2017/05/07 - 2017/05/07
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puricさん
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私が生まれ育った小さな町、アサヒビールと鉄道ファン大好物の操車場のあるJR吹田駅付近は、古くからある商店街と、昭和の名残のある(昭和のにおいしかしない)とても暮らしやすい町なのです。
私が子供だった頃、近隣の保育園に空きが無く、自宅から少し離れた場所にある保育園に通っておりました。
その保育園近くの町は、公園のように広い庭がある大きなお宅が多く、お散歩などでそのお宅付近を通るたびに、一度こんなお屋敷の中を見てみたいものだとぼんやり思っていました。
「旧西尾家」はその中でもひときわ大きく、要塞のような雰囲気漂う高いコンクリ塀に囲まれたお屋敷。
当時はまだ所有者の方が住んでいたのだと思いますが、今は重要文化財して大切に保存され、一般公開されています。
素敵建築を求めさまよい歩くのが大好きなpuricですが、こんなに近くにあるなんて!
吹田市内本町2丁目15-11
見学無料、要予約
追記
別の日に撮ったおまけフォトを最後に数枚追加しました
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 4.5
-
西尾家の門です。
puricが小さいころ、保育園のお散歩でよくこのあたりを通りました。
この近くは大きな家が多く、でっかい犬を飼ってるお宅も多くて、それがもう熊くらいの大きさに見えて、前を通るのが怖くて怖くて…
それはさておき、この表門は接道部分から8メートルも控えて建っています。なかなか見られない形式なんだそう。 -
立派な母屋です。
こどもの日(過ぎてますが)なので鯉のぼりが泳いでいます。
お雛様はすぐ片付けないといけないというが、鯉のぼりはどうなのでしょう。
西尾家は江戸時代始めからこのあたりのお庄屋を務めてきた、吹田の中でもかなりかなりビッグネームなお宅なんだそうです。
代々当主は文化人との交流も多く、敷地内にはその親交の深さをうかがわせる工作物や調度品などが多くみられます。 -
中で受付をしてもらいました。
実は何年か前に一度来たことがあって、その時は普通に入れたので今回も何も考えずに中に入ると、予約が必要になったとの事。
知らず突然入っていって係りの人を困らせてしまいました。
申し訳ない。 -
青い毛氈にそって進めとの事。
賓客などを迎える大きな表玄関です。 -
味々庵とよばれるお茶室があります。
写真は撮れなかったのでその水屋。
暗くて見えないが、脇に茶器を置ける棚と古い蛇口があります。
この一角はふすまで隠せるようになっている。 -
水屋の向こうの景色
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小さな中庭があって、その周りの廻廊の一部がサンルームみたいになってる
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広い縁。
部屋は細かく仕切られていますが、ふすまを取り払うと大きな広い座敷になります。
こどもの日にむけて、各部屋には兜が展示されていたのですが、その兜が撮影不可との事で、あまり部屋の写真が撮れなかった。 -
先ほどの水屋のそばにある手水鉢です。
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縁にそって一面カットガラスがはめ込まれた引き戸が続きます。
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もとは板の縁だったが、畳に改装されたのだそう
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瓢箪の細工がかわいらしい。
この家では欄間や釘隠しに桂離宮と同じものが使われていたり、菊を施した欄間とか、格調高し。 -
兜が無いので写真を撮れた部屋。ここから毛氈にそって奥へ
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この母屋は二階建なのですが、残念ながら見学できません。
階段は箪笥になっています。いい!
