2017/10/19 - 2017/10/26
616位(同エリア1966件中)
万歩さん
『インドとロシアは、個人旅行ではなく現地ガイドが案内する旅行会社の団体旅行で』との妻の強い申し出で、若い時からの憧れであったインド旅行は、旅行会社のツアーに乗ることになりました。
ツアー名は「インド世界遺産紀行8日間」。パンフレットの謳い文句は「インドが誇る7つの世界遺産へご案内! 北インドではデリー、アグラ、ベナレスの三大都市を満喫! さらに聖なるガンジス河ボートクルーズへもご案内! 西インドでは宗教芸術の宝庫インド2大石窟寺院と言われるアジャンタ石窟寺院、エローラ石窟寺院を訪れます」「デリーからオーランガバード・デリーからベナレス間は国内線フライトでらくらく移動!」「インド名物料理を含む計18回のお食事付!」。価格(2名一室)は169,800円(出発時により最高額199,800円まで)
ツアー参加者は夫婦2組、娘さんとその母親、中高年の男女それぞ1人の8名。最年少は29歳の娘さん、娘さんの母親を除けば60台なかば過ぎの高齢者、最高齢はお一人で参加の81歳のご婦人。
これまでの海外旅行のほとんどが個人旅行でしたので、ツアーに乗ることには少々抵抗感はありましたが、効率よく観光地巡りが出来また皆さん旅慣れた方たちで、お互い距離感を保ちつつの親しいお付き合いの中で、8日間の楽しい旅が出来ました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 飛行機
- 航空会社
- エアインディア
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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10月19日(1日目)出国、デリーへ。(移動日)
関空(AI.315便 14:10発)から香港経由でデリーへ。香港で別便に乗り換えかと思っていたが、そのまま機上に留め置かれ、新たに香港からの乗客を乗せてデリーへ。所用時間は10時間40分、デリー到着は21時半(日本時間で翌日の午前1時過ぎ)
機上からデリーの街を見下ろすと、花火が至る所から上がっていた。現地ガイドによると「神様がこの地に戻られて来られたのを祝う祭り(ディワリ)で、大気汚染を防ぐため花火打ち上げは禁止されているが...」とのこと。
ビルは電飾で飾られ、夜通し”ポン! ポン!”と花火の音が響き、ディワリを祝っていた。
帰国して旅行期間中の新聞を読み返していたら、「インド 首都で花火販売止」との見出しで、「インド最高裁はこのほど世界最悪とされるインドの大気汚染対策で「花火・爆竹販売禁止令」を下した。人々が花火や爆竹で祝う19日のヒンドゥー教の祝日「ディワリ」の前後に汚染レベルが急上昇するのに備えたものでが、効果はいま一つだった。云々..」の記事が出ていた。
写真はデリーで宿泊した空港近くのホテル「アショカ カントリー リゾート」 -
ホテルのロビーに描かれた「ディワリ」を祝う砂絵。
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10月20日(2日目) デリー市内観光,、夕方に飛行機でオーランガバードに移動。
写真は世界遺産クトゥブミナール。高さ73mのイスラムの塔。大気は白くかすんでいる。ガイド氏は「大気汚染ばかりではなく、霧の影響もある」と言っていたが...。マスクを掛けての観光客も目立った。
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クトゥブミナール周辺の建築群の廃墟。
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レッドフォート(ムガール帝国時代)。中には入らず、下車して外観のみ観光。
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インド門。「パリの凱旋門を模して造られ、第一次世界大戦で戦死したイギリス統治下時のインド兵の追悼施設」という。車窓からのみの見学。
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ムガール帝国第二代皇帝フマユーンの廟。
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フマユーン廟内の大理石の棺。
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ガンジーが荼毘に付されたラージガトーの入り口。
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ガンジーが火葬された場所。ガンジーの遺灰はインド各地に散灰されたという。靴を脱いで参拝する。観光客だけではなく、学生や多くのインド人が参拝に訪れインドの聖地となっている。
ガイド氏は「遺灰は河に流すことから火葬場は川岸に設けられる。ここもヤムナー川の畔。私が火葬されるところも川岸です」とのこと。
近くに「ガンジー記念館」や「ガンジー博物館」があるが、ツアーには組み込まれていない。
紅茶専門店に案内され、夕方の便でオーランガバードへ。 -
10月21日(3日目) アジャンタ石窟寺院群とオーランガバード市内観光。
オーランガバードのホテル「アンバサダー アジャンタ」(連泊)。 -
バスでアジャンタ石窟寺院へ。
写真は途中の休憩所。中央奥にトイレ、有料で10ルピー。 -
アジャンタに到着後、石窟寺院行き専用の乗り合いバスに乗車。写真はバスへ乗り込む行列。
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私たちが乗り込んだバス。しばらく”でこぼこ道”を走っているとエンジン不調に。
