2017/11/17 - 2017/11/17
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minaMicazeさん
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ラーメンで有名な佐野市ですが、佐野市の北部の仙波町は蕎麦で知られています。その仙波町に「金蔵院(こんぞういん)」というお寺があり、紅葉が綺麗だとのネット情報を見たので、行ってみました。
佐野市の北部は山地であり、このお寺も山の中にあります。その為か、この日(11月17日)は見頃を過ぎていました。山の中のお寺ですが境内が広く、その周囲の他に裏山にも紅葉樹が沢山あるので、来年が楽しみです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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佐野市田沼町から国道293号線を北上して、「原人のふるさと くずう町」にやって来ました。
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上の写真の奥に見える「天神橋西」交差点を直進すると、すぐ左側に「葛生原人出土跡」の看板が建っています。
その左には一対の石柱が建っていて、その間には、枯葉が積もった薄暗い石段が見えます。 -
右の石柱には「葛生人骨出土跡」、左の石柱には「佐野市指定史跡」と刻まれています。
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枯葉が積もった石段を上ります。
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階段を上がると、公園風に設えられた小さな広場があり、奥には説明板と石碑が建っています。
石碑には
「葛生原人と前河原洞窟(下部洪積世)
葛生原人は約50万年前、葛生地方に住んでいた化石人類である。昭和25~26年に、この前河原洞窟などから発見された。骨格形態がネアンデルタール原人の古型に属する古人類であることが分かり、葛生原人と命名された。……」などの事が、平成3年6月の日付で書かれています。
説明板には、平成13年8月の日付で、
「葛生原人の探求
葛生原人は、東日本で唯一の旧石器時代(更新世)人類と考えられていた。しかし、平成9~13年の年代再検討では、前中期更新世の原人ではなく、後期更新世の化石新人でもなく、歴史時代の人間である可能性が高い、という結果であった。……私たちに夢を見させてくれた葛生原人は幻となってしまったが、葛生人骨は、日本の人類学や考古学あるいは古生物学の発展に大きな刺激を与えてくれた。……」などと記されています。 -
「葛生原人出土跡」の案内板の少し先に、車が何台か駐められる場所があり、その上が、先ほどの階段上の広場のようです。
ここから国道293号線を、さらに北へ進みます。 -
この近くに前河原洞窟があるらしいのですが、ちょっと見まわしただけでは分かりません。
分からないので、階段を降りて先に進みます。 -
秋山川を葛生大橋で渡り、橋からの坂を下りきった交差点を左折します。
左折するとすぐに佐野市鉢木町(はちのきちょう)に入ります。
しばらく進むと、右側に「鉢の木食堂」と掲げられた建物があります。そして、その向こう側の路地の入口に「梅秀山 願成寺」の看板があります。
この看板の左には「鉢の木 佐野源左衛門常世の墓」と書かれています。
このあたりが、あの「鉢の木物語」の舞台になったようです。 -
さらに北へ進んで、仙波交差点の手前を、常盤小学校の案内に従って右へ曲がります。小学校の周り半周走ると、写真の土手に突き当たります。
ここへ来てやっと「金龍院」の案内が現れます。金龍院へは矢印に従って左へ進むのですが、この土手! 上面がきれいに平です。その上に立っている電柱は、ちょっと独特の形なんですが、これってもしかしたら「あれ」ではないでしょうか。 -
そう思って、右手方向を見ると、土手は向こうの方まで続いています。
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左手の方向を見ると、こちらも、ずっと向こうまで土手が続いています。
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金蔵院へ向かって左へ進むと、土手の一部はコンクリートの擁壁になっています。
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その先には、コンクリートの構造物があります。
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その先は石垣が続いており、土手の上の向こう側にはコンクリートの擁壁が見えます。
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さらに進むと「金蔵院→」の案内板があります。
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金蔵院へ行くには、土手が途切れた間のこの道を進むのですが、土手はさらに左へ続いています。
そして、土手にはコンクリートの構造物がありますが、これは間違いなく橋の跡であり、この土手は廃線跡ですね。
話には聞いていましたが、この奥の石灰鉱山から葛生駅まで、掘り出した石灰を運んでいた鉄道がここにあった、ということですね。
で、この道を金蔵院へ向かって進みます。 -
反対側(北側)から見た橋の跡です。
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細い山道を少し登ると、金蔵院の駐車場に着きます。左の石柱の向こう側、奥の「金蔵院駐車場」の看板のところまでが駐車場です。
看板の横に「真言宗智山派 清瀧山 金蔵院 聖法 略史」が掲示されています。
明応三年(1494)に弘基上人が開かれた山で、ご本尊は不動明王、とのことです。 -
駐車場の矢印に従って、右へ歩きます。
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落葉が、かなり進んでいます。
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先に進むと、左側の山腹が開けており、石像が並んでいます。
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その奥に、お寺の建物が見えます。
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紅葉がありましたが、落葉が進んでいます。
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境内全体が山の中腹なので、参道は上り坂です。
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境内の南端の川沿いに、進行中の紅葉があります。
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赤いところだけ見ると、まだ綺麗です。
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しかし、その上流では、落葉が進んでいます。
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上流側から境内に入って行って見つけた紅葉です。
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ここが本堂だと思います。
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その西に鐘楼があります。
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鐘楼の向こう側(西側)に紅葉が見えます。
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北側から見た鐘楼です。
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イチオシ
鐘楼の西の紅葉です。落葉が進んでいます。
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イチオシ
西側から見た、鐘楼と紅葉です。
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境内を、さらに西へ歩きます。
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西には山門があります。本堂側から見ているので、内側です。
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山門をくぐって西側から見ています。ここが表門という事ですね。
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イチオシ
山門の横の紅葉です。最盛期は過ぎているようです。
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参道を西へ歩きます。
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参道を歩いていると、下に駐車場が見えます。
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イチオシ
参道の入り口付近で見つけた紅葉です。
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西側(入り口側)から見た参道です。中央の奥が山門です。
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参道の入り口から、山側に道があり、すぐ先で二つに分かれています。左(写真では直進に見える)は林の奥に向かっているので、右の山腹を歩く明るい道を進みます。
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なお、左の道を行けば「アド山城址」があるようです。
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右の道は、山腹を斜めに上ります。両側には紅葉樹が並んでいます。
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境内の裏山の中腹を斜めに上るので、紅葉の下にはお寺の建物が見えます。
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右下に見える建物が本堂だと思います。
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本堂の真後ろです。
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境内からさらに東側まで来ました。
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ここで引き返します。
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上ってきた道を戻ります。
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参道の入り口まで戻って、さらに駐車場まで下ります。
写真は、駐車場側から見上げた、参道の紅葉です。 -
イチオシ
東へ歩いて鐘楼の下まで来ました。
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境内の南端の川沿いの道へ戻って帰ります。
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ここ金蔵院には、紅葉する樹が沢山あるので、最盛期には綺麗な紅葉が見られそうです。来年が楽しみです。
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行くときに金蔵院の近くに廃線跡があったので、帰りに注意してみていたら、道路の北側に特徴のある電柱がありました。
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この道が廃線跡だろうと思います。
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奥の方は雑草が茂っており、その先は林の中に続いているようです。
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廃線跡らしき道路の両側には、境界票らしい石柱があります。
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境界票には社章が刻まれています。
2010年の3月に葛生に訪れた時に見た廃線跡が、ここまで続いていたのですね。
( おしまい )
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