階段の下にある黒い箱は、こんなでかいの見たこと無い!巨大な長持ちです。
我が家にはこの五分の一サイズくらいのがあって、私の漫画保管庫になってます。ははは -
部屋は広いんですが結界だらけでほとんど入れず、見るのみ。
なんかいろいろ西尾家所有の古道具類がたくさん展示されています。
が、近づけないので説明のパネルとか置いてくれてるんですけど、全然見えないのですよ… -
古い電話。
このお宅は吹田に電話が開通した時、1番の番号を充てられたのだそうです。
1番がどれだけ凄いかというと、市役所とか警察などの官公より若い番号を充てられており、それだけ西尾家が大きいということです。
ちなみに2番はアサヒビール。 -
調理部屋
タイル張りの大きな調理台が三つ。
あと見所は、右手の大きな配電盤です(近寄れない)
個人宅にこんなでかくて複雑な配電盤があること自体不思議な感じですが、昔聞いた話ではこのお宅は昔、当時としては最前線のオール電化住宅だったという。
暖炉なども火を使わず電気の熱を使っていたんだそうです。
といっても調理場では火を使っていたようなので、準オール電化って感じかしら。
竈は屋外?にあるみたいで、調理場内にほとんどすす汚れは無く、室内で火をおこす事はほとんど無かったと思われます。
予約すれば多分そばでいっぱい説明が聞けたのだと思いますが、全体を見るのが精一杯。
この日持参したのはズームできないカメラだったため、どーしよーもない -
入り口と受付
西尾邸の歴史と写真の展示があります。
ここは計量の部屋。
かつてこの周辺は西尾家の広大な水田があり、そのお米は御所に献上されていた。
ここはその際にお米の品質を検査したり計量をしていた部屋なのだそうです。
西尾家が献上米を届ける際は大名行列も道を譲ったという。
そんな事で母屋見学終了。
お庭や離れを見てもいいのですか?と聞くと、ちょうど予約者の案内が終わった案内人のおじさんの手が空いて、その後に案内してもらいました。 -
残念ながら、母屋そばのお庭は現在苔を貼る作業中で、入ることができないとの事でした。
苔って湿気が多ければ勝手に生えそろうものだと思っていましたが、ちゃんと人が手入れしているのですね…。
こういう文化財のお手入れは誰でもいいわけではなく、指定の職人や大工さんを使わなければならないんだそうです。
(その分¥もかかりまっせとの事) -
庭側からみた母屋
-
なにわ伝統野菜、吹田慈姑の栽培地…ただの雑草地帯になってますけど!
今はここでなく、少し離れたところにあるちいさな畑でちんまり栽培されていました。
なかなか育てるのは難しいみたい。
吹田のくわいは甘みが強く、味が濃いとかで、古くは万葉集の歌にも歌われ、御所に献上されるほどの品だったとか。
なにわ伝統野菜は毛馬きうり、田辺大根、天王寺かぶら、鳥飼ナス、守口大根などなどありますが、植えれば育つというものではなくかなり難しいそうです。 -
貯水プール。
いわゆる防火水槽ですが、プールとして開放されることもあったみたい。 -
温室跡
今はコンクリートのみですが在りし日はガラス貼りの大きな温室だったが、戦争中ガラスの屋根や建物は敵機から見つかりやすく、取り壊されたんだそうです。
ちゃんと動力があり、暖房装置が機能していたとか。
ここだけ見ると、軍艦島みたいな雰囲気。 -
少し見にくいのですが、庭の通路から逸れて外へ続く小さな門があります。
昔、外から見て気になっていました。
周辺が水田だった頃、用水路の通り道に門をつくり、船や農具の出し入れなどに使用されていたのだそうです。
また今日の説明とは別の説として、洪水とかの時の脱出口や避難口とも聞きました。
吹田はかつてよく水が出る地域で、私の自宅も過去に浸水実績があるのですが、西尾邸はかつて吹田の端に位置しており、大きな高い塀には町への浸水を食い止める役割もあったのですって。
なるほど!!
と昔の自分の日記を読んで思ったんですが、この日はそんな話無かったから自信が無くなってきた。 -
その大きな塀と、さっきの門を表から見たところ。
今回のガイドさんから洪水の話は無かったのですが(昔聞いた)、普通の地主で農家であるこの家が擁壁のような壁で覆われているのも、洪水のためと考えると納得。 -
茶室に向かう庭の通路
脇道にツツジがちらほら咲いています。
茶室のある庭に花の咲く木を植える事は無いようですが、ここらツツジは鳥がタネを落としていき勝手に生えたもので、所有者が手を加えたものでは無いのだそう -
茶室が見えてきました
-
茶室
二つの茶室を水屋兼渡り廊下で繋いで一棟にしている、大変珍しいものです。
右手は雲脚といって、茶室は狭くて暗く、人が座る必要最低限のスペースと炉があり、ちいさな三角形の板間を取って床の間にみたてた、質素で無駄を省いた千利休のわび茶Style -
左手の茶室。
こちらは京都薮内流の「燕庵」と同じ(詳しくはググってくださいね)
躙(にじり)口というちいさな入り口から中を覗くと、意外に広々として明るく、なかなか豪華でした。
入り口の上には帯刀している人のために刀掛けがありました。