ガタンゴトンと動き出しては、ギアがかみ合わないのかストップ。エンジンは大きな音を立てているものの、またまたストップ。
最初は面白がっていたが、エンジン音が異常で、その内エンジンから出火でもするのではないか、制御が利かなくなりバスが坂道を転げ川に転落するのではと、次第に心配になる。
5分ほどで行けるところを30分以上かけて無事到着。
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バス停から坂道を上り石窟寺院群へ。
ガイド氏によれば「インド全体で石窟寺院は1,500あるが、そのうちここマハラーシュートラ州に850もある」という。 -
第1窟 蓮華手菩薩
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第2窟 釈迦像
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第9窟 ストゥーバ。
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石窟寺院の向かいの山。ガイドブックによればアジャンタ石窟寺院群の発見は「1819年に藩王に招かれてトラ狩りをしていたイギリス兵が、トラに襲われて渓谷に逃げ込んだ際に断崖にある石窟寺院群の装飾を見つけた」とあるが、ガイド氏は「トラ狩りをしている際にこの山頂(写真)から、石窟寺院群を見つけた」という説明。
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第10窟にある、アジャンタ石窟寺院群を発見者したイギリス兵の落書き。「John Smith 28th April 1819」とある。落書きは許されないが、発見者のサインならばそれも歴史的な価値があるか?
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第16窟入り口のエレファントゲート。
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第19窟の仏像。石窟の中に両サイドに石柱が立っているが、これは「全体を掘った後に、装飾用に後で積み上げたもの」との事。
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第24窟 未完成の石窟内部。他にも未完成の石窟がある。
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第26窟の涅槃仏。
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第26窟 ストゥーバと仏像。
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駐車場までの帰りのバスの運転席。よくもまあこんなバスでと思ったが、このバスは”まとも”に動いた。
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石窟寺院行専用乗り合いバスの乗り場と一般駐車場の途中にあるお土産屋さん。
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「アジャンタ ビジターセンター」の案内看板。アジャンタ石窟寺院群の概要を知るにはうってつけの場所と思うが、ツアーには組み込まれておらず。
入館出来ず残念だが、ツアーでは致し方のない事。 -
アジャンタ石窟寺院群からオーランガバードに戻り、ビービーカマクバラ―へ。
タージマハールをモデルに建設された。「ミニ・タージマハール」と呼ばれている。ガイド氏によれば「ミニ・タジマハールは建設に2年かかり、大理石は部分的にしか使用されていない。一方のタージマハールは総大理石造りで、建設に22年を要した」という。
また「タージマハールより先にこちらを見なければ、ビービーカマクバラ―は見劣りしてしまう」と言っていたが、なかなかのもの。 -
内部の石棺。
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10月22日(4日目) バスでエローラ石窟寺院へ、観光後飛行機でデリーに戻る。
仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の遺跡が残されている。それぞれがバラモン教を底流とし発展したものとはいえ、三つの宗教遺跡が今日まで共存しているのはインドの宗教的寛容を示すものか。砂漠の民の”一神教”との違いも感じられる。
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第10窟 仏教石窟 アジャンタの第19窟に似ている。
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現地のガイド氏(左端)がここでお経をあげてくれた。
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第12窟。僧侶の居住窟。
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第16窟 ヒンズー教のカイラーサナータ寺院。
エローラ石窟寺院群の中央にあり、須弥山を表しているという。
石工達が七代かけ、150年に亘り営々と岩山を丸ごと削り彫り込んだもの。見る者を圧倒する! -
正面左のテラスから撮影。
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正面右(テラス)から撮影。巨大な岩山を露天掘りで彫り込んだ建造物とはとても思えない。
