2017/02/22 - 2017/03/13
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montarouさん
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ベトナム北部と中国南部には、石灰岩特有の景勝地が多く、今回は2017年2月から3月に訪れた。
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2017年2月20日に珠海市の拱北東站で、ベトナム国境に接する東興市への夜行バスの切符を購入した。
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拱北東站の周囲には、主に4つのバスターミナルがある。私は広州からのバスで迎宾南路の西側の拱北総站に着き、そこから東に300mほどの拱北東站に行き、その2階にチケット売り場がある。
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東興市行きのバスは拱北東站の一階から、22日の夕方の5時半ごろに出た。発車時は、空き2段ベット?が多かったが、途中の数ヵ所、10分から30分ほど停車しながら、客を乗せ、気づくと満員になっていた。深夜の田舎での休憩は、ニイハオトイレ。中国では、田舎と都市の格差が、さらに大きくなったかな。今の中国の大都会の公衆トイレは、日本より、きれいで数も多い。中国の都市部は豊かになり、日本を訪れる中国人観光客も増えた。もっとも中国だけでなく、東南アジアでも豊かな人間が増え、国内だけでなく、海外旅行ブームになっている。これに対し、日本と日本人は外国を見ず、30年間も進歩せず、ガラパゴスである。日本の司法行政立法は硬直退化し、経済も産業も進歩がない。とりわけ弱電家電産業は深刻だ。中国のGDPはこの約30年間で30倍以上、アメリカは3倍、ドイツ、フランスは2.5倍、日本のGDPは横這いの500兆円前後で進歩がない。派手に急増したのは1千兆円を超えた借金だけだ。
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国境の東興市に着いたのは午前の10時を過ぎていた。フラフラ20~30分歩いて中国側のイミグレに着く。橋を渡りベトナムのイミグレに入る。賄賂を要求するとの噂もあったが、問題なく通過した。ベトナム人には中国への感情的反発もあるが、国境の往来者は、もっぱら中国への買い出しのベトナム人である。
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イミグレを出た広場の直前のATMでドンの現金を入手。イミグレ前の広場から川沿の方向にバスターミナルがあり、その途中に市場が続いている。
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市場を覗きながら、20分ほど川沿いに歩くと橋がある。
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橋を渡って、まっすぐ10分ほど歩くと、バスターミナルに着く。
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バスターミナルでハロン湾に行きたいと言うと、ハロン湾を通るバスが、直ぐに出ると言う。そのマイクロバスに飛び乗ったが、客は少ない。途中で数人の客を拾い、降し、また荷物を受け取り、配送しながら走る。日本でも、昔は穀物俵などをバスに乗せたが、今の日本でも山村等では、物品の配送くらい認めても良いと思うが、規制ばかりで窒息する。やがて、真っ黒な炭鉱の町のカムファー市に入り、そこを出ると、直ぐに石灰岩地帯に入る。ハロン湾のバイチャイ橋を超えたところで降ろしてもらい、歩いてバイチャイのホテル街に向かう。バイチャイ橋は日本の援助で造られた世界有数の巨大で高い橋だ。ただ通る車は中国製のトラックと韓国製のバスと乗用車ばかり。ベトナム中部のダナン近くの自動車トンネルも日本の援助で掘られたが、余りに設備が良い。
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ハロン湾は2度目で、海の桂林と言われる。最初はクルーズに出て、鍾乳洞にも入ったが、ただクルーズでは風景が素晴らしいが、海洋民族の生活は見えない。それで今回は海岸線を歩くことにした。24日は朝から、3番の公共バスでホンガイに向かった。料金は50円程度。少し歩くと、直ぐに海辺。ここは市場にも近く、中国風のロンティエン寺などもある。海洋民族の生活の場。ベトナムの漁業は急速に発展し、獲り過ぎだと言われるが、南シナ海に広く接しているため、今後、蛋白源を得たい中国の九段線とのトラブルは必至だろう。
