2017/10/24 - 2017/10/24
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chiaki-kさん
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2013年にNHK・BSで放送された「岩合光昭の世界ネコ歩き・ドブロブニク編」に、ドブロブニクや近くの島などに住むニャン達が大勢登場したが、その中でも純白でキリリとした目をもつ「ビリー」の存在が抜きんでていた。
*ビリーについてはNHKオンデマンドのサイトを参照してください。
ビリーの縄張りは青空市場とその周辺、食事は市場近くのレストランから提供されるTボーンステーキ・ミディアムレア、同じ縄張りに住む白黒ニャンを従えて広場でハトと戯れる姿が可愛いニャンである。はたして今回の訪問で、そのビリーに逢えるかどうかが、今回の旅のもう一つの目的だった。
表紙の写真は10月25日にスルジ山頂で撮影したドブロブニクの全景をバックに、今回出会ったニャン達を周りに、ちりばめてみましたが、はたして、ビリーには逢えたのでしょうか。
2024/03/07 一部修正
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 オーストリア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
10/24
使い回した写真だが、10月23日に宿泊したドゥゴポリエのホテル・カタリーナから今日の物語は始まる。 -
時間は朝の8:00。出発の時間だが誰も来ない。理由はバスのエンジンがかからないから。ドゥゴポリエを取り巻く山々には白い雪が・・・と思ったら、実は石灰岩とのこと。
スプリットの街の修理屋さんがきてエンジンを見たが、すぐには直らないと言って帰ってしまった。次々と出発する他のバスがうらめしい。 -
結局、代替えのバスを呼び上げることとなり、1時間30分ほどホテルのレストランで待つことになった。TDさんからはお茶でもどうぞ、とのことであったが、時間的にはまだ朝食タイムで、バイキング料理の残り物が並んでいた。そこで、2度目の朝食を(^^;;。
最初の朝食で食べていなかったものをいただき、スマホをいじって時間をつぶしていると、TDさんからバスが来ましたとのアナウンスが・・・ -
9:30頃、代替えでやってきたのはこのベンツのバス。ドライバーさんは急な呼び出しで大変だったそうだが、営業所と空のバスがたまたまスプリットに在ったのがラッキーだった。なお、代替えバスの写真は途中のネウムで撮影したもの。
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代替えのバスはドゥゴポリエからA1(E65)号線に入り、一路ドブロブニク方面へ走り出す。道路の両側にはこのようなカルスト大地が延々と続く。
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ドブロブニクまであと174km。90分の遅れはどれだけ取り戻せるだろうか。
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A1号線はピカピカの出来たて高速道路。そしてガラガラ。多分EUからの借金で建設したのだろうが、ちゃんと返済できるのだろうか。
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やがて、このような平野が右側に広がってきた。
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やがて高速道路は終点となり、左へ行くとポレチェ、右はドブロブニクへ。
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ネレトバ川を渡る。ネレトバは、WW2でドイツ・イタリア枢軸国軍とユーゴスラビア・パルチザン軍の死闘が行われたことで有名。
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この辺はマンダリンオレンジの名産地で、道ばたには露店がずらりと並ぶ。
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オレンジではなく”みかん”である。どこかのホテルで食べてみたが、まったく日本のみかんと同じ食感だった。
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ちょっとした峠を越えるとアドリア海に続く湾が見えてきた。
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やがて国境の検問所にさしかかる。最初はクロアチア側、次がボスニア・ヘルツェゴビナ側の検問所。しかし、バスから降りることも無く、バス内に係官が入ってくることも無く、ドライバーが手続きしただけであっさりとPASS。TDさんの話では、日本人の団体さんが乗っていると言うだけでOKだそうだ。海外ではそれだけ日本人が信用されているということ。
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国境を越えるとネウムの町。
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わずか9kmほどの海岸線にある町だが、ボスニア・ヘルツェゴビナ唯一の海岸で、クロアチアより物価も安いことからホテルやスーパーなどが集中している。海軍基地でもあるかと思ったが、ボスニア・ヘルツェゴビナは海軍には興味が無いようで、何も無かった。
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これがネウムで立ち寄ったホテル兼スーパーマーケット。今回の旅行はフリータイムがほとんど無いので、ワインやチョコなどのお買い物はほとんどこの店で行った。
