2017/09/27 - 2017/09/27
55位(同エリア168件中)
愛吉さん
世田谷区生涯学習の課外授業として、以下のテーマを与えられました。
・各グループ毎に世田谷線の沿線を歩き、紀行文を作成する事。
・歩く時間は9月27日午前。
私のグループは5人、相談の結果、以下のコースに決めます。
世田谷線宮ノ坂駅に9時40分集合。
世田谷八幡宮~豪徳寺~世田谷城址~烏山川緑道~松陰神社。
これで丁度2時間のコースです。
それでは出発します。
表紙の写真は豪徳寺の招き猫
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 私鉄
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世田谷線宮の坂駅。
幹事なので早めに到着しましたが、未だ誰も来ていません。
世田谷線は世田谷三軒茶屋と高井戸を結ぶ線で、始発と終着駅以外は無人駅、料金は全線均一、バスと同じく乗車時に料金箱に投入します。 -
電車がやって来ました。
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宮の坂駅より歩いて3分、世田谷八幡宮に到着です。
世田谷八幡は1091年源義家が奥州征伐(後三年の役)の帰途、宇佐八幡宮より分霊を勧進したのが始まり、その後地元の豪族吉良氏の帰依を受けて発展しました。 地元の氏神です。 -
鳥居を潜り境内に入ると、奥まって立派な御社。
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境内には土俵があります。
年1回秋の祭礼(9月15日)には、奉納相撲が行われます。
江戸時代から昭和の初め頃迄、江戸三大相撲の一つに数えられ、当日は近郷から力自慢が集まりました。 -
又境内の一画には、その時行われた力比べの力石が奉納されています。
重さと日付、名前が入ります。
でもいくら優勝しても前の人より小さな石では気が引けますよね。 -
境内の一隅には、末社厳島神社があります。
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厳島神社は水の神様。
湧水が滝となって流れ落ちます。 -
池には鯉が泳ぎ、鴨が遊びます。
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次は豪徳寺、世田谷八幡から豪徳寺は歩いて5分。
参道の入口、立派な門柱があります。 -
200米程参道を進むと、山門に到着。
門の脇には、都史跡井伊直弼墓の石柱。
そうです、豪徳寺は彦根藩井伊家35万石の江戸菩提寺なのです。 -
山門を潜ると緑に包まれた境内。
豪徳寺は都内有数の紅葉の名所、現在は青モミジが出迎えて呉れます。 -
参道の正面には大きな香炉が、香炉の竜頭は獅子、後ろは仏殿。
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仏殿
1677年建立、世田谷区指定の文化財です。 -
仏殿の後方には本殿、昭和42年に建てたコンクリート製です。
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本殿の後方は祖師殿、普段立入が禁止され、覗き見るだけです。
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仏殿の斜め前方には鐘楼。
1679年建立、梵鐘は世田谷区最古のものでこれも文化財。 -
鐘楼と向かい合って三重塔。
平成18年建立。 -
建立して10年程ですが、風景に溶け込んでいます。
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近寄って塔を眺めると、塔を飾る12干支の最初、子の処に招き猫が居ます。
ネズミは付け足し、でも小判を咥えたネズミです、さすが豪徳寺。
この他この塔には、ほかに5匹計6匹の猫が隠されています。
参詣の折探して下さい。 -
次に塔の斜め後方招猫殿(招福観音)を訪ねます。
福をもたらした招き猫を納め、新しい猫を持ち帰ります。
新しい猫は、絵馬と同じで願いを込め、そのまま納めてもよいそうです。
効力は1年間、毎年新しい猫にお願いします。 -
招き猫の奉納所。
役目を果たした猫達です。 -
どんどん数が増え、置き場所が無くなりそうです。
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豪徳寺の招き猫は右手のみで左手はありません。
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絵馬もこんなに奉納されています。
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それでは井伊家の墓地に向かいましょう。
井伊家墓地の入口、六地蔵が迎えて呉れます。 -
入口に建つ墓地の解説と配置図。
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墓地の正面にあるのが、ここを井伊家の菩提寺に定めた2代直孝のお墓。
寺名の豪徳寺は直孝の戒名から名付けました。 -
一番奥に在るのが13代直弼のお墓。
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直弼墓の後ろには、桜田門外で討死した殉難八士の碑が在ります。
明治19年、27回忌に建てられ、裏に8人の名前が記されます。
揮毫は直弼の跡を継いだ14代当主。
尚生き残った約20人の侍は、順次彦根に呼び戻され、切腹させられています。 -
大老井伊直弼の墓参を済ませ、豪徳寺を後にします。
三重塔が見送って呉れます、秋の紅葉シーズンに又訪ねましょう。 -
世田谷城址公園は豪徳寺から3分程、逆に豪徳寺が有る場所が世田谷城の本丸付近、ここ城址公園は城の南東端の郭跡になります。
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ここ世田谷城は14世紀後半、清和源氏の末裔吉良治家が館を築いたのが最初。
その後小田原北条氏と姻戚関係となり、その傘下に入ります。
しかし1590年秀吉の小田原攻めで落城廃城となります。
当時吉良の当主は小田原に詰めており、留守城は僅か1日で落城したそうです。 -
当時の郭の名残です。
戦前当時の東横電鉄が城の名残を留める場所として東京市に寄付しました。 -
現在は東京都の指定史跡となって居ます。
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次は松陰神社を目指し、烏山川緑道を歩きます。
烏山川は当時、世田谷城の堀の役目を果たしましたが、今は地下を土管で流れ、地上は緑陰の散歩道となっています。 -
日差しを避け、ゆっくりのんびり歩きます。
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15分程で松陰神社に到着。
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社殿の前に石灯篭が並びます。
長州出身者が奉納しました。 -
奉納者の名簿。歴史上の有名人ばかりです。
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吉田松陰先生他烈士墓所への参道。
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解説板。
吉田松陰先生は、安政の大獄に連座、小伝馬町の牢で斬首、死体を小塚原刑場に捨てられます、それを桂小五郎、伊藤博文等が非人から買取り、同地にあった回向院に埋葬。
3年後の文久3年、高杉晋作等により当時長州藩の囲屋敷であったこの地の墓地に改葬します。
その後長州征伐時、幕府に屋敷を接収され荒廃しますが、明治元年木戸孝允により改修、同時に江戸に在った長州藩維新の犠牲者達の墓をここに移します。
現在多くの長州藩関係の墓が在るのは此の為です。
明治15年長州関係者により松陰神社が設立されます。 -
松陰先生の墓(中央)
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境内の一画に萩の松下村塾が再現されています。
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正面入り口。
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講義室
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床の間には松陰先生の画像が掛かります。
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松陰先生の銅像、最近造られたものです。
これで世田谷線の小さな旅は終了、松陰神社前駅より世田谷線で帰ります。
その前に全員で食事、反省会を行いました。
終
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