2018/09/15 - 2018/09/23
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makko@maさん
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2018年9月に、四川省の東チベットを回ってきました。
四川省の西半分の山岳地帯がチベット族が住むエリアで、チベット仏教、文化が色濃く残っているところです。
この旅のメインのアチェンガルゴンパは、尼僧が千人ぐらい?修行しているチベット仏教のお寺・学校です。
修行というと、笑うこともなくつらい生活なのかと思っていましたが、実際はとっても楽しそうにすごしていたのが、とても印象的で、ピュアで親切な方が多かったです。
尼僧と仲良くなり、写真を一緒にとったり、成り行きで(!)活仏に会ったり、思いがけず鳥葬を見たりしました。
*旅行会社に車と日本語ガイドを手配依頼して回りました。
2018年9月15日 夜に成都に到着。
9月16日 車出発
9月17日 炉霍ルーフォー泊
9月18日 午後アチェンガルゴンパ着 近くの村アチャ(阿察)泊
9月19日 甘孜カンゼ泊
9月20日 丹波近くの甲居(美人谷近く)泊
9月21日 四姑嬢山麓泊
9月22日 成都泊
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 2.5
- グルメ
- 2.5
- ショッピング
- 2.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
成都から出発した後、途中のサービスエリアでトイレ休憩。ここのトイレは普通の個室でキレイだった。2008年四川大地震の震源地近くのチャン族自治州 文川チャン族の村。
果物が豊富で売り込みが激しい。ビタミン補給用にみかんを購入。 -
塔がたくさんあるチベット族の美しい村で休憩。昔はモンゴル族が攻め込んできたので、見張り用の塔があったそうな。
このあたりから、トイレにドアがないニーハオトイレになった。縦列駐車のように人間が縦にしゃがみ込み、下は男子トイレから女子トイレへ小川が流れるタイプ。上流からウ〇チが流れてきたと思ったら、突如ドバッと小川が急流になり汚水の飛び跳ねを警戒して浮き腰になる。しかし先ほど流れていったウ〇チがなんと、逆流してきた!ひえ~。涙目でトイレからでた。
トイレは、この旅ずっとひどいことになる・・・。 -
赤ちゃんをあやすチベット族のおばあちゃんたち。タシデレ~(チベット語でこんにちは)と言ったら、笑顔でタシデレ~と返してくれた。
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ルーフォー(炉霍)→カンゼ(甘孜)は、シーニックロード。途中見える美しいカサル湖。陸との境界がまっすぐじゃないので、手を加えてない自然の湖だろうな。湖を見下ろすゴンパもありました。
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ヤクの乳しぼり中。
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高山植物も見れました。
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ヤク渋滞しばしば。
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ヤク追いのチベット人の女性。ヤクを追う道具を振ってみせてくれました。棒をふると、ひゅっという音がなり、ヤクを追いたてるようだ。
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夏の間、ヤクの放牧中はテント住まい。ヤクは山の上のほうまで登れる、この地方にあった家畜。毛はテントや日よけに使えるし、乳はバター茶の材料や、お寺で使うろうそくの原料になる。肉は臭みはなく、弾力がある肉で美味しく食べれる。
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カンゼ(甘孜)の町に入る手前で公安の検問。車を降りて、パスポートと一緒に顔写真も撮られた。カンゼ(甘孜)は、東チベット最大級のラルンガルゴンパ(寺)とアチェンガルゴンパ(寺)から近いこともあり、街中は公安だらけ。
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カンゼ(甘孜)からもシーニックロード。昔ながらのチベット民家や岩に仏像の絵が書いていたり。緑の草原が広がっています。中国共産党のドぎついスローガンが山に書いてないし、道路はここが一番好きだったな。
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遂に、アチェンガルゴンパの門が見えてきた=!
