2018/03/07 - 2018/03/14
8位(同エリア76件中)
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大手旅行会社のヒマラヤ 初級ハイキングツアーに参加。
客13人と、女性添乗員、日本語が堪能な男性現地ガイドの15人でジープ3台。
学生時代から百名山などに登っていたが、70歳近くになって、他人様に迷惑をかけずに憧れのヒマラヤを眺めたいと、一念発起。
成田空港から香港乗継でカトマンズで1泊、
翌日市内の世界遺産の寺院など観光後に、国内線でポカラに移動、ホテル泊、
3日目から憧れのジョムソン街道ハイキングに出発。
といってもダウラギリを間近に眺める山岳飛行でジョムソン空港に一跳び、ジープに乗換て巡礼の聖地ムクティナートの直近まで登ってハイキング、再びジープでカグベニ村や、トウクチェ村散策後、タサンビレッジの展望ホテルに連泊。
4日目はタサンビレッジから有名なショコン湖周遊ハイキングで、湖面に映るニルギリの姿や、シャクナゲ、サクラソウやリンドウの花を堪能。
5日目は予定外でガイドさんイチオシの穴場、ティティ湖までジープで登ってのハイキングで360度の大展望(表紙写真)に大感激。(参加者の感激が余りに大きかったので、次のシーズンからコースの目玉に入れられた程良い所。)
再びジープで河口慧海ゆかりの地マルファ村を見た後、カリ・カンダキ河左岸をジョムソンのホテルまでハイキング。
6日目は早朝の山岳飛行で全山シャクナゲ満開の山を越えてポカラ空港に戻り、市内観光後ホテル泊。
7日目は国内線でカトマンズ空港に戻り、市内やパタンの世界遺産観光後、夜行便で香港乗継、8日目に成田空港着。
ホテル泊の軽いハイキングでヒマラヤの8,000m級の峰々を間近に仰ぎ見ることが出来、おまけに予定外のティティ湖の大展望も見ることが出来、同行者にも恵まれて、大満足の旅でした。
初めてのネパールで、他の季節に訪問した経験はないが、厳冬期は避けて、天候が良い乾季の最後で、山には雪が多く、里はシャクナゲや桜などの花盛りの3月を選び、夜に雨はあったものの好天続きで、大正解でした。
カトマンズやパタンは省略したので、詳しい方の旅行記をどうぞ。
なお、表紙の写真は、ティティ湖近くのビュースポットから見上げたダウラギリⅠ峰(左)からトゥクチェピーク(右)への稜線。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス タクシー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
ポカラから山岳飛行で入ったジョムソン街道の概念図(ダウラギリは左欄外)。
中央JOMSOMに空港があり、ポカラから正味20分。赤線がジョムソン街道。
この日の予定コースは、ジョムソン街道を南下しTokcheの南、ナウリコットの丘にあるタサンビレッジまでのハイキングだったが、現地ガイドさんの提案で、好天のうちにMuktinathを歩き、車でKagbeniに寄ってタサンビレッジ泊に変更。
翌日は予定どおりタサンビレッジからSekong Jakeショコン湖(画面左端)へハイキング。
次の日は予定になかったTiti Lake(ジョムソン街道Larjungの東)まで車で行ってハイキング、その後にMarphaに寄って、河の左岸を歩いてJOMSOMのホテルに。 -
気流が良く欠航率が低い朝一番の便に乗るため、6時前に空港に到着、待ち時間を屋上で過ごす。ここは標高800m余りと低いがヒマラヤに近く、峰々の頂上が朝日をうけてピンクに染まる。マチャプチャレ(中央)6,993mやアンナプルナ山群(左)の峰々が手招きしているようで、期待がはずむ。
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ポカラ空港を軽々と離陸すると、一路、ダウラギリI峰8,167mに向けて飛行する。開け放されたコックピット越に、正面に憧れのダウラギリが迫る。
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測量術が未発達の1800年代においては、一時は世界の最高峰とも信じられたダウラギリの圧倒的な高さを体感しつつ、荒々しい氷瀑の姿に見惚れる、素晴らしい山岳飛行。
雪解前の3月は、雪や氷が多く、ヒマラヤ襞も見られる。名前のとおり白きたおやかな峰で、神々の座と呼ばれるのも納得。