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海沿いの散歩道は4㎞ほど続き、海側の風景は素晴らしい。ただ陸側には、多数のホテルが建設中で、その先の散歩道沿いには大豪邸が立ち並ぶ。昔、ベトナムのカンボジア侵攻から中国は国境近くで懲罰名目の戦争を仕掛けた。それ以前の2千年間の属国的な感情もあるが、それとは別に、最近のこのような投資も含め、経済的には隣国中国との関係は、更に深まっていいくだろう。ややこしい話だ。
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海岸から1㎞のところから、石灰岩の険しく高い岩塔島が立ち並ぶ。その内側の海に波はなく、風も弱い。ここには多分数千の海上生活者の船が停泊している。その間を小舟が物資と人を運んでいる。舟に乗らないかとの誘いもある。この風景を見ながら、散歩と食事で、ゆっくり1日。
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公共バスで帰り、マーケットでマンゴーなどの果物を買う。
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宿で、カットバ島に行きたいと言うと、トゥアンチャウ島のフェリーの発着場まで行くバスはないという。それで、早朝のタクシーを予約して寝る。25日は早朝に、タクシーでトゥアンチャウ島のフェリー乗り場につく。タクシー料金は千円ほどでかなり高い。
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フェリーの対岸の岸壁から、クルーズ船が出航して行く。すごい数だ。百隻近くかな?
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フェリーの乗客は少なく、その半分近くが観光客。カットバ島で遊び、またバイチャイに戻るなら、貸バイクが良いとの助言を受けた。船上のバイクは5~6台。
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カットバ島の西岸のフェリー発着場が見えてきたが、民家などない。
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船を降りると、ミニバスが待っていて飛び乗った。
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1時間ほどで、カットバ島の東端の町の港に着く。ここから北に行くと、素晴らしい風景になると言うが、この港の周辺の海はそれほど綺麗でもない。
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ここからハイフォンまで高速船が出ている。料金は18万ドンで千円弱。発船時間を見ると、あと15分しかないので、切符を買って飛び乗った。
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ハイフォンに近づくと海が濁り、やがてホテイアオイが沢山流れてくる。
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小一時間でハイフォンのフェリー発着場に着く。ここから5分ほど歩くとバスターミナルがあるが、残念ながら、ここからニンビン行きのバスは出ていなかった。
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ニンビン行きのバスが出るターミナルの場所を聞き、市場などを覗きながら、途中で昼食をとって、1時間ほど歩いてターミナルに行った。
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ニンビンを通るミニバスがあるので、それに乗れと言う。そのミニバスはニンビンまで3㎞ほどの所で休憩、しかし町に入らず、町の外側を半周して、そこで降りろと言う。町の中心まで4~5㎞もある。タクシーもいない。あまりに不親切、歩くしかない。やっと、バスターミナルまで歩き、その近くに宿を取る。宿でバイクを借りるところがあるかを尋ねると、朝にバイクを宿に持ってきてくれると言う。
荷物を置き、バスターミナルの近くの川の反対側にある市場街に行き、夕食。朝に宿のカウンターに行くと、担当者が代わり、バイクの話は聞いていないと言う。どこで借りられるかを聞くと、列車のニンビン駅の前にレンタルバイク屋があると言う。ニンビンの鉄道駅に行くと、そのレンタルバイク屋はホテルを兼ねていた。ホテルのおばさんは、ここのホテルは新しく、値段が同じだから、ここに泊まれと言う。部屋を見ると、綺麗なので、宿に戻ってチェックアウトして、そこに移る。一応、国際免許証をもってきたが、必須か否かは知らず。バイクに乗って、先ずチャンアンに向かう。 -
日曜日の故か、観光客でいっぱい、チケット売り場は長蛇の列、船の乗り場でも相当に待たされそうなので、パスした。
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そこからバイクで10分ほどの寺へ移動、ここの人出も多いが、船が余っていた。ただ、ここでは寺参りだけにした。
