う表情。
彼は私たちに地図を差しだし、お城まで20分ほどだからこの地図を見て歩いて行ったほうがいいよと。
彼は、私たちに地図を届けるためにわざわざ雨の中を来てくれたのです。 -
嬉しかった。
足が痛いのもその男性の優しさに触れて、癒えたような気がした。
元気をもらった私は、傘を差して歩きだす。 -
でも小さな地図を見ながらでは、本当にこの道でいいのか、迷っているんじゃないかと、人もほとんど通らない山道に心細くなる。
やっと通りすがりの人に尋ねたら
「そう、お城へはこの道でいいんだよ。この先で広い道に出るから右に行くんですよー」と。 -
その言葉通り、広い道に出て安心していたら、見覚えのある顔が見えた。
さっきバス停にわざわざ地図を届けてくれたあの男性です。
私たちの顔を見るなり「道を迷わずに来れるか心配だったのでここで待っていた」と。
そして私たちを確認して安心したのか、去って行った。
なんて優しい男性なのでしょう。
私たちのために3度も心配してくれるなんて。 -
残念ながら私たちがグズグズしている間に、港のバス停で待っていたら乗れるはずだった1時間後のバスは私たちを追い越して走り去っていった。
でもいいんです。
お天気も上がったし、バスに乗っていたらその男性の優しさには気が付かなかったのだから。
異国で受けた心温まる優しさに、足の痛みも忘れて私は元気に歩きだしました。
夫と、せめてお名前だけでも聞くべきだったわね。そして日本から何か送ればよかったわね~と話しましたが、もう後の祭りです。 -
途中でスーパーマーケットのEDEKAが見えました。
今日は祝日でお休み。 -
そのお隣はグリュックスブルクのラートハウス(市庁舎)。
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ラートハウスの前には、ここにもシュトラントコルプが。
北の海の象徴なのですね。 -
グリュックスブルク城が見えてきました!
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グリュックスブルク城の案内。
お城は博物館になっています。
3月~10月は毎日10:00~18:00、
11月から4月は土曜と日曜だけ、しかも11:00~16:00だけですって。
今は10月だからいいけど、11月から4月まで、このお城を訪れる予定の方気を付けてくださいね。
まず私たちは、お城に入る前にとっておきのビューポイントへ。 -
うわー美しい~!
湖上に浮かぶ白亜の城。
まるで夢の中に出てくるお城みたい。 -
1582年から1587年にかけて建造されたルネッサンス様式のお城です。
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白い館、六角形の塔、赤い屋根・青い屋根。
まさに童話の中のお城のよう。 -
何度でも同じ写真を撮ります。
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そろそろお城の方に向かいましょう。
湖にかかる橋を渡って・・・。 -
あそこが入り口です。
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お城の入り口では、グリュックスブルク家の象徴でもある2頭のライオンが見守っています。
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受付でチケットを購入して館内に入ります。
残念ながらお城の内部は撮影禁止。
受付でいただいた資料を参照して、ネット情報などもを取り入れながら、グリュックスブルク城の歴史を見ていきたいと思います。 -
グリュックスブルク家は、現在のデンマーク王国とノルウェー王国の王家です。
一族からはギリシャの国王も出ています。
グリュックスブルク家の正式な家名はシュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルクという長~い名前。
大変由緒ある家柄ですから、紋章もいろんな家系が重なった煩いほど複雑なものになっています。
今までこんな煩雑な紋章を見たことがあったかしら。 -
グリュックスブルク家の歴史を紐解けば、紋章の煩雑さと同じくらい難解な横文字だらけの説明になってしまいますので、最も有名なこの方から見ていきたいと思います。
グリュックスブルク家は由緒ある家柄ですから、いろんな人物が傑出しております。
その中で特出すべきはこの人、クリスチャン9世です。
デンマーク王のフリデリック7世に子供がいなかったため、1863年にグリュックスブルグ家の4男がデンマーク王クリスチャン9世になりました。 -