やがて機首を北東に旋回させると、カリ・ガンダキ河の谷間に入り、ジョムソン空港に滑り込む。 -
ジョムソン空港2,720mでは、朝日に輝くニルギリ7,061mが出迎える。
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ジョムソンの街はまだ朝の静けさで、ポカラと比べるとひんやりとする。
茶店に入って温かいネパールティ(ミルクティ)にほっとし、ホテルから持参したボックス弁当で腹ごしらえ。 -
朝食後にいよいよ出発。カリ・ガンダキ河沿いの噂の悪路、街道というよりも大半は氾濫原の河原そのままを走るジープで北上。後方にダウラギリを望まれる。
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ムスタンへの道を左に分け、ぐんぐんと山腹を登ると高原状のビュースポットに到着し写真休憩。
左がニルギリ、右がダウラギリ山塊。日本では体験できない空の澄んだ青さが眩しい。なぜかここからアスファルト舗装路に変わり快適。 -
ジョムソンからは1,000m近く登って、一般車両は宿屋が並ぶラーニパウワ3,710mが終点。
土産物屋の店先には、近くで採れるアンモナイトの化石や、ヤクの毛糸織物など民芸品が並ぶ。脚に自信がない人のためには馬があり、同行者数名は馬上で。 -
聖地の寺院があるムクティナート3,800mまでは、緩やかな登り。
向かう正面はアンナプルナサーキットの最高点トロンパス5,416mの峠だが逆光線。
後ろを振り返ると写真のように一段と高く聳えるダウラギリ方面の白い峰々が輝く。 -
仏教とヒンドゥ教の聖地とされるムクティナートに到着。
信者は男女を問わずプールで頭まで沐浴して身体を清める。冷たそう。 -
その後、信者は108の小さな滝行を廻って禊ぎを済ませる。
本堂は、外国人観光客は立ち入り禁止で残念。
お寺の入口には、半裸のヒンドゥ教の「隠者」が何人もいた。ガイドさんは「世捨て人」と説明してくれたが、特異な風貌と雰囲気は、「隠者」という語感が相応しいように感じた(写真を撮るのは控えた)。
風景や建築物だけでなく、宗教的な習俗を目のあたりにできるのも、旅の良さ。 -
ムクティナートの寺院周辺は、トゥクチェピーク6,920m(手前)からダウラギリに連なるヒマラヤの絶好の展望地でもある。
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ムクティナートの寺院周辺は標高が高いため、春がまだ遠く、灌木も芽吹き前で、荒涼とした風景がつづく。これもヒマラヤらしい風景。
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ムクチィナートをあとに、車でムスタン(王国)の入口カグベニの村に立ち寄る。ここは一昔前はヒマラヤの桃源郷と呼ばれたそうで、谷間から柳?やアンズ越しに峰々を見上げる風景は、荒涼としたジョムソン街道のオアシスのよう。
写真の峰はKahtung Kang 6,484mか? -
カグベニの村でヤクの毛糸を紡ぐ村人。チベット仏教寺院のゴンパなども見学。
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カグベニの村からカリ・ガンダキ河の上流を望む。
ここから先がムスタン(王国)になり、さらに高額な入域料の支払いが必要となる。 -
ジョムソン街道をジョムソンまで戻りダルバード(ワンプレートのカレー味の豆スープご飯)の昼食。再び車で街道を南下するとやや暖かくなり、村にアンズの花が増える。
マルファ村は街道がバイパスになっていて通過に気づかず。左右の、まだ白い花には早いリンゴ園は、日本人が植えた樹もあるそうで、日本との縁が深い。
マルファ村のさらに南の、街道の古い面影を残すトウクチェ村を散策。
家畜が至るところで飼われている。写真は若いヤクかと思ったが毛が短いのでウシとの交雑種か? 立派な足、偶蹄は山道でも踏ん張りが効きそう。
鎖国下のチベットに潜入した河口慧海は、ヤク遣いに案内され、一部の行程はヤクの背に乗って西方の国境を越えたらしい。野生のヤクはもっと大きく獰猛で危険とされる。 -
車は、ジョムソン街道から200mほど登って、ナウリコットの丘に建つタサンビレッジのホテルに到着。ここは、ダウラギリの展望が売物。
部屋のシャワーは当てにならないが、思いがけず小浴場があって、3人ずつ20分交替で入ることが出来たのは嬉しかった。