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ここからさらに、30分ほど走り、ヴァンロン自然保護区に向かう。ここの下流は湿地帯で、ハスの花が綺麗だ。
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上流が舟着き場、ここの舟は竹を編んだ大きなザルにアスファルトを塗った古来の舟。このザル舟はハロン湾でも使われていた。ここは観光客を乗せるので4mぐらいの長さの大型だが、地元民は1mぐらいの小さなザル舟を使い、藻や魚を取っている。この舟に乗って、湿地帯巡り。水鳥や、サルもいる。
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帰り道で、町に入ったところでパンク、幸い、直ぐ近くに修理屋があった。生ゴムを詰めて、修理は終わり、5万ドン、宿のおばさん曰く「日本人は大金を払うから困ったものだ。2万ドンが相場だよ。」との説教を食らう。
27日はニンビンから、かなり遠い香寺に向かう。写真は2時間ほど走った所で水牛が放し飼いされている湿地帯。 -
香寺の入口に当たる舟着き場は、人でごった返していた。バイクの駐車料金も高いし、舟の料金も高い。しかも、ここの舟は鉄製で、情緒がない。
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香(フォン)寺は大観光地。月曜日だが、やたらと人も舟も多い。ここの舟数は千をこえるだろう。
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土産物店も百を超えるだろう。色々な物を売っている。
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寺も多く、全部を周るためには丸1日、必要だろうが、3時間ほどで帰路に就く。
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ニンビンの石灰岩地帯は、ハロン湾のような海ではなく、桂林のような山地でもない。平野部の湿原上の石灰岩の岩塔のある複数の山並みである。桂林やハロン湾の石灰岩塔のような険しい印象を与えず、むしろ穏やかな、桃源郷的な印象を与える。源流部にはしばしば寺院があり、そこから緩い流れの川が鍾乳洞内等を流れ、池や湿地帯に繋がっている。
宿に戻ると、お兄さんが、ここから直接にサパに行く夜行バスがあるが、予約しないかと誘いを受けた。当初はハノイまで行って、そこでサパ行きの夜行バスに乗り換える予定だったが、ハノイからサパの近くのラオカイまで高速道ができたので、夜行バスには効率の悪い行程になっている。それで、ニンビンから直接サパに行けるなら好都合と思って予約した。その結果、翌日は夕方まで休養日とした。マーケットで小型の200ボルトの投げ込みヒータを探すが、中国製はなく、ロシアのアルミ製なので買わず。
夕方に、迎えの車が宿に来て、約1km離れたバスターミナルに向かう。それは闇バスのようで、バスターミナルの奥のガソリンスタンドで待てとの話、来たのは、サイケデリックな照明のバス。ラオカイには早朝の3時頃に到着で早すぎる。ここで1時間ほど停まって睡眠。4時頃にミニバスが迎えに来て、乗り換えて、サパへの坂道を上る。途中からガスと雨、サパに着いたが、早すぎて店も宿にも入れない。おまけに、やたらと寒い。半時間ほど、我慢し、やっと準備を始めた食堂に入り、麺を頼む。その後、宿を探して荷物を預けて散歩。サパは悪くも良くも大観光地。おまけに天気が悪く、ガスがかかり、ひどく寒い。 -
悪天が2~3日続きそうなので、翌日、ラオカイに降りることにした。3月2日は、朝からラオカイに降りて、宿を取り、カンカウの土曜市に行くために、先ずバックハーまで行くバスが出るターミナルと、貸バイク屋を探しに出た。バスは郊外のターミナルから出ることが分かったが、心配はバックハーからカンカウの土曜市場までの公共交通が有るか否かが分からなかった。それでラオカイからバイクで行く方が確実と思ったが、残念ながら、ぼったくりの貸バイク屋しかなかった。
ラオカイの中心付近で大きな宿で、カウンターで、貸バイク屋があるかを聞くと、マネージャーに聞いてくると言う。それで、何と、マネージャーが無料でバイクを貸してくれると言う。ただ、これでカンカウまで行くほど、ズーズーしくないので、安いヘルメットを買い、市外のバックハー行きのバスが出るバスターミナルまで行き、切符を買って、さらにカンカウまでの公共バスがあることを確かめて、帰ってきた。 -
ラオカイの市外のターミナルまでは、列車駅の約200m前のターミナルからバスが出ているので、当日はその市内バスを使った。
3日は市内観光。ビルの建設現場、木だけで天井を支えて造る。作業員は建物下のテント内で寝泊まりする。 -
ホーチミンの石膏像を売る店。
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ベトナムがアメリカ軍に勝ったとの壁画。