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16窟の遠景。
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駐車場そばのレストランで昼食。
ここのレストラン、イスラム教への配慮からアルコール類の提供はないとの事であったが、ガイド氏の計らいで特別にビールを用意して頂いた。
但しテーブルにビール瓶を置く事は憚れるので、厨房でコップにビールを注ぎ、それをテーブルに運んでのサービス。
暑い中で観光した後のビールは格別で、楽しみにしていたが、最終日の昼食レストランではビールの提供は完全に「NO!」。インドはアルコール類に関して寛容な国ではない。
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レストランでのビール(大瓶)の値段は、330ルピー、400ルピー、500ルピー、600ルピーの四種であった。
写真はデリーの空港で買ったインド音楽のCDとバラナシの商店で買った200グラムの紅茶。CDは100ルピー、紅茶は54ルピー。この値段からすると、ホテルやレストランでの料金としてもビールの値段は高い。
両替について旅行会社から「円よりも少額ドル(1ドル)が便利、両替は現地ガイドを利用しても良い」と事前に連絡があった。
現地ガイドの両替は5,000円で2,600ルピー。結局三回、15,000円を両替したが、このお土産とスーパーでの果物と香辛料(345ルピー)、ホテルでの枕銭(一泊50ルピー)、トイレチップの他はビールの代金に消えた。 -
10月23日(5日目) デリーから空路、ベナレスへ。市内観光。
ベナレス郊外のサルナート(鹿野苑)観光。
写真はムルガンダクティー寺院(1931年建造)。 -
サルナートは釈迦が初めて教えを説いた場所。
写真はその様子を模して置いてある人形。一帯は公園として整備されている。 -
6世紀、アショカ王によって建てられたダメークストゥーバ。ここで最初の説法が行われたという。このストゥーバの周りで僧侶が説教をしていた。
手前の遺跡は、発掘された遺構を基に煉瓦を積み上げたものという。 -
発掘されたアショカ王が建てた石柱。
この石柱の上にあったライオンの像(インドの国章となる)は隣接する博物館で展示されているとの事。ツアーでは博物館はパス! -
ベナレスでのホテル「ヒンダスタン インターナショナル」
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ホテルで夕食後、ホテル近辺を”街ブラ”。
トゥクトゥクやバイクの往来が激しい。往来の車と”野良牛”の糞やゴミにも注意しながら、街灯の無い暗い道路を歩く。
写真は紅茶屋さん。地元の人が買っていたのを見て、おおよその値段を確認して注文。三種類の紅茶を7:2:1ぐらいの割合でブレンドしてくれた。
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10月24日(6日目) ガンガー見物とベナレスの市内観光
5時にホテルから出発。朝早くからガンガー観光客が船着き場へ向かう。 -
船着き場。大勢の見物客で賑わっている。
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観光客を乗せ出向する船。
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まずは、川上に向かって。
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東に向かって祈っている僧侶。
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沐浴する人々。
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主なガトーの説明をする地元のガイド氏。「川岸には各教団の寺院や学校、また修行僧のトレーニングセンターなど宗教施設が多い」という。
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日本人のバックパッカーで有名なゲストハウス「久美子の家」。
「バックパッカーでゲストハウスに泊まりながらインド旅行を」と若い時には夢想していたものだがーーー。 -
ガンガーの洗濯屋さん。ホテルのシーツを洗濯し、川岸に広げて乾かす。ガイド氏曰く「皆さんのホテルのものではありません」
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ガンガーの夜明け。ガトーの対岸は建造物はなく荒涼とした砂州が広がる。
『天何をか言うや、四時行われ、百物生ず、天何をか言うや』 -
エンジン付きのボートや大型の船もあったが、我々は手漕きの舟。
我々ツアー客8名、添乗員、現地ガイド2名、計11名を乗せ、この青年が力強く漕いでくれた。 -
マニカルニカーガトー(近くでの撮影禁止)辺りまで川を下り、船着き場に戻る。
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ガイド氏によれば「”観光サドゥー”も多いが、あれ(写真)は本物のサドゥー」とのこと。船上からの写真。
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帰り道。小路を通って。
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帰りの道すがら。直径が1mはあろうかと思われる大鍋で煮ているスープ?