夕食は、チキン照り焼きなどの日本風。掘りごたつ風のテーブルでいただく。
夕刻から雨で翌日の天候が心配だったが、翌朝は写真のように、晴れ上がったダウラギリの新雪に朝日が眩しい。考えれば、麓は雨でも4,000m上は氷点下で雪だ。 -
ナウリコットの丘に建つタサンビレッジのホテル前は、ネパール桜が満開。
日本の桜の原産地はネパールという説が有力で、低い地方は秋咲きだが、3,000m近いここは日本と同じ春咲きで、葉よりも花が先に咲くのも似ている。 -
今日は、ショコン湖のハイキングに出発。先ず、カリ・ガンダキ河まで山道を200mほど下る。ダウラギリが、前夜の雪で、ひときわ白く輝く。
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カリ・ガンダキ河支流まで下ると、河原からは谷の奥にトゥクチェピークからダウラギリに連なる稜線が、一段と高度感をもって望まれる。
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カリ・ガンダキ河支流を渡って登って行くと、ヤクの放牧場に達する。ヤクは10頭ほどの群れに分かれ、リーダーはカウベルを下げている。ホテルから昼飯欲しさに犬が二頭(写真右)ついてきたが、ヤク(写真中央に尻尾)にも吠えず。
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200mほど登ってやや開けた場所に出ると、そこがショコン湖2,725m。想像していたよりも小さかったが、周囲に木が少ないので見晴らしは抜群で貸切状態。
湖面にはニルギリ連峰が「逆さニルギリ」になって映り込む。惜しいのは午前中なので逆光線。ここで背後にダウラギリが見られれば最高だが、湖畔からは斜面が邪魔して見られず。 -
ショコン湖の周辺にはシャクナゲの大木が散在し、咲き始めということもあろうが関東地方に多いアズマシャクナゲよりも、ピンクが濃く感じられる。関東地方の山のシャクナゲは6月、庭のロードデンドロンは4月に咲くが、さすが亜熱帯に近いここでは山といえども3月。背景の雪山に似合う彩を添える。
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ホテルのポーターさん二人が、湖畔までランチボックスを届けてくださる。
中身は、オニギリ2つ、ゆで卵、鶏のカラアゲ、ポテトフライ、ジュースなど。
鶏肉の骨は、付いてきた犬たちが競って食べる。ネパールの犬は逞しい。
リュックが軽いのも助かるが、屈強な男性が二人もサポートしてくれていると、万一の事故発生時も心強い。 -
この辺りは、サクラソウ科の花(プリムラ・デンティクラタ?)や、春リンドウが満開。
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ショコン湖からの帰路は、好天で時間もたっぷりあるので、少し登って周遊ルートを取り、おそらくダウラギリの氷河が水源の谷川を渡ってナウリコットの丘の上の村を目指す。ナウリコット村にはホテル前を通る車道と、こちらのトラックも通れる車道の2本がある。
折角なので、村の中を通り、写真のタサンビレッジに帰還。ニルギル連山が順光線に変わっていて純白に輝く。こちらも前夜の雪で一段と美人。谷越しに見上げると、一段と高く感じる。
前日よりも手際よく風呂に入って、ダルバードの夕食を頂く。夜空の星が美しい。 -
翌朝、今日も屋上でダウラギリ山頂に朝日が差すのを待ち受ける。
ホテルのサービスの熱いネパールティが甘くて美味しい。
やがて朝日が雪の山頂を煌めかす。 -
前日よりも青く晴れ渡った蒼穹に、新雪の峰々が美しい。来てよかった。
手前はホテル前のヘリポート(ポカラから小型ヘリで直行可能)。
本日は、当初予定のムクティナートは一昨日に登ってしまったので、ガイドさんから提案あり。添乗員さんの変更同意も得られ、眺望の穴場というティティ湖まで車で行くことに衆議一決。山は天候が一番なので、このように天候によってコースを変えられるツアーは嬉しい。 -
ジープに分乗してカリ・ガンダキ河沿いのジョムソン街道まで降り、そのまま河原を対岸へと進む。乾季の終わりで、まだ雪解けは始まっていないので、細い本流は三筋ほどに分かれて蛇行を繰り返しているが、その前で一時停止。ドライバーさんはズボンをまくって本流に入って安全な深さと確認した上で車に戻り、車はジャブジャブと川を渡り始める。環境保全が厳しいの日本では許されない思いがけずのアドベンチャーツアーに歓声が上がる。