メインロードからアチェンガルゴンパに行くために左折するが、そこにガイドさんが1年前に行ったときは検問があったそうだけど、今回は人がいなくてスルー。
その代わり、アチェンガル直前に公安に右折させられ、袋小路の駐車場へ。車を降りて1か月前に出来たという自動改札式の検問あり。ここでパスポートを出し、5分ぐらいガイドさんを通して尋問された。この前はどこの町にいたか、ビザはないのか等。個人で行く場合は、中国語がそこそこ必須か。 -
アチェンガルゴンパは標高3800mぐらい。少し歩くだけで息が切れる。
まずは大きいチョルテンとマニ車がお出迎え。 -
尼僧が念仏を歌いながらマニ車を回しながらコルラしてる。彼らは歩くのがとても速いので、とてもついていけない。マニ車を回すのも1つ1つが重たいので、こちとら必死。
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マニ車の下にヤギがいて可愛いかった。マニ車には、お経が入っていて、回すと一回お経を唱えたことになる。ドラム缶みたいなマニ車を回すのは、下についているオレンジの取っ手を回す。ずっと回していくと手が痛くなるので、地元の人は手袋をしている。
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ゴンパの敷地内にもヤク。のどか~。
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丘にゼーゼー言いながら登ったら、尼僧の僧房全体が見渡せる。おお、絶景!
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丘から望遠レンズで尼僧房街の中を撮影。
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丘を僧房側へ降りるときに、人が一人入れる大きさの瞑想小屋がいくつかある。
草原で瞑想してみたい。 -
瞑想小屋横で尼僧がピクニック?
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橋を渡ってイザ僧房街へ。川の流れはかなり速い。
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中州に入ったら、外周は男子も歩けるけど、中は女子のみ入れる。
ガイドさんとダンナに待ってもらい、中へ潜入!手作り感満載のお家の上に瞑想小屋みたいなのが付いてる。神聖なスラム街みたい?!。 -
突然雨が降ってきたので写真が暗い。屋根にはビニール。雨が溜まるので、雨が止んだら、ビニールを傾けて、自分で雨を流していました。
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一応地図があった。4つの区画に分かれているようだ。
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火事がおきた場合ため、住所が家についていた。家と家の間は人ひとり歩けるぐらいの細道なので、イザ火事になったらどうやってたどり着くのかな。
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僧房の中心のメインロードは、舗装されていました。
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雷雨が20分ぐらい続き、小雨になってきたので、歩き出した。
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いくつかあるお堂の1つへ入ったら、チベットホルンを練習している尼僧がいた。その後、出ようとしたら手招きされ、アチェンガルゴンパを始めた活仏(85歳で逝去)の写真と像がある小部屋へ。ここでお布施を少しして出たら、また呼び止められ、ツァンパでくるんだドライフルーツをいただき、右側のトウモロコシなどの実りの象徴みたいなものをいただいた。家の高い場所に置いておくといいらしい。
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活仏のお部屋にいた男性の僧が、今度は隣のお堂へ案内してくれ、尼僧がお経と楽器の試験をしているところが見れた。二人の若い尼僧がこちら側を向いて、ビデオで撮影されていたので、厳格な試験なのかな。
その試験会場になんと、ほかのお寺からたまたま来ていた活仏(高僧)がいて(!)、少数の見学者は促されるまま活仏に謁見することに(!)
前のおばちゃんたちは100元(2000円弱)を握りしめているではないか。焦る私たち。手持ち現金の大人の事情のため、少しばかりのお金を金額が見えないように握りしめ、イザ活仏に挨拶。言葉わからずお辞儀をして、活仏よりオレンジの解毒丸と書かれたものを2ついただいた。中には薬とチベット語の紙。ありがたや~。緊張して顔を覚えてない。。。 -
メインのお堂の中へ。ここで3人のフレンドリーな尼さんと出会う。
風の旅社のツアーの日本人の方ともご一緒させていただいた。その中の女の子がすぐ印刷されるカメラを持っていて、尼さんたちは撮って欲しくてはしゃぎだした。
急に二人の尼さんにがしっと肩を組まれた。腕をまくられ、色が白いといいたいようだ。写真の尼僧は18歳。この子だけは中国語ができた。