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ラオカイの北西側の川沿いのマーケットには、サパの山の乾物と海の乾物が並ぶ。
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カニや海の活き魚も売っている。
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ステンレス製の天津甘栗のような栗の製造機。
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マーケット内で昼食を取る。
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何と、焼き芋屋さんもいる。
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橋を渡り、国境のイミグレを見に向かう。注意することは、一度ベトナムを出ると、ノービザでは直ぐに、ベトナムに再入国ができない。安易に出国しないこと。
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税関の出口には、鉄筋で作った、ハンドルが1m以上も長い奇妙な自転車が多数ある。これは中国からの輸入品を、税関からトラックに運ぶ自転車で、荷物を沢山積んでも、長いハンドルで動かせるように工夫した自転車。女性も使う。
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北部国境で、ここは貿易量が多い方だが、それでもトラックの列などはわずかだ。
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イミグレの東側の上流に中国風の寺が3つ。お祓いをする人がいる寺が多く、真に中国風、信者も多いようだ。
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4日は、始発に乗るために、暗い内に宿を出発。途中で明るい建物を発見、覗くと女性が体操をしていた。ベトナムも豊になった証明と思ったが、これから訪れるバックハーやカンカウと比較すると、町と田舎には大きな違いがある。田舎文化は見世物になるが、そこの田舎人は貧乏、見せるための観光業者は金持ち。そこの貧乏な田舎人が豊かになると、観光業者は失業する。矛盾だ。
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列車駅近くのバスターミナルから郊外のバスターミナルに行き、そこからバックハーに向かう。
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バックハーの中心にある寺院はお祭りで、やたらと派手な張り子が並ぶ。
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どの寺院も同じで、必死で祈り、お祓いをする人がいる。
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バックハーの宿でカンカウに行くバスを聞くと、10時にバックハーの寺院前から出ると言う。翌日は1時間ほどでカンカウの土曜市のある手前に集落に達する。
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その先は渋滞で、その先はバスやトラックで前に進めない。バスを降りて土曜市場まで0.5kmほど歩いて行く。
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この市場の最大の取引物は水牛。
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水牛の取引に来た家族と、サパからのツアーバスも来ているので、土産物を売る店も多い。
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食べ物やビールを売る店もあるので、食事とする。ただし、鳥の足は遠慮する。
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バックハーに戻ると、明日の花モン族の市の前夜祭の準備をしていた。写真は地元の酒の蒸留装置。
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小さなパイナップル1個20円とマンゴーを各数個買ってきてベジタリアン的な夕食。前夜祭は踊りだけ。
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民族衣装で地元の踊り、最後は火を取り巻いて、観光客も含めて踊る。
