2016/11/09 - 2016/11/09
1378位(同エリア3293件中)
ガッサンさん
日本の空の玄関口「成田」。多いときは年10回、年平均6回の海外出張があり、数え切れないほど新東京国際空港(成田)に足を運んできた。多い年は成田へ来るのが、気が重くうんざり気味だったときもあった。ビジネスクラスに搭乗出来るのが救いだった。
そういう生活から卒業し、ストレスから解放され、自由に旅行ができる生活に入った。空港には何回も行ったが、成田ってどんな町、成田山新勝寺さえ行ったことがなく知らなかった。機会さえあれば行ってみたい、という心境に変化していた。先ずは「成田山新勝寺」に行って、次に房総の歴史に触れたく「房総のむら」、最後はやはり「航空科学博物館」で閉めた旅です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
[成田山新勝寺 総門]
成田山新勝寺総門は境内入口に建つ、成田山新勝寺の正門です。頭上には「成田山」の立派な額があり、下を通る参拝者を見下ろしている。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 仁王門]
仁王門は重要文化財に指定された建物です。天保2年(1831年)に再建されたそうです。
成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 仁王門]
左右に密迹(みっしゃく)金剛、那羅延(ならえん)金剛、裏仏には広目天(こうもくてん)、多聞天(たもんてん)が奉安され、境内入口にあって伽藍(がらん)守護の役目をしております。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 仁王門]
左側が密迹(みっしゃく)金剛です。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 仁王門]
右側が那羅延(ならえん)金剛です。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 仁王池]
門に隣接して仁王池があり、放生地(ほうじょうち)として生きものの生命をいとおしむ「不殺生(ふせっしょう)」を教えています。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
仁王門をくぐると狛犬が番をしています。
成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
右側の狛犬です。
成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
イチオシ
[成田山新勝寺 大本堂]
成田山新勝寺と言えば古刹で、建物は木造の古い寺と私の勝手な思い込みで、落胆する自分がありました。来て見なければわからない、このことである。
成田山新勝寺は大本堂を含め総体的に建立が新しく、鉄筋コンクリート造りである。大本堂は昭和43年(1968年)建立だそうです。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
イチオシ
[成田山新勝寺 三重塔]
この三重塔はどっしりとして重厚さがあります。正徳2年(1712年)建立、重要文化財に指定されています。総高約25m。塔内には五智如来が奉安され、周囲には島村円徹の「十六羅漢」の彫刻がめぐらされています。なお雲水紋の彫刻をほどこした各層の垂木は一枚板でつくられ、一枚垂木と呼ばれる非常に珍しいものです。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 三重塔と一切経堂]
一切経堂は享保7年(1722年)建立。堂内中央の八角転輪蔵には一切経(仏教経典の総集)が納められ、転輪蔵縁の傳大士が奉安されています。(鐘楼の左隣)成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 大本堂]
大本堂は新勝寺で最も重要な御護摩祈祷を行う中心道場で、道内には不動明王を中心に四大明王、平成大曼荼羅が奉安されています。東西の翼殿1階は、御護摩札授与所。大本堂外陣は身代御守などの御守受場となっています。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 聖徳太子堂]
聖徳太子堂は平成4年(1992年)建立された新しい建物です。外観は法隆寺の夢殿を彷彿させます。我が国仏教興隆の祖として崇められる太子の「和を以て貴しとなす」の理念にもとづき、世界平和を願って建てられました。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 光輪閣]
光輪閣の「御守札受場」です。御護摩札お渡しの看板もありました。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 光輪閣]
光輪閣は昭和50年(1975年)建設。本坊(寺務所)及び客殿です。ご信徒が坊入膳の接待を受けるところです。4階の光輪の間は480畳敷の大広間です。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 釈迦堂]
釈迦堂の案内板がありました。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 釈迦堂]
釈迦堂は「開運厄除けお祓い祈祷所」として多くの人に親しまれています。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 釈迦堂]
釈迦堂は安政5年(1858年)建立された前本堂で国の重要文化財です。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 釈迦堂]
中央に釈迦如来、左右に普賢、文殊、弥勒、千手観音の四菩薩を奉安。堂の周囲には五百羅漢や二十四考の彫刻がはめこまれ、江戸時代後期の特色をよく残している総欅作りの御堂です。
国の重要文化財。大本堂左手の広場に建つ入母屋造の仏堂で、1858年(安政5年)建立の旧本堂。後述の光明堂(これも旧本堂)と似た形式になるが、規模はこちらの方が一回り大きく、屋根正面に千鳥破風を付ける点も異なっている。堂の周囲には二十四孝と五百羅漢の浮彫が施されている。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
イチオシ
[成田山新勝寺 釈迦堂]
釈迦堂に人影がなくなったので撮影してみました。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺]
大本堂の脇を通る道に建設工事により影響を受ける所の案内板がありました。 -
[成田山新勝寺 額堂]
額堂は文久元年(1861年)に建立された国の重要文化財です。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 開山堂]
額堂の向えに開山堂があります。 開山堂の前に立札があり、下記のように書かれていた。
-開山堂ー
當山の開山上人寛朝大僧正の御姿を安置する堂である。この堂は昭和十三年に奉修された成田山開祖一千年祭記念事業の一つとして新築されたものである。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 開山堂]
開山上人寛朝大僧正は、平安時代中期に起きた平将門の乱の際、939年(天慶2年)朱雀天皇の密勅により東国へ派遣されたことに起源を持つ。寛朝は京の高雄山(神護寺)護摩堂の空海作の不動明王像を奉じて東国へ下り、翌940年(天慶3年)、海路にて上総国尾垂浜に上陸。平将門を調伏するため、下総国公津ヶ原で不動護摩の儀式を行った。新勝寺はこの天慶3年を開山の年としている。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 光明堂]
元禄14年(1701年)建立された旧本堂で国の重要文化財です。中央に大日如来、左右に不動明王、愛染明王が奉安されております。総高約15m。江戸時代中期における彩色の貴重な建物です。後方には奥之院の洞窟があり、毎年祇園会に開扉されます。
また、縁結び祈願所、星まつり御札受書です。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 光明堂]
光明堂の角から三重塔方向を見ています。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 光明堂]
光明堂の角には光明堂の表札と案内板が立っています。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 額堂]
額堂の前には額堂の表札と案内板が立っています。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 額堂]