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三筋ほどの流れを渡り左岸の道を南下しつつ標高を上げる。やがてダウラギリⅠ峰、ニルギリ連峰、アンナプルナⅠ峰の展望が楽しめるティティ村の西端に登りつく。この付近で2,800mくらいの高さで、前日のショコン湖よりも高そう。
集落の東側窪地にティティ湖があり、ショコン湖よりも広い。乾季の終りなのに満水というのもラッキー(7年前前後は堰が壊れて小さな池だったようだ)。
林道は湖の西岸の高台から南側流れ口付近に降り、再び東側鞍部を越えてニルギリ側の深い谷に降りて行く。
(写真の案内板は上が南) -
この写真が湖の東側鞍部を越える部分の林道。ティティ湖の特長は360度の展望で、後方(西)にはダウラギリⅠ峰、トゥクチェピーク。
前方(東)はニルギリ連峰、アンナプルナⅠ峰、アンナプルナサウスと続く大眺望。峠に当たるので、前も後ろも谷越しの大眺望になるし、樹木も邪魔にならない。
さらに展望を楽しむため、峠道から左側(南)の牛の放牧地を登る。 -
ニルギリ側の深い谷越にニルギリ連峰、その南奥にアンナプルナⅠ峰、アンナプルナサウスと続くスカイラインが望まれる。惜しむらくは午前中早い時刻のため逆光線。
開けた芝の放牧地を10分余り登ると表紙のビューポイントに達し、ダウラギリⅠ峰からトゥクチェピークに続く吊り尾根のスカイラインが見事。
大岩の上に順に登って、思い思いのポーズで記念撮影。 -
眺望を楽しんだ後に、林道まで降りて、さらにティティ湖の湖畔北岸の放牧地を散策する。騒がしい中国人観光客どころか、水鳥数羽くらいで全く人がいない貸切状態で、静かなヒマラヤの湖水を堪能できた。
10年後には、喧噪な観光地になるのではと、危惧する。 -
ティティ湖は窪地にあるので風が弱く、湖面にヒマラヤの雪山が映りこむ。条件が良ければ、逆さダウラギリも見られる。
昨日のショコン湖と比べると、ティティ湖の方が行きやすく、見ごたえもある。
ティティ湖の方が標高も高く、面積も広い。
ショコン湖は東側の眺望(ニルギリ)のみだが、ティティ湖は西にダウラギリも。
ショコン湖は登山口からでも1時間歩くが、ティティ湖は間際まで車で行ける。
ショコン湖はトイレはないが、ティティ湖は村にトイレがあり、寒村の風情も。 -
ティティ湖の西側から東方を望む。正面の鞍部が車を降りた地点で左側の湖岸を半周した。鞍部から右に放牧地を10分ほど登ると、表紙写真のビューポイント。時間があれば、歩くコースに事欠かない。
仮に、時間の余裕がなく、ショコン湖かティティ湖か、どちらか一方しか寄れないということならば、ティティ湖に軍配を挙げたい。特に眺望によい午前中は順光線のダウラギリがすばらしい。 -
ティティ湖畔には早春の花々が咲いている。これはイリス・ケマオネンシス通称チュミネンドと呼ばれるアイリスの仲間か?
ジョムソン街道沿いと比べると寒村の趣であるが、太陽熱利用など近代化も始まっている。
この集落でトイレを拝借し、西端の小学校前で待つ車に戻る。 -
ティティ湖とティティ村のハイキングの後、車にてジョムソン街道で一番美しいとされるマルファ村2,670mを訪ね、茶店で昼食(ホテルの弁当)。
ガイドさんが、「河口慧海記念館に行く前に、小学校に日本人教師が赴任しているので、会ってみよう」と提案されて、小学校を訪問。
日本人教師は海外協力隊から派遣された学校を出たての女性(写真の右から2人目)で、赴任からまだ2か月というのに現地に融け込んでいる様子。「発展途上国のさらに僻地勤務を志願してマルファ村に赴任、小学生にパソコンを教えている。」という。若い日本人志願者が活躍している場も見ることができて感激した。
河口慧海記念館の館長(河口慧海を逗留させた村長の末裔)宅に下宿中だが、「河口慧海のチベット旅行記は語学習得に忙しくて読んでいない。」というので、持参したマルファ村滞在部分のコピーをお礼に差し上げて別れた。
後日談であるが、ボーイスカウト仲間の青年が今年から協力隊でホンジュラスに赴任したが、訓練所で同期だったそうで、世界が狭いことにさらに驚いた。 -
こちらが旧街道に面した河口慧海記念館正面。元は村長の邸宅ということで、石積みの立派なつくり。メインストリートは石畳の舗装で、昔の栄華が偲ばれる。