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小さなパイナップルは、ものすごく美味しい。翌朝はこれとマンゴー2個で朝食。腹一杯。
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バックハーの花モン族の日曜市に行く。この市は予想をはるかに超えた大きな市だった。水牛市もあるが、衣類や食料品市も多い。
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この地方の民族服は、青色を多用している。
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大きな豚肉と大きな腸詰め、葉っぱで包み、蒸した食べ物も多い。
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水牛に引かせる木製のスキも、実用品である。
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午後になると、市も終わりに近づき、売買の済んだ水牛の輸送が始まる。
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気の弱い人は、次の写真を見ないでください。ただ、人間は牛肉も豚肉も食べますが、大きな動物が、パックに収まるまでの過程があるのですが、日本人はバックに入った肉以外知らず、「脂がのって美味い」などと、残酷な言葉を平気で言っている。写真は牛の上半身。次は大きな肉を焼く写真で、このような豚も、牛もさばかれているのだ。生きている生き物を食らい、人間も動物も生きているのだ。日本人は自分が動物でないと思っているかしらん。
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宿でラオカイに戻るバスを聞くと、ハノイまでの夜行バスがあると言う。それで池の下流の町と反対側にあるバスターミナルに行って、チケットを買う。
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夜に出発し、3月6日の薄暗い5時ごろにハノイに着く。ハノイに興味がないので、ここからランソン行きのバスがあるかを聞くと、直ぐに出ると言う。
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ここから国境近くの町のランソンで出発、ハノイを出ると、すぐに石灰岩地帯に入る。日本は酸性土壌だが、この地域は塩基性土壌で困ると言う。81
ランソンのバスターミナルに8時半に到着。 -
また、ここでイミグレのある、フューギー行きのバスを探すと、9時に出ると言う。
それに乗って、9時半にベトナムのイミグレに到着。 -
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歩いて、友誼関のイミグレから、中国に再入国。
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10時すぎに、イミグレを出て、道路を挟んで反対側にある駐車場の奥にあるバスの切符売り場に行くが、休業中、バスが数本あるはずだが、バス停が見つからない。
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バス停の場所を聞くと、イケズが多く、なぜかタクシーを勧め、バス停の場所を教えてくれない。仕方なく、ここで昼食として、凭祥(ピンシャン)までタクシーで行くが、心配するほど高くない。12時少し前に凭祥に到着。
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ここの汽車站で2時発の崇左行きの切符を買う。
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ここから友誼関のバスが4本出ているので、友誼関から中国各市に相当数のバスが出ているだろう。
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時間があるので、町を散歩。大変に賑やかな町。中国の米は高く、10㎏で千円前後。ベトナムより2~3割は高い。日本は飼料米の補助金が10アール当たり10万円余りで、飼料米の補助金だけでも10㎏で千円ほど。飼料米の補助金が高いので、食用米の作付けが減り、10㎏当たり3千円から4千円。日本の食品は極端に高いが、消費税を安くするより、輸入枠を多少は広げれば、税収も減らず、食料品も安くなる。もっとも、平均年齢67歳の農家の収入と、私のような年寄りから、ある政党への票は減るだろう。
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凭祥も崇左も石灰岩地帯で、桂林に似た山並みが続く。谷間は、サトウキビ畑と水田。日本の土壌は酸性になりやすいが、この地帯の全体がアルカリ性の土壌であるから、酸性雨が降る方が好まれるかも?
