2008/09/25 - 2008/09/25
61位(同エリア126件中)
エスペラさん
2008年9月に三度パキスタンを訪問した。
今回はギルギットの母子保健センターの現状の視察と、2005年10月8日に発生したパキスタン北部大地震の被災地を確認するのが主な目的だった。
この地震では死者が8万人以上、被災者は400万人ともいわれ、当時は日本でも大きな話題になった。ほどなく関心は失われ、今では記憶する人も少ないだろう。
現地の督永忠子さんは緊急支援とイスラマバード市内でのテント村の設営、さらに学校建設などの長期支援を自力で行っていた。そのと手伝いをしたのが、パキスタンとのつながりになった。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 旅行の手配内容
- 団体旅行
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震源地付近は、首都イスラマバードの北部で、自動車で3時間ほどの場所だった。震源に近かった街バラコットの被害は大きく、新たな土地に「ニュー・バラコット」という地域が作られ、そこへの移住を進めていたようだ。しかし、この場所には水道などのインフラはまったく整備されず、移住する人は極めて少ないとのことだった。
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これはバラコットの市街地に入る辺り。
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こうした支援テントが道沿いにずっと並んでいる。
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各種の国際団体が運営している。写真を撮っていると、近隣の責任者らしき人に呼び止められた。今回、通訳なしで来ていたため、ほとんど身振り手振りと片言の英語でのやりとりだ。許可はあるのかとかジャーナリストかといった詰問調で、適当に答え続けることで、最終的にはいいから行けとなったが、かなりピリピリしている様子だった。
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学校。3年経った時点でも、こうした青空学校だった。
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サウジアラビア政府が作った支援施設。こちらの人は人なつっこい人がとても多いが、かといって、受け入れられているわけでもないのでやっかいだ。
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市街地を抜けて、振り返ってみたバラコット。プレハブが目立つものの、町並みはかなり戻っているように見える。ただ、聞けば、このあたりはほとんど2階建ての建物だったとのことだった。
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上の方に見える白い家々は、主に欧米の支援で作られたもの。きれいな建物だが、あまり人は住んでいないという。パキスタンの地方では、一つの家に親戚まで同居するような大家族世帯なので、まったくニーズに合わないからだ。現地に足場のない支援の典型だといえる。
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イスラマバードからバラコットへは一本道で、反対側はこのようにほとんど手つかずといっていい有様だ。支援団体はIslamic Help"という、イスラム系の慈善団体しかいないようだった。イスラマバード側にバザールのごとく国際支援団体が並んでいたのとは対照的だ。ちなみに、督永さんは、さらに奥のヌーリー村で支援活動を続けていた。
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テントで生活している人も多い。
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バラコットから1時間ほど走り、もう一つの街、ムザッファラバードに到着した。白い山肌は崖崩れの跡だ。
途中の山道では、道路の上を流れる泥水で洗濯をする少女の姿も見かけた。印象としては、こちらの方が被害が大きいように感じる。 -
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街自体はとても活気がある。ここはちょっとしたバザールだが、元々はホテルか何かが2つあった場所ということだった。
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主のない土地、家はほとんどそのまま取り残されている。
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おそらく、地震の時から放置されているのだろう。
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ムザッファラバードからイスラマバードへの帰路。荒れた道が延々と続いていた。
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