これらの茶室、文化財なので原則使用できないそうですが、年に数回一般参加者を集い茶会を開催してるそうです。 -
その茶室へのお客が順を待つの待合
まず茶道の心得が全く無い私は、なんとなく聞き流していましたが、お茶会ってそもそもどういうものなのか全然知らないな -
説明は無かったのですが後から調べてみると、庭のどこかに「砂雪隠」という名の、お茶客用の、所謂おトイレ(猫のトイレみたいな砂場)スペースがあるのだそうです。
-
小さな部屋に卍を描くように椅子が配置されています。
四腰掛(よつこしかけ)という。
隣は何をする人ぞ
何組もの客人がここで会すのですが、狭い中でも各々の視線がやたらと合わないよう配慮して長椅子を配置しているんだそうです。
実際座りながら話を聞きましたが、面白いですね。
知らない人と目を合わせないだけなら、背を向けたり、学校みたいに席を同じ方向に並べればよいのですが
適度に距離を取りつつ親しみもわく、絶妙な距離感で、現代に足りないものはコレでは!?と思ったね、うん -
ところで…
このお宅は確かに最近まで所有者が住んでいたが、当主が亡くなると莫大な相続税が発生し、一度は取り壊して再開発の危機が訪れたのだそうです。
しかし保存を希望する人々による運動でなんとか取り壊しを免れ、今に至る。 -
この話を聞きながら、数年前淀川区西三国で文化財指定されていた渡辺邸が、同じく税が払えず取り壊されてしまったニュースを思い出していたら、案内人さんも同じお話をされていました。
この西尾邸も、渡辺邸と同じ道を辿り、危うく私の小さい思い出も消えてしまうところでした。
一時は競売に出ていたというこの西尾邸は、長いこと手入れがされてなかったため、保存活動に着手した頃庭は荒れ、苔なども一部枯れて消えてしまっていたそう。
今もほぼボランティアや有志のと人たちで維持管理されているそうですが、なかなか行き届かないのが現実のようです。
渡辺邸はもう解体され住宅地になりましたが、ここはずっと残して貰いたいと心から願います。
だいたい、無料なんて勿体無いですよ!見学料をとったらいいのにー。 -
武田五一氏によって設計された離れ
11代当主の隠居所として、大正14年に建築されたものです。
これは武田氏と西尾家との交友関係からうまれたもので、長年武田氏の作品として公表されておらず、時間が経ってどうやら・・と発覚したものなんだそうです。 -
離れのビリヤード室
格子の天井はベニヤ貼り
置いてあるビリヤード台は寄贈されたもので、西尾家にあったものでは無いそうですが、この部屋自体は本当にビリヤードのために作ったものらしい。 -
離れは見た目は全体的に和風ですが、中では洋と和に分かれている。
洋建物と和建物は平行して建っており、渡り廊下で結ばれています。
ここはその廊下部分
船底天井になっている。 -
船底天井
竹と皮付きの桜の木が使用されているそうです。 -
洋館の応接。
いい!!
暖炉はあるが煙突が無く、先の記述のとおり電気を使って暖をとっていたものと思われます。
これはまさにヌーヴォーです。 -
違う角度から
比べてどうこう言うわけじゃないんですが、瀬戸田の日記(http://4travel.jp/travelogue/11224248)で耕三寺の潮聲閣の応接にイチャモンつけておった私ですが、これ!
モダン建築の応接ってこういう感じなんですよ!これ! -
ステンドグラス。
ブレました。明るいのに・・・ -
こういうステンドグラスや、照明の類も武田五一氏のデザインだったりするそうな。
建築家って図面作るだけじゃなく、全体をプロデュースするものなのですね。 -
-
サンルームあり。
床はパズルのようにきれいに石がぎっちり敷いてある。 -
奥座敷。
ここにも茶の炉があります。
ここのお宅は1間が2mあるのだそうです。
普通は1.8mくらいなので、同じ畳数でもかなり広く感じます。
ちなみにpuricの実家は1.9mなんですよ!(自慢) -
ここも当主が座敷でお茶をたてる時の待合だったりしたのでしょうね。
床の素材は瓦なのだそうです。
お茶を嗜んで、ビリヤードをやって…あの塀の向こうにはこんな素敵な別世界ライフが存在していたんですね!
ズルい! -
久しぶりで勝手が違い戸惑った部分もありましたが、今もきれいに保存され、たくさんの人に愛されている西尾邸。
万博とアサヒビールだけじゃない!吹田の名所ここにありですヨ。
最近我が家の近所でも、土地活用だ相続税対策だで、広い庭のある古いお屋敷がどんどん消えてしまっています。
これでいいのか日本! -
おまけフォト1
2009年の西尾邸
仕切りをはらった大広間 -
おまけフォト2
母屋の茶室、味々庵 -
おまけフォト3
近づけなかった調理場の配電盤 -
おまけフォト4
苔養生のため入れなかった母屋の庭 -
おまけフォト5
庭の茶室
今の野村證券のコマーシャル(玉木宏さんの)で同じ(ここじゃない)部屋を使用している光景が見られます。
ではでは再見
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