ボスニア・ヘルツェゴビナの貨幣単位はマルカ(兌換マルク)で、1マルカは約67円。マルカでもクーナでもユーロでもOKという便利な店だったが、多分レートはマルカ→クーナ→ユーロの順で悪くなっているような気がした。クレジットカードも使用できるが、手数料が不明のため、わからない。それでも基本的にボスニア・ヘルツェゴビナの物価は安いので、まあ、損はしていないかなって感じ。
口コミをUPしましたので、ご覧ください。
http://4travel.jp/overseas/area/europe/bosnia_and_herzegovina/the_other_cities_of_bosnia_and_herzegovina/shopping/10441476/tips/12893022/ -
特筆すべきはトイレが無料というのと、駐車場からの絶景。なお、左に見える半島はクロアチア領。ネウムを迂回して、この半島とクロアチア領を繋ぐ橋を架ける話もあったが、立ち消えてしまったようだ。
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ネウムの町を出発するとすぐに検問所。しかし、ここも前と同様ドライバーさんの申告だけで、あっさり通過。まあ、すべてこんな感じなら巨額の費用をかけてまで橋を架ける必要はなさそうだ。
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検問所を通過して、再びクロアチアに入るとすぐ右手に現れるのがストーンの村。半島の付け根から侵入する外敵を防ぐため、万里の長城ならぬ、ストーンの長城を築き上げたそうだ。
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バスが進むにつれて、アドリア海の色がどんどん綺麗になって行く。
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まるでシチリア島にあるイゾラベッラのような所も。
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プライベートビーチ?
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この橋を渡るとドブロブニク。待ってろよビリー。
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13:08 アクシデントスタートから、やっと到着した昼食会場はレストラン・エデン。エデンの園へようこそ。
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左上:地理不案内のドライバーさんは何度も道を聞きながら、狭い道路にバスを駐めた。
右上:サラダが出た
左下:赤ワインを注文
右下:メイン料理はラザニア。ここはイタリアの文化も入っている。 -
昼食後、バスは入域料(万単位らしい、しかもクーナ払い)を払ってドブロブニク旧市街へ進む。バスの右手にはドブロブニクの城壁が。
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城壁の真下にある道を通ってドブロブニク正門であるピレ門前でバスを降りた。観光バスはここでしか乗客の乗り降ろしをさせてはいけない決まりのよう。写真は目の前に現れたピレ門。
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ドブロブニクの守護聖人である聖ブラホがお出迎え。
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ハネ橋を渡って中へ入ると直進は階段だが、このようにスロープで降りることもできる。これって中世のバリアフリー???
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踊り場にあったパネルでドブロブニクの悲劇を説明する現地ガイドさん。
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パネルにはドブロブニクのMAPと内戦でユーゴスラビア人民軍の砲撃を受けた箇所の図が示されていた。ここでユーゴスラビア内戦(紛争)についてスタディ。
多民族国家のユーゴスラビアは、第二次世界大戦後、チトー大統領の巧みなバランス感覚によって独自の社会主義国家としての地位を保っていたが、1980年にチトー大統領が死去すると、不協和音が起こり始め、次第に民族主義者が政権を握り始めていた。ユーゴの中心・セルビア共和国では大セルビア主義を掲げたミロシェヴィッチが大統領となり、アルバニア系住民の多いコソボの併合を強行しようとすると、コソボは反発して1990年7月に独立を宣言、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となった。
1991年6月に文化的・宗教的に西側に近いスロベニアが10日間の地上戦で独立を達成し(十日間戦争)、次いでマケドニア共和国が独立、ついで歴史を通じてセルビアと最も対立していたクロアチアが激しい戦争を経て独立した(クロアチア紛争)。ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立したが、国内のセルビア人がボスニアからの独立を目指して戦争を繰り返した(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争)。セルビア国内でもコソボが独立を目指したが、セルビアの軍事侵攻によって戦争となった(コソボ紛争)。その後、マケドニア国内に大量のコソボ地域のアルバニア系住民が難民として押し寄せてたことから、マケドニアにも飛び火した(マケドニア紛争)。紛争は泥沼化の様相を呈し始めていたが、NATOや国際連合の介入によりどうにか収束した。
この紛争でドブロブニクも戦場となり、ユーゴスラビア人民軍(セルビア・モンテネグロ)によって1991年10月から7ヶ月間ドブロブニクは包囲され、スルジ山頂からの砲撃により114人が死亡、歴史的に貴重な建物などが多大な損害を蒙った。写真右側のパネルはドブロブニク市内の被弾状況を示すもので、19991年から1993年まで、危機遺産に指定されたが、戦後、ユネスコや住民の努力により以前と変わらない美しい町の再生に成功、1994年に再び世界遺産としてユネスコに登録された。