クリスチャン9世を中心とするパンフレットの家系図を見て驚きました。
クリスチャン9世はルイーゼ妃との間に3男3女を儲けた。
(長男)クリスチャン・フレゼリク・ヴィルヘルム・カール(1843年 - 1912年) - デンマーク国王フレゼリク8世
(長女)アレクサンドラ・カロリーネ・マリー・シャーロッテ・ルイーセ・ユリア(1844年 - 1925年) - イギリス国王エドワード7世妃
(次男)クリスチャン・ヴィルヘルム・フェルディナンド・アドルフ・ゲオルク(1845年 - 1913年) - ギリシャ国王ゲオルギオス1世
(次女)マリー・ソフィー・フレデリケ・ダウマー(1847年 - 1928年) - ロシア皇帝アレクサンドル3世皇后、ロシア語名マリア・フョードロヴナ
(三女)テューラ・アマーリア・カロリーネ・シャーロッテ・アンネ(1853年 - 1933年) - 元ハノーファー王太子エルンスト・アウグスト2世妃
(三男)ヴァルデマー(1858年 - 1939年)
息子たちは国王になり、娘たちはヨーロッパの諸王家に嫁いだため、「ヨーロッパの義父」と呼ばれた。
ロシア皇帝ニコライ2世やイギリス国王ジョージ5世 、ノルウェー国王ホーコン7世、ギリシャ国王コンスタンティノス1世はいずれもクリスチャン9世の孫である。
(WIKIより) -
上の簡単な系図ではこの家系の凄さは伝わらないと思い、ネットより写真付系図を探し出しました。
クリスチアン9世とルーイゼ妃、
2段目①デンマーク国王フレゼリク8世、②長女アレクサンドラ(イギリス国王エドワード7世妃)、③次男ギリシア国王ゲオルギオス1世、④次女ダウマー(ロシア皇帝アレクサンドラ3世皇后)、⑤三女テューラ(ハノーファー大使エルンスト・アウグスト2世妃、⑥ヴァルデマー
孫の中にはロシア皇帝ニコライ2世、イギリス国王ジョージ5世、ノルウェー国王ホーコン7世、ギリシャ国王コンスタンティヌス1世
また女性孫やひ孫には、ベルギー王妃、ルーマニア王妃、スペインのソフィア王妃の名前も見えます。
下から2段目、左から4人目イギリスのエリザベス王女の顔も、またその夫のエジンバラ・フィリップ公もクリスチャン9世の血筋をひいているのです。
まさにヨーロッパの義父どころかヨーロッパの父と言っても過言ではないような家系です。 -
『アウグステ・ヴィクトリア』
最後のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の妻アウグステ・ヴィクトリア(1858-1901)もグリュックスブルク家に縁がある女性です。
妹カロリーネ・マティルデがグリュックスブルク公フリードリヒ・フェルディナント(1855-1934)と結婚したことにより、妹と仲の良かったヴィクトリア皇后もよくグリュックスブルク城を訪れていました。
そこには彼女専用のお部屋もありました。 -
写真は、ドイツ皇帝アウグステ・ヴィクトリア皇后の衣裳部屋。
『ヘレーナ・アーデルハイト』
また調べていくうちに面白いこともわかりました。
カロリーネ・マティルデと夫フリードリヒ・フェルデイナント(1855-1934)の三女ヘレーナ・アーデルハイトはデンマークがナチスドイツの占領下になった後、積極的にナチスを歓迎しました。
デンマーク王室唯一のナチス協力者だったわけです。
戦後デンマーク王室は彼女の存在を抹殺すべく国外追放にします。
そこで彼女は実家であるグリュックスブルク城に軟禁状態におかれたそうです。 -
館内は、礼拝堂、豪華な食堂、美術館など大変見応えがありました。
しかし写真禁止なのはつまらない。
齢のせいで何を見たのかすぐ忘れてしまいますから。 -
売店やカフェ棟
-
庭園には大砲も。
下の写真は何のためのものか不明。 -
それではバス停に向かいます。
館内を見学している間に雨が降ったらしく、地面が濡れていました。 -
バス停。
バスはお城の前で停まります。 -
バスに乗っている間にまた雨が降りだしました。
-
バスは、ナチス最後の政府が置かれていた海軍兵学校(ミュルヴィッヒ)に停車することは調べておりました。
(バス停から200mくらい)。
近くまで行って建物の写真だけでも撮ろう、もしかしたら何か記念碑などがあるかもしれないと期待をしていましたが、この大雨ではバスを降りる気力も起きない。
残念ながら諦めることにします。 -
昨日といい今日といい、このところ良く雨に降られます。
この時期は雨が多いのかな、なんて軽い気持ちで考えていました。
これがその数日後、ドイツだけでなくヨーロッパ中に大きな影響を及ぼした悪天候の前兆だったなんて、その時は知る由もありませんでした。
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