2017/11/11 - 2017/11/11
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tsumurinさん
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先月に引き続き、旧東海道を歩きました。
出がけに雨が降り今日も天気が悪いかと覚悟していましたが、現地に着いたら快晴のお天気になりました。富士山が見え放題でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 団体旅行
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今日は富士駅から出発。快晴です。富士山の見え方が楽しみです。参加者12名+ガイドさん2人で歩きました。実はガイドさんの一人が雨男で今回も心配していたのですが、参加者の中に晴女がいました。ほんとによかった。
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間宿本市場に入り、先月の続きの開始です。札の辻跡。今までも出てきましたが、札の辻とは幕府からの通達札を建てた場所の事。しかしこの辻跡は実相時のお札を売っていた場所だそうです。実相時は「西に比叡、東の実相寺」と言われたほどのお寺だったとか。
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歩き出すとさっそく富士山。頂上あたりは雲がかかっていました。
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右が「左東海道」の道標。左は秋葉山常夜燈。静岡県あたりは秋葉山信仰が盛んだったのでこの秋葉山常夜燈がとても多いです。
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護所神社。雁堤人柱之碑(かりがねつつみひとばしらのひ)があります。富士川の反乱に困ったため、千人目の旅人を人柱にすると決めた所で、千人目は旅僧でした。僧は快諾し人柱となりました。それ以降近くの富士川の氾濫が収まったと言われています。
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護所神社からの富士山。
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イチオシ
きれいに見えてきました。雲がかかっているのもまた良し。
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これから雁堤を歩きます。雁堤は富士川の氾濫を防ぐための大堤防。雁が飛んでいるように見えることから雁堤と呼ばれるようになりました。
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ここはとても気持ちの良い場所でした。ランニングしている人もたくさん。広い公園もあり何より富士山が絶景~~。ここでお弁当タイムにすると最高でしょうが、まだまだ昼前。先に進みます。かなり残念。
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富士山丸見え~~~。
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富士川沿いにある水神社。渡し舟の安全祈願の神社。
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水神社内の富士川渡船場跡。ここから富士山に登る富士山道の碑もありました。
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富士川橋を渡ります。この他には東名が通っている橋しかないため、下道を通るのはこの小さい橋のみ。そのためいつも大渋滞だそうです。もう一本作る予定があるとかないとか。
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橋から見た富士山。もうおなじみになりましたか。ONちゃんと。グループで歩いているとどんどん歩くのでなかなかONちゃんショットが撮れません。今回もこれ一枚のみ。
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東名高速道路越しの富士山。
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富士川を渡り、川沿いに対岸の渡船場跡。角倉了以(すみのくらりょうい)翁の碑もあります。角倉了以は富士川を開削した京都の豪商で土木事業家。
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急な道を登りついたところが間宿岩淵。1854年の地震の後に再建された小休本陣(こやすみほんじん)常盤家です。立派な建物です。大名が使う「上段の間」があるのはなかなか珍しい。実はここは女優常盤○○さんの親戚筋だそうです。
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常盤邸前の道からも富士山。
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岩淵一里塚跡。37番目です。ここは道路の両側にエノキが現存していました。一里塚は本来、エノキなどの木を植えていたのですが、残っているところが少ないです。しかしこの岩淵一里塚は両側に立派に木が残っている珍しい場所でした。
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同上
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近くでお昼休憩し、また歩き出します。少し離れて見た一里塚跡。塚は見にくいですが立派な木が残っているのが分かります。
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中之郷道標。
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またまた富士山。すっかり雲が晴れました。
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イチオシ
東名高速の跨線橋を渡ります。橋から静岡市突入。跨線橋からの東名越しの富士山。金網越しに撮ったのですが結構うまく撮れました。
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駿河湾が見えてきました。この坂は七難坂と呼ばれていたそうです。結構急です。
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蒲原一里塚跡。38番目。ここは面白いと思いました。住宅地の中にあるのですが、隣接している家が変則な形なのです。一里塚優先っていう建て方でした。
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こんな風に一里塚部分だけがへこんで、コの字型に住宅が建てられていました。建てるときはかなり大変だったのではないかとお察しします。
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蒲原宿東木戸。ここから蒲原宿に入ります。
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蒲原宿案内板。これは観光客用の案内板です。蒲原宿は古くは「神原」と呼ばれていました。1699年の大津波で宿人40人、旅人20人が流される被害があり、海辺の地から現在の地に移ったそうです。
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旧東海道とは関係ないのですが、日軽発電所の送水路。とても迫力のある大きさでした。直径4メートルとか。しばし見とれました。送水路の先には日軽の発電所があります。
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いよいよ蒲原宿に入りました。ナマコ壁の佐藤家。
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広重の東海道53次の中でも傑作と言われた「夜の雪」記念碑。実は蒲原あたりは雪は降らないとか。しかも広重が通った時は真夏と言われています。広重の想像力に感心します。
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広重夜の雪。
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1830年ころ建てられた旅籠和泉屋お休み処。二階の手すり格子がとてもきれいです。現在は宿にはなっていません。蒲原宿は昔のまま建物が残っていていい感じです。
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本陣跡佐藤家。建物自体は大正時代の物。屋根が低いです。
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1909年(明治42年)建築された磯部家。すべてがケヤキで作られています。しかも窓は当時としてはとても珍しいガラス窓。
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ここが一番印象に残りました。旧五十嵐歯科医院。大正時代に町家を洋風に改築した建物。でも内部は和風で擬洋風建築と言われています。建物を明治、大正、昭和と継ぎ足して合体しているのが興味深かった。
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中には当時使用していた歯医者の椅子があります。
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1854年に再建された志田家。蔀戸(しとみど)があります。蔀戸とは日光や風雨を避ける戸のこと。上下2枚に分かれていて、上半分を長押(なげし)から吊り、下半分は懸金(かけがね)で止めてあります。昼は上に吊り上げて目隠しにし、夜は下して戸締りをしました。
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午後3時、蒲原駅到着。休憩入れて約5時間ほど歩きました。今回はお天気に恵まれ富士山の絶景が見放題で、また史跡もいろいろ盛りだくさんに紹介できました。
いよいよ次回は楽しみにしていた颯田峠を歩きます。
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