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崇左には3時過ぎに到着、直ぐに大新行きのバスが出ると言うので飛び乗る。5時過ぎに大新に到着。中程度の町だが、焼き玉エンジンから変化した、新しい3輪トラックが並び、何となく田舎の雰囲気。
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中程度のホテルに停めてくれと言うと、まだ外国人を止める許可を取っていない、許可を取るので、お前も警察まで付いて来い、と言う。仕方なくついてゆくと、オーナーの友人と言う警察官が、出てきて、今すぐ許可は出せない、外国人が泊まれるホテルまで送ってやると言う。馬鹿げているやら、面白いやら、疲れるやら、それでも大新の最大級の大きなホテルにまで送ってくれて、そこで宿を取る。大新は町だが、ド田舎。昨夜ベトナムの山中のバックハーから、ハノイを経て、大新まで、大変な長道中であった。写真はホテルの窓から。
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3月7日はゆっくり起きて、10時発の徳天行きのバスに乗る。
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大新は、ベトナムから中国と続く広大な石灰岩地帯の中央部に当たる。ここは桂林に似て、山岳地帯であるが、大きな川は少ない。
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途中に検問所があり、一人のベトナム人が、中国軍人に首根っこを、つままれ、猫のように、このバスに送りこまれた。ここはベトナム国境近くで、彼は密入国者であった。彼は国境近くまでバスで行き、ベトナムに帰っていった。密入国者であるが、穏やかな解放である。バスの中では、周囲の中国人が、密入国者と対話している。ここは中国とベトナムの国境近くで、ベトナム人も中国人も互いに言葉が共通している。両者にわだかまりがないようだが、ただ両者を分ける冷たい国境が厳然とあるのだ。
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やがて、山が深くなり、突然、白いビルが出てきた。運転手が、ここで入場切符を買ってこいと言う。走って行って、高い40圓の切符を買う。
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そこから、10分ほど走ると、国境の川が出てきて、密入国者はバスを降りてベトナムに帰り、さらに5分ほど走り、午後の1時に徳天瀑布の入口にあるホテル街に着いた。
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残念ながら、天気は曇り時々小雨、昼食後に宿を決めて、3時から徳天瀑布まで散歩。バスで周遊することもできるが、歩ける人は、歩く方がよい。
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今は冬の終わりで、水量は少なく、良い季節でない。ただ滝は小型であるが、形状は良く、典型的な石灰岩地形の滝である。
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滝の直ぐ下流に、筏の渡し場がある。手前が中国、20mほどの対岸がベトナム。筏をロープで引っ張って行き来する。地元の人は、ここを自由に行き来するが、検問所を超えることはできないようだ。
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さらに、この川のさらに下流で、集団で中国から走ってベトナム側に逃げ込む若者たち。
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まるで、メキシコとアメリカ国境のようだが、ここは平和だ。彼らは中国内のベトナム人不法労働者。密入国していた中国から、隠れてベトナムに帰るのだ。中国での賃金はベトナムより高い。彼らは仲介者に指示され、国境を越えて、検問所を避けて移動し、どこかで働く。数か月、数年後? 仲介者はマイクロバスで彼らをこっそり国境まで送り、筏で川を越えて、走って建物に隠れ、またベトナム側でも、こっそりバスで移動する。
翌日は小雨が上がったが、曇り空。写真の右側が中国滝、中洲の左側の細い2本の滝がベトナム滝、水量の少ない季節のベトナム滝は見るに堪えない。 -
滝下までは観光船で行ける。中国側の岸には、ベトナム人が筏で土産物を売りに接岸しているが、写真では3mほど岸から離れている。この理由は、中国の国境警備隊が通るからで、通りすぎるまで、5分ほど筏を岸から離す。
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10時のバスで大新に戻る。この当たりの石灰岩地形は広大で、大新は観光化が進んでおらず、平和で、桃源郷のような村も多い。
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途中で、トラックとバスの交通事故の直後に遭遇、少なくとも一人が死亡していた。大新に12時過ぎに到着、再度、崇左に向かった。写真は新しい大新バスターミナル。最近、中国の各都市で、市内の古いバスターミナルから、郊外の新しく大きなバスターミナルへの移転が進み、数年前の情報が、逆に迷わせる情報になりやすい。ただ、長距離バスは中国だけでなく、世界中で重要な乗客輸送手段になっていて、大きく綺麗なバスターミナルが多い。これに比べ、日本の長距離バスは出発到着地の規制があるため、狭かったり、お粗末なバスターミナルが多い。
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崇左から、新幹線風の車体の高速列車で、南寧に向かい、南寧から6時半過ぎの列車で桂林に向かった。今、中国はインフラの建設ラッシュである。新しい、空港、高速鉄道、高速道路、新駅とトンネル、香港とマカオ間の橋など、超急速に変化している。日本の1980年前後のようだが、日本はプラザ合意の後の金余り政策でバブルが崩壊した。この時に増税し、耐震補強や道路拡張、保育施設や介護施設などを造るべきだった。数年前まで中国はマンション、工業団地バブルから、現在はインフラ投資と引き締めで、バブルを抑制しているのかな?