(一部・Wikipedia参照) -
旧市街に入り、まず最初に目にするのが、オノフリオの大噴水。1438年に造られた水道施設の端末で、12km離れた源泉から水を引いている。17世紀の地震でかなり破壊されたが、水の噴き出し口となっている顔のレリーフは、今もその姿をとどめており人々の憩いの場となっている。
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次ぎはフランシスコ会修道院。なお、左に見える石段は城壁へ登る階段。
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内部はこんな感じ。
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修道院の一部に薬局があるが、ヨーロッパで3番目に古い薬局だそうだ。
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ドブロブニクの目抜き通り、プラツァ通り。昼間は世界中からの観光客で大混雑。
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プラツァ通りは大理石で舗装されている。どおりで夜になると輝く訳だ。
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右側の路地
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左側の路地
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プラツァ通りの終点、ルジャ広場にあるのは・・・1.聖ブラホ教会。
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2.時計塔
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3.スポンザ宮殿
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4.聖オルランド像・・・子供達に占領されていた。
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ルジャ広場から聖母被昇天大聖堂方面へ移動する。
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この建物は総督邸。ドブロブニクには、かつてラグーサ共和国という国があり、任期1ヶ月という持ち回りの総督がカンヅメ状態で政務をこなしていたそうだ。
ここでドブロブニクの歴史をスタディ。
476年に西ローマ帝国が崩壊したことにより、異民族が旧帝国領内に流入、その襲撃から身を守るため、今のツァバダットに住んでいた人々が20km離れた島(当時ドブロブニクは島だった)に移住したのが紀源となってる。ドブロブニクの誕生は614年とされるが、東ゴート王国や、東ローマ帝国、そしてベネチア共和国の実効支配を受けた後、1358年にハンガリー王国の宗主権下の元、自治を回復し、ラグーサ共和国となる。ちなみにラグーサとはラテン語でドブロブニク(スラブ語)を指す。
やがて勢力を拡大したオスマン帝国には貢納金を支払うことで、独立を保ち続けることに成功、交易も認められたことによりラグーサ共和国は大いに栄えた。しかし、1667年に発生した大地震により国力は衰退、ベネチアが攻めてくるのを防ぐため自国領だったネウムをオスマン帝国に割譲し、緩衝地帯とした。このネウムは今でもボスニア・ヘルツェゴビナの一部となっている。
旧市街は一部復興されたが、国力は回復せず、1808年にはナポレオンに降伏、ラグーサ共和国はここに幕を下ろす。その後については「2017スロベニア・クロアチア3」のプロローグを参照してください。 -
聖母被昇天大聖堂の壁面には今も砲弾の破片が当たった跡が残されている。
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大聖堂の内部はこんな感じ。
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神の導きにより天へ登って行く聖母マリアが描かれた祭壇画が飾られていた。
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聖霊が描かれたステンドグラス。
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大聖堂の出口からはルジャ広場と、スルジ山が見える。
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ポンテ門から現地ガイドさんの後ろをゾロゾロ付いていくと・・・
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旧港に出た。GLASS BOAT は海中が見れる船。後方には城壁の一部とスルジ山が。
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お馴染みの風景。
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波止場で第一ニャン発見! 観光客がどれだけ居ようと、我関せず!
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再び門を入り、城壁を目指す・・・というか、門の上が城壁なのね。
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城壁入り口は2カ所だけで、旧港とピレ門のみ。入場料は驚くなかれ150kn、1kn=19円として、約2,800円!!