ここの尼僧たちは、中国語ができない人が多かったので、ここに来るまでに小学校には通ってなかったんじゃないかな。
日本から来たといっても、日本を知らなかった。チベット仏教についてしか知らない本当に純粋な子たち。逆に知らない方が幸せなことも多い。しかし、この若さで世の中、そして普通の人間の生活を知らずに一生を終えるには、勿体ないような気もする。難しいところ。。。 -
尼さんに2階に案内された。ここではたくさんの尼僧が五体投地やお米みたいなものを小さいたらいに流してたり修行をしていた。
必死だけど、隣のお友達とおしゃべりしてたりして、女学校みたいで楽しそう。 -
外にでたら、高僧の授業が3か所に分かれて行われていた。途中雨が降ってきて結構寒かったけど、みんなじっと耐えている。
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屋根のあるところでこちらを向いているのが、高僧。
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この日は、アチャンガルゴンパから車で20分ぐらいの村アチャ(阿察)にある麦拉降錯酒店に宿泊。日中の雷雨のせいで、お部屋の洗面所のお水が泥水になってしまい、シャワー浴びれず。
翌日、このホテル近くのゴンパ(男子のお坊さんの学校)へ行ってみた。この商店をすぎてすぐ山側に曲がり、さらにすぐ左折したところにある。 -
行ったときは朝9:30すぎ。高僧の青空授業が終わったところで、みんな一斉に立ち上がった。15歳~22歳ぐらいの少年たち。10代の子は私たちに興味津々でじろじろ見てくる。観光客はみんなアチェンガルゴンパの方へ行くから、観光客はかなり珍しいよう。こんなに大勢の若い男の子に見られたの初めてかも。かなり気恥ずかしい。たまに手を小さくふると、男の子も笑顔で手を振り返してくれる。学園祭のアイドルになったよう(爆)
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いったん自分の僧房を戻り、再び出てきて、お堂の中へ入っていく。
横の本堂では、お坊さんたちの朝食が始まろうとしていた。バター茶(クルミ入り?でグレ‐色)とちょっと堅そうな揚げぱんが、小学生ぐらいの小坊主から一人一人へ配られる。お経を読みながら食べている人が多い。 -
隣の本堂脇でいい感じのご婦人。熱心にマニ車を回してコルラ中。
高僧が横切ると、コルラしていた一般の人はみんな止まって、道を譲る。 -
鳥葬を毎日午前11時からアチェンガルゴンパでしていると、前日アチェンガルゴンパで会った一人旅の日本人男性に聞き、来てみました。
場所は、アチェンガルゴンパの門手前50mぐらいのところに、青い看板「〇〇〇天葬〇〇〇」と書いてあるところを左折してすぐ車を降りて、大きな白いチョルテンがある方へ少し登ったところ。検問手前。
ふもとでは、遺族の方がご飯を食べていました。
鳥葬は、チベットの一般的な葬儀の方法。遺体は魂が抜けた別もので、最後にハゲワシに食べてもらい、功徳を積むという考え方によるものです。もっとも、この地方には高所ゆえに木が育たないため、燃やす燃料がないという現実的な理由もあるようです。
11時30分ぐらいに着いたら、1体終わっており、骨とツァンパ(むぎこがし)の粉を混ぜて細かく砕いているところでした。もう1体毛布で包まれたご遺体があり、11時45分ぐらいから解体する人が、ハゲワシが食べやすいように斧で解体していきました。ご遺体は、青海省から来た16歳の女性だそうです。
すべて粉々になったら、鳥をブロックしていた人たちがどいて、5、60羽の羽を伸ばすと3mぐらいあるハゲワシが一斉に飛びかかります。
テレビでまつこデラックスが、最後は鳥葬でいいわって言ってて、自分もいいかなって思ってたけど、実際見てみると・・・、解体の様子があまりに痛そうでいくら魂が抜けているといっても、きつかったです。
ご遺体の体を伸ばした状態で運ぶことが難しいためだと思われますが、ご遺体は、体育座りの状態で裸で縛られています。いきなりショッキングでした。
鳥葬は公開されており、フランス人、中国人、私たち日本人10名ぐらいが見ており、終わった後に解体する人が、フランス人の目の前まで行き、どうだった?みたいなことを聞いていたので、見学は歓迎のようです。
前日会った日本人男性によると、理塘でも鳥葬が見れるけど、規制線が張られていて、少し離れたとことから見るようになっているけど、アチェンガルゴンパは目の前だったのでびっくりしたと言っていました。 -
昼食を食べに、昨晩泊まったホテルに戻ってきました。
ここの従業員の女の子たちはとてもフレンドリーで日本語の挨拶はなんていうのか聞いてくれたり、色が白いと言ってくれたり、私たちに興味津々でした。和紙で折った鶴を渡したら、とても喜んでくれました。
この地域のチベットの方は、観光客慣れしていなくて素朴でみんなフレンドリー。ラルンガルゴンパのように、来年からアチェンガルゴンパも外国人が入れなくなるという噂もあるので、早いうちに訪れることをお勧めします。 -
これからカンゼに行きま―す。(車で2時間ぐらい)
途中ヤク追いのカウボーイに遭遇。
後編(甲居チベット村、四姑嬢山)に続く
https://4travel.jp/travelogue/11410859
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