河口慧海の「チベット旅行記」は、文庫本で5冊にもなるが、旅行好きにはおすすめの本。第1巻だけでも、読んでから訪れるとよい。 -
館長直々に館内を案内いただいたが、この古い椅子が、河口慧海師が使っていたものだそうだ。
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マルファの街並み。この付近の家々は古来からの交易路ということで裕福な家が多く、その象徴として屋根に薪を載せている。ゴルパなども探訪。
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このランドクルーザー3台が私共の車。シュノーケルで浅い川も渡れる。
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マルファから少し北、吊り橋がある地点で下車。午後になると噂の南風が強い。
ジョムソン街道は車の往来でほこりが多いので、吊り橋を渡って左岸の空いた街道をハイキングして北上、集落や果樹園、畑を通ってジョムソンのホテルまで歩く。
ジョムソンのホテルは、田舎なので期待していなかったので、失望しなかった。 -
ジョムソンの朝は、ニルギリの白い山頂を輝かせる朝日で始まる。
ホテルで早めの朝食を済ませ、欠航率が小さい朝一番の飛行機便を目指す。 -
ジョムソン空港には、強風や霧がでないうちにと、ポカラからの飛行機が滑り込み、乗客を降ろすとすぐに乗せて、トンボ帰り。私どもも乗って(帰路欠航でジープにならずに)一安心。
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下界はやや霞があるが、マルファの村、ナウリコットのホテルと村、ショコン湖など、下界の思い出の地をあっという間に通過する。
やがてダウラギリ(写真左端)に別れを告げ、左に旋回して、全山がシャクナゲの花に染まる峠を越えてポカラ空港に滑り込む。 -
ポカラでは市内観光。
ヒンドゥ教のビンドウバシニ寺院では、結婚式に巡り合う。華やかな衣装。 -
ヒンドゥ教の寺院の前では、お供え物を売っている。日本との違いを実感。生贄もあるらしい。
その後デヴィズフォール地区に回る。 -
シヴァ教寺院のグプテシュワール・マハデヴィ鍾乳洞の神像は、形もユーモラスで色彩も豊か。
-
フェワ湖名物は、手漕ぎのボートによる遊覧。ライフジャケットを付けて一船に4人くらい乗り、漕ぎ手のオール捌きだけで中の島の寺院を目指す。騒音がないので静かに風景を楽しめるがやや退屈。
レイクサイドのレストランで魚料理の昼食後、土産物屋や食料品店を回る自由行動。
ネパールは農産物が安くお買い得。食料品店で買ったハチミツは味が濃く美味しいのに500gで600円程度(プラスチックボトル入りがお奨め)。紅茶類も安い。
このツアーは現地ガイドさんが随時、日本円3,000円単位で両替してくれるし、米ドルも使える店が多かったので、買い物に不自由はなかった。 -
ポカラ観光の仕上げは、ヒマラヤをテーマにした国際山岳博物館。
1956年(昭和31年)、当時はヒマラヤ山脈の未踏峰の一つであったマナスル8,163m(ダウラギリに次いで世界8位)を日本隊(槇有恒隊長)が初登頂に成功した写真や装備なども展示されている。小生はまだ小学校低学年であったが、記念切手が発行されるなど、日本中が湧きたったのを記憶している。
また、古くは河口慧海の探検から、新しくは田部井淳子や野口健などの日本人各氏の業績展示も興味深い。
ポカラに宿泊後、カトマンズに飛んで、パタンの世界遺産など観光後の夜行便での帰国だったが、以下は省略。
今回は添乗員とガイド付きの団体ツアーであったが、途中の国内線での2時間の遅延や、帰国前日のカトマンズ空港での墜落事故(49人死亡ほか)での滑走路閉鎖など、個人旅行であれば慌てる事態も、動じない添乗員さんとガイドさん、バックの旅行社のお蔭で、安心して緊張なく過ごせた。
英語が不得意の者にとっては、信頼できる会社の団体ツアーの旅がストレスが少なく一番だと再認識したネパールの旅でした。
寒いのが苦手なのと花が好きなので3月にしたが、10月の雨期明けは緑が濃く、厳冬期は晴天率が高く、また違ったネパールが迎えてくれるでしょう。
ネパール地震の爪痕もあちこち残っており、日本から観光に行くことで、現地の復興に間接的に多少でも役立ったのではないかと思う。
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