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中央、青いジーンズを履いている方が入場券のチェックをやっていた。なお、城壁は一方通行。
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とっつきはこんな感じでさほど急では無い。
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旧港が良く見える。
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北側の城壁の上に出た。TDさん曰く、今日のような曇り空が暑くなくて一番良い、とのこと。
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ドミニコ会修道院の屋根、塔、そして旧港。
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北の城壁の外はこんな感じ。有料駐車場の値段も、さぞエクスペンシブなことだろう。
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路地を見下ろすとこんな感じ。ドブロブニクは平地では無い。
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民家の庭にこんな物発見。写真を拡大してみると白黒ニャンが3匹、重なり合って寝ていた。
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イチオシ
ミンチェタは城壁で最も高い要塞。さっそく登ってみる。要塞の上に登ると、お馴染みの風景がそこにあった。赤い屋根、教会、港、そして緑のロクルム島。
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ロクルム島は、公認のヌーディストビーチがあることで有名な島。
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ロビリエナツ要塞はドブロブニクの外側にある要塞。真田丸か!
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城壁はピレ門へと降りていく。ん、テニスコート? それともバスケットコート?
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もう一度街をよく見ると赤い屋根にも鮮やかなものと、くすんだものがある。前者は新しい瓦に交換済み、後者は被害がなかったものと思われる。
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ピレ門の上に来ました。ここでTDさんから、もう充分な方はここで降りてもいいですよ、との提案があったが、誰も降りる人はいなかった。
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オノフリオの大噴水を上から激写。真ん中に穴が開いているのね。
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手前の紫の髪と白い上着の女性は、なんとオウム使い。観光客の肩に止まらせて料金を取っているらしい。
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プラッツァ通りはこの混雑。スリもいそうだ。それにしても大理石の床がピカピカ。
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南の城壁へやってきた。最初はボカール要塞から眺めたロビリエナツ要塞。
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そして、アドリア海の上にそそり立つ南の城壁。
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南の城壁の内側には廃屋も見られる。推測だが内戦の跡というより1667年の地震の跡ではと私は考える。
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城壁からカメラを突き出して打ち寄せる波を撮影。海の色が、だんだん綺麗になってきた。
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一番南と思われる城壁から西側を撮影。旧市街の外の家も屋根の色はおなじなのね。
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ここの城壁は狭いので必然的に一列行進になってしまう。
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城壁の外の崖にカフェ発見。ブジャという名のカフェで、ビール一杯が約900円だそうだ。なお、このカフェへは城壁をくぐって来るのだそうだ。
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イチオシ
城壁の内側にゴミ捨て場のような場所があり、そこにいたニャン2匹。表紙に採用しようかと思った場面。
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東南側はこんな感じ。
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聖ブラホさんがいました。
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世界ネコ歩きに登場した港の先端に・・・ん、いたぞ、いたぞ。
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旧港まで戻ってきた。あと少しでゴールだ。
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1時間30分ほどで城壁巡りは終了。ここで1時間ほどフリータイムとなり、まず向かったのはビリーの縄張りである青空市場。
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ビリーが水を飲んでいた噴水。ライオンがネコ顔に見える。
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ネコはいなさそうだったので、港の突端へ移動。
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いたいた。
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岩合さんの解説によると、人と目を合わせないネコは触ることができるそうだが、その通りだった。
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夕暮れが近くなりました。
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旧市街へ戻り総督邸前の通りをブラブラしていると、真っ白いニャンと遭遇。もしかして・・・
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う~ん、どこかビリーとは違うような。
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ビリーはつり目で顔立ちはきりりとし、毛は短いニャンだが、このニャンは少し優し過ぎ。それに毛も長い。
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残念ながらビリーでは無いようです。でも、きっとファミリーか、一族に違いないと思う。
と、このときは思ったのですが・・・ -
1年後に「世界ネコ歩き・ドブロブニク編」が見つかり、何度も見直してみました。その結果ビデオに写っていたビリーは3年前の若いビリーで、この時に出会ったネコは3年後の中年になったビリーに間違いない結論に至りました。
ビリー、ネコ間違いしてゴメンね。そして、いつまでも元気でいてね。 -
観光客が少なくなってきた。これはオノフリオの小噴水。
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明かりの付いたプラッツァ通り。照明が大理石の路面に映える。
-
イチオシ
今日の日はこれでさようなら、またあした。(実は、今回のツアーはドブロブニクに2度来るツアーなんです。)・・・
この後、20kmほど離れたツァバダットのホテルに移動andお泊まりしましたが、長くなりますので、このへんで「2017年 スロベニア・クロアチア4:ドブロブニク1」は終了とします。本日も最後までご覧いただき、ありがとうございます。
2024/03/07 一部修正
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この旅行記へのコメント (4)
-
- 森の番人さん 2018/01/08 03:03:21
- 謹賀新年
- chiaki-kさん
明けましておめでとうございます。
昨年中は、私の旅行記に、沢山の投票とコメントをくださいまして、どうもありがとうございました。
私は、新年早々、仕事に戻ったので、全く正月気分もありませんでしたが、chiaki-kさんはいかがでしたでしょうか。
ドブロブニク、とても素敵な街ですよね。
私も、子ども達が巣立ったら、いつか行きたいと思ってます。
今年はどこへ行かれるご予定ですか?
