2015/01/16 - 2015/01/23
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sinsanさん
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観光4日目はコルドバ市内観光です。セビリアから139キロをバスでコルドバへ移動。メスキータやユダヤ人街を散策。昼食後、約280キロ離れたコンスグエラへ移動。ラ・マンチャの風車見学し、約127キロ離れたマドリッドのホテルへ移動しました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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785年にイスラム教の寺院としてアブデラマン1世時代に建設され、その後、カトリック教徒が権力をにぎった1236年からは、内部に礼拝堂を設けたりカテドラルが新設されて、メスキータはイスラム教とキリスト教、2つの宗教が同居する世にも珍しい建築となッたそうです。かつてイスラム教徒が庭の池で身を浄めたオレンジの中庭や、アーチ上部の赤と白の縞模様がモスクの面影を感じさせるマヨール礼拝堂など、見所は多いです。 その後、イスラム勢力が北アフリカからイベリア半島に侵入し後ウマイヤ朝を建国すると、この聖ビセンテ教会はイスラム教のモスクとしても使用されるようになった。更に8世紀末にはイスラム教徒がキリスト教徒から聖ビセンテ教会を完全に買い取り、新たにモスクの建造を開始した。この時に建造されたモスクは、現在でも聖マリア大聖堂の一部として使用されている。
コルドバのモスクは10世紀末に拡張工事が行われ、数万人を収容することが出来る巨大モスクが完成した。しかし13世紀にレコンキスタによってカスティージャ王国がコルドバを再征服すると、コルドバの巨大モスクはカトリック教会の教会堂に転用され、最終的には16世紀、スペイン王カルロス1世の治世にモスク中央部にゴシック様式とルネサンス様式の折衷の教会堂が建設され、現在のような唯一無二の不思議な建築物と鳴ているとのことです。写真は円柱の森です。 -
大正殿に入ってきました。
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天井のモザイクが素晴らしいです。
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中央の人はローマ法王?
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天井に明り取りの窓がありました。
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ドーム状の天井が素晴らしい。
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宝物殿に入ってきました。
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絢爛豪華な宝物?
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中央礼拝堂
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とても綺麗なステンドグラスでした。
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ミナレット。オレンジの実が沢山なっていますが、食用ではないとのことです。
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ミナレットと回廊。
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ユダヤ人街を散策です。
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建物におしゃれな花が。
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両方の建物に綺麗な花々がある通りを歩きます。
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この通りは有名な通りで観光客が行き来していました。
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通りからミナレットが見えます。
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ある邸宅の中庭です。壁に沢山の花が飾られています。
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通りの補修をしています。
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石を立てて埋めているようです。
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お土産屋さんです。
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このレストランで昼食をとりました。
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前菜です。
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メインはフラメンキンという豚肉とハムのロールカツを美味しくいただきました。
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レストランの中の写真です。
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昼食後、約280キロ離れたコンスエグラへ。途中、寄ったドンキホーテゆかりのお土産屋さんの近くにあった道路標識です。
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教会です。
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コンスエグラの小高い丘に到着です。
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ラマンチャの風車見学です。
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小高い丘から見た街の風景。
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このバスでスペインを大移動してきました。
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マドリッドへ向かう途中で撮った風力発電用の風車です。
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