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バラートマタ寺院。
「大富豪が夢で見たインド大陸が神からの”お告げ”と信じ、大理石でインド大陸を造り、それを祭る神社を建立した」との説明。
ここの見学は、ガンガー見学後、帰りの飛行機までの時間調整とも思えたがーーー。 -
夕方、空路でデリーに戻る。
写真はバラナシの空港。インドでは空港ビルの入り口でパスポートと航空券をチェックされる。 -
10月25日(7日目) デリーから特急列車でアグラへ。タージマハール、アグラ城を見学後、バスでデリーに戻り空港へ。帰路に就く。
写真はデリー駅。 -
陸橋を渡ってホームへ。
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ホームの様子。写真右の列車に乗り込む。20両はあると思われる長い車両編成。
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先頭車両。
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列車内の様子。アグラまでは約1時間40分。
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出発後、ジュースとペットボトルの水のサービスがあり、そのあと軽食が出された。写真は軽食のサービス。
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車内でサービスされた軽食。フライドポテトの下はオムレツ。カレー味から解放された!すべて美味しくいただく。機内食よりも口に合ったと言えば、エアインディアに失礼か。
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列車を降り、バスでタージマハールへ。
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タージマハールのチケット売り場。手荷物検査があり、大きな荷物は持ち込み禁止、ロッカーに預ける。
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想像以上に大きな建物。見学は靴にシューズカバーを掛けて。内部は写真撮影禁止。
内部にいる係員が見学客をつかまえて、ここを見ろ、あそこを見ろと言いつつ説明していたが、後でチップを要求していた。 -
アグラ城へ。入り口のアマルスィン門。
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中門。
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王宮
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王宮の内部。ヒンドゥーとイスラム様式が混ざった意匠。
調度品などは置かれていない。ガイド氏曰「大英博物館に持っていかれた(?)」 -
大理石でできた「囚われの塔」
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謁見の間。
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昼食後、最後のお土産屋さんの大理石の加工工場へ。
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お土産屋さんの後、バスで約4時間かけてデリーへ帰る。
側道付きの片側三車線の立派な高速道路。往来の車は少ない。ガイド氏曰く「料金が高いから」
車窓から見る農地は良く整備され、インドが農業国であることも頷ける。 -
料金所
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高速道路なのにトラクターも走る。また路肩で客を拾うバスも見かけた。
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パンクした路線バス。高速道路のサービスエリアで。
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デリー郊外に近づくと高層マンションが林立。
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今まで見てきたインドとはとても同じとは思えない光景が続く。ガイド氏によばIT企業も郊外に集中しているとの事。
インドの人口は12億9,000万人で中国に次いで世界第二位、日本の約10倍。国民総生産はアメリカ、中国、日本、ドイツ、イギリス、フランスに次いで世界第七位。
貧富の差には愕然とするが、インドは中国と並ぶ将来性のある紛れもない大国。
深夜デリーから香港経由で関空へ無事帰国。
飛行機は最新鋭のボーイング787・ドリームライナーであったが、エアインディアの内装設備が悪いのか、読書灯は手元のコントローラが不調で点灯せず。またイヤホーンの接続も不調。窓は乗客がコントロールできる調光装置がついているが、関空近くに着くまではダークブルーの遮光状態で全ての窓を固定しており、機上からの風景が楽しめず残念。
冒頭にも記したようにツアー参加には少々抵抗もあったが、効率的にしかも経済的に”物見遊山”ができるのが旅行会社のツアーの良さと改めて思った。
またツアー客とのコミュニケーションも楽しいもので、驚いたのはお一人で参加の最高齢の81歳のご婦人。食事時にはビール、ワインを飲まれる明るく話好きな方で、なんと78歳の時にスペインのサンティアゴ・デ・コンポスレーラ巡礼の道を100キロ歩かれたとの事、また85歳までにマイルをためて世界一周するのが夢だという。これには皆が驚き、また感心した。
頑なに旅行は個人でと思っていたが、旅行会社のツアーの良さを実感できたものこの旅の収穫の一つ。
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