お互いに、楽しいご旅行ができますように~♪
今年もどうぞ宜しくお願い致します。
森の番人
- chiaki-kさん からの返信 2018/01/08 11:51:29
- 来週からインドへ行ってきます
- ・
森の番人さん、明けましておめでとうございます。
>chiaki-kさんはいかがでしたでしょうか。
正月はほとんど家に居て、お屠蘇を飲みながら、TVで紅白やら、
箱根駅伝などを見て、毎年だらだら過ごしています。
> ドブロブニク、とても素敵な街ですよね。
今回のスロベニア・クロアチア旅行のメインと考えていた街なの
で、好天に恵まれ本当にラッキーでした。
> 今年はどこへ行かれるご予定ですか?
WEBでは初披露ですが、来週15日からインドへ行ってきます。
2009年のカンボジアからスタートし、マレーシア、ベトナム、
インドネシア、タイ、ミャンマーなどを巡ったアジアの旅も
いよいよ佳境?となり、最後の仕上げに選んだのがインドと
いう訳です。
個人旅行ではハードルが高すぎる国なので、安全策をとって
ツアー参加ですが、ヒンズー教の聖地バナーラスへも行きます。
国連の予測ではインドは2024年に中国を抜いて世界一の人口国
となるようですが、短いツアーの間に、ほんの一部でも現状が
見れたらいいなって思っています。
> 今年もどうぞ宜しくお願い致します。
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
chiaki-k
-
- fuzzさん 2017/11/13 08:45:32
- 岩合光昭さん
- chiaki-kさん、おはようございます。
最近、マツコ・デラックスさんの番組だったと思いますが、岩合さんが出ましたね。
今まで「いわあいさん」だと思ってたら「いわごうさん」だと知りました。
(いまさら~ですね)
BSのネコの番組観てました!
猫って面白いですね。犬と違って自由ですし。
今回の chiaki-kさんの旅行記の表紙、すごく凝ってますね♪
人と目を合わせない猫は触れる・・・参考になります。
赤い屋根ばかりの街の風景、すごいですね。
それにもまして、観光客の数がすごい!
fuzz
- chiaki-kさん からの返信 2017/11/13 15:20:18
- RE: 岩合光昭さん
- ・
fuzzさん、こんにちは。いつもありがとうございます。
岩合光昭さんの「世界ネコ歩き」はカミさんが大好きな番組で
BSで放送された、ほとんどの番組はBDに録画してあります。
今回ドブロブニクに行く前にいろいろ撮りためたBDを見たので
すが、「世界ネコ歩き・ドブロブニク編」もその一枚で、
もしかしたら番組に登場したビリーに逢えるかも知れないと
思っていました。
残念ながらビリーには逢えませんでしたが、沢山のネコ達に
逢うことが出来たので、出会ったこの子達を表紙に載せて
やろうと考えた次第です。
> 猫って面白いですね。犬と違って自由ですし。
自由すぎて、腹の立つこともしばしばあります。でも、
可愛いいから許しちゃうんですよね、これが。
> 人と目を合わせない猫は触れる・・・参考になります。
これも岩合さんの言葉ですが、本当にいろいろ教えてもらいました。
> 赤い屋根ばかりの街の風景、すごいですね。
内戦で被害を受け、葺き替えた屋根が多いこともあります。
> それにもまして、観光客の数がすごい!
ほぼ想定内でしたが、C国よりK国の方が多かったのが意外でした。
旅行記もあとはプリトヴィッツェ・ザグレブ・そしておまけの
ミュンヘンで終わりですが、UPしたらまた見てやってください。
では、また。
chiaki-k
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
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