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桂林の駅近くで宿を決め、夕食に出る。最近の中国の果物屋は綺麗になった。そして、すべての果物が安い。この巨大マンゴーは中国産、1斤すなわち500gで3元の、約50円。青マンゴーは熟成してから食べるので、観光客は買いにくい。マンゴスチンは中国でも高いが、日本の1個100円に比べると、やたらと安い。お米から果実まで、日本の食品は高すぎる。
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最近まで、中国での食事には、食中毒のリスクがあったが、今は心配ない。さらにファーストフード店も増え、新しく、日本より綺麗で安い。食料が安く豊かな国ほど、良い国と思うが、その点では、日本は低レベルの国のようだ。
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ついでに、銀行前の宣伝、利息は4%で、良い時代だね。
日本は老人の病人、中国は働き盛りか? -
日本の1980年前後の値かな?その後プラザ合意で、長期政権の中曽根、竹下、宮沢が金融緩和を行い、その結果が住宅土地株バブルになり、その崩壊後の住宅貸付の未払い等からバブル崩壊、後の約30年間で増えたのは経済点滴用の借金だけ。現在も似てきた。中曽根時代と似た長期政権で、異次元の金融緩和。非常に安い金利で貸し付けを増やしているが、今、金を借りる人が数年後にかえせるのだろうか? 返せなくなったら、1990年代のように国の借金で点滴する余裕はなく、十両から落ちるように低格付け国に転落か? 給料や年金出るかな?
ボヤキはさて置き、桂林は2度目、最初は2000年頃で、舟下りや、郊外の鍾乳洞等にも行った。今回は桂林市内の散歩、市内も変化して、日本より綺麗になった。ただ桂林博物館は改装中。天気は生憎の雨、明日も期待できない。 -
3月10日、桂林市の汽車駅から0.5㎞ほどの古いバスターミナルから、客引きに連れられ、陽朔に向かう。このバスターミナルには、客引きが沢山いるが、多くは信頼出来そうだ。陽朔のバスターミナルは、ひどいオンボロ。このバスターミナルから、深圳行きのバスが出ていることを確認。
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バスで30分ほど離れた高鉄陽朔站から、広州への高速列車も出るようになり、高速列車を乗り継ぐと、中国の平野部も狭く感じるようになった。中国の新幹線は猿真似から始まったが、車両も線路も、造れば作るほど、進化するものだ。日本が家電もスマホをつくらないなら、やがて日本の家庭の家電とスマホは、すべて中国製になるだろう。そのあとは、インド製になるかも?
陽朔のバスターミナルからは、市内バスで陽朔市内に向かう。宿を決め、夜の通りを見物。雨でも、さすがに人出が多く、賑やか、すごい観光地だ。 -
月11日、雨が止んだので、バスで興坪に行く。ここへは15分毎に発車、10元。さすが、大観光地、興坪の港は舟でいっぱい。
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興坪の港の端にある老寨山旅館の横から、老寨山に登る。眺望は良いが、天気が良ければ、さらに素晴らしいだろう。
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陽朔の夜は、相変わらず賑やか。
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翌日はバイクを借りて、楊堤に行くが、雨でバイクがスリップ。ずぶぬれで、擦り傷を作って帰る。最悪の1日。
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3月13日で、石灰岩地帯紀行の最終日、やっと晴れ。1路のバスで、高田に向かったが、高田に見るものはなく、昼食を取って、次のバスで工农桥埠頭で降りる。
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橋を渡って、川沿いに少し上りと、右側に遊歩道がある。
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遊歩道と道路脇を歩いて、町に戻って、ゆっくりする。
夕方に、陽朔バスターミナルから、夜行バスで深圳に向かい、石灰岩地帯紀行を終えた。その後に、香港に立ち寄って、再度深圳に戻って、日本に帰った。
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