額堂内には、「成田屋・七代目市川團十郎像」や「青銅製大地球儀」(明治40年)等があります。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[成田山新勝寺 額堂]
額堂は、ご信徒から奉納された額や絵馬を掲げる建物で、近世における庶民信仰を表す代表建築の一つです。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
境内には「明治天皇成田行在所」の石碑がありました。
成田山新勝寺を一通り見終わり、昼食を取り、「房総のむら」へ向った。成田山新勝寺 寺・神社・教会
-
[千葉県立 房総のむら]
「千葉県立 房総のむら」の入口です。大きな看板は「房総のむら案内図」です。
房総のむらは、成田安食バイパス沿いにあり、近くに印旛沼があります。千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
神奈川県から遠足に来た小学生達です。アクアラインを利用すれば千葉は近いですね。
〇原始・古代人の「技」と「こころ」を知る 〇自然に親しむ 〇昔の「くらし」を見つめる などの催しがあり、それに体験ができるため、小学生の学習には持って来い場所である。千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
[商家の町並み]
商家の町並みは、香取市(旧佐原市)などに残る古い町並みを参考にした、商家16棟と総屋・地蔵堂・辻広場・稲荷境内で構成されており、人々で賑わう町場の景観を再現しています。千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
大八車(だいはちぐるま)が置いてありました。大八車は、江戸時代から昭和時代初期にかけての日本で荷物の輸送に使われていた総木製の人力荷車です。これが発達してリヤカーになりました。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
商家の町並みです。店内にはその当時扱っていた商品が置いてあります。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
民芸品と竹細工を扱っている店です。壁には様々な用途の竹細工製品が飾ってあります。棚にはだるま・まねきねこなどが置いてあります。
店先には凧作り募集の案内がありました。千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
民芸品を扱っている商家です。お面の民芸品も中々の物です。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
土間がある商家です。何の店でしょうか。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
下駄や樽を扱っている商家です。今では遠い存在の品々です。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
武家屋敷です。江戸時代後期に建てられた佐倉藩の中級武士の家を再現しています。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
武家屋敷の案内板です。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
上総の農家です。大網白里市に、江戸時代末期に建てられた中二階の主屋をもつ名主クラスの農家を再現しています。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
名主クラスになると家は大きく構えも立派です。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
軒先には干し柿が吊るされていました。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
名主クラスでも座敷は畳敷きでなく板張りであった。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
土間には昔農作業で使用した様々な道具が沢山ありました。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
千葉県立房総のむらの管理棟です。大木戸(出入口)から出て房総のむらを後にしました。
千葉県立房総のむら 美術館・博物館
-
この建物は「航空科学博物館」の外観です。場所は成田国際空港の滑走路の端の隣にあり、離着する航空機を間近でご覧になれます。
中央の高い円筒形の建物は4階が「展望レストラン(バルーン)」成田空港と飛行機を眺めながら食事が出来ます。5階が展望展示室、ガイドの説明を参考に離着陸する航空機を見ることができる。航空科学博物館 美術館・博物館
-
ジェットエンジンです。ブレードが高速回転し推進力を生みます。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
ボーイング747-400の大型模型です。この機種は「ハイテクジャンボ」と言われました。ジャンボには何回搭乗したことか。偶然にもジャンボ機最終フライトに搭乗したとき、ヘッドホンからサーカスのアメリカンフィーリングが流れて来た。最終フライトにピッタリの曲である。特集で流していたという。JALの粋な演出であった。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
HONDAのオートバイも展示されています。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
コックピットの写真です。昔、平和だった頃、CAに「コックピットでも見学しませんか」と声を掛けられたときもあった。機器の多さに驚いたと同時に自動運転にも驚いた。コックピットでパイロットと話したこともあった。そんな時代はもう来ないでしょう。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
翼の内部の写真です。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
ジャンボ機の切断模型です。客席の様子が分かります。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
ボーイング747-400の大型模型を上から撮りました。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
昔のパイロットのユニホーム姿です。航空機の発達スピードは非常に速い。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
ライト兄弟が飛んだような飛行機も飾ってあります。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
機内を模した客室もあります。座席にも色々な思い出があります。以前、ビジネス席に着席するとチーフパーサーは〇〇様とご丁寧に挨拶に来ました。また、テイクオフ前からウェルカムドリンクが出ました。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
ボーイング747-400大型模型のコックピットです。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
イチオシ
ボーイング747-400大型模型のコックピットです。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
座席も進化して来ました。座席は水平にもなり、寝易くなりました。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
ビジネスクラスの座席もあります。肘置きの広い部分にドリンクを置きました。チーフパーサーに今月も同じ便ですか、と声を掛けたりしました。思い出が走馬灯のように浮かんできます。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
客室の気分を少し味わえます。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
外にはボーイング747の実物が展示されています。
航空科学博物館 美術館・博物館
-
入口にはプロペラ機が展示されていました。小さな旅「成田」は終わりました。
航空科学博物館 美術館・博物館
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
66